二十九話
紹介された町外れの木賃宿に到着した。名を灰色の虹亭という。
日干し煉瓦を乱雑に積み上げた壁は風雨に晒され建材としての機能を大分失っている。
柱は屋根を支えきれずねじ曲がりはっきりと傾斜していた。悪い木材を素人大工が切り出したのだろう。総評はザ・安普請。
――ボロい。だが、一晩泊まるだけなら耐えられるだろう
この宿をひと目した時、ジェラートはそう思った。が、しかしそれは玄関をくぐり建物に立ちこめる悪臭を嗅ぐまでの事だった。
――鼻が曲がる! ここで寝起きしろと?
ジェラートは信じられぬ思いだったが、他の仲間達は特に反応もない。どうやら自分は自分が思っていた以上に温室育ちの箱入り娘だったらしい。
暖炉の前を陣取る宿番に人数分の真鍮銭を支払う。ガラと目つきの悪い男で、腰に挿した棍棒盛んにちらつかせている。町外れは治安が悪い。
客層もそれに応じている。屋内の悪臭は建物が放っている分だけではなさそうだ。目に光のない人品不確かな連中が揃っている。冒険者らしき格好のものもちらほらいる。
皆、継ぎ着古したマントで体を包み寒気から見を守っている。マントから突き出た頭は長い間洗っていないようで不潔にうねっている。ジェラートは知られぬよう口だけで呼吸することにした。
ブラウスは適当に空いている空間を見つけるとさっさと横になった。ぐへえ、と遠慮ない女子力0の息を吐き出した。そしてムーニャをぐいと胸にひっぱりこみ抱きかかえた。病み上がりのブラウスを気遣っているのかムーニャは不満そうではあるがされるがままになっている。
全員がその周りにに腰をおろし、人心地ついたのを見計らってまもる が話題を切り出した。
「それでどうする? 明日の予定。俺としては一日つぶして休息とりつつ、訓練所でパーティーの連携合わせをやっておきたい所なんだが」
抱きかかえた猫の肉球を指でなぞって遊んでいたブラウスが異を唱えた。息苦しそうにしているジェラートを横目にしつつ。
「えー、いらんでしょ。私は寝れば平気だし、訓練より実戦あるのみだよ。…ジェラートはどう?」
振られたジェラートは少し動揺しつつ現状に思いを巡らし天井を見る。湿気のせいかカビのような物が見える。
「うっ、ええと。そうだな。私も迷宮に再び挑むのが良いと思う。連携の拙さは、相手を見極めて逃走のタイミング過たず判断すれば今日のような事はふせげるだろう。うむ、違いない」
さっさと現金収入を得てこの宿に泊まるのを最初で最後にしたいしな、という心の声をすっとぼけつつジェラートは答えた。
あまり堅実とはいえない、行き当たりばったりなジェラートらしからなぬ意見にキンコは眉を潜めている。
としあき はというとジェラートの心情を組んで黙っていた。男装の戦士姿から司教の正装に着替えたジェラートは明らかに場違いで、表情仕草等で世間知らずっぷりを晒していた。ジェラートの価値観からいうとこの宿は耐え難いものだろう。
――彼女は、自分ではどう思っているか知らないがポーカーフェイスがうまいほうではない。でもそんな彼女もかわいいな。としあき はまもる の話とパーティーの未来そっちのけでそんな事に思いを馳せていた。
としあき のジェラートを遠くから愛でる中毒はますます重度になりつつあるようだ。




