義勇兵の活躍
――1940年7月26日 オーステンデ、白海軍第2艦隊旗艦バーデン(元)
「Chain Homeレーダーに感あり。蘭国境より、小型機10機程度が侵入。戦闘機派遣を要請します」
「侵入の機体はJu87、わが対空砲に攻撃をかけました。ポーランド義勇兵のHurricane 12機がこれを追撃しています」
「話は通じるのかね」
「レーダーからの方角と距離、高度は伝えられますので、誘導には問題ありません。蘭領内に侵入するのは止められませんでした」
「Ju87撃墜5機、戦闘機の損害なし。対空砲3門大破とのことです」
「ポーランド義勇兵に感謝のメッセージを。もう少し早く発見できるといいのだが」
「Chain Homeレーダーで探知距離が100Km以上に伸びたとはいえ、英本土の飛行場からの距離も100Km以上ありますので、発見してからの出撃では爆撃そのものを防ぐのはむずかしいです。航続時間に限界がありますので、空中待機もできません。今後本艦を狙ってくることも考えられます」
「NSBの反逆者が蘭国境より大隊規模で前進しているとの報告がはいりました。陸軍の重砲で対応しています」
「向こうがNSBを使ってくるなら、こちらもなにか考えないとね」
――1940年7月30日 オーステンデ、白海軍第2艦隊旗艦バーデン(元)
「鰯12,鰊12です。失礼戦闘機12,Ju87 12機です。Hurricane12機出撃しました」
「協力者が使っている符丁を使うのは注意が必要だよ。うまくいってはいるようだね」
「はい、NSBの評判はなかなか悪いようです。蘭の電話網につながっている家と、白の電話網につながっている家が隣り合っているところの協力者が得られましたので、離陸後5分以内に連絡が入ります」
「Ju87を6機、Bf109を1機撃墜。Hurricaneの損害3機、1人無事脱出、1人独軍占領地域で脱出」
「ポーランド義勇兵か。深追いは問題かもしれんが、感謝してもしきれんな。脱出したパイロットには、なにか振る舞ってやりたまえ」
――1940年7月31日 オーステンデ、白海軍第2艦隊旗艦バーデン(元)
「戦闘機24。Hurricane 16機出撃」
「Bf109を8機撃墜。戦闘機の損害5機、2人無事脱出。1人独軍占領地域で脱出」
――1940年8月1日 オーステンデ、白海軍第2艦隊旗艦バーデン(元)
「戦闘機72機 Ju87 36機来襲。Hurrricane 36機出撃。チェコ義勇兵と英に脱出した白空軍部隊も参加しています」
「艦隊の被弾12。主砲塔被害3基。主砲塔29基、58門運用可能です。Ju87を22機、戦闘機6機撃墜。戦闘機の損害12機、5人無事脱出、2人独軍占領地域で脱出」
――1940年8月2日 Downing 10
「100機の襲撃に対して、十分時間があったにもかかわらずHurricane 36機しかだせないとはどういうことだね」
「義勇兵部隊は戦果も挙げていますが、連日損害を多数だしており、これが限界でした」
「RAFは何をしていたのだね」
「義勇兵を出すだけでよいというお話だったと」
「白軍やポーランド兵の活躍は新聞でも広く取り上げられている。これを見殺しにすることはできないのだよ」
「本土侵攻の場合の予備が必要です」
「その場合は教員配置や休暇中の搭乗員を投入すればいいだろう」
――1940年8月3日 オーステンデ、白海軍第2艦隊旗艦バーデン(元)
「戦闘機60機 Ju87 36機来襲。Hurrricane 24機、Spitfire 24機出撃。RAFも参加しています」
「艦隊の被弾6。主砲塔被害1基。主砲塔28基、56門運用可能です。Ju87を12機、戦闘機10機撃墜。戦闘機の損害20機、8人無事脱出、1人独軍占領地域で脱出」
――1940年8月4日 オーステンデ、白海軍第2艦隊旗艦バーデン(元)
「夜間の列車砲の射撃が再開しました。航空攻撃を要請します。大規模な陸上部隊の動きが見られます」
――1940年8月5日 オーステンデ、白海軍第2艦隊旗艦バーデン(元)
「夜間爆撃は成功ということでしたが、列車砲の射撃が続いています。さらなる航空攻撃を要請します。主砲塔被害2基。主砲塔26基、52門運用可能です」
――1940年8月6日 Downing 10
「夜間爆撃で効果なしというのはどういうことだね」
「40t程度の爆弾を落としているので、効果はあったはずです」
「白艦隊からは、列車砲発射地点の付近での2次爆発が見られなかったと報告がきている」
「RAFの航法は海軍譲りで、高精度です。近距離のことですから、誤差はほとんど出ないはずです。白軍の報告した位置に列車砲がいなかったのかもしれません」
「海軍は出せないのかね」
「海峡は独空軍により機雷投下が行われていますので、主力を出すのは危険です」
「掃海は」
「オーステンデへの航路は確保していますが、それ以外の航路の維持は困難です」
――1940年8月6日 第2航空艦隊司令部
「そろそろ頃合いだね」




