80話 奴隷解放
「わ、私がヴァレ教の教皇、アドリンである!き、貴様はなにものか!」
それからさほど時間をかけずに教皇を名乗る50ぐらいのおじさんが出てきた。教皇というイメージからすると意外と若いと思うのは俺だけか。こちらもさきほどの枢機卿と同じくでっぷりと肥えており、よっぽどいい物を食べて生活しているのだと感じさせる。枢機卿達は教皇を前面に出しており、自分達は柱の影からこっそりとこちらを窺っている状態だ。おっさんが柱から覗き込んでいても可愛くないぞ。
「帝国の軍隊を壊滅させた者だよ。獣人の国と帝国との戦争は知ってるよな?それの後の交渉結果は?」
「帝国が負けたことは知っているが、そちらとの交渉結果なんぞに興味はな、ないっ!」
おや?皇帝から知らされているかと思ったが、知らなかったのか。皇帝は教皇に無断で俺達の元へ放り出したんだな。ありそうな話としては、面倒な教会を俺達の手で始末させてその後は万々歳って所か?
「では、教えて差し上げよう。そちらの教会が保有している亜人奴隷の解放。それから、奴隷の首輪の破壊を要求する」
「なん、だと!?」
「分かっていると思うが、叶えられない場合は暴れさせてもらう。そう伝えておいてもらえるか?本物の教皇様に、な」
「んな!?」
このおじさんは、元々用意されていた教皇の影武者だ。素直に危険なところへ出て来る訳はないと思っていたが、割とありふれた手法で来たな。元々顔を知っていたり、俺のように人物鑑定が出来る人間だったりしなければ、十分通用する有用なものではある。他にはアイラ達竜人や、ドラゴン達のように竜眼を持っている場合には本物か?という問いかけをするだけで十分見破れてしまうけどね。
実際の教皇がこんなに太っているのかは分からないが、影武者というのだから似たような体型なんだろう。こんだけぶくぶく太っていたら多少顔が違っても見分けなんてつかないしな。わざわざ豚を二匹、こんな豪華な入れ物に入れて飼ってるとは変わった宗教だな。
お、ちょっといいかく乱作戦を思いついたぞ。ヴァレ教の教皇が俺に会うのを拒否した、と言うのであれば、俺みたいな下賎な者とは会わないからだ!という事で権威が保てるかもしれない。だが、影武者を派遣して俺と会ってしまったということは、俺達の戦力に臆したということだな。つまり神様の加護を最大限受けているはずの教皇が、俺達という脅威から神は助けてくれないと認めたってことでいいな。醜聞として広めてやろっと。!
「本物の教皇に話を通す必要もあるだろうし、枢機卿達との話し合いもあるだろう。返答は七日だけ待つ」
悪巧みを考えたので、わざわざ相手に恩を着せた上で時間をくれてやろう。こちらのスタンスだけを伝えてゴルラドで飛び去る。さて、とりあえず立て札の準備かな。
神都から離れた俺達は森の中に降り立つ。ゴルラドとかばんで待っていたアイラにも手伝ってもらって立て札を作っていく。どうせ使い捨てなので拵えは簡単なものだ。書き込む塗料は持ち合わせていなかったので、神都に侵入してから書こう。とりあえずたくさんの立て札を作り上げ、三人で壁を駆け登る。30mの壁を脚力だけで登りきるのは無理だが、途中途中で障壁を出してしまえば簡単に登れるし、落ちる心配もない。壁を蹴り壊しながらでよければ障壁も要らないのだが、目立つので今回はパスだ。
真っ暗な真夜中に侵入したのだが、壁の上はすごい数の人間が警戒していた。明かりもあちらこちらに灯され、戦時と言っていいような厳戒態勢だ。俺達が襲撃した時は飾り物と化していたバリスタや大砲等も、すぐに使えるように準備がなされている。大砲のすぐ横には魔法使いが一人ずつ座っており、どうやら玉も込めてあるようだ。これって七日間もこの警戒態勢を続けるんだろうか?こっちが言うのも何だが、七日も待ちぼうけって疲れないか?
時間が時間なので寝る場所の確保は無理だった。そのため使われていなさそうな建物の上で気配を消して寝る。正直に言って寝心地は悪い・・・明日には宿を取ろう。
昼ごろになってこっそりと塗料を買いに行く。店に入る直前まで気配を隠し、買い物が終わればまた気配を消す。店主は俺達の風貌なんて知らないし、この方法なら軍人達に見つかる心配もない。その後も気配を消したまま立て札を町のあちらこちらに立てて回る。町の人々からすれば今までなかった物が周りには誰もいなかったにもかかわらず、急に現れたように感じたことだろう。
立て札の文章はこうだ。
「教皇は影武者。ドラゴンの脅威に怯えて神を信じず」
立て札を立て終えた俺達は、夜を待って酒場に繰り出す。そこで噂の流れ具合を確かめつつ、積極的に煽っていくのだ。もちろんドラゴンに竜殺しが効かなかったことも、そのドラゴンに聖教兵が為す術なく敗れたことも付け足しておく。
最初の3日ぐらいはあまり噂の浸透が良くなかった。さすが宗教の総本山に住む者たちなのかあまり揺さぶれなかった。そのため自分達がドラゴンに焼き払われるのではないか、という不安を煽る方向へシフトした。立て札は作ってもすぐに排除されてしまうので、パフォーマンスとしてゴルラドに神都の上空で炎をはかせるなんてこともした。大砲で迎撃されるかとも思ったが、打ってこなかった。外したら街中に砲弾が落ちるから、そりゃ打てないよね。直接関係のない住民には悪いが、教皇たちが折れるための後押しになってもらわねば。
その甲斐有ってか最終日にはドラゴンに怯え、酒を飲みながら愚痴ると言う人を一定数見ることができるようになった。もうこんなことをする機会はないだろうが、協力者もいない中で情報操作をするってのはなかなか難しいものだ。
「それで、返答は?」
ゴルラドに乗ったまま、前回と同じ場所に降り立つ。前と違う点としては、今回は俺達の様子を民衆が遠巻きに見ていることだ。こないだはいきなり戦闘に入ったため、こちらの様子を窺うより先に逃げ出していた。それがなければ立て札作戦もいらなかったかも知れないな。散々煽った成果なのか、あちらこちらから視線を感じる。七日の頑張りが正しかったかは自信がないが、無駄ではなかったようだ。
ちなみに民衆には有効だったようだが、教皇には無効だったようだ。今回も偽者の影武者さんが出張ってきている。
「断る!我等は侵略者には屈しない」
「ふむ。それはヴァレ教としての決定でいいのかな?」
「当然だ!」
「本物の教皇は逃げ出したの?」
「に、逃げ出してなどおらん!私が本物の教皇である!」
「アイラ?」
「はい。前半も後半も嘘ですね。どうやらヴァレ教の教皇は逃げ出したので間違いないようです」
えー。その可能性がないとは思わなかったけど本当に逃げたのかよ。
「なっなんの根拠があってそんな戯言を!?」
「あーうちのアイラはお前らに滅ぼされた竜人の生き残りなんだ。だから竜眼でお前の嘘は分かる。にしてもあなたも大変だねぇ。逃げ出した教皇の代わりだなんて」
「・・・」
呆気にとられた顔をしたまま固まっている。
「それで影武者さんとしては獣人奴隷は渡せない。だからここを火の海に沈めてくれってことでいいかな?」
「ふざけるな!なんでそいつらが保有している奴隷のために俺たちの町が焼かれなくちゃならないんだ!」
「そうよ!うちで使ってる奴隷なら引き渡すから許して頂戴!」
「俺達は獣人の奴隷なんて持ってないぞ!とばっちりは止めてくれ!」
等など、影武者からの返事を待つまでもなく俺たちの話を聞いていた民衆が騒ぎ出した。家庭や店で保有していた獣人奴隷が次から次へと俺たちの所へ移動してくる。
「お、俺達はこの奴隷の所有権を放棄する!だから焼くなら教会だけにしてくれ!」
おかしい・・・。そりゃ確かにこうなってくれればと思って煽ったよ?でもそれにしたって今まで世話になったはずの教会を見限るのが早過ぎないか?教皇が逃げ出した事実が重すぎた?それともお布施を毟り取るような宗教だったのかな?
連れて来られた獣人達はぼろぼろだった。服はぎりぎり大事なところが隠れていれば良いというような状態だし、あざだらけ、傷だらけの物がほとんどだった。片腕がない、片目が開いていないというようなひどい怪我を負ったままの者も普通にいた。
それにしても数が多い。治療したりしたい所だが、この場でこの人数は捌ききれない。首輪の呪いだけを集団解除して、アイラのかばんの中に入らせる。その間に教会の連中は責任を押し付けあいながらお互いに怒鳴っていたが、途中から民衆に詰め寄られてしまい忙しそうだった。
教会側の最終的な結論としては折れるしかなかった。民衆だけではなく一部の兵士からも詰め寄られるし、攻め落とされそうな緊急時に教皇は逃げ出すしで権威もへったくれも残ってはいなかったのだからしょうがないだろう。再度の一戦をやる必要もなく、この町の奴隷達は解放されることになった。




