第1.5話:乙女たちのピクニックとネズミ駆除
「声を発するセリフ」
『手話を使用した会話』
【筆談を使用した会話】
《モールス信号を使用した会話》
(心の中、ひとり言)
〈異世界語〉
二重括弧は外側が対象。
〈《異世界語で話してるしモールス信号も使用してる》〉
と言った感じ。
この回はグロ描写が少々ございます。
読まずとも本編にはあまり影響されないと思いますので、気分が悪くなりそうな方は回れ右しても構いません。
「ふぅ……。深追いはしなくていいぞ、フェン」
トーゴはだるそうにそう言って、愛用のブレードをカチャリと鞘へと収めた。怯えるシルヴィを守るようにして、フェンが「ウオォン、分かった!」と無邪気に爪を引っ込める。
だが、統護の仕事は、ここで終わりでは断じてなかった。トーゴは、黒いイヤーカフをスッと指先で弄るフリをしながら、「ト・ト・ツ・ト・ト」と、常人には衣服の摩擦音にしか聞こえない微小なリズムで小さく弾いた。
魔導具の通信でも、声の詠唱でもない。ただの、鉄と爪が擦れ合う微細な物理振動。
──だが、その「無音の言葉」は、スラムのアジトの厨房で料理をしていた、相棒の元へ一瞬で届いていた。
生まれつき耳が完全に聞こえない代わりに、発達しすぎた【超感覚:触覚】を持つクロウ。彼はトーゴが黒いイヤーカフから送った微細な振動を正確に受信し、その目が鋭く見開かれた。
◇
『──家訓第一条。逃げたネズミが4匹。場所は迷い子の森、北西。台所組、工廠組、全力を以て駆除せよ』
クロウがすぐさま調理場に入り、文字の読めないムラサキへ向けて神速の手話を紡ぐと同時に、アジトの1階奥の工廠で最高級鋼の仕分けをしていたエルマ、コハル、そして頑固なドルフの親父へと、一瞬で「ネズミ駆除」の神速指令が回った。
逃げた盗賊を一人でも残せば、ネズミ方式で裏社会で増え続け、またスラムの弱者を脅かす。我が家の家訓において、これ以上のタブーはない。
──そしてその数分後。
トーゴたちのいる場所から少し離れた、迷い子の森の北西エリア。
「ひぃ、ひぃ……っ! なんだあの金髪の化け物は……っ! 命拾いした、今のうちに王都へ逃げ込んで、また仲間をかき集めて──」
恐怖に顔を引きつらせながら、息を切らして樹海を激走する生き残りの盗賊4人。だが、そんな奴らの前に、鬱蒼とした木々の隙間から、まるでこれから楽しいピクニックにでも向かうかのような、最高に場違いで楽しげな少女たちの「キャッキャ」とした黄色い歓声が飛び込んできた。
〈《ねぇねぇ、エルマさん、ムラサキさん! 今日のお昼ご飯、何でしょうね? 私はクロウさんのお肉たっぷりの特製スープがいいなぁ!〉》
「《そうですわね、買い出しの計算は完璧に終わらせてありますし、最高に安くて新鮮なお肉を仕入れてありますから。きっとクロウが腕によりをかけて、1ミリの狂いもない最高の塩加減で煮込んでくれてますわよ》」
白に近い淡いピンク髪を揺らしたコハルと、美しい本紫の長髪をなびかせたムラサキが、手を繋いで楽しそうに歩いてくる。
その背後には、巨大なハンマーを肩に担いだエルフのエルマと、怪しげなスイッチのついた魔導具の筐体をカチャカチャと弄んでいるドルフの親父の姿があった。
「ま、待てよ、お前ら……! なんでこんな森の奥に女子供が──」
盗賊たちが一斉に足を止め、武器を構え直したその刹那。女の子たちの楽しげな笑顔が、一瞬にして「凶悪な狩人のニッコリ笑顔」へと変貌した。
〈《あーっ!! 見つけました! ネズミさんたちです! ムラサキさん、私の獲物、絶対に取らないでくださいよーっ!!》〉
「《あら、早い者勝ちですよ、コハル。……お行儀の悪い害虫には、痛みを伴うお仕置き(お掃除)が必要ですわね》」
お互いにキャッキャと笑い合いながら、2人は凄まじい速度で同時に地を蹴った。
「ひぃっ、来るな!!」
先頭にいた盗賊が、焦りのままに鉄剣をギラリと横薙ぎに大きく振るう。
だが、迫り来る真剣の凶刃を前にしても、ムラサキは怖がる素振りすら見せなかった。服を汚さないよう、あえて女の子らしく小さな声で「きゃっ」と可憐な悲鳴を響かせながらも、その肉体の動きは恐ろしいほどに冷静で、華麗だった。
ムラサキは上体を低く滑り込ませる完璧なダッキングで鉄剣の軌道を紙一重で潜り抜けると、その勢いのまま、敵の足元へとしなやかな後ろ回しの足払いを叩き込んだ。
「うおっ!?」
「はい、お終いですわ!」
不意を突かれた盗賊の重心が、劇的に崩れる。
完全にバランスを失ってよろめいたその刹那、ムラサキは自身の身体をバネのように一気に跳ね上げ、右拳にハメられた一対の拳刃を容赦なく突き出した。無防備になった盗賊の顎へと、正確に、無慈悲にクリーンヒットする。
ゴキィィンッ! と、人間の骨が断たれる鈍い音が響く。ムラサキは一人目の息の根を一瞬で完全に断ち切った。
〈私も負けません! えーいっ!!〉
コハルは走りながら腰の革紐『スリング(縄投げ)』に拳大の岩石をセットすると、頭上でブンブンと猛烈な遠心力で回転させ、そのまま敵の脳天に向けて解き放った。
パァァァン!!!と、大砲が炸裂したかのような凄まじい物理爆音が森に響き渡る。音速を超えた岩石の弾丸は、二人目の盗賊の頭部を正確に直撃。
強烈な返り血がコハルの白い頬や服に「返り血」としてブシャッと派手に飛び散ったが、彼女はそれをパッと手で拭い、まるで泥遊びで1等賞をとった子供のように、にこやかで眩しい笑顔を咲かせた。
〈やったー! 綺麗に当たりましたー! クロウさんのスープのための良い運動です!〉
「ちょ、ちょっと2人とも、本当に容赦ないわね……。私の分も残しなさいよ!」
エルフのエルマが、腰の鍛冶用ハンマーに微かに魔力を込める。次の瞬間、彼女の手元にあった小さなハンマーが、大人が数人がかりでも持てないほどの『超巨大な質量兵器』へと一瞬で肥大化した。
「そこの3人目! 私の邪魔をしたら、プチプチと叩き潰してあげるわよ!!」
ブンッ!!!と、空気を丸ごと押し潰すような凄絶なスイング。エルマの振り下ろした巨大ハンマーは、逃げようとした三人目の盗賊の身体を、地面の岩盤ごと文字通り木っ端微塵にプチッと叩き潰して圧殺した。
「おいおい、お嬢ちゃんたち、そう急いで全員片付けるな。ワシの新作の実験体がなくなってしまうわい」
最後に残った4人目の盗賊に向けて、ドルフの親父が、不敵な笑みを浮かべながら怪しげな球体の魔導具をひょいと投げつけた。
盗賊がそれを剣で叩き落とそうとした瞬間──パシィィィンッ!!!と接触に反応して魔力回路が暴走。球体から、鋼の強度を持つ粘着質の『スパイダーネット』が爆発的に展開し、盗賊の肉体を一瞬で網の中に完全捕縛した。
「ぎゃあああっ!? なんだこの網、動けねぇ、溶ける──っ!」
「ほう、接触時の魔力伝達のラグはコンマ零二秒か。爆発回路を組み込む前の、この拘束回路の反応……悪くない。いいデータが取れたわい、ガハハ!」
ドルフの親父は、網の中でなす術なく悶絶する盗賊の悲鳴を余所に、手元のノートにすらすらと魔力回路の実験数値を書き込み、その実験の成功を最高に楽しそうに笑っていた。
直後、エルマのハンマーが、網ごと4人目のネズミを跡形もなく粉砕して、ここに4匹の「完全なるネズミ駆除」が完了した。
〈《ふぅ、お掃除完了です! 服に血がついちゃいましたけど、明日私が世界一ピカピカに洗い上げちゃいますから問題ありません!》〉
「わたくしたちの家訓第一条だもの、当然の処置よ。さあ、アジトに戻ってクロウの美味しいスープの残りを頂きましょう」
「そうだね。鉱石を叩くためのエネルギーも補給しなきゃ!」
服や武器を泥と血で汚しながらも、3人の少女(+ドルフ)は、再びキャッキャと楽しげな声を樹海に響かせながら、お互いの戦果を讃え合ってアジトへと歩いていく。
(第1.5話・完)
【異世界バージョン・我が家の家訓】
第一条:『人を殺める依頼は受けるな。ただし、盗賊は一匹残らず「必殺」とする』
真理:金のために誰かの命を奪うような薄汚い仕事は、我が家では一切禁止する。しかし、盗賊だけは別だ。奴らは一匹でも逃せばネズミ方式で裏から無限に増え続け、またスラムや平民を脅かす。見つけ次第、確実に息の根を止めろ。
第二条:『誰もやらない放置依頼を率先して受けろ。ただし、横取りはするな(あとが面倒臭い)』
真理:ギルドにずっと売れ残っている依頼は、報酬が低くても「誰かが本気で困っている」証拠だ。俺たちはそれを率先して請け負うこと。だが、他の冒険者が目をつけた仕事を横取りするな。後々ギルドの受付や有象無象に絡まれるのは、とにかく面倒臭い。
第三条:『メシは全員で食うこと。病気と用事以外は、絶対に食卓に揃え』
真理:どんなに死線を潜り抜けようが、アジトに帰ってきたら全員で集まり、クロウの特製スープを囲むこと。この賑やかな食卓こそが我が家の絶対の聖域だ。
第四条:『「言葉」には色んな形がある。叫ぶ詠唱だけが会話だと思うな』
真理:声が出なくても、耳が聞こえなくても関係ない。世界には筆談も、手話も、羊皮紙に刻んだモールス信号(凸凹)も、点字だって存在する。叫ばなければ魔法も紡げないエリートどもの浅い常識を、ぶち破れ。
第五条:『身内のピンチは全員で乗り込め。──戦闘は会議室じゃなく、お前たちのいる「現場」で起きてるんだ』
真理:家族の危機には、俺たち全員の総力で殴り込みをかける。ただし、ただバカみたいに全員で突撃するな。「全員」には適材適所がある。前衛で大斧を振るう者、地下の書庫で裏帳簿を暴く頭脳戦、街の闇で情報を繋ぐアサシン、その全てが己の「戦場」だ。それぞれの現場で、死ぬ気で目の前の日常を守り抜け。
※モールス信号は日本の五十音、イロハ・モールス(和文信号)で会話してる設定です。
次回もお楽しみに!




