最低最悪
「んっ❤」
なんだか分からないけど、気持ち良かった。
私のものと、誰かのもの。二人分の荒い呼吸が脳内で反響していた。
なんとか思考を働かせても、ここが見覚えの無い綺麗なお部屋で、三脚に添え付けられたスマホで撮影されちゃってる…そんなシチュエーションであることがうっすらと理解できるだけだった。
私は今…全裸なのか、半裸なのかもよくわからない。
ベッドの上なのか、ソファの上なのか、床に広げられた絨毯の上なのかもわからない。
そして…誰に何をされているのかも。
視界に映るのは、光の中でぼんやりと人の形をとっているシルエット。
今の私の人間関係で…エッチなことする相手なんて…海斗くんしかいない。
だからこれは海斗くんなのだろう。
おっぱいにしゃぶり付いて乳首を強く吸っている彼の頭を抱きかかえてあげたいと思っても、手も足も重くて動かせない。
そのまま身体は与えられる淫らな刺激に感じて痙攣を返していく。
私は全身を火照らせながらすすり泣いて、お腹にも喉にも力が入らない中で絞り出すように喘いだ。
「あっ❤」
恥ずかしい声が掠れる様に漏れ出てる。
でも、一番恥ずかしいのは声なんかじゃなくて、陰核を擦られながら手マンされて股を広げながらびちゃびちゃになっちゃってる事だった。
まったくもぅ。つい昨日、お友達から始めましょうなんて言ってたクセにぃ。
「凄いな雫は。こんなに乱れる女は初めてだよ。悪い子だ」
「いや…!」
言葉で責められて羞恥心が高まる。
呼吸をすることも忘れる程に感じた瞬間、子宮がギューッと硬く収縮して、そこから発せられる熱が背骨を伝って脳髄へと突き抜け、目の前がフラッシュした。
「あ、くる!くるぅ!」
そして私は高まるリビドーを相手に伝えてからアクメして、身体を震わせ潮を噴いたのだった。
12時 帝国ホテル東京 ロビー
僕は雫さんから部屋番号の通知を受け取ると直ぐにフロントに向かい、頭を下げて出迎えてくれた女性スタッフに会釈を返して尋ねた。
「12階の部屋は空いていますか?」
ここで空室が無かったらどうすれば…と、そんな不安は「はい。ございます」と即座に答えてもらった事で解消されることとなり、ニコニコとした笑顔をみせる新人風の彼女に、「じゃあ、頼みます」と返事をしてチェックインを開始した。
手続きを終えて、エレベーター等の操作の説明を受ながらキーを受け取るまでの所要時間は3分ほど。
「どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ」との声に「ありがとう」と返してからロビーを見渡すが、まだ加納由香や神代連の姿はなく、俺が雫さんを守らなくては…と焦った気持ちでエレベーターに乗り込んだ。
1211号室は、雫さん達の1208号室の、ちょうど向かいの客室となっていた。
雫さんの仕事はここに加納を呼び出す事。そして会話して場を凌ぎ、彼を神代達に引き渡す事だった。
予定より1時間も早く始まってしまったという事は、その分長く引きつけなければならないって事だ。
キーを預かった客室の前でスマホを弄る演技をしながら耳を欹ててみるが、雫さんが加納省吾を相手にしている客室からは何も聞こえてこない。
扉にぴったりと張り付けば聞こえてくるかもしれないが、そんな姿をホテルのスタッフにモニターされてしまったら最悪ここから叩き出されてしまうだろう。
中は今どうなっているのか。
作戦は上手くいっているのか。
握り込んでいたアラーム受信機はいつの間にか手汗に濡れている。
もしかしたら、雫さんがスイッチを押しているのに、アラームが鳴っていなかったりしているのではないか。
僕はそこで通話をするフリなどをして廊下に立ち続けたが、通りかかった客から視線を向けられてしまった気がして一度客室に入り、水場で顔を洗った。
気ばかり焦って、大事な所でミスをしてしまいそうだ。
「しっかりしないと」
流石に僕が不安だったというだけで、雫さんの仕事を台無しにするわけにもいかない。
12時30分になり、一向に鳴らないアラームに焦れて再び廊下に出ると、意を決して1208号室の扉にそっと手をかけた。
これでもし僅かでも開いたなら、そのまま中の様子を窺おうと思って音を立てない様にゆっくりとレバーを降ろし、少し力を籠めて引くと、僅かに抵抗があった。
雫さんの仕掛けが…失敗している?!
これで不安は倍加して、僕は居てもたってもいられなくなってしまった。
どうにかして中の様子を確認しようと鍵穴を覗くが、残念ながら視界に二人の姿は無い。
エレベーターがこの階に止まった気配を感じて、急ぎ自分の客室へと戻ったが、1208号室の中を確認して、もし作戦が正常に進行中だったなら問題なく引き上げることができるような手段が必要だった。
「何か手はないか?」
これが隣の部屋だったならベランダ伝いに…なんて、無茶な考えすら頭に浮かび始めてしまって、冷たい飲み物でも飲んで落ち着こうと客室のミニバーを開けて、中に収められているアルコールボトルに目が留まり、そこでルームサービスを装うアイディアを思いついた。
「それだ!」
よくよく考えれば、ホテルスタッフの制服を着ていないのだから、ドアスコープから覗かれた時に不審に思われてしまう可能性がある。
しかし、今の自分の身なりは社会人として十分すぎる程にフォーマルなものだ。
接客スタッフとして誤認させることができるかもしれない。
そうと決まれば急ぎエレベーターへと走り、一階の売店でワインボトルを購入して客室に戻る。
特に怪しまれることなくお酒を買えたことで少しだけ作戦への自信が増していた。
ポジティブに考えろ。
もし雫さんが無事なら、きっと彼女が対応しようとするだろう。
そして「なんか間違いだったみたい」などとフォローしてくれるに違いない。
もし加納が出てきたとしても、彼は雫さんの手前、紳士的に振る舞うはずだ。
そして事は荒立てられずに単なるホテル側のミスで済まされ、作戦に支障をきたさない。
問題は…何の反応も無かった場合や、加納の様子がおかしかった場合で、これは明らかに異常事態だと判断できるのだから、その時は迷わず飛び込んでやればいい。
流石に緊張で足が震えたが、ワインボトルを手にして気合で背筋を伸ばし、鏡の前で自分の姿を確認する。
穴だらけだが行くしかない。今は一刻も早く雫さんの無事を確認することが最重要だ。
僕は客室を出て、1208号室のチャイムを押し、ドアスコープにワインボトルをよく見えるように構えながら声を発した。
「失礼いたします。ルームサービスでございます。ご注文いただいたお飲み物をお持ちしました」
客室からの反応は無い。
もう一度チャイムを押す。
「失礼いたします。ルームサービスでございます。ご注文いただいたお飲み物をお持ちしました」
頼むから雫さんが受け取りに出てくれ…!
そう願った僕の耳に、「頼んでないぞ!」とあの男の怒鳴り声が響いた。
やはり中で何かが起きていたのだ。
「左様でございますか? 申し訳ございません。こちら加納省吾様でお間違いございませんでしょうか。念のためドア越しではなく、伝票をご確認いただけますと幸いです」
男のフルネームを呼ぶことで心理的な圧力をかける。
沈黙の後で、ズカズカとした荒々しい足音が響き始め、僕の目の前でガチャっと開錠音を響かせたドアが開いた。
顔を見せた男の目は強度の結膜充血を引き起こしており、額や首元にはべっとりと醜い脂汗が滲み、チャコールグレーのネクタイが乱暴に緩められ襟から垂れ下がっていて…そしてその両手の指先が、蜜と潤滑油でヌラヌラと卑しく濡れ光っている状態だった。
「しつこいぞ! 頼んでいないと言っているのが聞こえ―」
彼は僕の姿を見て怒鳴り、しかし途中で喉を詰まらせる。
恐らく目の前に立っているのが、年若いながらも仕立ての良い英国製スーツを身に着けた人物であったので、ホテルの上層スタッフかもしれないとの疑念を抱いたのだろう。
手を伸ばしてワインボトルをひったくるように奪った後で、その歪めた口を開いた。
「チッ……フロントのミスか。俺は今、人生で一番大事な『勝ち戦』の最中なんだ。水を差すな。伝票なんてどうでもいい、さっさと失せろ」
彼が力任せにドアを閉めようとするのを、僕は無言のまま足を踏み入れて阻止する。
「あ?」
そのまま脚でドアを押さえて、がっしりと扉の縁を掴むと力任せに扉を開いた。
「お、おい!」
身体を引きずられる程に力負けをした中年男性が焦りの声を上げるが、構わずに客室内に踏み込む。
既に頭の中は真っ白になっていて、こんな感覚に襲われた事は前にもあった。
そう、池袋の公園で、気が付いたら二人の男を叩きのめしていた事が……。
「客に対して…無礼な! おい聞いているのか!!」
これだけの騒ぎに雫さんが顔を出さない事でもう全部わかっていた。
侵入を食い止めようとしている男の抵抗を意に介さずに歩みを進めて客室の中を覗く。
そして僕は、最早裸同然に着衣を乱れさせ、顔を惚けさせながら床の上にぐったりと倒れこんでいる雫さんの姿を見てしまったのだった。
水の上を漂っているような、ふわふわとした感覚の中で、どこからか激しく固いもの同士がぶつかり合うような音が聞こえた気がした。
ドン! だとかゴン! だとかの、凄く重たそうな音。
一回…二回…三回…。
そして悲鳴と怒鳴り声。
誰かが喧嘩している?
あれ? また声の種類が増えた。女の人の声もする。3人…4人くらいで喧嘩してる感じ。
全部の声がくぐもって響いているので、水の上を漂ってる…と思っていたけど、もしかしたら水の中に居るのかも。
ぼんやりとしたまま、これ夢かなぁ…なんて思う。
私なにしてるんだっけ???
なんかすごくエッチな事をしていて、それには海斗くんが関係していたような気がする…。
明るいけど暗闇と同じくらいに何も見えない強い光の中、輪郭をぼやけさせた誰かが私の傍らにやってきて、二の腕に触れてきた。
「あっ❤」
触りに来てくれた相手が男性であると本能で理解した途端、期待に胸が膨らんで身体が熱くなり、下腹が愛撫を求めてビクビクと痙攣してプシャっと淫らに潮を噴いてしまう。
恥ずかしさと気持ち良さにか細く嬌声を漏らしてみたけど、右腕を弄っていた相手が私に与えてきたのは…愛撫ではなく鋭い痛みだった。
「いっ!」
全く予期していない突然の激痛におしっこをちょっとだけ漏らしそうになって驚き呻くと、直後に氷の塊を身体の中に突っ込まれたような強い冷感に襲われて、誰かにビンタされて眠りから叩き起こされた時のように目が覚めた。
「…あれ??」
最初は全然知らない部屋で寝ていた事にビックリして声を上げ、直ぐ傍らに神代がいる状況に二度驚く。
「え?」
改めて自分を見ると、身体の上に男性用の衣類が掛けられている。
動きが鈍いな? なんて思いながら手を動かし、そのジャケットを摘まんでそっと持ち上げると…ブラウスのボタンがいくつも乱れ弾けてガバッと左右に開かれ、ブラは身に着けてないまま乳房は剥き出しになっていて、誰かに支えられながら身を起こして下半身を見ると、スカートもパンツも足首辺りに引っ掛かってる有様だった。
「は?」
淫らな感覚が下腹で燻っていて、周囲には雌の匂いが漂ってしまっている。
確認せずともどんなに酷い状態なのか分かっていたけど、ジャケットの下でそーっと腕を伸ばしてソコに触れてみると、ぐっちょぐちょに濡らしていた。
え? なにこれ??
何かとてつもない致命傷を負った気がして、全身が震え出した。
あられもない、とか。
はしたない、とか。
ハレンチな、とか。
そんな言葉じゃ到底説明しきれない最低最悪な状況に吐き気が込み上げてくる。
「おえぇ❤」
「また一つ…大変な罪を重ねたようね。省吾さん」
加納由香の声が聞こえた方向へと、えづきながら顔を上げると、私の足先2メートルの位置に鼻と口から血を流しながら蹲っている加納省吾と、腕組みをしながら立つ彼女の姿があった。
振り向けば私の背中を支えてくれているのは海斗くんで、彼は加納省吾を鬼の形相で睨み続けていた。
肌を隠すために掛けられていたのは、海斗くんが着ていた祖父のもの。
私の身体に添えられている彼の拳には、その拳骨の部分が痣色に変色する程の殴打の痕が残されていた。
そしてこの場所は…帝国ホテルの客室。
そうだ、加納省吾にDRDを飲まされて…………で、この状況になっている。
全部思い出した。
思い出したと云うには間がすっぽりと抜けているけど、身体を抑制され、思考も朧となり、身体の感覚だけを残す中で、ヤツの手によって結構な目に遭わされたのは間違いなかった。
加納がまだしっかりとベルトを着用しているので…急ぎアフターピルを飲まなければならない事態にはなってないと思いたい。
ともあれ、そんな危機的状況を、誰がどう察知してくれたのかは分からない。
けれども、真っ先に飛び込んでくれたのは海斗くんで、彼が強姦魔をぶっ飛ばして私を保護してくれた…それが今の状況に違いなかった。
「意識はハッキリしたか? リスクを承知で対処させてもらった。訴えないでくれるとありがたいな」
神代が手にしている注射筒を見る。
私は彼に拮抗薬を静射されたのだろう。
医師免許を持たない者が静脈注射などの医療行為を行うことは、医師法第17条に一発で抵触する重大な違法行為だ。万が一、注射によって私の身体に重篤な副作用やショック症状が生じた場合、刑法の業務上過失致死傷罪、あるいは故意の傷害罪に問われることになる。
けどまあこの状況で神代を訴えようとなどとは勿論思わなかった。
「解説不要かもしれないが、君が加納省吾に飲まされたのはベンゾジアゼピン系の薬物だ。投与したフルマゼニルの拮抗作用はあと10分しか続かない。その後また身体のコントロールを失い、泥のように微睡むことになる」
DRDが全量代謝されるまでの数時間は、効果に悩まされ続けないといけないらしい。
中途半端に覚醒させられて、この状況を自覚させられてしまった私は、とりあえず「死にたいな」としか考えられてない。
寝かせたままでよかったのにぃいい! と暴れたくなったけど、あのままだったら一過性前向健忘によりこの場での事をすっかり忘れていただろう。
誰かに酷い事をされたのを私だけがまるで覚えていない……そんな状態の方が尚怖いと思い直して、全てを受け入れる事にした。
「ぜったい…許しませんからね…」
多分この一言を言わせるために叩き起こされたと思うので、私は自分を罠に嵌めた男に向かって、この客室どころかホテル全体を覆う程の怨念を乗せた呪いの言葉を吐き出しておく。
後はまた意識が混濁し始めるまでの10分間、皆の会話を聞きながら存在を消しておくだけだ。
「ここは何としても彼女に許してもらうしかないわね…」
加納由香は私を見下ろしてため息をついてから、当初の計画通りに全ての証拠を加納省吾へと突き付けていった。
金のかかる愛人を囲って1年前から不正に手を染めたその背景すらもお見通しだと語り、五味ら3人の調査書を叩きつけ、彼らを雇って不法投棄を行わせ、バックをペーパーカンパニーで受けていたお金の動きを示す証拠を提示し、黄金の車の中にあった不法投棄を指示する音声データと、ペーパーカンパニー関連の資料を入手したと明かしてから、更に設楽杏奈に行った変態的な動画を見つけた事にも言及していく。
「省吾さんが、不法投棄を実践していた五味憲次、三島誠、三島剛の3名に、そちらの泉美雫さんを襲わせてわいせつな写真を入手していたことも分かっています」
女を襲っていた現場に踏み込まれ、そのまま殴り倒されたという精神的な劣勢状況下にある加納省吾は、絨毯に爪を立ててブルブルと身体を震わせながらも屈辱に耐えていた。
「さて、加納省吾さん。君に温情を与えておく。依頼人加納由香氏は、会社とその従業員らの生活を守るために、本件を不問にしても良いと言っている。以後このような社内犯罪に手を染めないと誓いを立ててくれるのなら、常務取締役の地位を安堵しよう。DRDを融通してくれるようなサロン仲間との交流も、女遊びも好きに続けたらよい。ただし…」
加納が約束より1時間も早くロビーにいた理由がDRDを受け取るためだった事実に気付かされたところで、神代の声が遠くなり出した。
「…しても…もう……だ。それでも……なら、全てを………我々を相手に…みるといい」
もう言葉が上手く聞き取れない…。
いえ、正確には聞こえているのに理解できなくなっているのだ。
ああもうっ。私は神代がどんな手を使って加納省吾を屈服させるのか知りたかったのに…!!
そんな悔しさの中で、私の意識は再び泥の中へと沈んでいった。




