事件① 敵情視察
八月六日
10時起床。目覚めは最悪。それはなぜか。
朝一番で見てしまったのが、ソファベットの脇にあるガラステーブルの上に無造作に置かれた浮気調査の着手金の一束だったからだ。
一〇〇万円。
このビルを維持するために四階のライブチャットスタジオ「ディープ・ブルー」の支配人・鮫島 龍一に、一時的にとは言え頭を下げずに済むための、喉から手が出るほど欲しかった収入だ。
けれども、それを見つめる私の心は、冷え切ったコーヒーのように濁っていた。
今日から調査を開始しなくてはいけないのに、ぜんぜんやる気が出ない。
今日から行う行動調査の対象は、依頼人加納省吾の妻・加納由香、46歳。
カノウ・エコロジクス代表取締役・加納伸介の長女にして、同社の副社長を務める女傑だ。男社会の最前線で戦っている彼女の姿からは、僅かな緩みも甘えも感じられない。化粧っ気は無く、髪は1ミリの乱れもなくタイトにまとめられ、地味な黒やネイビーのパンツスーツを着用。黒ぶち眼鏡の奥の小さな瞳には、底知れぬ迫力が宿っている。尚、これらはすべてカノウ・エコロジクスのHPから得た情報だ。
依頼人との間に子供はいないとのことで、SNSなどもやっておらず、プライベートの情報は一切が不明。
確かにあの加納省吾のような男から見れば、可愛げのない女性に思えるのかもしれないが、凄いなと思う。
私は彼女のようには戦えないだろう。
本当に、凄い…。
気が進まないのは、そんな彼女の足を引っ張るような真似をしたくないから。彼女は、私がなりたくてもなれなかった『正しく戦う女』の完成形に見えるからだ。
私の予想だと、加納由香は──。
今日はなんだか冷房の効きが微妙で、室外機がいつもより煩い気がする。
気怠く寝返りを打ち、腹這いへ。
汗ばんだ肌に密着してくる合成皮革が、どことなくカビ臭い。
超恥ずかしい思いをした昨晩の出来事を思い出し、もう一度寝返りを打って仰向けになると、天井でくるくる回っているシーリングファンに向けて手を翳した。
橘海斗くん。
後ろに立つ彼の息遣いを感じながら、事務所のドアにカギを刺し込んだ時は、少しばかり楽しくおしゃべりしたりなんかして、その距離がグッと縮まったら、改めて助手の話をしようと、ドキドキしていた。
しかし結果はあのザマ!
純真無垢なイケメン男子高校生は私の脱ぎ散らかした下着──それもシミつきの──を見て、佐川の人並にキビキビとした動作でプリンターとノートPCを置いて、ササっと帰ってしまったのであった。
それから私は独りで泣きながらGを討伐して(そうしないと安心して寝られない)、勢いで大掃除を始めて、真夜中の3時に力尽き、そして今目覚めたのだ。
身を起こし、深夜にワックス磨きまでした人工大理石の床にぺたりと足を付く。
ん~っと伸びをしてから、どっしりと重たいお尻を気合で持ち上げて立ち上がった。
寝ている最中に無意識で脱いでいたショーツを傍らから拾い上げて水場に向かい、脱いだシャツと一緒に洗濯籠へ放り込むと、裸のまま窓辺に寄り、漏れる陽光を見つめながらブラインドを上げた。
眩しさに目が眩む。
一瞬白く霞んだ世界に目が慣れた後で、スチールサッシに嵌まっている窓を開けると、待ってましたとばかりに熱気が髪を巻き上げながら強く吹き込んできて、室内の澱んだ空気を入れ替えていく。
直ぐ4メートル下の人の群れを見れば、外回りのサラリーマン達が日差しを嫌う様に顔を伏せ、汗を拭きながら行進していて、その合間をぽつぽつと日傘が流れていた。
顔を挙げれば、不忍通りを隔てた向かいにあるのは、この雑居ビルよりは近代的なオフィスビル。1階はコンビニで、目の前の2階はコーヒーショップだ。
窓を解放したまま換気を継続させて、シャワーを浴びに浴室へ向かう。
ふと足を止めて、また眩しく光る窓外を振り返った。
今日は日焼け対策を念入りに行わなければならないだろう。
東京都江東区 新木場──。
そこは都心の喧騒から離れた、東京湾に面する湾岸エリア。
多くのリサイクル施設や木材加工場、運送会社が集まる「環境ビジネスの最前線」だ。
道路通行量は多いものの、道を歩く人の姿はほぼない。
東京湾からの海風が強く、ハンディファンを使わずに済んでいる代わりに、ハタハタと翻るスカートに手を添えて置く必要もあって、結局両手を自由に使えなかった。
タクシーを捕まえて走る事5分。
オフィスとリサイクル工場が併設されているカノウ・エコノミクス本社前に到着した。
オフィス棟は、ガラスカーテンウォールを多用した三層構造のスクエアな低層ビルで、外壁のホワイトパネルは汚れ一つない状態を保つよう、頻繁に洗浄されて雪のような白さを保っていた。
クリーンで透明な会社であることを強くアピールしているような、そんな外観だ。
オフィスの背後には巨大な全天候型ドームが建っている。煙突はなく、代わりに屋上には太陽光パネルと、雨水再利用のための浄化システムが並び、まさに「エコの優等生」の面構えだ。
ウチのボロビルを相続してからしみじみと思う事がある。
おじいちゃん、相当にアクドイ事をしていたんじゃないだろうか…と。
何しろ普通に真面目に働いているだけだと、ビルを維持する事すらままならないのだ。当時の日本は異次元の好景気だったとか聞くけれど、それでも探偵稼業で、都内に駅近ビルを建てるなんて今の私からすれば考えられない話だった。
そんな想いから、目の前の立派な建物にも複雑な感情を抱いてしまうのだった。
私の体力と気力を容赦なく奪っていく日差しと戦いながらその敷地をぐるりと一周して正面入り口前に戻り、チラチラと中を覗いていたら、私に気付いた守衛さんがこちらに向かってきてしまった。
今日の私の戦闘服は、熱さを極限まで嫌ったもの。
そのコーデは頭から、麦わら帽子、UVカットインナーとシアーシャツ、マキシ丈で裏地無しのコットンボイルフレアスカート、そしてエスパドリーユ だ。
色調はベージュと白でまとめ、更に日傘とサングラスで完全武装しているので、酷く目立っていた事だろう。
舞浜駅と間違えて新木場駅で降りたのか…とか思われても文句を言えない出で立ちをしている自覚はあった。
「どうされましたか」
懇切丁寧な物腰で語り掛けてくれた守衛さんは、結構なお年の方だ。警察OBとかかな…?
暑いのにしっかり制服を着こんだうえで、黒いベストを身に着けている。
あれは、涼しいって噂の空調ベストなのかも。実はちょっと試してみたい。
「あ、こんにちは…」
目の前の男性はどちらかというと接客モードで、こちらを不振がってはいない様子だけど、さてどうするか。
ちょっと悩んでから、折角なので、依頼人の加納省吾を少し洗ってみましょうか、と考えをまとめた。
場にそぐわない若い女が現れて、常務取締役の名前を出したら、どうなるだろうか?
暑いから中に入りたい…そんな気持ちも私の背中を後押ししていた。
「こちらに加納省吾さんっていらっしゃるでしょう?」
「失礼ですが、お約束でしょうか?」
「本当の約束は明日以降なのだけども、近くまで来たので。ダメですか?」
出来るだけ可愛く、身体を傾けてお願いしてみる。
「少々お待ちください」
彼は無線で防災センター本部とやり取りをし始める。
『常務のお客さんの、若い綺麗なお嬢さんがお見えになっていて…はい。いえ、本日の約束ではないそうです。ええ』
普通の来客に、「綺麗な」なんて形容詞は付けないだろう。コレはひょっとして…加納省吾の女遊びは社内でも有名で、『加納の女』である可能性を考えて気を使っているのかもしれない。
この人が素直で正直な心の持ち主なのかもしれないけどね。
本部の応答を受けた守衛さんは申し訳なさそうな顔をこちらに寄せて、名前を尋ねてくる。
「あの、お名前は…」
「泉美雫です」
『泉美雫さんだそうです。ええ、はい。お願いします』
追い返される心配はなさそう。
時計を見ると、時刻はまさに日中の気温が最高潮に達する14時半だ。
特にプランがあった訳でもなく『敵情視察』に来ただけだったけど、調査をちゃんと始めた事を依頼人にアピールしつつ、ついでにここ2週間の奥様のスケジュールを教えて貰って帰るとしよう。
だってこれから二週間、毎日ここで張り込むとかムリ…というかイヤだもん。
もしそうなったら、明日以降は車で来て、そこから先は上手い事なんとかするしかない。都内の道路は混むし、駐車場を見つけるのも大変だから、できればそうしたくない…うぅ。
それにしても熱い。
潮風に持っていかれない様に、麦わら帽子とスカートを抑えながら、胸元に玉の汗を浮かべている私を見た守衛さんは、とりあえず中にどうぞと空調の利いた館内に導いてくれた。
壁面ガラス張りの建物だけど、空調はいい感じに効いている。
ロビー片隅の応接セットで待つように言われて、お礼を返して着座した。
バッグから真空断熱タンブラー(ここの企業に倣って呼ぶなら環境に配慮したマイボトル)を取り出して、冷たいお水で喉を潤わせてから、スマホを取り出して操作する。
私の予定では、加納由香の他にも、調査しなければならない人物がいた。
その人物も恐らくこの「事件」に関わっているはずで、名前は設楽杏奈。クライアントのSNSで頻繁に写真に写っていた港区女子だ。
「設楽杏奈」は源氏名とか、ネットでの名前で、本名ではないかもかもしれない。
1週間前から、彼女は加納のSNSにパタリと登場しなくなっていて、よく見たら加納は彼女から相互フォローを外されていたのです。
ね? 何かありそうでしょう。
私の仕事は加納由香の行動調査ではあるけど、依頼人とその周囲を調べるのもまた、探偵の常道なのだ。
「やあ! 雫さん! どうも!」
待つこと10分弱。依頼人にして調査対象でもある加納省吾が、後ろに先ほどの守衛さんを従えて姿を現す。
予定外に私が凸って来た事への彼の反応をいくつか想像していて、例えば「都合が悪いから来ないでくれ!」とか「ここでは会うのはまずい!」みたいな感じだったら、そこから掘れる情報もあったけど、こんなオープンな感じだと逆にこっちが困ってしまう。
私が立ち上がって出迎えると、彼は満面の笑みで両手を広げて歓迎のボディーランゲージを示した。
…ん?彼今、私の事を雫さんって呼んでなかった?
一礼してその場を去っていく守衛さんに会釈を返してから、クライアントの男性へと向き直り、少し声量を落として尋ねる。
「ご迷惑ではなかったですか? お仕事の邪魔になったんじゃ…」
「いやもう全然全然。しかし今日はまた一段と!」
彼は再び手を広げ、昨日のシゴデキコーデとは打って変わってのフェミニンスタイルな私に目を輝かせ、遠慮なく右から左から、そして周囲を一周して人様の全身を舐めるように『鑑賞』した。
昨日の対人完全防備状態ですら、服の中を覗かれたのかと錯覚をした程に鋭かった男の視線が、今日は通気性の良い布地をいとも易々と透過して、一段と強く肌に直接刺さっている感覚があった。
それは思わずガラス面に映る自分を見て、今ちゃんと服を着ているか確認してしまう程に下品で、強烈で、ねっとりとしていたのである。
「ごめんなさい。暑いの苦手で…」
彼に会う為にこのコーデをしたと思われても困るので、しっかり釈明するけれど、彼はうんうんと過剰に頷くばかりで、私の意図を微塵も理解して無さそうだった。
「いや、すごくいいよ。ようこそカノウ・エコロジクスへ! いやぁしかし嬉しいな。実は明日の報告が待ち遠しかったくらいでしたよ」
いやいや。浮気調査の報告を待ち遠しだなんて言っちゃうとか、どんなテンションだよ、と内心呆れる。
しかも明日報告するのは確定じゃない。義務なのは四日に一回だったはず。
どこか浮かれた様子の中年男性をチラリと睨む。
大手興信所ではなく、若い女探偵の個人事務所に調査を依頼した理由には、間違いなく彼のどす黒い思惑があるはずだ。
それが何かの推理はもう大体形になっている。
つまり、彼は待っているのだ、『用意した偽の証拠』を、未熟な女探偵がホイホイと持ち帰ってくるのを──。
加納省吾は愉快そうに肩を揺すって笑っている。
ロビーを行きかう一般社員達が『あーあー、常務またやってるよ』みたいな視線をチラリチラリとこちらに向けては去っていくので、居たたまれなくなってしまい、ササッと本題に斬り込む事にした。
「それでですね…調査期間中の奥様のスケジュールをお伺いしたくてお尋ねしたんです。出来る限りこの事件の為に時間を割きたいのだけど、私の身一つでは限界があって、できれば行動を最適化したいんです」
「なんだそんな事ですか。えーと、そうだな。おい君」
彼は周囲をきょろりと見渡し、通りかかりの社員を捕まえる。
不意な呼び出しを受けた気の弱そうな中年社員が、気の毒なほどにオドオドとしなから駆け寄ってきた。
「はい、なんでしょう」
「秘書室で副社長のスケジュールを出して俺の所までもってきてくれ」
何か一般的な会社では考えられないような雑な人の使い方を見せられた気がするけど……大丈夫か、カノウ・エコロジクス。
「じゃあ雫さん、こちらに!」
「あっ」
彼はここが自分の城であるからか、それとも2回目の会合で勝手に距離を縮めた気でいるのか、私の肘あたりをむんずと掴んで歩き出してしまう。
あまりの強引さに、最初の3程は歩調が合わずにつんのめりそうになった。
加納省吾はニコニコと上機嫌で、行き交う社員に対してふんぞり返りながらも「やあ」などと声をかけ、気さくさを振りまいて、皆が彼に笑顔を作って頭を下げる。
職員に慕われている自分の姿や、役員としてのその威光を、私に見せているつもりなのだろうか。
いや、言わないよ私は。「きゃー! 加納さん凄い!」とか。ゼッタイ。
何となくだけど、今ここに橘くんが居てくれたら、私を掴む加納の手を蹴飛ばしてくれるんじゃないかと妄想する。
でも彼、私の助手をする気が無いみたいだしぃ~。
そのまま加納は私に突然の社内案内を始めて、様々な場所を連れ回した。
何故か私も行く先々で皆さんに頭を下げてしまう。
やーめーてーよっ。皆の目は笑ってない。
すっごい感じるよ。『常務の女遊びか』『また馬鹿女が常務に媚びてこんな所まで来ているのか』みたいな、怨に塗れた負の感情を。
私は本当に霊能力に目覚めてしまったのかもしれない。
「じゃあ雫さん次はこっち」
皆の前で気安く名前を呼ばれながら、やがて一つの大部屋に辿り着いた。
加納が室内に踏み込むと、100坪ほどの広さの部屋全体に緊張感が走るのが分かった。ここが彼のメインステージなのだろう。
皆加納を見ない様に自分のブースでPCの画面と向き合い、あっちこっちからキーの打突音が響いてくる中で、電話の着信音、コピー機やシュレッダーの動く音等、ありとあらゆるOA機器がうなりを上げている。
大部屋の奥にはガラス張りの常務役員室があり、その中に連れ込まれると、そこは24℃の冷房がキンキンに効いている、広めのワンルームほどの空間だった。
デスク周りの構成は取り立てて特徴のないものに見えるけど、柱は梁には黒皮鉄が巻き付けてあり、床には踏み心地の良いふかふかとしたアッシュグレーのロールカーペットが敷き詰められていて、冷蔵庫の隣には専用のワインセラーもあり、ミニバー仕様にくみ上げられたワイングラス収納が付いていた。
あと目についたのは、部屋の隅に立てかけられたゴルフセット。金色に輝いていて、そのヘッドにはMAJESTYと文字が刻まれているようだ。そしてデスクの上に誇らしげに置かれた、こちらも金色の─おそらく24Kの─ミニカーだった。
扉を閉めた加納は、謎のステップを踏みながら首元のネクタイをグイと緩め、真っすぐにワインセラーを覗きボトルを取り出すと、慣れた手つきで逆さにつられているグラスを手に取って、赤ワインをそこにたっぷりと注ぎ込んでいく。
「ボルドーじゃ断然シャトー・マルゴーだね。ワインの女王が似合う最高の女性に乾杯」
彼は謎の寝言を言いながら、バッチシ決めてるつもりの熱視線を投げ、タンゴを踊る様に私の背後に回って、腰…というかもうほとんど鼠径部に手を回してきた。
「か、加納さん、お仕事中…でしょう?」
笑顔がひきつる。
鼠径部に宛がわれている彼の熱持つ大きな手が、不意にそのまま滑り落ちてくるんじゃないかと気が気じゃないまま、勤務中の飲酒を嗜めると、加納は笑ってグラスを私の口元へと運んだ。
「俺じゃない、これは君の為に注いだウェルカムワインさ」
逃れようと身体に力を入れると、その動きを察知した加納が鼠径部に押し当てている指先にグッと力を入れて、太腿の付けに指を押し込んでくる。痛みにビク! となって身体の自由を奪われ、動けず、そのまま強制的にワインを飲まされた。
ワイングラスを傾けていく動作が速くて、それを必死に飲み込んでいるけど、口の端から溢れた13℃の赤い液体が、首から鎖骨を伝って胸にまで落ちていく。
「けほ」
胸元を汚しながら咽て咳き込む。
加納はそれにも構わず、私のお尻に腰を密着させて緩やかに揺すり出した。
彼が腰を突き出すのに合わせて、私も密着してくる彼の腰からお尻を逃がさざるを得なくて、それはゆったりとしたワイニーダンス状態になっていた。
「すげぇデカ尻だね雫ちゃん…」
はぁ? なに言葉責めとか始めてくれちゃってんのこいつは!?
スローな動きの中に、時々グッ! グッ! と強く腰を突き出すリズムがあり、項には彼のフーフーとした荒い鼻息が吹き付けられていた。
「ちょ!加納さん…!!」
てめぇコラいい加減にしろ。流石に度が過ぎている。
彼を睨もうと身を捩って振り返れば、ガラスの向こうの大部屋にいる仕事に勤しむ50人からの社員の姿が目に入り、そしてドアの直ぐそこで、先ほど雑に雑用を命じられた男性が、A5の資料を手に身を小さくして待機しているのが見えた。
皆、この惨状を見て見ぬふりだ。
これもしかして私は思っているよりも凄く悪い状況だったりします?
「奥様の資料が届──」
私の言葉は、突如降りたブラインドの音によって遮られ、そして加納がリモコンをカーペットの上に投げ捨てる。
彼は私の後ろ髪に鼻を突っ込んで匂いを嗅ぎ出して、勇気を出して改めて私を拘束している男を見上げると、加納省吾の異様にギラついている目が直ぐ間近にあった。
「!」
その野性味剥き出しの凶暴性に射抜かれて、恐怖に背筋が凍りついて身が竦む。
私の大きなお尻が、その割れ目で、何か酷く禍々しくて硬い物を包んでしまっているのが分かる。
(あ、私今から彼に…ここで…)
そんな最悪の想定をして悲しい気持ちになり、キスだけは嫌と背を丸めた時、ドンドンドンと常務取締役室の扉を叩いてから、返答を待たずにガチャリとドアを開けて誰かが踏み込んできてくれた。
「省吾さん、これは一体どういうつもり?」
姿を現したのは、カノウ・エコロジクス副社長、加納由香だった。




