×【閑話】×〜[昔からの“と或る”知り合いの“女”.]
唐突だか、『華月 陽藍』には、と或る“昔”から知り合いの女がーー存在する。
陽藍はその日、息子の“紺”を連れてその店に立ち寄った様だ。
××××××××
「お、珍しい。」
比率の狂った美形の造形物みたいな背の高い男にそう言われた。彼女は正直面倒な男に声を掛けられたなと感じた。苛々が止まないので、気晴らしに“飲んでいた”のに、正直台無しだった。
「嫌?無視ってお姉さん………俺の事なんて忘却の彼方な訳?冷たいねえ。俺はこんなに“愛しい”のに。なあ?“友美”さん?」
綺麗な形の唇が、美しい詩みたいな台詞を吐き出したので、言われた女はうんざりと言うよりはげんなりとしたのだった。“相変わらずだなーー此の男ーー”と。
「久し振り、陽藍君。子連れでこうゆう店来るって相変わらずなひとだよね。咎めないけどさ。」
女は冷たく、冷たいドリンクを一口飲んだのだった。“面倒くせえな。”ーー彼女の“心境”は、何の隔ても無く華月 陽藍の中に、聴こえた。陽藍も思った。“相変わらずだな。”ーーと。
××××××××
「“お父さん”の知り合いのひとー?」
陽藍が連れていた、10歳前後で在ろう子供が、如何にも子供らしく可愛いらしい仕草でそう言った。父にしっりと掴まっている。顔は彼の子供にしてはやや平坦だったが、とても利発そうだった。嫌、実際利発なのだろうと女は思った。さて、早目に“店”を出るかとも思った。別に陽藍が嫌いな訳では無い。只、彼女に取って“此の男”は、“非”現実なのだ。日常を生きる彼女には邪魔な存在だった。せっかくの気分が“台無し”でもあった。彼女に悪気は無い。そして陽藍にも。
「つれないね。」
「お父さん、嫌われてるの?」
父子がそう言って、其れを“笑った”のは、近くの席の男だった。昼間のこんな時間から“呑んでいた”其の男も大概だった。“友美”と呼ばれた女性が此の店に来た時に、やや暗い店内で適当に拓けた席に座ると、近かった其の席から其の男は軽く“合図”した。言葉は無かったが挨拶だ。友美も適当に分かるか判らないかのニュアンスで返しておいた。余り邪険にしないのは、“困った”時に、手助けして貰う為だ。最も“今”は必要無いとも彼女は思ったが。
陽藍の存在を邪険にしないのも“同じ理由”だった。趣味で絵画モデル迄熟す彼女の其のスタイルは、言う迄も無くの“其れ”だった。“眺めるのに丁度好い”という奴だ。歳は取ったが驚く程に若き日と何も変わって見えない彼女は、服装が地味に為った位で在った。相変わらずに生きているのすら気怠そうだった。
華月 陽藍は断りもせず、堂々と彼女と“相席”した。息子も其処に、座らせて。彼女も何も言わなかった。言っても無駄だと、此の彼女は知っていたのだ。
“此の男は、ひとの言う事等”ーー聴かないと。
××××××××××
「よ、久し振り。」
「何だ居たの。」
「はは。居るわ。で? 其のちびっこは? 何? 作った?」
先程、入店時に“合図して来た”男だった。香月 晃嗣と言うらしい此の“男”は、大昔に此の陽藍という男が妻にした“女”の“従兄弟”だったらしい。らしいと言うのは、此の彼女“友美”は知らないのだ。本当の事は。陽藍にはーー聞かなかった。聞ける訳が無かった。晃嗣が言っていた。
“昔、陽藍君の嫁に成った『女』に乱暴したんだ。「従姉妹」だったのにな。”ーーと。“友美さん、アンタと同じ名だった”ーーと。
香月 晃嗣は悪人顔で“笑った”のだ。普段陽藍と“酒を酌み交して”いる癖に、何を言っているのだろうーー彼女は勿論そう思ったがぞくりともした。“陽藍程頭の可笑しい男ならば”
それも“在るのかーー”と。
此の“友美”と言う女は、“絵描き”に成りたく無い謂わば変わり者だった。陽藍が“気に入る”レベルでの。
昔只の知り合いだった“此の女”は、“昔の陽藍”を“救けた”事が在った。物理的な意味合いでだが。其れ以来此の陽藍と言う男は彼女に“懐いて”在た。詰まる処何をしたのかと言うと、文字通りに彼女は陽藍の為に“ひと肌脱いだ”のだ。当時の“華月 陽藍”とは、絵描きだった。
陽藍は個展にて“最愛の女性”をシリーズで発表したのだったが、其れ等は“非売品”だった。ーーが、欲しがる輩は“在る”に決まっていた。追い払うのも面倒に為った陽藍が“相手の記憶を消す”という暴挙に出ようとしていた時に、此の“友美”が助け舟を出したのだ。元々の発言から随分絵に精通した女だとは思ってはいたのだが、私情から“絵描きに成るのが面倒くさい女”ーーだと迄はーー流石に陽藍も思わなかった。何故なら“彼女”からは絵の具の“匂い”すらしなかったからだ。
鼻の“利く”此の男に“嗅ぎ付け”られぬ位に、彼女は“其処”から離れた存在だった。傷んだ絵筆等はもう持ってすらいなかった。水で洗い落とされた鉛の香りは、ーー彼女の指先からはしなかったのだ。
鉛筆を持ち紙の上を走らせただけの彼女の技量は生きているのが“馬鹿らしく為る”程の技量だった。
指が、練り消しが、ドラッグストアの安売りのBOXティッシュが、神の使いの様に自由に紙の上を走り回った。ただ、“彼の庭の花”ーーを描いてみせただけの“其れ”は、ーー水々しかった。色鮮やかな“生きた”花ーーを、其処に陽藍は“みた”のだ。吹いた風が揺らす花弁から、確かに香りが“其処”に届いてーー彼ははっとしたのだ。
思わず汗と共に“笑った”陽藍は、次の“人生”で“絵描き”をやめた。元々陽藍は“偽物”だったのだ。
彼の妻“友美”から取り上げた能力と、陽藍本人が本来持つ『空間認識能力』とを掛け合わせた“産物”だった。“画家 華月陽藍”事、“木村 翡翠”と名乗った“彼”は。
「ミドリチャン的に…………、」
「誰が“翡翠”ちゃんだよ。」
香月 晃嗣の言葉に、華月 陽藍は突っ込んだ。電光石火。隙は無かった。“何だこいつ等ーー”
此の“友美”は、そう思った。“面倒臭い”と。彼女はそうゆう“生き物”だった。
既に“生きる”事が、面倒だったのだ。“命が尽きる迄”我慢して生きているだけの、ーー存在だった。
“生きたくて仕方無い奴に、あげれたら良いのにね”彼女は昔そう言った。
“死神がいるなら、自殺する奴の命とって来て、生きたい『子』に入れてやったら良いのに”
“そうゆうシステムなら良いのに。”
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
世の中は理不尽だと彼女は言った。
彼女が色々と“面倒”になってしまったのは、簡単だった。一番の理由は、
「知ってる?“個展”て金掛かるんだよ?ーーって知ってるか。」と、笑って言った。
“100万の端金すら、自分は持っていない”のだと。
「ーーなのにーーーー」
“若い”から“見目に魅力がある”から“覚え”が明るいから。“難しい”事を
「簡単に出来るから。“理解”出来るから。ーーでもね?」
“私が理解出来んのは事「絵」に関してだけ”で、
「“普通”がいまいち“上手”にそつなくーーとは、いかない。所謂“貧乏くじ”だ。」
“絵画”の世界からは、才能を羨まれるが後ろ盾等何も無い。“世間知らず”“実績が無い”と、素人からは軽んじられる。買い手等皆“素人”なのだ。肩書で“買う”連中から、“素人の絵”と言われる。少しばかりか“絵”に精通した者達からは、何にも“所属”しない、所属する“金”の無い彼女は、“行き成り出て来て師匠の覚え明るい未知の恐怖”ーーでしか無かった。
「私ってそんな“こわい”存在じゃないよ。只の“一般人”以下の貧乏人なのにさ。ーーーー笑え過ぎて“萎えた”わ。指先だって“言う事”利かないのにね?阿呆らし。」
“交通事故”。“軽症”と言われた彼女の“身体”は、確かに“日常生活”位ならば、送れた。
“後遺症”ーー。首も肩も指先も、彼女にしか“理解らない”後遺症。下を向き続けられない吐気。食欲不振。体重の激減。貧血。貧血から来る冷え。悪循環の無限ループは、病みたく無い彼女を“病ませる”のには、とても十分だった。
“内出血しやすい身体”ーー当初、意味が理解出来なかったらしい。体内で内出血が“止まらない”とどうなるのか。彼女は当初、本当に“理解って”いなかった。
初めは、“努力”したらしい。“早く治そう”と。十年を越えた頃に、“ああ………諦めたら良いのか……………”どうしてもっと早く“諦め”なかったのか、彼女は疑問に思った。
好きな“絵”を描いて、偶に友人と酒を飲んで、食事して、買い物して、遊んで。
それで良かったのに。
内出血から来る目眩。怠い身体。動いただけで起きる貧血。病院の血液検査で出ない“検査結果”。親身では無い医者。廻る吐気。頭痛。下がらない“熱”。段々、“生きている意味”を忘れた“頃”に、陽藍と出会った。
陽藍は彼女に、“いつかの自分の妻”をーー見た。“似ている”ーーと。同じ瞳だった。“何か”を“諦めた”彼女は、笑っていなかった。
知り合いの画家に、“僕が今頼んでるモデルだ”と言われた時は、陽藍は仰天した。男を“虫けら”の様に“一瞥”した彼女が、“モデル?”と。“見学させてくれません?”と申し出たら、意外とあっさり許可された。但し、“観る”だけだと。“描く”事は許可されなかった。画家が言うのだ。“今彼女は自分専用”だと。“俺の契約期間内は、他の奴には描かせないよ。”ーーと。
知り合いの画家は、些か“彼女”に執着し過ぎている様にもーー思えた。そして気のせいでは無かった。“愛人契約”を申し込んで、モデルの契約事“更新”しなかったらしい“彼女”は、“今フリー”だと、陽藍の“モデル”を引き受けた。
“最愛の女性”シリーズの“カモフラージュ”に限り。
つまり“最愛の女性”は、彼の“妻”の方の“友美”がモデルなのだが、独占欲の強い陽藍が“売る”訳は無かったのだ。
只、“妻を自慢”したくて発表しただけのシリーズだ。
此方の“友美”は、華月 陽藍をーーーー『“馬鹿”だーー。』と思った。
嫌、実際声に出してしっかりと伝えた。“身代わり”に“為った”“彼女”は、道楽コレクターに売られた。陽藍は“彼女”に“報酬”を渡そうとして、
「“馬鹿じゃ無いの?”」ーーーーと、断られた。苦い“想い出”ーーが、在る。
妻の“友美”が、居なかったら、間違い無く『本気』で口説いた“女”だったし、そう言った。ドン引きした“彼女”に、
「ーーーー馬鹿じゃ無いの? 本気で“そうゆうの”要らないから。てゆうか“馬鹿にしてる”わーー」
“最悪”。ーーーーーーーーーそう言われた本当に苦い“想い”出だ。
「出来もしないし、“やりもしない”事言って来る男は、本気で“最悪”。何だ嫁が居なかったらって。知るか。私は“愛人”か。嬉しく無いわ。馬鹿にしてる“だけ”だわ。たくっ。」
“口悪い”ーーと思った陽藍は考え直した。彼女の“口”を悪くしたのは、自分を“含めた”『男達』で、彼女も“其れ”を“理解って”いるのだと。
“だから私は『幸せ』に為れない”
此方の“友美”はーーそう言った。
「時給は最初に決めた“千円”プラス交通費支給。忘れる程“馬鹿”だった? 何、此の金ーー施し? 良い“御身分だね”と言いたく“為る”嫌味だね。其れは“絵”の“代金”じゃん。何あんた“ただ働き”趣味なの?ドMじゃん。寄るな変態って言って良い? 庶民の“バイト”で疲れてんだから、話し掛けないで? むかつくから。理解った? 理解るよね?」
余りの冷たさと剣幕に、「ドMかもーーしれない」ーーと、危ない発言は出来なかった。彼女の殺気位は、察していた。
さっさと嫁の処へ帰れとあしらわれた陽藍だった。“彼女”は“歳上”なのだ。此の華月 陽藍よりも。
二十代、行っても三十代が“やっと”位のベビーフェイスは健在だった。
其の“顔”のせいで、上からも下からも“舐められる”彼女の人生は、不服そのものだったが、彼女は其れを呑み込んだ。“人生とは所詮自業自得”なので在ろうーーと。自分に不備があるから、不備が自分に“返って”来るのだと。
そうでも思わないと、やっていられなかった。もう諦めた。“自分は欠陥人間”なのだと。
「で? 何で今日は珍しく、“昼間”から“ノンアル”でやさぐれてんの?アネサンは。」
誰が姐さんだと言った彼女の声も表情もーー荒んでいた。陽藍がーー身体事、後退した位に。
紺は恐いので、賢く無言でひたすらドリンクを飲む事に集中していた。何故、“此処”に紺を連れて来たのか。理由はいつも通り簡単だった。陽藍の“店”なのだ。最近は足が遠退いていたが、陽藍が娯楽で経営している店のひとつだ。“隠れ家”だった。
生バンドステージが在る“BAR”スタイルだった。“仲間”達との“遊び場”だ。
店の管理人も“客”も、皆“仲間”なのだ。此処は“そういう店”ーーだった。“昼間から酒を飲んでも咎められない店”。巫山戯た大人達の、休息地だった。此の仲間達だけの。
紺と陽藍が“立ち寄った”のは、“喉が渇いたから”だった。紺を買い物に連れて出ていた陽藍が、思い出して連れて来たのだ。“紺に未だ教えてなかった”と。ーー此の父の秘密基地を。最近来てなかったのは、《隠れる》相手が居ないからである。
息子達が“成長”したので、“構って”くれないのだ。隠れる必要も無くなった。営業を止めるつもりも無かったが。
“彼女”友美が不機嫌だったのは、陽藍が原因では無かった。陽藍に今日会う前から、不機嫌だった。
不貞腐れた彼女は、二杯目を陽藍に奢られて、つまらなそうに話し始めた。“下手くそなナンパをされた”ーーのだと。
「勇者か! そいつは! 命知らずだな!」
香月 晃嗣は笑った。彼女は不機嫌が増した。殺意すら感じれた。嫌、殺意だった。溜息を吐いて、“ソフト”ドリンクを、飲み干した。
陽藍が“おかわり”と言うので止めた。“此れ以上は身体を冷やす”からと。
おかわりは“温かい紅茶”だった。オレンジティーを出されて、彼女は拒めなかった。
此の女性は、華月 陽藍の“ひとつ歳上”だった。全くそうは見えないが。
陽藍は思わず“昔画いた彼女”の姿を懐かしんだ。“惜しい”と。
“もし記憶を失ったら、間違った振りで此方に触れれるのにーー”と。
思わず笑んだ。“息子”紺は“お父さんの悪巧み始まった”ーーと思った。“母”友美と“彼女”は、似ていなかった。
「今週入ってから、『こういうの』“二件目”なんだよね。あ〜苛つく。」
紺は何で苛つくのだろうと思った。彼女は答えた。“私ーー”
「“五十代”のアンタ“達”が言う“ババア”からかって“楽しいか”?って聞いてやったから。」
「誰だって“歳取る”のにさ、自分より“歳上”だと直ぐオバサンだのババアだの。蔑む。覚え無いわー。私“アイツ等”に“迷惑”掛けた? 何なの。」
又彼女は溜息を吐いて言った。
「紺ちゃん位の“子”に“おばちゃん”て言われるのは、自然と納得するの。けど二十代三十代、四十代、後は“歳上”に言われたくない。言い方がーー態とらしい。その辺の“店”とかで、自分達より少し上位の、絶対“私より年下”位の女の人の話、“オバチャン”とか“ババア”って、態と“大きい声”で。ーーあれ何?」
「ーー話ーー混ざって無いか?」
陽藍が聞いた時だった。“ナンパ”と“発言”は別らしいーーと。
店に誰か“入って”きた。ーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
彼女は“あっ!”と叫んだ。陽藍の“知った”顔だった。
相手も勿論“あっ”と、叫んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
そして、
ーーーーーーーーーーー
もうひとりーー来た。“えっ?!?”と叫んで。
ーーーーーーーーーーーー
それから。
ーーーーーーーーーー
更に“二人”、入って来たのだった。此の店へと。勿論後発隊は、「ーーは?」 「あれ?」とそう言った。
華月 陽藍は応えた。
「どんな“組み合わせ”なんだ? お前等?其れーーーー」と。
“察した”“友美”嬢に、軽く首を絞められた。“…………てめぇの知り合いかよ陽藍。アレは何だ?”そう聴こえた気もしたが、彼女の細い冷たい“死人”みたいな指が、……………………気持ち良くて、思わず微笑ったのだった。
“ーー気持ち悪っ嘲笑うな変態っ此のドMッ!”嘲りが心地好かったのは、些か自分でも“やばいな………………”とは自覚したのだった。…………………………どうしよう“此れ”と。
本気で青褪めた首を絞める彼女が、興味深かった。“変わって無い”と。
×××××××××××××××××××××××
勿論紺は、此の日の“報告”を、ーー“母”にはしなかった。




