三十話
――日の出だ。
としあき は直視しないよう気をつけながら夜明けを見守っていた。
――なんの変わりもない朝だ。昨日をひきつぎ今日が始まる。
他の仲間はまだ宿で眠りこけている。としあき は一人起きだして宿を出たすぐのところにある空き地の瓦礫に腰掛けて物思いにふけっていた。
武器と荷物は仲間の所に置いてきてある。今のとしあき は何も持たない、着の身着のままだ。0に等しい財布すらない。
ふと手のひらをじっと見る。長年の農作業の労苦が皮のぶ厚さに現れている。昔、誤って鎌で切り裂いた小指付け根にある傷跡もはっきりとある。
――俺は俺だ。他の何ものでもない。
瓦礫を踏みつける足音が聞こえる。ゆったりとした歩幅だ。暴漢のたぐいではない。振り返るとまもる だった。寝ぼけまなこでアクビに顔を歪めながら言った。
「おぅ。おはよう。速いな」
眼をショボ付かせながら隣の瓦礫に腰掛けてしきりにアクビをしている。早朝の弛緩した空気が辺りをただよう。
としあき は昨日の内から決めていた話題を切り出そうと機会を伺った。大事な話だ。まもる には話しておきたかった。最初に出来た仲間だし、同じ男同士だ。まもる が五回目のアクビを締めた時としあき は切りだした。
「実は言っておきたい事がある。うん。聞いてくれるか」
「ぬ~。なんだ改まって。いいけど」
眠りつこうとする目蓋を堅持しつつまもる は手をすっと差し出して話しを促した。としあき は頷いて続ける。
「昨日の、酒場の話の続きさ。俺の半生の話し。途中でやめちまったろ?」
「うーん。だけどいいのか? 言いにくいなら別にいいぜ?」
「何、いいさ。といっても、もうこれといって話すことはないだけどな」
まもる が眉を潜める
「むむ?どういうことだ。わからんぞ」
「そのままの意味さ。あの話しの続きが昨日に繋がる。なあ、まもる。実は俺、記憶がないんだ」
としあき は告白した。14歳の頃、口減らしに寺院の奉公人として家から放り出された。としあき はその寺院でこき使われた。日々下働きとして寺院の雑用に追われる毎日。ふんぞり返った生臭坊主にヘコヘコ頭を下げる毎日。
まったく幸福のない生活ではあったがそれを省みる暇もなく、矢のように時間は過ぎていき数年がたった。
ある日の真夜中。眠りにつく直前。何もかもが嫌になり寺院を脱走しようと思い立った。明日から上司の眼をかい潜って旅装を整える準備をしよう。必要なものは数多い。
そんな決心、又はただの思いつきを胸に眠りについたのだが、目覚めるとそこは寺院の寝床ではなかった。ここ城塞都市アリガミンの東門をくぐりぬけた通りに立ち尽くしていたのだ。
驚愕してパニックを起こし周りの人間に手当たり次第、我が身にふりかかった事態を聞きまわった。しかしそんな超常現象の詳細を街行く人々が知るはずもない。
なんとか冷静と自己を取り戻したのは、騒ぎにかけつけた衛兵の怒りの形相のおかげだった。捕まったらただでは済まなそうだったのでとにかく逃げた。全力疾走で疲労と空腹で体が重くなると現状を認識しようとやっと脳みそが働き始めてくれた。
平静を取り戻して住人にここはどこなのか聞いてみると、アリガミンだという。まったく知らない土地だった。しかしなにはともあれ生きるための生活費がいる。仕事を見つけなければならない。
そこで食い扶持を稼ごうとこの街の代名詞でもある迷宮探索者――冒険者となることに決めたのだった。それが昨日の朝のこと。
「――という訳なんだ。…それで、信じてくれるか」
まもる は目をパチクリさせながら答えた。
「へぇー。そりゃ難儀だったなー。勿論信じるさ。しっかし大丈夫か? 頭とか打ったりしてないか?」
まもる の一本気な好意にとしあき の胸は熱くなった。心の重みがフアッと溶けさったような気分。
「うん。怪我はない。ありがとう、まもる。言ってよかったよ。迷ってたが女連中にもきちんと言っておこうと思う」
記憶が欠落しているなんて嫌われるかもしれんが、ととしあき は続けたがまもる にガハハと笑われてしまった。HDクラッシャーズは変な奴が多いから記憶がポッカリ抜け落ちたくらいじゃ何ともないだろう、とつっこまれた。考えてみたらそのとおりである。
後ろを振り向くと宿屋の入り口から仲間たち、ブラウス・ジェラート・キンコ・ムーニャがチェックアウトして出てきた。こちらに気づいたブラウスが両手を大きく振って何か叫んでいる。朝から騒がしい女だ。としあき は苦笑した。




