制裁
8月15日 1時
埼玉県に位置する山林に3台の10トンダンプが停車している。
不法投棄場所に乗り付けた五味らは車のライトを消し、闇の中手慣れた手つきで油圧システムを作動させて荷台を傾かせ、積み荷の産業廃棄物をドサドサと尻先の窪みへと落としていく。
1台でそれを完了させると、次のダンプを移動させてまた同じ場所に尻を付ける。
「…おい、止めろ!」
五味が2人に作業停止の合図を出して、木々のざわめきの間を覗き窺うように息を潜めた。
「動くなッ!! 警察だ!!!」
突如闇夜を切り裂いて赤色灯が光り、サイレンが鳴り響いた。
2台のパトカーから浴びせられる強烈なサーチライトで男達の視界は一瞬で真っ白になり、その影が地面に縫い付けられたようにハッキリと描画される。
五味はひそかに舌打ちをした後でヘルメットを脱ぎ、自分より二回りは若そうな男達の前でへつらいの笑みを浮かべた。
近づいて警官の姿を確認すると、その数は3名。
皆若手だが、うち一人は嫌に威厳があり、階級の高さを感じさせていた。
過去に何度か賄賂を渡した警官の姿はない。
この1年、一回30万円~70万円ほどの報酬で不法投棄を行って来たが、加納のダンナの女遊びが派手になり、それに伴って予定よりも多くの回数をこなすことになっていた。
(糞っ。目立っちまったか…)
東京近郊の様々な山林の安い空き地を「資材置き場」として購入して投棄場所を分散させ、それぞれ周囲には私有地である事を知らせる看板やバリケードなどを作って目隠しとして、せっせとゴミを運んでいた。
一般人にはこれが不法投棄だと分かる程の知識を持ったものはおらず、山の中で何か工事をしているんだな、としか思われないのが今までの日本だった。
最近は移民の連中が雑に不法投棄をやっていて、その影響で市民の目が厳しくなっている。
表示号番がない車両や、車体に会社名や許可番号の記載がない車両などが通報されるようになったとも聞く。
もちろん、こちらはそんな雑な仕事をしていない。
しっかり会社も作り、事務所も持ち、偽装されたものだがゼッケンもぶら下げていた。
五味は「馬鹿共の所為で、まっとうに仕事をしているこっちが割を食うのはたまらなねぇな」と心の中で悪態をついた。
「え、あー、お、お巡りさん。これはその、トラックがへたっちまいましてね、ここちょっと積み荷の入れ替えをしようとしていたんでさ……ここはちゃんと、東和運輸の所有地ですので。ご確認いただければ…」
「なるほど…。おい、お前もキーを抜いて降りてこい」
エリート風の男は五味の言葉を聞きながら、今ダンプを操作している三島剛(三島弟)に高圧的な態度で命令する。
乱暴者はしぶしぶとそれ従い、警察官は彼の手からキーを預かり、他の警官らもトラックを見て回り、全てのキーを引き抜いた。
「産業廃棄物の運搬のようだな。マニフェスト(産業廃棄物管理票)を提出してもらおう」
「マニフェスト……ですか。あ、はいはい。おい誠! 管理票だよ! はやくお出ししろ!」
五味は三島誠(三島兄)へと指示を出し、瘦身の男は担当していたトラックからバインダーに挟まれた書類を持ち出してそれを警官へと差し出す。
それは勿論正規のマニフェストではなく、時間稼ぎのための偽の書類だった。
ぱっと見で大きな矛盾はない。
マニフェストには様々な記載項目があり、老眼になった警官や現場に熱心でない警官は、これらをしっかり精査せずに、会社名の実在や土地の管理者がその会社名義である事を確認すればそれだけで無罪放免になることが多々あった。
だが、今回の相手はどこか毛色が違う。
汚職を払拭して市民からの信頼を回復しようと考えた埼玉県警が、不法投棄の摘発に本腰を入れて、幹部候補生の中から実力派の若手を抜擢したのかもしれない。
エリート警官がその細かな記載を目で追い、直ぐに不審な箇所に気付いた様子でもう1人を呼び、2人は連れ立ってその場を離れてパトカーに戻ると無線で本部との連絡を取り始める。
間近で彼ら3人を見張っているのは1人の警官で、彼は最も若く、体格も小柄だった。
「ああ、お巡りさん、実はですね…」
五味は浮かべていた愛想笑いをそのままに彼に近づき、突如両拳を合わせてハンマーのようにして、警官の首を殴打した。
「うぐ!」 と呻いて倒れた若者を跨ぐように飛び越えて、残りの警官らが「アッ!」と声を上げる前に男達は山林の奥へと逃げ込んだ。
「待て! 止まれ!」
五味憲次、三島誠、三島剛の3人は息を切らしながら、喉が破れて鉄の味が口いっぱいに滲むまで、30分の間力の限り悪路の斜面を直走った。
やがて開けた場所に出ると、予め各所に用意していた逃走用の原チャリに跨る。
「事務所にはもうもどれねぇ。『あそこ』に行くぞ!おい誠! お前はレンタカーを借りて来い!」
「わ、わかったよ」
彼らは二手に分かれ、五味と剛はそこから30分かけて移動した都内某所にある屋外型トランクルーム前へと移動すると、貸しコンテナを開き、僅か0.5畳ほどの貸しスペースの中に隠していた、この1年間の不法投棄で得た利益の殆どと、本物と偽装の2つのパスポートを回収した。
三島弟が筋肉質な巨体を丸めて札束の数を数える間に、五味は自分のパスポートを確認しながら『知人』に連絡を取る。
「ああ、そうだ…これから東京を出る。博多にはぶっ通しでも12時間くらいかかるだろうから、出発は今夜から明日の早朝にしてくれ。韓国経由で構わん。東南アジアならどこでもいい」
そして彼は電話を切り、金勘定をしている仲間に「おい、一人当たり100万だそうだ」と高跳びにかかる料金を伝えた。
剛は現金をそれぞれ3つのスポーツバッグへと均等に詰め替える作業を終えてから振り向く。
「ざっと一人当たり3500万だ…だがよぅ、五味さん。本当に国外にまで逃げる必要あるんか?」
「加納の旦那との繋がりがバレるのも時間の問題だ。カノウ・エコロジクスっていう今急成長している会社を巻き込む大問題となれば、警察の本気度が更に跳ね上がる。ほとぼり冷めるまで東南アジアでのんびりやるのがいいのさ……大体オメェラの方がヤバいだろう。容疑者として名前が報道されてみろ、警察よりもおっかねえのがムショの中だろうがなんだろうがそのタマ取りに来るぜ」
五味は煙草を吸いながら、夜空に向かって煙を吐く。
三島兄弟は、地方に居た頃はとある暴力団組織の末端構成員だった。そこで少しばかりIT技術のある兄の誠が組の金に手を付けてしまい、それに勘付いた若頭を弟の剛が半殺しにして逃げてきていた過去を持っていた。
「逃げるしかねぇか…」
弟がそう呟くのと同時に、黒のトヨタ・ヴォクシーがトランクルーム前に砂利を轢きながら停車して、運転席から兄が顔を出す。
「アキバの無人店から借りてきましたぜ」
弟は二人分のバッグを持って助手席に、五味は自分のバッグを持って後部座席へと乗り込んだ。
「行先は博多ですか。3500万か…あっちで王様みたいな暮らしってわけにはいかねぇなあ…」
運転手となった誠が、逃亡先での生活を悲観する。
兄の嘆きに助手席の弟も呼応して、「あ~あ。日本にいるのも今日明日までか…」と助手席の背もたれに身を預けた。
そんな彼らを見ながら、五味も「確かに現金が心もとねぇな」と逃走資金に物足りなさを覚えていた。
「東南アジアか…あっちの女は美人が多くて気立てがよいって聞くけど、本当かなぁ」
「兄貴ぃ、あっちの女は馬鹿で臭いんだぜ。俺りゃ日本の女がいい」
そんな二人の会話に「おめーら分かってねぇなぁ」と混じろうとした五味が、そこで何かを思いついて、ニヤリと笑う。
「なぁ…最後に日本の女を抱きたくないか?」
「そりゃ抱きたいですよ」
提案に飛びつく弟を見て、兄の誠はこれから博多まで1100キロを走行しなければならず、休みなしでも12,3時間もハンドルを握り続けることになるとため息をつく。
「でも金はかけたくないし、そんな時間もないですよねぇ?」
今後の命綱となる3500万円のうちいくらかを浪費して豪遊するのも危険だが、それよりもそんな時間的余裕がない事の方が問題だった。
昼には事務所を調べられ、五味憲次、三島誠、三島剛の3名が捜査線上に上がる。
カネの動きから加納省吾のペーパーカンパニーへと行きつき、カノウ・エコロジクスに捜査の手が伸びる。
一晩も持たずにあの女狂いの旦那が情けなくゲロして、大きなニュースとなる。
…どう考えても女遊びしている時間はない。
博多までの道中で仮眠する時間すら取れないかもしれないのだ。
「心配ねぇよ。加納の旦那が、教えてくれたじゃねえか。時間を気にせずタダで抱ける女の居場所をよ…」
三島兄弟は最初、兄貴分である五味の発言の意図を汲めずに首を傾げた。
「山手線で股濡らしてデッツカイ尻振ってたあの女だよ。千駄木のなんとか探偵事務所だ」
「あ。ああ!ああ!」
ハンドルを握った三島兄が、ようやく理解したと何度も頷いた。
「へへっ。そうかアイツかぁ。悪くねぇな! 拉致るんだな!?」
五味の意図を理解した三島弟も喜んで膝を叩き出す。
「車内に連れ込んで博多までの長旅の間、たっぷり楽しもうや。そんでよ、写真や動画を撮って、後で金にすんのよ」
「うっひょー! 五味さんそれいいですねぇ! あっちに着いたら俺が動画を金に換えてみせますよ。腕が鳴るぜぇ~!」
誠は上機嫌になって猿のようにキャキャキャとハンドルを叩き、千駄木に向かってアクセルを吹かした。
野獣となった男達を乗せた車が不忍通りに停車してそのライトを消した時、時計の針は午前4時3分を指していた。
荒縄や結紮バンドにガムテープ、首輪にリード、目隠しや口枷、そしてローターや吸引バイブ、ディルドに遠隔操作もできるスマートトイ。
手に入れれる範囲で玩具を寄り集めた結果、こんな時間になっていたのだった。
無言で車を降りた彼らは、6階建ての雑居ビルを見上げる。
二階の窓には『泉美剛三探偵事務所』と書いてあるが、これは女探偵が祖父の事務所を引き継いでからそのままにしているだけで、あの女は一人で探偵業をやっている。
これは彼女に熱心な加納省吾からの情報だった。
外気温は20度を下回らず、うっすらとした熱気を漂わせている街は静まり返っている。
五味は深夜に突然男達に乗り込まれたあの女が、ベッドの上で震えあがり怯えて泣く姿を想像して、54年間連れ添って来た息子を熱く滾らせ、股間を揉みながらニヤニヤと笑った。
俺が最初に一発ヤってから、脅して金を奪う。
そして車に連れ込んで、皆で凌辱する。
マンコの臭そうな女だが、日本最後の相手として贅沢は言えない。たっぷりと可愛がってやろう。
30分もしないうち甘えた声で泣き出し、腰を使いを始めるのではないだろうか?
そうなりゃ遠隔玩具をぶち込んだ後で、ATMで金を降ろさせてもいい。
いっそのこと博多港から船にまで乗せて、『友人』に奉仕させて渡航料金を割引させ、生涯俺に尽くせるか問いただして、もし万が一断りでもしてきたら対馬海峡のど真ん中に投げ捨ててやるのはどうだろうか。
過激な妄想に舌なめずりをすると、顎がズキンと痛んだ。
五味はこれから襲う女を助けるために飛び込んできた若者の顔を思い浮かべる。
「ざまあみろってんだ」
扉は誠がピッキングを試み、上手くいかなければ剛がバールで叩き壊す事になっていた。
彼らは鼻息も荒く階段を上り、フロア2Fの廊下に足を踏み入れて、そこに人影が立っているのを見た。
それは身長160cm程度の小柄でやせ型な老人だった。
再雇用のビル警備員だろうか。
「おい、じいさん。そこの事務所の鍵とか…もってねぇか?」
「そこの鍵ですか? ええ、ありますよ」
やはり警備員だ。これはついてる。
「そいつはよかった。俺達はその事務所の女探偵さんと深~い仲でね、急ぎの野暮用があるんだ。ちっとばかし鍵ィ開けてくれねえか?」
「ええっ? こんな時間に何をなさるんですか? 今は彼女もお休みになってますよ」
当然とも言える反応に苛立った剛がバールを振り上げ、前に出て老人を威圧し始める。
「うるせーな。黙って従えばいいんだよジジィ。ぶん殴るぞ」
「おいおい乱暴だなおめーは。年配者は敬えよ。悪いなじぃさん、まあ素直に言う事きいてくれりゃあコイツも手を上げたりしねーよ」
五味は「ひぃ!」 と声を上げた老人が慌てて鍵を開け始める様を予想していたが、彼の耳にグボ!とウォーターバッグを重く叩いたような音が響き、同時にズン!とした振動が床から伝わるのを感じた途端、剛が背中を丸めて「ごええええええ!」と声を上げながら突然嘔吐し始める光景を見ることになった。
崩れ落ちた仲間の向こうにいる老人は微動だにせずその場に立ちすくんでいて、何が起こったのか分からない。
「おい剛…」
五味はしゃがみ込んでいる彼の肩に触れようと手を伸ばす。
しかしそれを遮る様に伸びて来た手に手首を掴まれた。
掴んでいるのは、いつの間にか剛と並ぶ位置までこちらに歩み出ていた老人だった。
小柄なのに思いのほか手が大きい。
「ああ、無理に動かさない方がいい。肝臓が潰れているからね」
老人の指が前腕にある二本の骨、橈骨と尺骨の間にメリメリと食い込んできた。
その激痛のあまり五味は全身の動きを封じられる。
息も吸えない。吐けない。声も出せない。
老人は穏やかな表情で腕を握っているだけだが、その指は皮膚を食い破る様にして腕の中にめり込んでいた。
なんだこいつは化け物か!? 意識すら保てなくなりそうな痛みの中、五味は老人がゆっくりと人差し指を持ち上げるのを見る。
「お前さんの目、真人間には程遠いねぇ。だが悪党としても三下だ」
老人の指がこちらに向かってゆるりゆるりと流れ出した。それは右目の視界を塞ぐように大きくなっていく。
「や…やめてくれ…!」
五味は必死にカッスカスの声を絞り出した。
しかし老人は表情一つ変えずに、静かな笑みさえ湛えながら、恐怖に濁った男の目玉を掬い取った。
「あああ…」
今もなおゲェゲェと胃液を吐き続けている弟と、顔の右半面を覆った手から血を滴らせて蹲るリーダを見て、三島誠は今度こそ逃げ出そうと思っていた。
しかし老人のゆったりとした動きは全部見えているのに、気付けば彼は瞬間移動したかのようにいつの間にか目の前に立っている。
誠はその場に座り込んで小便を漏らす。
老人の足が残像を伴う錯覚を起こさせるほどに静かに持ち上がり、一切のブレなく彼の目の高さで止まった。
「お…俺はまだなにもぉ…」
イヤイヤと首振りをする彼の顔の前をシャッと風が薙ぎ、何かがボトリと小便で汚れている床に落ちた。
それは誠の鼻だった。
気道に流れ込んだ血に溺れる感覚に襲われながら、痩身の男は顔を覆う。
顔の中心部を失った仲間が藻掻く姿に、弟は腹を押さえ胃液を吐きながら戦慄し、五味は左目だけの視界を見開いて恐怖した。
「ひ、ひぃいい!!」
彼らは痛みを忘れて身を起こし、死の恐怖に駆られて生来四つ足の獣であったかのように這ってビルから転げ出る。
そうして先を争って車に逃げ込み、法定速度を遥かに超えたスピードで不忍通りを走り去っていった。
通りに出て暴漢らを見送った九条巌は、普段はあまり使わない俗にガラケーと呼ばれている二つ折りの携帯電話を手に取る。
「…神代さんのおっしゃる通り、こちらに来ましたよ。今しがたお引き取り頂きました」
『そうですか。お手を煩わせてしまいました。このお礼は改めて』
二人の会話はそこで終わる。
しかし九条巌には、これが神代が用意した『泉美雫に無体を働いた男達への制裁の場』である事は分かっていた。
「感謝しますよ」
老人は握り込んだ携帯電話に向かってそっとに頭を下げ、汚れた廊下の掃除をしに再びビルに入って行ったのだった。




