11. デート02
それでも話はとんとんと進み、指輪も無事に注文できた。ただし支払いの際にリーンが自分も払うと言い出し、少しもめた。
家を買ったばかりだがそちらは折半だったし、結婚指輪を買うぐらいの甲斐性はあるつもりだ。もし期待されていないのなら寂しすぎる。
しかしここでは俺が押し切り、店を出てから尋ねてみた。
「もしかして前もって指輪を買うって言わなかったことを怒ってる?」
「そんなことはないけど」
けどなんだ。その続きが気になるじゃないか。
「指輪はまだ買わなくても良かったんじゃない」
「どうして?」
「なんとなく」
それこそ女性が喜びそうな物なのに、リーンに心を動かされた様子はない。でも怒っているわけでもなさそうだ。うーん、難しいな。
「ところでお昼はどうする?」
「この先に美味しいって噂のカフェがあるから、そこに行ってみようか」
昼どきから少し時間はずれてしまったけど、オープンテラス席のあるカフェに入った。
可愛らしい外観は女性に人気のようで、客の九割が女性で占められていた。
リーンはここでもきょろきょろしていたが、メニュー表を見ると目を輝かせた。
「何にするか決めた?」
「ガレットにするわ」
「好きなのか」
「ええ」
「なら俺もそれにしようかな」
リーンはチーズとハムが乗ったオーソドックスなガレットを選び、俺はチキンとソーセージのボリュームたっぷりなガレットにした。どちらも卵が乗っていて、小さなサラダとスープもついている。
「足りるの?」
「腹いっぱいとはいかないけど、昼飯としては十分だよ」
実際のところ量は物足りない。それでも女性向けの店を選んだのは、リーンが喜ぶかと思ったからだけど、もしかして点数稼ぎと思われただろうか。
まだリーンの人となりがわからないし、これまで経緯が経緯なので、彼女の一挙一動に敏感になってしまう。
「ガレットが好きなら今度、朝食に作ろうか」
「作れるの?」
「そんなに難しくないだろ。具は何が好きなんだ」
「なんでもいいよ」
なんでもいいは一番困るのだが、生地さえ前日に仕込んでおけば作るのは簡単だ。
「ベーコンやスモークサーモンも美味いよな」
「サーモンは食べたことないけど、美味しそうね」
たわいもない話をしているうちにも食事が運ばれてきて、食べ終わった後は買い物を再開した。
あらかじめ家具や食器が揃っているとは言っても、買い物に行けばあれもこれもと足りないものが浮かび、家に帰る頃にはそれなりの荷物を抱えていた。
「疲れただろう」
「うん、でも楽しかった」
嘘のない笑顔に、今日は誘って良かったとしみじみ感じ入る。
成り行きで結婚という話を出したけど、性格の相性は悪くなさそうだ。
二人で荷物を解いていき、朝食用の皿を取り出したところで、一緒に買った物の存在を思い出した。
「リーン、手を出して」
「手?」
聞き返しながらも差し出してきたその手に、小さなぬいぐるみを乗せた。
「初めての買い物記念に」
「これ、ガゼル・レックス?」
リーンが飼っている魔獣と同じぬいぐるみである。雑貨屋で羊毛を固めたガゼル・レックスを見つけたので買っておいたのだ。
丁寧に世話をしている様子から、可愛がっているのはわかっている。だからぬいぐるみも喜んでもらえるだろうと思ったのだが、彼女の反応は予想以上だった。
「ありがとう」
リーンは愛おしそうに両手でぬいぐるみを包んで微笑んだ。
手の平に乗るような小さなサイズのもので、値段も可愛らしいものだった。そんなに喜んでもらえるとは思わず、柄にもなく照れてしまった。
指輪のときのように微妙な反応を返されなくて良かった。
リーンとの生活も順調で、朝食は俺が作り、夕食はリーンが用意するなど、はっきり決めたわけではないが役割が出来上がってきた。
寝室は初日から一緒で、誰に言い訳するでもないが、約束どおり俺はいっさいリーンに触れていない。
リーンは俺の言葉を信じているのか、心配になるほど無防備に同じベッドへ入る。
おまけに寝つきはいいし寝起きは悪いしで、たまに俺のことを男だと理解していないのではないかと疑いたくなる。
自慢じゃないが俺は十代の頃から女性に困ったことはない。美形というわけでもないが、それなりに女性受けするタイプらしく、こちらから誘わずとも勝手に寄って来た。
あえて言うのであれば、女性の髪形や仕草などちょっとしたことにもすぐ気づくし、相手の望む配慮ができる方だとは自分でも思う。
ここ数年は副隊長に就いたこともあり、仕事の忙しさに追われて女性に構っている余裕はなかったが、変わらず女性受けは良かった。
なのにリーンにはそれが通用しない。
彼女は本当に寝起きが悪く、毎朝起こすのに時間がかかる。勝手に起きるからいいと言われているが、放っておいたら遅刻してしまいそうでつい声をかけてしまう。朝食も一緒に食べたいし。
朝のリーンはそれはもう無防備で、布団をはぎ取ると夜着がめくれて腹部が見えていたり、足が露出していたり、見ないようにしているが白い肌を意識しないわけがない。
おまけに俺が部屋にまだいるのに着替えようとしたり、試されているのかと思わなくもないが、リーンのことだから何も考えていないのだろう。
そう、錬金術というものを知らない俺は、錬金術室を優秀な頭脳を持つエリート集団なのだろうぐらいに考えていて、実際に覚えが悪いと錬金術は難しいらしいが、家でのリーンはぼんやりしていることが多い。
それか分厚い本を読みふけっているかだが、ぼんやりしすぎて、何かもう見えないものと交信でもしているんじゃないかと思うくらいだ。
俺が風呂に入って上がるまで、そのままの格好でいるなんてことも珍しくない。
「どうして俺より先に風呂に入った君の髪が乾いてないのかな」
「長いから」
「乾かす気がないからだ。まったく、風を出すからタオルで拭いて」
魔法で風を出してやると、リーンは自分の髪にタオルを押し当て水分を吸わせ始めた。
明日からは俺が風呂へ入る前に乾かすのを見届けたほうが良さそうだ。これではそのうち風邪を引いてしまう。
「そういえばうちのチリアン隊長が、俺よりリーンのほうが年上じゃないかって言ってたけど、いくつなんだ?」
「二十八」
「ふーん、二つ違いか」
「三十? 二十六?」
「二十六! 俺よりリーンの方が年上じゃないかって言っただろ」
「二十六で騎士団の副隊長って早くない?」
「否定はしないが、十代で錬金術室長になった人には自慢しにくいな」
「あれ、でもチリアン隊長もまだ若いよね」
「護国騎士は体を使う仕事だから、怪我で辞めることもあれば、体力の限界を感じて辞める奴も少なくないよ。他の隊長たちもみんな三十代だし。でも今の国王陛下のやり方だったら、もう少し騎士の寿命が延びるかもしれないな」
「前の国王は酷かったからね」
あっさり言ってくれるが、今の発言を誰かに聞かれたら不敬罪ととられかねない。怖いねえ。
「錬金術室から見ても酷かったのか?」
「そもそも人の上に立つための資質がなかったもの。他の部署も苦労していたみたいよ」
怖すぎる部分は聞き流すことにしよう。
「騎士団に入ってからは王都の外にいることのほうが多かったから、他の部署もその通りだとは知らなかったな」
「うちだったら無理なスケジュールでポーションを作らされたり、そのせいで資材部は材料を準備するのに苦労してたし、浪費するから財政だってひっ迫していたし、代替わりしたエリオット陛下は立て直しに時間を取られて大変みたいね」
「あの、リーン、それ間違っても外で話したりしないようにな」
「人は選んで話してるわ」
「あとは誰に話したのか聞いてもいいか」
恐る恐る尋ねると、リーンはあっけらかんととんでもない名詞を出した。
「エリオット陛下とか」
「一番駄目な人じゃないか!」
「あの人も苦労人だから大丈夫」
なんだその根拠のない理由は。まあ婚姻届の保証人として署名してくれるぐらいだから、それなりに親しいんだろうけどもさ。
「国王陛下とはよく話すのか」
「まあ、それなりに。王子だった頃に比べたら減ったけど、なんだかんだで十五年以上の付き合いだもの」
エリオット陛下は俺よりも一つ上だから二十七歳のはずだ。王宮内での遊び相手なんて限られているだろうし、幼なじみのようなものか。
王族なんて俺のような庶民には想像するしかない世界だが、リーンだって国に遇されている錬金術師で、少し前までは手の届かない存在だった。
彼女自身は偉ぶることもなく、今のところ価値観もそこまで俺と違わないようだが、そんなリーンが友人のように付き合っているのだとしたら、きっとエリオット陛下も悪い人ではないのだろう。
「影の薄い王子だったよ、みんな弟王子の方が王になると思ってたから」
現在の国王陛下は側妃が産んだ王子で、正妃の産んだ弟王子が王になるのだろうと国民すらも噂していた。しかし弟王子は風邪をこじらせ、呆気なく亡くなってしまった。
その後、父である国王も後を追うように亡くなり、兄王子が王位についたのだが、その逆転劇に王宮内はかなり慌てふためいたらしい。
「人の痛みがわかる王だよ。良くも悪くも」
たしかに国王が代わってから護国騎士団の活動は良い方向へと変わった。
「それならこの国はしばらく安泰だな」
先ほどまでとは打って変わって、リーンは見定めるような視線を向けてきた。
リーンはときたまこのような表情をする。きっと視線そのままに俺がどんな人間なのかを確かめているのだろう。
「変わった人ね、王に会わせろと言わないなんて」
「礼儀作法に自信がないからね。うっかり不調法な真似をして不興を買ったら恐ろしいし」
おどけて答えると、納得したのかしないのかリーンは「ふーん」と興が覚めたような返事をしたので、この話はここで終わりにしたほうが良さそうだ。
「もう乾いたから風はいいよ、ありがとう」
言われたとおりに風を止めると、リーンは眠たそうな顔をしていて、今日のおしゃべりはここまでかな。
「あなたが会いたいと思わなくとも、向こうからやって来るかもしれないけどね」
「何か言ったか?」
「ううん、なんでもない」




