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12. 錬金術室副室長

 事の始まりは一羽の手紙鳥だった。


 手紙鳥とは、決められた場所まで手紙を運ぶために魔法で作られた鳥である。

 あらかじめ魔法陣の描かれた紙に用件を書き込み、手順に沿って折れば目的地まで飛んで行く。

 価格帯は広く、安い物は飛行距離が短いなど欠点はあるが、市井でも一般的に使われている代物だ。


 王宮内でも手紙鳥は飛んでいて、機密事項を扱う場合など、受け取る者が身分証明書を提示して、初めて内容が開示されるよう複雑な魔法が組み込まれている。

 その手紙鳥が昼過ぎにコルクの元へ飛んできた。差出人はリーンである。


『素材を取りに出かけるので、しばらく留守にします』


 簡潔すぎる一文に、説明を求めに錬金術室へ向かったまでは良かったが、リーンが来るなと念押ししていた意味を深く実感するはめになった。


「せめて行き先だけでも教えてもらえませんか」

「部外者にお話しすることはできません」


 男だらけの護国騎士団とは違い、錬金術室には女性も所属している。対応に当たった女性は、俺が名乗った途端にその顔から表情が抜け落ちた。

 何を聞いてもまともに答えてもらえない。俺がリーンにしたことを考えれば当たり前だが、このまま引き返すしかないのだろうか。


「オリビア、どうしたんだ?」


 錬金術室の入り口で問答をしていると、女性の背後から白衣を着た男が現れた。歳は三十代後半くらいだろうか、恰幅が良く額が広い。もっと髪の量が多ければ二十代に見えるかもしれない。

 その男は俺を見るなり目を瞠った。


「もしかして護国騎士団のコルク副隊長でしょうか」

「はい、錬金術室長と連絡を取りたくて参りました」


 さすがに妻という言葉を使うことは控えた。敬礼をすると不躾な視線を向けられたが、敵意は感じられない。


「室長なら先ほど出かけて、ええといつ帰るのだったかな」

「存じあげません」


 男はオリビアと呼んだ女性に視線を向けたが、すげない答えが返ってきた。しかし叱るでもなく困ったように頭をかいている。


「彼女はどこへ向かったのでしょうか」

「それならドウドウ山へ」

「副室長! 部外者に話すことではありません!」


 目の前の男は副室長だったらしい。あっさり教えてくれたが、女性の方からきつい叱責が飛んできた。副室長ってことはリーンの次に偉いんじゃないのか。なんで怒られてるんだ、この人。


「部外者ってことはないだろう、室長のご家族だ」


 女性の目がますます吊り上がり、その眼力だけで人を射殺しそうな迫力だ。きっと笑えば美人なんだろうが、今はオーガのような顔つきになってしまっている。


「副室長にとっては、室長のご結婚は喜ばしいことですものね。良かったですね、これで副室長も晴れて自由に結婚できますよ、お相手が見つかればの話ですが。髪が残っているうちに素敵な女性が見つかることをお祈りします!」


 とんでもない捨て台詞を残して、女性は錬金術室の中へ足音荒く戻ってしまった。副室長とやらに視線を戻すと、青い顔で言葉を失っている。

 俺が悪いわけではないが、若い時分より後退したのであろう生え際を見るとなんだか居た堪れなくなってくる。


「あの、大丈夫ですか」

「ああいや、すみません、ここのところ錬金術室の女性陣はぴりぴりしていて、ちょっと怒りっぽくなっているもので」


 ちょっとではなく怒っていたようだが、その原因になった俺がわざわざ指摘することでもないので頷いておく。


「あらためまして私、錬金術室の副室長を務めておりますジャスパー・ラセットと申します」


 挨拶をしてくれたラセット副室長にあらためて敬礼をした。


「リーンはドウドウ山へ向かったんですね」

「ええ、そうなんですよ。突然に思い立ったようで」

「素材集めというのは、こんなに突然に立つものなんですか」

「そういう人なのです」


 疲れたようにラセット副室長がため息を吐く。なんか苦労人っぽい。そして苦労の半分くらいはリーンが原因ではないかと俺の勘が言っている。

 あの王宮騎士隊長への態度を見れば、普段の貴族への態度も知れてくる。部下としてその場に居合わせるなんて、よほど肝が据わってないときついだろうなあ。


「これまでの反動でもあるのでしょう。エリオット陛下が即位する前は、室長は外出を許されていなかったので、外に出かけられるようになったのはここ最近のことなのです。だからこそ一人で出かけるのは危ないと皆心配しているのですが、本人はあっけらかんと素材を探しに出かけてしまうので、本当に困ったものです」


 外出を許されていなかったなんて、リーンはそんなこと一言も言っていなかった。

 それじゃあ一緒に買い物へ出かけたとき、どの店でも興味深そうに見入っていたのは、世間知らずなわけじゃなくて、これまで自由に出歩くことができなかったからだったのか。

 彼女にとって、ああやって買い物をするのも、その記念にぬいぐるみを貰うのも、どれもが初めてのことだとしたら。


 うわあ、なにしてんだ俺。もっといい店に連れて行くとか、アクセサリーや花を贈るとか、してあげられることはいっぱいあったのに。いやアクセサリーは指輪を買ったが反応は微妙だったな。

 それにしたって婚姻届けを出しに行った教会だって、あんな結婚式で本当に良かったのかと後悔が押し寄せてくる。


「あ、もしかしてさっきオリビアが言った、室長の結婚が私にとって喜ばしいという話が引っかかりましたか」

「え、ああ、まあ」


 自己嫌悪に陥って黙ってしまった俺を見て勘違いしたらしく、ラセット副室長は聞いてもいないのに先ほどの女性の捨て台詞について説明してくれた。


「室長の錬金術はとても貴重なもので、貴族と婚姻を結ぶべきというのが貴族の意見なんですよ。要は室長を囲いこみたいのですな、できれば自分と縁ある者に。ですが室長は貴族嫌いなので、絶対に首を縦に振りませんでした」


 本当に貴族からの誘いを何年にも渡って断ってきたのか。それだけ意志が強いのか、いや、自分の能力が貴重なことを逆手に取ってかわしていたのかもしれない。


「断られた貴族たちは、それならば室長を懐柔しようと、この錬金術室に人を送り込んできました。室長にとっては迷惑行為でしかありませんので、見込みのない者はすぐに見切りをつけ、色目を使おうとした者たちも容赦なく切り捨て、ここに残っている者は錬金術に心血を注ぐ者たちだけです」


 やっていることは逆効果だが、貴族からすればそこまでしても手に入れたい人材ということか。

 いまだに彼女が具体的にどうすごいのかわかっていない俺が相手だと知れたら、さぞ気分を害することだろう。


「しかし素質があれば貴族であろうと追い出されることはありませんからね。私を含め、貴族籍に連なる者たちは、自然と室長の縁談相手と見られてしまうのです。おかげでやっかみを受けることも少なくないし、女性との縁談も遠のく始末。気づけばもう三十路を越してしまいました」


 ラセット副室長は貴族で、どうやら見た目よりも若いらしい。髪って大事なんだな。俺も気をつけよう。


「しかしあなたの存在ができたことで、そういった悩みがすべて解決したと、彼女は皮肉ったのでしょう」


 彼の部下が吐いた暴言の理由を懇切丁寧に解説され、なんと答えたものか曖昧に笑うしかできない。


「ですが私も室長とは付き合いが長いですし、それなりに彼女を見守ってきたつもりです。あの方が望まない、もしくは不幸になるような結婚でしたら断固として反対しますよ」


 部下の暴言はさておき、見据えてくる視線は真剣で、俺がなんと答えるのか試すつもりらしい。

 わざわざ言葉にすることでもないが、ふざけてかわして良いものでもない。仕方がない、覚悟を決めるか。


「自分が彼女を傷つけたことは後悔してもしきれません」


 もう少し気をつけていたら防げていたかもしれない。別の出会い方ができたかもしれない。しかし済んでしまったことを嘆いてばかりいても仕方がないのも事実である。


「ですからこれからは後悔のないように、彼女と生きていきたいと考えています」


 見守ってきたと言うくらいだから、たぶんこの人が俺の口から聞きたいのは、責任をとって結婚を申し込んだとかそういうことじゃないだろう。きっと俺が彼女を大切にできるか、共に人生を歩めるかを知りたいのだ。


「もし室長が今の地位から降りたとしても?」

「錬金術室を辞める予定があるのですか」


 なにせ幼い頃から王宮に入れられたくらいだ。むしろ自分からは辞められないと思っていたのだが、違うのだろうか。


「どうでしょうな。あの気性ですから、今に貴族とぶつかって辞めざるを得ないことになるかもしれません」


 あの気性という言葉が気になるが、王宮騎士隊長とぶつかっているところを既に見ているので、ありえない話ではないのかもしれない。


「もちろん仕事に関しては彼女の意思に任せますよ。彼女と子どもを養うぐらいなら俺の給金で十分でしょう。これでも護国騎士団の副隊長ですから、それぐらいの甲斐性はあります。あ、でも子だくさんの大家族になったらちょっと危ういかもしれませんね。休みの日にはデートもしたいし、たまには贈り物もしたいから、子どもは五人までにしたいところです。まあリーンが大家族を望むのであれば頑張りますが」


 わざとらしいぐらい呑気な答えに、ラセット副室長は大きく息を吐いた。

 さてこの答えで合格をもらえるかどうか。


「貴族連中は室長を利用することしか考えていませんからな、それに比べたらあなたの方がまともそうです」

「酷い言われようですね」


 笑顔で返すと、またため息を吐かれた。


「神経が図太いところもぴったりですよ。どうぞ室長をよろしくお願いいたします」


 頭を下げられてちょっと驚いた。貴族だと言っていたのに、こんな簡単に俺なんかに頭を下げていいのだろうか。


「まあ私が言うことではありませんが、これで少しは肩の荷が下りた気がしますよ」


 そう言ったラセット副室長は、ようやく笑顔を見せてくれた。

 しかしすぐに表情を引き締める。


「失礼を承知で伺いますが、室長との結婚で錬金術室のポーションが優先的に回されるとは思っていませんよね」

「ええ、ポーションの割り振りは資材部の仕事ですから」

「はい、その通りです。失礼なことを申し上げてしまいすみません。そういう噂も出回っていたもので」


 たしかにもう少し配分数を増やせないかとは考えたが、それだけが目的で結婚したわけじゃない。

 それにポーションについては、出荷数とうちに回ってくる数が違いすぎるということがわかったので、うちのチリアン隊長が調べている最中だ。


「副室長はリーンの味方なんですね」

「もちろん味方ですが、家の都合上微妙な立場なので、あまり迂闊な情報は私に話さないようお願いします」


 貴族にしては珍しく正直な人である。

 さっきの部下の言動を許してしまうあたり、人柄が良く嘘はつけないタイプの人間だろう。


「すみません、話を戻しますがリーンはもう城を出たんすよね」

「え、ああ、そうですね、追いつくのは難しいでしょう」


 なら仕方ない、あきらめて騎士団へ戻るか。しかし行き先がドウドウ山なんて、まさか一人で行ったわけじゃないよな。


「そういえばもう一つお尋ねしますが、室長は夜は眠れているのでしょうか」

「夜? ええ、ぐっすり眠っていますよ。夜中に目覚めた気配もないし、朝は」


 布団をはぎ取ってようやく起きます、と言おうとしたところで、ラセット副室長は嬉しそうに手を叩いた。


「やっぱり!」


 なんだこの反応は。あの寝つきの良さに不眠の気配なんて微塵も感じないぞ。


「ああいえ、最近室長の顔色が前よりも良いので、そうかなと」

「前は眠れていなかったんですか」

「そうですね、王宮内にいるときはよく気を張っていましたから」

「夜もですか?」

「この話は直接、室長に聞いた方が良いでしょう。それでは私はこれで」


 何かしら含みのある言い方が気になったが、ラセット副室長はさっさと錬金術室へ入ってしまった。

 リーンといい副室長といい、さっきの女性といい、錬金術室はマイペースの集団か。




 執務室へ戻ると、チリアン隊長がちらりと顔を上げた。


「会えなかったのか」

「ええ、既に出かけた後でした」


 俺の不在中に持って来たらしく、机の上には部下からの報告書が新たに上がっている。書類をめくりながら、気になったことをチリアン隊長に尋ねた。


「隊長、錬金術室のラセット副室長はご存じですか」

「名前だけはな。男爵家の三男坊だと聞いたことがあるが、これといった特徴はなかったように思う」

「俺も今日初めて会いましたが、錬金術室の人間ってあまり表に出てきませんよね。どうしてでしょう」


 リーンだって名前だけは知っていたが、これまで顔は知らなかった。この王宮では有名人のはずなのに、名前だけが一人歩きしている感じがする。


「ポーションは高く売れる。特に王宮にいる錬金術師のポーションは質が良いから、その利用価値も高い」

「顔を知られると狙われるということですか」

「それもあるだろう。あとはその特権を王族が囲っていると見せつけるためではないか。だからこそ幼い頃から、素質のある者を保護という名目で集めているのだろう。他国にとられてはたまらないからな」

「保護とはまた下手な言い訳ですね」


 王宮から出ることをほとんど許さなかったと言うのなら、それは軟禁あるいは監禁じゃないか。


 王宮騎士隊とどうしてあんなに仲が悪いのか、リーンにはまだ聞いていない。最初からあまり踏み込むのもと思って控えていたのだが、彼女についての謎が今日さらに深まった。

 いろいろ話したいことも増えたし、早く帰って来ないかなあ。


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