“ショコラティエ.”
仲村 叶は過去にと或るショコラティエ・コンクールを、制した。そのコンクールの開催地は日本エリアで在った。彼は其の折に優秀なショコラティエの一人として認められたが、ショコラティエとしての職場は無かった。何故なら彼を受け入れてくれる雇用先が無かったからだ。××××××××
彼が独創的過ぎて、嫌煙されたのだ。当時の彼は生意気だった。嫌、些か拗ねて在た。『世間』に対して。
要は生意気を言って、雇って貰えなかったのだ。コンクールの、主催側に。創設者をコンクール名に掲げる老舗のチョコレート専門店は、その中身迄もクラッシックだったのだ。
審査に偏りが出ぬ様に、趣向として審査員に外部からのゲストを招く催しだった其の場に招かれて在たのが、華月 陽藍だった。陽藍はと或る『料理学校』の代表の者として、其の依頼を承けた身だった。
栄えある賞に選出された仲村の作品は、確かに素晴らしかった。然し、主催側から『雇用』の誘いを受けたのは仲村では無く、次点の参加者であった。理由は『コスト』。仲村の作品は金をかけ過ぎて在た。
それが悪いとは言わない。ただ、ーーーーーー
同等の『味』ならば、より安い方が、企業向けであっただけだ。ひと粒原価で千円のショコラでは店頭に並ぶ事が幾ばかりが難しく成るのだ。企業は『常に』、売れる商品を企画ーーしたい。特にシーズンオフを乗り切る商品を強く欲した。
何故なら老舗チョコレート菓子店には、既に既存のメインが堂々と存在していて、其れは謂わば言わずと知れた『看板』商品と言われる存在なのだ。
仲村の作品は、『其れ』を“喰らう”存在だった。店は新しい風は求めていなかった。『伝統』を護るといえば聞こえ良く、つまりは時代が流れゆく事に、逆らっていたのだ。例えそれが『無意識』でも。
二年後、『第8回』をーーーー最後に、コンクールは催される事は無くなった。翌年老舗チョコレート菓子店は、『破綻』した。
老舗菓子店は断わったのだ。『華月 陽藍』からの『申出』を。そして“マリージュア”の名は、廃れた。××××
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経緯はさておき仲村 叶とは、パティシエを職としていた。××××××××××勿論得意はチョコレート関係であったが、老舗にがっかりした彼はショコラティエの夢と希望も或の日のコンクールに置き去りにして来たのだ。
情熱が冷めた瞬間だった。××××××××彼は無難な“路”を、歩き出した。××××××熱戻らずに。
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仲村は目の前の美少年をまじまじと見た。少年は笑顔だった。彼の瞳は眩く輝いていたのだ。××××××××
仲村はようやく口を開いた。××××
「……………っ、華月 陽藍さんの『息子』って、本当?」と。海は“はい”と答えた。××××××
勿論仲村 叶、彼は陽藍の『ファン』だったのだ。××××××××
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「お父さん、ただいまー」
「お帰り、海って、あれ? 何だ? 隼人。 リムネットの店長やる気に成ったのか?」
「……………………、違います。」
“佐木 隼人”は、そう答えた。“俺”の、隣で。ーーーーーーーーーー
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「あ、海、おかえり。」
と、そこに、ひょいっと“子供”が、出て来た。なんだろうーーーー近所の子供なんだろうか?
華月 陽藍さんの横まで来たその子供は、えらく平凡な顔をしていた。ーーーー
「あ、紺、ただいま。今日早かったんだ?図書館行かなかったの?」
華月さんの息子だという『海』君が、その子供へと言った。それにしてもーーーーーーーー、
華月さん。………………………っ、以前コンクールの審査員として、見掛けた時には。とても洗礼されたイカしたスーツ姿だったのだけれど、………………………っ、家に居るからなのか、今はすごく普通のジーンズに薄手のニットという、えらくラフな、ラフすぎる格好で。………………………………っ、いや、格好良いは格好良いけど。なんか…………………気合が抜けるな……………………。なんとなく。
えらく緊張してたんだが、気が抜けたのだった。××××××
華月さんへと挨拶すると、“取り敢えず上がって”とそう言われた。××××××××家が立派すぎて、びびってたのに。××××××××××。
リビングへと通されると、さっきの平凡な顔の子供が言った。「お父さん、僕上に行ってるね。」と。
“お仕事の『話』でしょ”と。××××××××。
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「お待たせお父さん。手洗いうがいして来た。あ、仲村さん。お茶どうしますか?僕より父が淹れた方が格段に美味しいんですけど、僕淹れます。珈琲と紅茶どっちが好きですか?」
華月 海が、そう言った。固まる“俺”へと。×××××××××דどうしたの?大丈夫?”と、聞かれたが。××××××××
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…
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「ーーーーーーーーーー、すみませんでした。取り乱したみたいで…………………本当ごめんなさい。」
俺はそう、華月さん達、いや親子に、謝ったのだった。“気にしないで”と、返された。
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「いーよー。僕お父さんに全然似てないから、良く驚かれるもん。大丈夫だよ〜」
例の“子供”が、そう答えたのだが。“華月 紺”という名の男の子だった。つまり。華月さんの『十一男』、息子だった。××××××××××見る程に似ていなかった。××××××××
「はい、仲村さん。お待たせしました。リクエストの紅茶です。」
「あ、ありがとう…………」と海『君』に返した俺の声は、いささか渇れていた。××××××紅茶は結構美味かった。いやこれ茶葉高級すぎだろ。××××××××
「お父さんっ、何点?!」
海が言った。華月さんが答えた。「う〜ん、80点、嫌、75点位かな?」と。
華月 海は「っ、下がったっ?! っ!」と、答えたが。え? 採点すんの??
「お邪魔しま〜す。あ、ど〜も。お疲れ様ですと。あれ? 隼? 家出やめたの?お前。まあいいけど。おっ、紺ちゃん。今日居たか。俺、上で“彼奴等”の勉強見てくるけど、紺はどうする?」
「! 和希だっ! いらっしゃい! “絵理撫”未だだよ?」
と、“紺”が返した。唐突に入ってきた、“その男”に。え?勝手に入って来た??なんで?
「ん、知ってる。今日少し遅いってさ。だから待ってる間に、オレ君達の勉強見てやろうと思ってね。おっ、海、紅茶淹れる練習してたのか。良い香り出てるな。100点採れたか?」
“カズキ”と呼ばれた紺君並に、いやそれ以上に“平凡”を絵に書いたような男が、そう言った。
………………なんで誰も何も言わない訳?あからさまに不自然だよな? インターホン鳴ったか?さっき?
俺には何もきこえなかったが………………それに、鍵は開いてた訳? なんで?ーーーーっ
「“先生”っ。うううん。未だ〜お父さん厳しいもん。大丈夫、卒業までには覚えるからさ。お父さんお代わりする?」
しかし海も普通にそう言っただけだった。第一華月さんが黙ったままで。けれどその華月さんが、海に答えていた。
「嫌、いい。」と。なんで海は紅茶淹れる練習してんだろうね。俺はふとそう思った。
店でも開くとか?卒業までに?卒業したらってことか?分からないが。××××××と。
「…………………。んじゃ、“陽藍”さん、俺、上行ってます。絵理撫来たら言って下さい。あ、後、隼人。」
「…………………っ。………………………なんだよ。」
「家出行き詰まったら“寝床”位貸してやるからさ。うち来れば? 格安で貸してやる。」
「っ! 阿呆か! 金取るな! どんだけだお前……………っ、いーよ。最悪敦のトコにでも………」
「敦君だと女呼べないから、追い出されんだろ。」
「っ!うぐっ」
「嫌懲りろ。学習能力って、隼人君は知ってる? あ〜おじさん。余計なお世話ですが、隼人が可愛いからって、あんま甘やかし過ぎない方が良いっすよ。夏央さんは兎も角、結局最終的におじさんが夏美さんに、怒られるっしょ。嫌、良いけど。実は“其れが気持ち好い”とか言うんなら、止めませんけどね。さてと」
「待て和希お前はこら。」
「…………………さてと、じゃあ仲村君。」
「嫌おじさんっ! 俺無視?!」
とりあえず俺の横の“佐木 隼人”が、叫んだのだった。なに?この状況ーーーー把握しきれて、ないんだけど。××××××××あのひと、なんなの? この家のひと? 違うか。“お邪魔します”とは言ったもんな。
疑問解消しないままに、華月さんが言ったのだ。
「隼人はさておき、仲村君。“海”から何処まで聞いたかな?」と。
華月さんは、真剣だった。
××××
「お父さんごめん。僕連れて来ただけで、殆ど話して無い。お父さんから直接話した方が、良いのかなと思って。だからーーーーーー」××××
“成程”と華月さんが小さく言った。唇が薄く笑ったのが、見えた。俺はぞくりとしたが、それよりも。ーーーー
「じゃあ仲村君。ーーーー手短に。単刀直入に用件を話させて貰うね。先ずは態々御越し頂いて申し訳無かったね。此方の都合なのに。君、“ショコラティエ”への情熱は、ーーーー。もう失くしたかな? それとも秘かに燃やしてる?
例えばさ。“俺”がもし君を『ショコラティエとして雇いたい』と申し入れたら請けては貰えるのかな?
ああーーーー、勿論なんだけど。其の場合は。俺は何処迄も『最高の仕事』を“求める”ーーーーけどね。」
“どうかな?”と、華月さんは、ーーーー。静かに聞いたのだった。ーーーーとても低い声で。妖しい笑みで。なぜか冷や汗が流れた。冷たく熱い“汗”が。ーーーーーーーーーー俺の背中に。
先程、“カズキ”という人を追うようにリビングを出た海と、紺だったが、その時何故か、海だけ戻って来た。そして、ーーーー。
冷や汗伝う何故だが答えられない俺に、再び海が紅茶と茶請けを出して来た。それはーーーー
「………………、チョコレート?」
俺は、そう言った。
「はい、隼人兄ちゃんにも。食べてみたら?」
海がそう言った。海を見た佐木は、なんの変哲もない、シンプルな見た目のチョコレートを、口に入れた。そして固まった。
「仲村君も食べて感想聞かせてくれるかな?」
華月さんが言った。そうすると佐木は、又ひと粒それを口へと運んだ。さらに。薫り立つ“紅茶”に、堪え切れなかったように手を伸ばしたーーーーごくりと佐木が、それを飲んだ。佐木がますます驚いた顔をする。
華月さんは笑顔だった。いつの間にか冷や汗止まった俺は、気のせいだったように思った。そしてーーーー
紅茶に手を掛けて海に言われた。“チョコを先に”と。海のその顔を見てから俺はチョコレートをひと欠片、口に放り込んだのだ。ふわりと。ふわりと“薫り”が拡がって、甘く、苦く、絡み合って解れて鼻から抜けて、溶けて消えた。“オレンジ”の、薫りが。ーーーーーー“完璧なーーーー”
「テンパリングーーーーーー」俺はそう、つぶやいていた。その“ショコラ”に。“完璧”だった。これが。
これが“華月 陽藍の仕事なんだ”ーーーーーーそう思ったのだ。思わず見つめた華月さんがまた妖しく笑った。妖しいというより、魅力的な表情だった。とても綺麗な。




