『菓子の“贈物”』。
「ーーっ、? あっれーーーーーーッ」
和希は『其れ』に、気が付いたのだった。×××××××××××××××
× ×
「ーー同じ『もの』? いや違うかーー」
和希は、気付いた。多分『滝』だろうーーと。
✿ ✿
橋本 和希は静かに苦笑した。そして言った。
『ーー帰りますね』と。
✿ ✿
「和希ーー様?」
ベニバナは和希を信じられないものの様な瞳でーー見たのだった。
× ×
「すみません出直します。お邪魔致しました。ではーー」
失礼しますと言おうとした和希だった。ベニバナは引き止めた。
✿ ✿ ✿
「ーーーーーッ!ーーーーー」 ーーーーーーーーーーーー 「ーーーーえ?」
和希はその不意討ちに、呆然とした。状況が理解らなかったのだ。
+ × +
時が停まった訳でもないのに、何も出来なかった。静かな外気と騒がしい内側の鼓動がいつまでも相反したまま、時間は動き、流れた。
和希の腕の中に、縋る様なベニバナが在た。彼の胸元に、しがみつきながら。
× − ×
「ーーえっとベニバナさんーー」 『離してください』と和希は言った。
『離れて』というべき言葉を呑み込み、そのミスに気付いたのは言いながらだった。だが訂正はしなかった。そして彼女も離れはしなかった。
震える彼女の背をーー。和希は仕方も無しにそっと撫でた。いつかの陽藍の言葉をーー思い出しながら。『愛情と憎悪』はーー
『似ている』ーーと。
ーー本当だなーーと和希は思った。憎悪にも似た痛みが、其の彼の胸を、ーー突いた。誰にも知られずに。
✿ ー ✿ ー ✿
和希が『訪問』するよりも、少し前の事だった。ベニバナに知らせが来た。『手紙』だ。
滝からだった。手紙には菓子が添えられて来ていた。
勿論菓子の方が荷物的には大きかった。滝から姫へ『出来る』連絡は『手紙』だけだと決められていたからだ。だから『其れ』は『手紙』なのだ。“菓子が付いた”手紙だと。
菓子は流れた『密会』の代わり。ーーそれは姫にも理解出来てしまった。“会いたい”という直接的な言葉は、書かれていなかった。
手紙の内容はとてもあっさりとしたものだったのだ。勿論優しい言葉が綴られていた。気遣いの言葉ばかりが其処には在った。
嬉しくない訳ではなかった。
ただ切なくはなかったのだ。そしてやはり、ーー『姫』は『自分の気持ち』にーー気付いてしまう。曖昧だった“それ”に名前が見付かった。
自分は『滝』に『恋』はしていない。
滝と『会えなく』とも、哀しく思わない。
滝とはもうーー会いたい訳ではないのに未だ断れない。ーー『和希』に『会える』理由が無くなるからだった。ーーーーーーーーーー
滝からの贈り物の先に和希の顔しか浮かばなく為って在た。
✿ ✿ ✿
『接客』中の和希は、ベニバナにもやさしくーー“笑顔”だった。
質問をすればーー何でも答えてくれた。ーー終始優しい“笑顔”だった。又ベニバナの笑顔をみてーーほほ笑み返した。ベニバナにはそれが嬉しかった。ーー美味しい料理と、それを用意した和希の“ほほ笑み”ーーが。
和希がベニバナの為に“用意”したーー食事。
“仕事だ”から『当然だ』ーーとーー言われた。それでもだ。
✿ ー ✿
全てが彼女好みの味付けでまるで夢の中の居心地の様な中での、食事。あんなに“完璧”な“食事”は初めての経験でとても特別な時間だとそう思った。『多分もう二度と』ーー
得れないであろうーーとベニバナは感嘆した。
✿ ー ✿
和希は料理の専門家では無いのだ。それはベニバナも聞いて知っていた。
オレガノ達位の年頃の子供達に勉強を教える事が本業だと。
『ナイト』も『料理』も、彼の本当の仕事ではないのに。
ーーなのに和希の全ては、あの日“完璧”だと思えた。
感動で泣きそうだった。
✿ × ✿
ベニバナだって滝の事は、優秀なのだと勿論知っていた。陽藍が許可した位なのだから。
何よりベニバナ当人も滝との会話でそれは事ある毎に感じてもいたからだ。
なのに。
ーー何故ーー自分は和希なのだろうーーーーベニバナは自分でもそう思った。
永い時間を共にした訳でも無いのにと。『愛情』とは、永い年月や時間の中で芽吹くものだと思っていた。
ベニバナは余りにも和希の何もかもをーー未だ、何も知らない。
しかし、
どうしてなのだろうーーーーーー彼の『優しさ』だけがーー、ベニバナには伝わって来るのだ。
護ってくれる、護ってくれた彼の腕の中程にーー安心出来る場所はーー見付けられなかった。
しがみついた『彼』の温度の中で。ーー唐突に涙はーー流れ出した。
✿ × ✿
ただ、ーーーーかなしかった。
✿ ー ✿
ーー和希は自分を好きには『なって』はーーくれない。知っていた。
✿ ✿
ーーーーーーーだったら。
✿ ✿
今だけーー今少しの間だけ。
此の温度の中にしがみついて甘えてしまいたかった。
✿ ー ✿
滝からの贈り物にはそんな甘い効果はーーなかった。
けれど相手が和希だと。ーー彼と言うだけで喜べた。
滝の事は。滝が模範的に“好い人”であれば在る程ーー苦しく為った。ーー嫌う理由も無いのにーー。ーー嫌われーーたかった。
勝手だーー自分は和希に此方を向いて欲しいと願うのにーー
自分が滝を好きになるよう努めればーー多分『皆』ーー歓ぶだろうーーに。
きっと和希も。ーーーーーー
それを『望む』からこそ、彼は自分の『護衛』を引き受けてくれたのだろうに。
✿ ー ✿
滝の元へゆけば。
ーーずっと和希の『近く』にーー居れる。
そう思っても滝をオーケー出来なかった。
✿ ✿ ✿
ベニバナはそんな葛藤の中で、あんなにも暗い疲れた顔で、贈物を眺めていたのだ。
そんな時に、イチゴへと和希からの連絡が来た。
✿ ✿ ✿
ベニバナは嬉しかった。和希からの礼の言葉、遠慮がちな『手土産』、詫びの品の上着を羽織り表れた其の姿も全て。
彼の心遣いが。気が付くと『気持ち』を言葉にした後だったのだーー。不用意にも。
✿ + ✿
未だ居て欲しいのに彼の言葉はーー
『帰る』とーー。ああーー滝からの菓子箱にーー気付かれてしまったのだ。不注意過ぎたーーそう思った。
✿ ー ✿
ふわりと掛けられた『ジャケット』。礼儀正しく『詫び』を入れてから抱かれた“肩”。荷物を受け取ってくれる“仕草”。言わずとも自然と合わせてくれる『歩幅』。
『目線』も。
“言葉使い”も。気遣いの『全て』が、哀しい位に優しかった。哀しくもーー嬉しかった。
例え和希にはーー『そうで』なくとも。ベニバナは『護衛』の間、とても幸せだった。ーー楽しかった。ふたりの『時間』の様で。
✿ ー ー ✿
未だ話していたかった。けれど。
✿ ✿ ✿
気付くと引き留めていたのだ。
✿ ー ✿ ー ✿
強引だとは後から思った。だが止めれなかった。迷惑を掛けたくない感情と迷惑を掛けていると理解しているまるで“淡い“ようでもある“想い”とが矛盾して混ざり合い反発し合っていてもだ。
嫌われているのだから、だったらもう諦めてーーもっと『嫌われようーー』と思い始めていた。
✿ ✿ ✿
好かれないならもう諦めて嫌われしまおう。そしてもう嫌われても今だけは。少しの間で良いのだ。今だけは彼の温度にーー甘やかされていたいーーと。
しかし『和希』が『背』を撫でた。優しい腕で。ゆっくりと。宥める為か。子供だとあやす為か。ーーーーーーーー
✿ ー ー ✿
ビクリと震えたベニバナはその優しい温度をーーやはり離したくはないと思った。やはり矛盾だと思った。離れ方がーー見付けられなかった。
見付けたく無いのだろう。ーーーー
背を撫でる和希の手は、穏やかに優しかった。こんな時迄もーーーー残酷な優しさだと言えば、時が終ると思った。
✿ ー ✿
もう“諦めよう”ーーと、思った。
甘え過ぎて和希の迷惑に為ってしまうのは嫌われるより、つらく心が痛い。ベニバナは名残惜しい身体をゆっくりと。ーーそおっと離した。
謝らなければと和希を見上げた。
和希の瞳はベニバナを映し、見ている事を教えてくれた。
✿ + ✿
長い時は流れなかった。
ベニバナが言葉を選ぶよりも前だった。ゆっくりと和希が先に動いた。
✿ × ✿
和希の唇がベニバナの其れに不意に触れた。
✿ ✿
一度離れたそれは何かを確認する様に彼女を見た。
放心している姫を他所に、又ゆっくりと歩く様なスピードで、唇に唇が又触れた。
✿ × ✿
和希の其れは真剣だった。ベニバナはどうして良いか分からずに固まっていた。
和希の世界でなら狐につままれたようーーと言ったろうーーが、ベニバナの思考は動きを停めたままで未だ稼動するには至らなかった。
又不意に、和希の手の甲が彼女の頬をなぞった。ベニバナは嬉しいに喜んで良いのか分からずに何の反応もしなかった。
彼女の視線の先は、彼女のせいで床へと落ちた和希の手土産だった。
和希の彼女を支える腕の中で、ベニバナは間抜けにも其れをみていた。『中は大丈夫かしらーーーー?』と。
和希から『貰った』初めての『贈り物』の心配だった。
何だかわからなく成ったベニバナは、彼の腕の中にもう一度身体を押し付けた。
強くしがみついたが和希は苦も無く受け留め支えてくれた。ーー彼の胸から鼓動が聴こえて来て、ベニバナは瞳を綴じて、彼の鼓動を聴いていた。
『未だ終わらないで』ーー。
『未だ帰らないで』側にいてーーーーと。
唇にもう一度触れて欲しいーーと、欲張った。二度も触れた『其れ』に、実感が無かった。
『夢』だったかもしれないからーーーーと。
身体を離したく無い感情と、もう一度だけキスして欲しい感情が、喧嘩した。顔を額を彼の胸へと押し付けた。哀しみと相俟った感情がーー喧嘩しながら。
話したいのに、何も話したくはーーなかった。又泣いていた。




