33. 貴族議会04(リーン視点)
誰かの背中をこんなにも間近で見たのはいつぶりだろうか。
ああそうか、私は今、守られているんだ。
あのような場でノア・コルクとの出会いの話を出されるとは思わず、意識のないときのことなど何でもないと思っていたのに、返す言葉が出てこなかった。
もしかしたら自分では考えないようにしていただけで、本当はそのことに向き合っていなかっただけなのかもしれない。
陳情が終わると同時に繋いでいた手を離され、なぜか彼は謝った。緊張のせいで手汗をかいていたからかもしれない。ノア・コルクがあの場であんな発言をするには勇気がいっただろうから。
貴族議会が終わり、貴族たちが全員退出したところで私たちも廊下へ出た。
しばらく歩いて周りに誰もいなくなると、チリアン隊長がノア・コルクの背中を勢いよく叩いた。
「いてっ、なにするんですか!」
彼の抗議には答えず、チリアン隊長は大きく頷いた。
「よく言った」
「は?」
それだけを言うと一人でさっさと先へ歩いて行ってしまう。
「隊長が俺を褒めるなんて、天変地異の前触れじゃないか」
憎まれ口を叩くノア・コルクは首を傾げているが、どこか嬉しそうだ。
そんな彼へと私も向き直る。
「どうした?」
「助けてくれてありがとう」
「え、ああいや、あれくらいしか言い返せなくて逆に申し訳ないぐらいなんだけど」
「ううん、あなたがいなかったら資材部について追求することも、ポーションの管理について話せたかもわからないわ」
「いや、あれは俺というか陛下が話を収めてくれたから、なんとかなっただけなんだけどな」
「でも声を上げてくれたのはあなたよ」
謙遜するノア・コルクに笑いかけると、照れたように視線を逸らされた。
「それよりここへ来るのに足止めをされたんだろう。大丈夫だったのか」
「ええ、資材部にちょっとね」
その借りは資材部長の罷免という形で返した。ざまあみろ。
「しかし王宮騎士隊長がまさかああいう種類の馬鹿だとは思わなかったな」
「そうね、本当に馬鹿なのよ、あの人。深く考えないで発言しては失敗してる」
昔からいつもそうだった。自分の価値観でばかり話すから会話が噛み合わない。そして彼の中ではいつも私が我が侭を言っていることになっている。
昔はまだ本音で話すこともあったけど、王宮騎士隊長に任じられたここ一年で完全にすれ違ってしまった。
「それでも王宮騎士隊長の地位を罷免とまではならないでしょうね」
「そうなのか」
「あの人が直接関わっていたわけじゃないし、せいぜい資材部長が処分されて終わりね」
私にとっては不要でも、エリオット陛下の治世に必要な人材らしいから。
だからこそ慎重に振る舞わなくてはいけないのに、あんな調子では周りも大変だろう。
「それでも、これでポーション不足は解決に向かって前進したわ」
「ああ、リーンのおかげでな」
自分も功労者の一人なのにあくまで関係ないという態度を崩さない。変な人だ。
「しかし、やっぱり漏れたか」
「そうね、それなりの人が関わったのだから、仕方のないことなんでしょうけど」
やはり貴族から漏れたのだろうか。
「ひとまず地方貴族たちのところへお礼を言いに行かないとな。あんまり遅れるとチリアン隊長にどやされるぞ」
貴族議会が終わったらアロロ辺境伯たちと王宮の一室で落ち合う約束をしている。チリアン隊長は一足先に向かったのだろう。
地方貴族たちが控えていた部屋へ入ると、皆興奮したように私たちを取り囲んできた。
気遣いと好奇心で騒がれるのは辟易したが、あの場で私たちに有利になるよう声を上げてくれた人たちなので無碍にはできない。
一人一人お礼を言って回り、ようやく解放されたのは貴族議会が終わって一時間以上が過ぎた頃だ。
慣れないことをして本当に疲れた。もう帰って寝たい。
そんなことを考えつつ錬金術室へ戻ると、扉を開けるなり室員全員の視線が突き刺さった。
「なに、どうかしたの?」
まさか王宮騎士隊がさっきの腹いせに何か仕掛けてきたかと身構えたが、それならばもっと騒いでいるはずだ。なぜ誰も口を開かないのか。
そこで全員というには、一人足りないことに気づく。
「副室長は?」
「ご家族に呼ばれて出て行きました」
嫌な予感がする。貴族議会の最後に王宮騎士隊長であるハーレとの婚約について発した声は副室長のものだった。彼の実家はハーレの家、スレート侯爵家の腰巾着だ。ばれずに済むとは思えない。
「室長、お話があります」
考えを巡らせたところで、ようやく一人が話しかけてきた。残りの者たちも真剣な顔をしているが、その中に一人、目を泣き腫らしている子がいた。
「マヤ、自分で話すか決めろ」
昨夜の貴族との会食に参加したリュウが、彼にしては珍しく強い口調で、泣いている女の子を睨んだ。その子は錬金術室の中でも年若い方で、まだ入って三年も経っていない。
「す、すみません室長、私が、言ったんです」
その一言でこの部屋の重苦しい空気の原因がわかった。
「それは、さっきの貴族議会での出来事ね」
表情を見るに当たったようだ。
油断していた。まさかうちから情報が漏れたとは。
「なぜそんなことをしたのか教えてくれる?」
貴族議会での陳情を、一部の者だけに知らせるか全員に話すか、迷った末に後者を選び、その上で参加者を募った。
私に言われたからじゃなくて、自分の意志で参加を決めてほしかったから。
それが徒になり、まさかよりにもよって王宮騎士と通じる者が出るとは思わなかった。
「い、嫌だったんです。室長が変わっていくのが」
ぐすぐすと鼻を鳴らしながらも、マヤはまくし立てるように早口になった。
「どうして今のままじゃ駄目なんですか、なんで錬金術室を変えたいんですか、やっとエリオット陛下が即位されて、ここも平和になったのに」
「その平和がエリオット陛下の即位を前提に成り立っているからよ」
言葉の意味がわからないようで、困った顔をされた。
「もし陛下に何かあれば、また昔の環境に戻るのよ。最初から悪い状況のままなら耐えられたかもしれない。でもこの状況から昔に戻ったら、きっと耐えられなくなる人が出てくる」
現に変化を怖がっているこの子が堪えられるとは思わない。
「だから私は変えるなら今だと思ったの」
「でも室長は結婚してから変わりました」
「そうね、それは認めるわ。あの出来事が起こる前は、頭の中で考えてはいても動くことができなかった。でもきっかけはなんであれ、これまで知ることのなかった世界を知る事ができたのは、私にとって幸運だったと思う」
他の室員たちの顔を見渡す。
「私たちの味方なんていないと思っていた。でもそれは、私たちを閉じ込めておきたい人たちが、味方になりそうな人を近づけなかっただけなの。今こそ自分たちの足場を固めるときよ。この先新しい仲間が増えても、もう昔の私たちのような思いをさせるべきじゃない」
それぞれ思うことはあるだろう。しっかり私の顔を見据える者、俯く者、周りを窺う者といろいろだ。
そんな中、泣いているマヤに近づきその手を取った。
「でもね、私は一人で急ぎすぎてしまったのかもしれないわ。もっと、きちんとみんなが納得いくまで話しあうべきだった。マヤにそういう行動をとらせたのは私が原因ね」
「ちがっ、室長が悪いわけありません、私がはっきり嫌だって言わなかったから」
「そうね、あなたも私も悪かったわ。だから一緒に謝りに行きましょう。今ならまだ間に合うわ」
「謝るって誰に……?」
「今回、裏切る形になってしまった人たちによ」
「それって貴族や騎士にってことですか?」
マヤが呆然とつぶやく。それぐらい彼女の中では、ありえない選択なのだろう。
「嫌です、謝りに行ったら何をされるかわかりません」
真っ青な顔で首を横に振られた。
「自分のしたことから逃げたら、これからずっとそれが付きまとうわよ」
「でも」
「どうしても嫌なら私が一人で行くわ」
「そんなの駄目です! 室長は悪くないのに」
「私はここの責任者なの。あの王宮騎士隊長だって部下のしたことについて責任をとるんだから、私が行かないわけにはいかないわ」
「でも嫌なんです。だって貴族も騎士も、酷いことをしても謝らないのに、どうして私たちだけが、謝らなくちゃいけないんですか」
「これから謝りに行くのは、私たちに酷いことをした貴族でも騎士でもないからよ」
「そんなこと、私にはわかりません」
「そうね、ここに引きこもっていたら一生わからないままでしょうね」
あまり遅くなると護国騎士団はともかく貴族たちは王宮を出てしまう。それぞれ王都に屋敷を持っているだろうが、一人ずつ回っても会えるとは限らない上に、人の目がないところで会うと無理な要求をされる可能性もある。
「私が言ったことをよく考えてみて」
すぐにでも向かわなければと気持ちが急くが、マヤにはちゃんと自分で決めてもらいたい。
「もう一度聞くわ。謝りに行く? やっぱり行きたくない?」
錬金術室を辞めることは許されない。室員たちは、全員とは言わないがマヤのしたことに怒っている。自分でけじめをつけなければ、この場所に居づらくなるだけだ。
マヤは手を握りしめて俯いていたけれど、やがて顔を上げた。
「い、行きます」
「じゃあ急ぐわよ」
マヤの手を引いて錬金術室を飛び出した。
「ほら、いつまでも泣かない。錬金術室は美人の集まりって思われてるみたいだから、そんな顔で行ったらがっかりされるわよ」
「そんなの、ますます行きたくなくなりますー!」
また涙声になった彼女だが、ちゃんと自分の足で走ってくれる。
大丈夫、間に合うわ。
協力してくれた貴族たちは、ちょうど解散しようとしていたところで、なんとか駆けつけることが出来た。
息をつけないほど泣きながら謝る彼女に同情したのか、自分たちに損のある話ではなかったからと許してもらえた。
さあ、次は護国騎士団だ。




