〜無音の影の、とある最前線目撃記〜2、3話の裏話
「声を発するセリフ」
(心の中、ひとり言)
今日も平和──のはずだったが、その日の夕方、俺たちの度肝を抜く大事件が起きた。
バァァン!!と勢いよくアジトの扉が開く。
「おいサシャ!今すぐ女の子用の着替えと、温かい湯を用意しろ!」
「へ? 女の子って……ひゃあああああ!?」
厨房から飛び出してきたサシャが、間抜けな悲鳴をあげてひっくり返った。なんと、いつもの草むしり依頼(薬草摘み)に出かけていたはずの大将が、衣服をズタズタに破られて声も出せずに泣いている、信じられないほど綺麗な美少女をがっしりとお姫様抱っこして帰ってきたのだ。
「うおおお! 大将が新彼女(お姫様)を拉致してきたァァァァァ!!」
「脳筋ダグ、声が大きい! 拉致じゃねぇ、盗賊に襲われてたのを大将が救い出したんだわ!」
俺がダグの頭を小突いている間にも、サシャの目はギラギラとしたオタクの輝きを放ち始めていた。
「ちょっと大将!!こんな可愛い子によくもまぁ自分のボロい上着1枚だけ引っ掛けて帰ってきたね!服、破れて中身が見えそうじゃん! ──ダグ、ジーク、男は全員そこのカーテンの裏に引っ込んでなさい!!」
サシャは俺たちを乱暴に追い出すと、真っ赤になって震えているその少女──シィルちゃんを抱きかかえるようにして奥の部屋へと連れていった。
◇
「……ふふふ。まさかスラムのボロアジトで、こんなに最高な子(着せ替え人形)に出会えるなんてね……!」
奥の部屋から、サシャの邪悪な(楽しそうな)笑い声が漏れてくる。カーテンの隙間から覗き見していた俺とダグ、そしていつの間にか合流したクロウは、ベッドの上の光景に目を丸くした。
シィルちゃんは声が出ないのをいいことに、完全にサシャのオモチャ──もとい、着せ替え人形と化していた。
サシャがスラムの衣類問屋から安く仕入れて趣味で集めていた、まともな女の子用の服が、次々とシィルちゃんに着せられていく。
「まずはこの、ちょっとフリルのついた緑のワンピース!……はい可愛い!翡翠色の髪に似合いすぎ! ──次はこれ、男物のオーバーサイズの白いシャツ!大将のシャツを借りたって体で着てみて!……ひゃああ、袖が余っててあざとい!犯罪的可愛さ!!」
サシャが着替えさせるたびに、シィルちゃんは恥ずかしさのあまり耳の根元まで真っ赤になり、声が出ない代わりに、パタパタと両手を振って「もう勘弁してください……!」と言いたげに助けを求める目で俺たちを見つめてくる。
『──大将、サシャを止めて。あの子、目がガチだわ。あの子が恥ずかしさで爆発しそう』
クロウが呆れたように手話を結び、大将も「おいサシャ、遊んでねぇで早く飯の支度しろ」とだるそうに頭を掻いた。
ようやくまともな服(サシャお手製の可愛いお下がり)に着替えたシィルちゃんが、おずおずと食堂の丸テーブルへとやってくる。クロウが差し出した温かいスープを一口啜り、ホッとしたように顔をほころばせる姿は、マジで育ちの良い本物のお姫様みたいだった。
実際、文字を書いてもらうと、識字率が低いスラムの俺たちじゃ絶対に書けないような、息を呑むほど綺麗な流麗な文字を紡ぐ。大将が「最高峰の教育を受けたお嬢様だ」と一瞬で見抜いたのも納得だった。
そして、その夜の特訓。大将がシィルちゃんに向かって、ゆっくりと、世界で一番優しい手話を結んでみせた。『ありがとう』シィルちゃんは涙を浮かべながら、教わったばかりの指先を不器用に動かし、胸の前で一生懸命に『手話』を返した。──ありがとう。
その2人の、世界で一番温かくて甘酸っぱい空気を、俺たち3人組はアジトの柱の陰からニヤニヤしながら見守っていた。
「ううう……尊い……尊すぎるよジーク……。私、今日から全力であの2人の『壁』になるわ……」
サシャが鼻血を拭いながら拝むように呟き、ダグも「大将、お似合いじゃん……!」と親指を立てる。
世界の理から弾き出され、言葉を奪われたお姫様。けれど、このアジトで大将の手話に出会ったシィルちゃんが、これから俺たちの最高に美しい光になっていくのを、俺たち3人組は特等席から、全力のニヤニヤ顔で見守り続けることを心に誓ったのだった。
(モブ視点・2〜3話の裏側 完)
ジーク→大将
「……大将。俺は、アンタたちみたいな化け物じみた強さはねぇし、いっつもビビり散らかしてばっかだけどさ。……アンタがくれたこの枯れ葉みたいな無能の髪色と、この『目』だけは、死んでもアンタと『ヴェール』を裏から護るために使い切ってみせるよ」
サシャ→大将
「大将、あんまり無茶しないでよね。……私さ、このゴミの灰みたいな髪色で世界から弾き出されて、死にそうになってた時、大将にその大きな手で引っ張り上げてもらったこと、一秒も忘れたことないんだから。だからさ、これからはもっと私を頼ってよ。大将とシィルちゃんの尊いラブコメの壁を、死ぬまで最前線で守ってあげるのは私の役目なんだからね!」
ダグ→大将
「大将ぉぉ! 俺、年齢も体も一番デカいくせに、頭が悪くて、手話魔法も使えなくて、いっつもジークたちに怒られてばっかだけど……! でも、大将のその漆黒の筋肉と、折れても絶対に折れねぇ鉄の剣の背中は、俺の人生の永遠のナンバーワンの目標っす!! いつか大将みたいに背中で語れる本物の男になるまで、俺がその分厚い肉体で、ヴェールの絶対の盾になってみせますッ!!」




