舞台裏
16時
私は今、海斗くんがコンビニで買ってきてくれたイチゴとミルクの2種類のチョコの組み合わせで出来た可愛い三角型のお菓子を食べながら、事務所のソファベッドの上に座っている。
窓の外には、夏の終わりの気配が微かに混じる千駄木の街。
強い西日が差し込んでくる頃になってようやく頭痛も取れて、倦怠感も抜けてきていた。
すぐ隣には、海斗くんが座っている。
その表情に浮かぶのは自責の念。
彼はきっと、今日私の身に降りかかった出来事をまるで自分の責任であるかのように感じているのだ。
そんなこと全然ないのにね。
23歳の女探偵は、付き添ってくれている心優しい男子高校生の拳骨に付いた内出血の痕を見ながら、そっと語り掛けた。
「…助けてくれたのは海斗くんなんでしょう?」
「あの。まあ…ハイ」
「どうして私のピンチに気付いてくれたの?」
「いやその。気付いた訳じゃなくて…なんだか不安になって、確かめようとして、ルームサービスを騙ってチャイムを鳴らしたんです。もし雫さんが健在なら、きっと出てきてくれるし、嘘を丸く収めてくれるだろうと思って…」
16歳の男の子は、恐縮しながら身振りを交えて全てを説明し始める。
神代達がやってきたのは彼が部屋に踏み込んで加納省吾を数度殴打した直後だったらしい。
真っ先に乗り込んでくれただけでなく、一人で作戦を立案して動いたのだと知って、お菓子を咀嚼するのも忘れて飲み込み、「そんな事までしてくれたの!?」と驚くと、彼は頭を掻きながら「お借りしたおじいさんのスーツのお陰ですよ」と謙遜を返してくれた。
あまりにもイケメン過ぎる態度と、その優しさに胸がいっぱいになる。
「もう本当きつかった。海斗くんありがとう…」
このやりとりで、ようやく彼の表情が少しだけ和らいだ気がした。
さっきまでは会話もちょっと怪しかったもんね。
私は更なる回復状態を見せて安心してもらう為にソファベッドから立ち上がる。
気持ちふわふわしてるけど、もう大丈夫そうだ。
自分の足で歩いて冷蔵庫に飲み物を取りに行こうとすると、慌てた海斗くんが身体を支えに来てくれた。
「もう平気っぽい…です…けど…」
「いえ、少しふらついてますってば。飲み物ですか? 僕が取りに行くんで座っていてください」
「はぁい」
私は間抜けにも薬を盛られてしまった身、今は彼の言う事を素直に聞いておこう。
「何がいいですか?」と聞かれたので、「海斗くんも飲めるやつ。一緒に飲も?」とお返事して、再びソファベッドにお尻を埋め、足をブラブラさせながらドリンクが届くのを待った。
彼がチョイスしてくれた100%リンゴジュースをグラスで受け取り、喉を潤す。
やっぱり身体は結構なダメージを受けていたみたいで、その冷たさと、酸味甘味が消化器に染み渡っていく感覚を覚えた。
「神代が条件を提示し始めた所でまた意識が飛んじゃったから…そこから先がどんな感じだったか教えてもらってもいい?」
再び現場の話に戻してあの後の経緯を尋ねると、彼は「はい」と返事して、律義に背筋を伸ばしてから説明を始めた。
「正直正確には覚えてないですけど…確か自滅覚悟で警察に駆け込むのもいいが、そのルートは潰してある。警察はカノウ・エコロジクスが不法投棄を行った客観的な証拠を掴めないだろう。そうなれば君は婿養子として迎えられた後で上司の立場である妻から叱責を受け、尊大な自尊心を拗らせて会社を不要に騒がせた人物として失職し、更には泉美雫さんから不同意わいせつ罪で訴えられることで、加納家からも見放されて離縁となる」
その場合、私は出るとこに出て行く必要がある訳ね。
「併合罪で10年以上の拘禁刑となる可能性もあり、DRD絡みでお友達にも連座してもらう事になるのは間違いない。その過程で、必要なら司法の場に設楽杏奈さんに関わる映像も提出する。最早身内ではない『佐藤省吾』となった君が、世間から変態の誹りを受けて生きていくことになったとしても依頼人には関係のない話だ。無能さを極める覚悟があるなら頑張ってみるといい…みたいな感じでしたよ」
「うわ。今ちょっと神代に似てた」
「そ、そうですかね」
海斗くんが神代の語り口調を自然と真似ていた事に言及すると、彼は少し照れたような表情を見せた。
話を聞く限り、あの場で切られていた交渉カードはほぼ事前の話し合いで出ていたもの。
新設事項は『私への不同意わいせつ罪』。
併合罪10年とは、DRDの使用の他、五味達を使ってサンシャイン60通りや山手線で私を襲わせた事案等を含めての話だろう。
それらの宣告を受けた加納省吾は蹲ったまま動かなくなり、その間に神代が私を別室に運ぶべきだと提案して、由香さんと海斗くんとで向かいの1211号客室に寝かせてくれたらしい。
「…で、それからどうなったの?」
「僕はそこで雫さんについていようかと悩んだんですが…」
彼はやはり加納省吾を許す事が出来ず、もう一発殴れるチャンスがあるのではないかと思って由香さんと一緒に現場に戻ったのだという。
引き返してみると、10分間程の離席の間に加納省吾の態度は一変しており、由香さんの足を舐める勢いで必死に謝罪をし、慈悲を懇願して彼女の条件を全て飲むと確約した…。それがこの依頼のラストシーンだった。
「もうプライドも何もかなぐり捨てた命乞い…って感じでした。尋常じゃない泣きつき方してましたよ」
海斗くん曰く、その場凌ぎの演技には見えなかったとの事で、あの男ならもう少し見苦しく足搔くのではないかと予想していた私には超意外な報告となった。
「それとアイツ…雫さんには誓って…その、挿入していないとも言ってました…」
「そ、そうなんだ…」
最悪射精されてないだけで、さきっちょくらいは挿入されたかもしれない…とか言うのはさて置いて、性交には至っていないという強姦魔の言動を被害者の私が心の底から信じられるかどうかは勿論、それを海斗くんが信じてくれているかどうかも大きな問題だ。
腫れもの扱いとか、傷もの扱いとか…嫌だからね。
不安げな表情を作ってしまった私の様子に慌てた男の子は、現場には加納が自ら撮影していた動画があり、「僕は見ていないけど、由香さんと神代が視聴して性交には至っていないのを確認していた」との情報を付け加えてくれた。
ありがとう…そしてさようなら…私の尊厳…。
「そっか…。で、加納省吾の完全降伏を見届けた後、ここまで車で送ってもらったの?」
「あ、えーとですね。神代さんの車で雫さんは彼の知人の病院に運び込まれています。不同意わいせつの証拠は、加納省吾自らが残した動画があるけど、それとは別にしっかりとした資料を作るために、体表所見の撮影や唾液DNAの採取、あと薬物検査のための血液と尿を取ったみたいです」
ちょっとまって。
私おしっこした記憶ないんだけど…。
…いや、そこを突っ込むのはやめよう。
また吐き気が出てきて海斗くんの前でえづいてしまい、彼が慌てて私の背中を撫で始めてくれる。
とりあえず1回は大泣きしておかないと心がグッチャグチャのままなので、彼には傍にいて欲しかったけど、帰宅を促す為に笑顔を向けた。
「…お疲れ様。海斗くんも疲れたでしょ? 今日はもう解散にしましょう。私ももう少し寝ようかな?」
とりあえずはこれで、この依頼は完了だ。
今日の所は危険を承知で引き受けて、色々と用心したつもりで無様に薬を盛られたりしちゃった訳だけど、超有能な助手くん(仮)のお陰でなんとか生き延びた事件だった…といった総括になるだろうか。
うゔ…探偵日誌付けたくないよぅ。
「あーあ。今日はカッコいいお姉さんで行きたかったのになぁ…」
ふとそんな一言を漏らしてしまった所為で、私の中の弱さが昂り、ぎゅっと胸の奥が詰まった感覚に襲われて涙が出てきてしまった。
「あ、ヤバイ」と思ったけどそれを止めることは出来ず、後から後から涙珠がポロポロと流れ出してくる。
突然泣き出してしまった私に、海斗くんがギョッとした顔になっているのを見て、もう一度笑って見せた。
「あ…ごめんなさい。これは精神安定のためのヒステリーだから気にしないで。すぐ元気になるから。お金の話は明日するね?」
喉を震わせながら急ぎ伝えて立ち上がり、お帰りはこちら、と彼の腕を引いて扉の方に誘導する。
しかし、海斗くんは扉の前にまでは来てくれたものの、事務所を離れようとはしなかった。
「…」
そして…何か覚悟を決めた様な顔で突如ぎゅっと私を抱き寄せる。
労わる様に優しいけど力強く。
お友達と云うには情熱的な。
そんな抱擁を受けて驚き、「あ」と声を出してしまう。
今はそれはダメだってば! めちゃめちゃ心が弱くなってる所にそれは…!
「こんな状態の雫さんを放り出して帰れませんよ。落ち着くまではここにいます。何でも言ってください」
そんな言葉をかけて貰ったら…もう本当に無理になって、私は大声で泣き出してしまったのだった。
18時
ずっと泣いていた訳じゃないけど、落ち着きを取り戻すまでに1時間以上もかかった。
私も切り替えは早い方なので、今となっては大の大人があんな泣き方して恥ずかしいな…なんて羞恥心の方が大きくなっているのだけど、今度は逆に海斗くんの方がどんどん深刻な顔になって、ものすごく落ち込んでしまっているようだった。
彼に縋って嗚咽していたのは多分30分もなかったと思うけど、私のギャン泣き姿がショックだったのだろう。
何度か元気になったアピールを繰り返してみたものの、彼はその憔悴し切った顔をこちらに向けて「よかったです」としか言えなくなっていた。
流石にこのままサヨウナラは出来ない。
海斗くんのメンタルを保全しないと。
更にこのままだと彼の中で『泉美雫は可哀想な女』ってイメージが固まってしまう。
事実相当に可哀想な女ではあるけど…そんなネガティブイメージは今すぐにでも払拭したい。
人によっては、これを優しく扱ってもらえる好機と捉える人もいるでしょう。
けど、私はヤダ。
「あー…お腹減っちゃったから、これからご飯…一緒に食べに行こ? 私シャワー浴びてくるね?」
「はい…」
「で。そう言えばさっき『何でもしますよ』みたいな事言ってたよね?」
「え、あ。はい?」
彼の肩がピクッと動いた。
「言ったっけ…? 言ったよな…?」みたいな自問自答顔だ。
はい。言ってました。私聞いたもん。
「じゃあ…性犯罪者に汚されちゃった私の身体を綺麗に洗って欲しいな~?」
「い゛」
ビキ!と全身を硬直させた男の子の様子を、身を屈めて下から覗き込む。
おっ。少し顔が赤くなってきてるぞ。
これは…この路線でグイグイ行けばいつもの調子になってくれるかもしれない。
「…という訳で、お願いできます?」
「…そ、それ以外で何かないですか?」
私の為に何でもしてあげたい…そう口にしていた男の子は、その口約束をあっさりと反故にした。ちっ。
「じゃあ…胸が苦しいから…おっぱい揉んで?」
「ボ、ボクタチトモダチナンデ」
次なる提案もネイティブじゃない発音で流れるように拒否される。
「わっかりましたぁ!」みたいな勢いで揉みしだかれても困るからそれはいいんだけどさ、もっと葛藤してよね。
なんか高校時代に男子から受けた悪戯思い出したわ…。
シーンとした静寂が事務所を包み、時計の針がここぞとばかりにカッチカッチと自己主張を始める。
今の私は多少捨て身ではあるけど、そこそこ真剣で、茶化しているとかからかっているとか、そんな浮ついた気持ちは消費税率よりも低い。
「私ね…DRDなんて飲まされたの初めてで。もうね、自分がどこで誰と何をしているのかもわかんなかったよ」
びっくりよね、と自分で合いの手を入れてから、姿勢を正して彼から離れる様に数歩歩く。
チラリと窓を見れば、背後の彼は少し「ほっ」とした様子で胸を撫で下ろしていた。
「頭はぼんやりで、手足は動かせないの。でも身体の感覚はあってね。なんかエッチな事されてるのはわかっててさ…」
私はここで、「あの時…海斗くんとしてるんだと思ってた」と続けようとしたのだけど、本当なのになんか言い訳っぽいし、ちょっと彼に背負わせるものが重くなりすぎる気がして言葉を飲み込む。
ん~っと伸びをしてからスタスタと脱衣所に向かい、半歩踏み込んでからくるんっと事務所内を振り返った。
「……と、いう訳で。今もすっごくムラムラしてるの。覗きたくなったら、見てもいいよ★」
「雫さん!!!」
からかわれているのだと悟った海斗くんが顔を真っ赤にして怒鳴り、脚を一歩前に出して威嚇してきたので、私は「きゃーっ!」と悲鳴を上げながら脱衣所に駆け込んで扉を閉めた。
勿論、彼が追いかけて入ってくることはなかったけど、私の方はと言えば…後で揺り戻しが来るのは確実な「躁」状態で、海斗くんが浴室に入って来るのを想像してドキドキしながら裸になる。
そうして全裸になってから耳を扉に当ててみるけど、聞こえてきたのは彼が付けてボリュームを上げたTVの音だった。
20時
tuki.の『晩餐歌』を歌いながら小一時間かけて身体を洗い上げ、「じゃーん★」とか言いながら再びのバスタオル姿で海斗くんの前に立った頃には、彼の様子もいつも通りの挙動不審さに落ち着いていた。
夕飯を食べに行くための身支度を終えたのは21時近くになっていて、今からだと九条さんに迷惑かけちゃうので、琥珀ではなくてどこか別の飲食店に向かう事になった。
折角だから海斗くんの学生マンションの方面を見てみたいと伝えて、西日暮里駅付近まで並んで歩き、彼が時々使うというラーメン屋に入ると、そこは学生向けのお店で、なんだか強い場違い感を感じる。
店員や他の客からもそんな目を向けられているのを自覚しつつ、「海斗くんと同じ奴を食べる」と宣言して、「麵固め・油普通・味濃いめ」みたいなオーダーをした。勿論大盛りだ。
「大丈夫ですか?」
「多分余裕」
運ばれて来たラーメンは結構な迫力があったけど、私はデザートのマンゴープリンも視野に入れている。デキル女はこんな事では怯まない。探偵稼業は体力勝負。
「いただきます。あ、美味しぃ」
鼻の頭に汗かきながら、しっかり完食。
まだまだ行ける…とは言わないけど、意外と何とかなった。
ああ、周囲からの視線がなんか痛い気がする…。あんまりこっち見ないで欲しい…。
ふと、店内掲示に「お盆期間限定、汁まで残さず完食(完まくり)してドンブリの底の模様が見えたら記念品贈呈」なんて書いてあるのを見かけて、海斗くんの手をつつく。
「…ねぇ。アレやったことある?」
「あ…はい。まあ」
今私の身体は塩分を欲している。そんな感じがしてる。
油分は欲してないけど、何となく今日という日を上書きするのに最良の方法を見つけた気がして、どんぶりに手をかけたのだった。
23時
あの後見事『完まく』を果たした私は、付き合ってくれた海斗くんとお揃いで記念品のハンドタオルを手に入れていた。
彼に「写真撮ろうよ」と提案して、その絵が海斗くんの今日という日のイメージを上書きしてくれることを願いながら、二人でフレームに収まった。
出来上がったのは『ひと夏の想い出』といった感じのフォトグラフィー…。
二人はそのまま手を繋いで学生マンションまで歩き、おやすみなさいの挨拶をして別れた。
月を見上げながら不忍通りをまっすぐ歩いて事務所に戻った私は、多少の胸焼けと戦った後で、スマホを手にすると、神代連をコールする。
『神代だ』
「今日はよくもやってくれたわね」
『……』
通話口の相手は「なんの話だ?」としらばくれることなく沈黙を返す。
「私に呼び出し係を頼んで、その後の懐柔役も依頼した時にはもう…ああなることを織り込み済みだったんでしょう?」
ああなることとは、勿論DRDを使われて乱暴された事だ。
『……』
神代らが中々姿を見せず、海斗くんが一人で踏み込んで加納省吾を激しく殴打し始めた途端に急ぎやって来たと聞いた時、私はあの時点で既に彼らはホテルに、それも12階の別客室に居たのだと思い至った。
となると、加納省吾よりも早く帝国ホテルにやってきて、ホテル側を抱き込み、加納が宿泊する客室号数を操作していたに違いない。
1207号室か、1209号室か、隣室から様子を窺っている二人の姿が想像できる。
そして私とは違い、本格的に加納省吾を調査対象としていた神代は、彼のDRD入手ルートを知っていて、ロビーで薬の受け渡しがあった事も把握しており、それを私に使う事までもを予期していたはずだ。
拮抗薬を用意していたのがその証拠のようなもの。
しかしこちらに警告はせず、海斗くんが予想外の動きをするまで静観していたところを見ると、私があの状態に陥る事こそ彼の策の内であり、もっと言えばあの現場が不同意わいせつじゃなくて不同意性交になった時に参戦するつもりだったのではないか、と思えるのだった。
「そして私は無様にもDRDを飲まされ、加納省吾はその現場を押さえられて、更に立場を弱くした…と、いう訳ね?」
『そうだ』
神代の声はいつにもましてその抑揚が抑えられていた。
冷徹さとも、無感情さとも違う、ただ静かな語り口調…。
彼からの謝罪は無いが、こっちもそんなものは求めていない。
「…まあいいわ。薬を飲まされたのは私のミスだし」
『……』
「最後に海斗くんと由香さんに私を運ばせて、加納省吾と二人きりになった時、奴に何を言ったの?」
『……』
電話口の向こうに微かな空気の揺らぎを感じた。
流石の神代も、私がそこまで思いを巡らしていたのは予想外であったらしい事が窺える。
私の考えだと、あの場で加納省吾に不同意わいせつの罪が増えた事…その状況自体は、その先の交渉にあってもなくても良かった程度のものだ。
なぜなら…神代はあの加納省吾を完膚なきまでに屈服させる為の必殺の一手を隠し持っていて、加納と二人きりになった10分の間にそれを放ったに違いないのだから。
あそこで私がDRDの罠を華麗に回避し、襲い掛かる加納省吾の金玉を蹴り上げて罵り、最悪な空気を作ってから神代らにバトンタッチしたとしても、今日の結果は変わらず、あの男は泣いて命乞いをして、由香さんに服従を誓っただろう。
大体ね、その後の交渉を上手く進めるために何かして欲しい、だなんてふわっとした依頼からして、変なのよ。
私はスマホを耳に当てながら、彼の返答を待つ。
『…加納省吾が使役していた三島兄弟が、元暴力団組員だったのは知っていたか』
「あの隠れ家レストランで会合した時の資料で見たかな」
『三島誠には多少のIT技術があってね。組の金を横領していたらしい。それが発覚して、弟の剛と一緒に逃げる際に、組の若頭を半殺しの目に遭わせている』
「……なるほどね。そんな彼らを使っていた加納省吾は、組からしてみれば仕事を与えて匿っていたのも同然…と」
『そういうことだ』
つまり、神代はもしも加納由香から提示された条件を飲む気がないのなら、その事実を組に流すと脅したのだ。
そうなると…加納省吾、いえ、佐藤省吾を待ち受ける運命は、社員からは無能扱いを受けて嗤われ、サロン仲間からは落伍者の迷惑ものとして見下され、界隈の女からは最低の変態と蔑まれる恥辱屈辱に留まらない、凄惨なものとなるだろう。
この交渉カードがあれば、他に何もいらないレベルの強力な切り札と言っていい。
ほら見なさい。やっぱりあそこで新たに私への不同意わいせつ罪を付ける必要ないじゃない。
「なぜ私にあんなことをさせたか…答える気はない?」
『……』
私と神代との接点は、祖父の泉美剛三だけ。
それを考慮すると…もしかしたら神代は祖父に強い恨みがあり、孫娘の私でそれを晴らしたかった、そんな推論が成り立つ。
でもそれは私の感じた限りではちょっとピンと来ないものだった。
神代が備えている性質とあまりにもスイングしていない。
「…おじいちゃん絡みだと思うんだけど、あってる?」
『そうだな』
神代は、私の能力を推し量ったか、あるいは試練を与えた…そんな感じがしっくりくる。
その目的はしゃべらなそうだし、どっちにしても、私には不快極まりないですけどね。
「今から股間を蹴り上げに行ってもいい?」
『その申し出は辞退させてもらうよ』
フフッと軽い笑いと共に、祖父と面識のある男性探偵は通話を切ったのだった。




