『訪問』。
「和希ーーさま、さんーー」
「こんばんは。……………お邪魔します。『姫様』、此れを。ああ、『許可』は頂きました。」
「…………………『わざわざ』ですか?和希様ーーーー」
ベニバナは、笑えなかった。
『姉上』と、和希を連れて来た弟が彼女を呼んだ。
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「姉上、私は外しますねーー構いませんよね。ではーー」
イチゴは和希に目配せして、下がってしまった。和希はイチゴが閉じた扉を、再び開いた。
此方へは、来ない。部屋の外を見ていた。ベニバナは訝しんだ。「和希ーーーー、さま?」と。
和希はやっと『此方』を見た。ベニバナにはそれが、泣きそうにみえた。
やっと。
橋本 和希は、話し出した。
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「先日は、上着をありがとう御座ました。『此れ』お礼です。最初イチゴ君に頼んで『ウィアナ』ちゃんに渡しに来たのですが、断られました。ベニバナさんに『直接』渡すようにーーと。」
和希は続けた。
「貴女が姫様でなければ、僕もそうしましたが。」と。
ベニバナは首を傾げた。和希は苦笑した。そして言ったのだ。
「ーー『姫』に気軽に『会う』のは、どうかと。気が引けますね。貴女に『会いたく』とも『会えない』ものもーーいるのに。確かに『お礼』は、伝えようと思いましたが。ーーーー」と。
ベニバナは顔に影を落とした。元から冴えた顔色ではなかったのだが。イチゴが言っていた。『ベニバナが元気が無いーー』と。本当らしい。
和希は続けた。
「『甘い物』ーー好きでしたよね。『焼菓子』です。色々入ってますので、嫌じゃなかったら。ウィアナちゃんにも『渡し』ましたよ。ちょっと中身が違いますけど。」
ベニバナはやっと答えた。
「ーー何が違うのですか?」と。
自分の方が特別で在りたかった。期待を込めた事に、彼女は気付かない。無意識だった。
「此方の方が『貴女』好みかと思って。好きそうな種類を詰めてもらいました。ウィアナちゃんの方は『海』が買って来てくれた、『季節限定』ーーだそうです。」
「初め、海は『ふたりに』と、限定品をわざわざ持って来てくれたんですよ。でもーー」
和希は、話し始めた。
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和希から『上着』の件を聞いた海は、姫が落ち込んでいた事を、知った。そしてペルウィアナの『失敗』を。
真面目なふたりの事だから、とことん落ち込んでいる筈だと思ったのだ。『お父さんに相談しちゃえば楽なのにな』と。
陽藍に伝える前に、タイミング悪く話しそびれた海は、義姉友理奈と、友理奈に会いに来ていた『なつの』に相談した。友理奈となつのの『アドバイス』は、『ーー差し入れ?』だった。
「お礼に堅苦しいモノあげるよりは………“お菓子”かな。……………日持ちするやつが良いよね。〜」と。
海も『………確かに』と思った。なつのも頷いていた。“あの日”なつのは、海の役に立ちたくて成芳堂へ『下見』に行くつもりだった。良さげな品が見付かったらーー海に教えてあげようとしていた。
なのだが。
紺に『知られ』ていた。
紺は『鼻』が『利く』のだ。そして、
紺の“策略”で紺と陽藍はーー偶然なつのを『誘っ』て、来店し、偶然、海達と鉢合わせたーーのだ。
そうーー偶然だ。真逆の紺も、『滝』が居るーーとはーー思わなかったのだから。
狐の紺は、鼻が利く。大分手前で滝の『匂い』がーーした。何故居るのか?と思ったが、それに『陽藍がーー気付かぬ訳は無い』と、ーー言わなかった。
なつのは芸能人にきゃあきゃあ騒ぐ女の子でもないので、やはり紺は伝えなかった。
そもそもなつのは、『ジャン・スモ』自体、良く知らないのだ。存在位は、知っている。人気なのも知っている。なつのは意外にミーハーな女の子だが、人気音楽バンドよりも、人気『超美形』カリスマ・モデルーーの方に『きゃあ!』という感じだった。
滝より『卓』や『律』にときめくタイプだ。海の“兄”だと知った際には“歓喜”した。ーー『華月 友』、ーー『華月 龍』、『洸』、『悠太』ーーと、俳優やピアニストに画家にと、次々に出て来た“海君”ーーの兄弟には感動した。が、滝と『挨拶』した時には『普通』だった位だ。
強いて言えば『格好良すぎて』ときめかないーーのだろうか。なつのならば、『姫』の気持ちがーー理解るのかもーーしれないが、それは今和希が知るところではーーなかった。
滝の方にすれば、本当に“偶然”ーーだった。それも今和希の“知るところ”ーーでは、なかったのだ。
ベニバナ姫はベリーソースやクリームチーズ系が好きだった。甘酸っぱいのが、好物なのだ。クッキーは苦手だった。ジャム入りのクッキーは好きだった。ココアタイプのクッキーは苦手だが、海お薦めラングドシャや、チョコチップ入りクッキーならば、食べられた。プレーンクッキーが、一番苦手だった。
喉につかえる気がしてしまうのだ。甘党のベニバナが、頬張り過ぎるのが原因なのだが、気付いていないーー
そしてやはり『生菓子』と比べてしまうのだ。ケーキが一番好きなのだ。特にムース系。
チーズケーキもスフレやレアの方が好みなのだ。ベイクドタイプはーー好きではない。
そんな感じだった。
成芳堂の『マフィン』は、ベリーソースたっぷりの『しっとり』食感が売りだった。多分『ベニバナはーー好きだろうなーー』と、和希には思えた。
「“トリプル・ベリーソース”の、“ダブル・チーズ-マフィン”です。後は“ラングドシャ”。好きだって聞いて。後は『ドライフルーツ』たっぷりの、パウンドケーキです。オレンジの『香り』と、チョコの『香り』。ーーですね。」
和希の説明に姫は答えた。ーーーー
『和希様のーー「お手製」ではーーないのですね』ーーと。
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「ーーごめんなさいーー私、ーー何を言ってーー。そもそも私が和希様の『上着』をーー」
駄目にしてしまったのにーーと。ベニバナは俯いた。
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「ーーベニバナさん何か『勘違い』してませんか?」
「ーーーーーー、え?」
ベニバナは思わず和希を見たのだった。
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「『形』有るものーーは、いつか壊れますよ。あの上着は、『寿命』だったんです。
姫のせいではないですよ。俺はね、ーーベニバナさま。あなたが『くれた』ジャケットへ、『感謝』を『お返し』したいんですよ。元々『くたびれて』た、あの『ジャケット』を、大切にしてくれたーーーーでしょ? だからです。
丁寧に洗ってくれただけではなくて、『代わり』に『似せて』仕立ててくれた訳でしょ?普通、しませんからね?」
そこ『まで』はーーと。和希はそう、言ったのだった。
『気持ち』が、嬉しかったと。和希は無意識にも、自然とベニバナにほほ笑んでいた。
彼女ベニバナにとって、和希が初めて『ほほ笑んで』くれたーー瞬間だった。それだけで彼女は嬉しさを得た事に、気が付いたのだ。今ーー初めて。
ベニバナは静かに聞いた。『和希さまーー』と。
「またーー『護衛』してーー頂けますか?」と。和希は暫く答えなかった。答えられなかったのだ。
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「和希ーーさま?」
ベニバナはもう一度聞いた。和希の唇が漸く動いたのだ。
和希は『無理だ』と答えたのだった。「ぼくにはーーそれを決める『権利』がーー無いのです。」
渋い顔の和希は、やはり泣きそうに思えた。間違い無く『憂い』だった。少なくともーー姫はそう思った。
「私ーー多分和希様の事がーー好きですーー」
ベニバナのそれも又『唐突』だった。和希は答えるしかーーなかった。
『姫、ーー「多分」はーー困ります。あなたは「星」を離れて、「不安」だった「だけ」ですよーー』と。
姫は其の瞳を大きく見開くしかーー無かった。「では」とは何故だか言えなかったのだ。




