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素人探偵

8月14日 16時


「最悪ぅ…」


山手線・地獄行きからの一応の生還を果たした私は、事務所に戻ると浴室に駆け込み、服を着たままに冷水シャワーを浴びはじめ、顔を覆って30分間大泣きをして、心の中にあるドロドロとした感情を洗い流してから放心していた。

その後水を滴らせながら事務所に戻り、タオルを頭からかぶって床に座り込む。

スマホを手にして調べてみれば、やはりと言うべきか、ネットの海には先ほどの痴漢被害に関わる様々な情報がアップロードされているのだった。

親指の爪を噛みながらそれを遡っていく。

最初は、車内に居た誰かが『優先席に座った輩がお姉さんに公開説教されてる』と題して、あの口論の動画をあげてしまっていた。

私が茶髪プリンに「折角の優先席なんだから、譲れる人は譲ってあげようよ?」と言っているところからノーカット放送状態で、ぼかしなんて当然かけてない。酷いネットリテラシーだ。

基本的には私への賞賛、私を心配する声と、そしてちんちん押さえて悶絶している輩を大いに嗤うコメントしかないから、そこまでは別に良い。

実際今、私も抹茶プリンの悶絶顔を見て「フッ」とか鼻で笑っちゃったし。

『巨乳対巨根』なんてコメントも付いていて、確かに言われてみれば、あの少年の金玉はずっしりとした手応えだったかも? なんて思った。宝の持ち腐れよね。

ここでこの話は終わり…ではなく、今度は別の場所で五味達による痴漢行為画像をアップし始めた奴がいるらしく、そこからの情報が流れ込み、『この姉ちゃん直後に裸にされたらしい』と掲示板が色めき立つ。

詳細を求めるコメントに従って、その後はこの掲示板にも痴漢被害画像が貼られ出す。画面をスクロールさせると出てくるのは、私がシャツを捲り上げられちゃっている画像、おっぱいを露出させられちゃってる画像、乳房を揉まれながら唇を噛んで耐えてる画像、乳首を捏ねられて恥ずかしい顔になっちゃってる逆奇跡の画像。

そんな感じにどんどんエスカレートしていく画像の所為でライブ感が高まり、新着を求めて乞食が群がり、『動画はここから』なんて怪しげなリンクまでもが貼られ出して、質の悪い詐欺業者の目に留まってしまった事が分かる。

凄惨な痴漢被害現場は、ショーツの露出から、ついにはそれすらもが降ろされた恥辱画像へと進み、『流石にAIだろ』と主張した人のコメントが逆に掲示板の流れを加速させて、画像は多角的に検証されて本物だと太鼓判が押され、それが現実に昼間の山手線内で起きた事件である事に皆が異常に興奮し始める。コイツら本当にロクでもない。

改めて画像を見れば、私が想像していたよりもはっきりと股を濡らしていて、自分の記憶と違いすぎる現実に、AIで加工されたものかと本気で思い込みそうになった。

ちがうよね? 私もっと毅然と耐えてたよね…?(泣)

皆が私の恥ずかしい写真で物凄く盛り上がっている、その一連の流れを追う中で、私も下腹に火が付いたような熱さを覚えだし、ドロッドロに蕩けているそこに指を這わせた。


「あっ、ああっ、あ❤」


ちいさく、こまかく。せわしなく、いそがしく。

陰核を擦る様に刺激しながら、スマホを操作する。

先ほどの画像投稿者とは別の新たな投稿者が現れ、そこからはまるでその場面場面で一番いい写真を競っているかの様々に、様々な角度からの画像の投稿が始まる。

確かに本当にたくさんの人がスマホを向けていたけど、でもこんな所に画像を貼り付けるのは極一部の馬鹿のやることだ。

オナニーしながら心に誓う。お前ら絶対に許さない。

痴漢被害者の写真を自慢げにネットに晒すなんて、あまりにも酷い。

兎に角それらの中には、私が卒倒しそうになるほどの超恥ずかしい奴、私の予想をはるかに上回って来る超悲惨な奴が沢山あった。

物凄く可愛く見える一枚があり。

顔を膨らませちゃってる死にたいくらいブスな一枚もあり。

綺麗っぽく撮ってくれているものもあり。

艶っぽく身じろぎしているものもあり。

汗ばんだ肌が凄くイイ感じなものもあり。

濡れた陰毛が臭そうにみえるものあり。

鼻に引っ掛かってるサングラスのせいでかいた汗が鼻水みたいにみえちゃっているのもあり。

だらしなく口を開けて惚けてるようにみえるものもあり。

お腹のたるみが気になるものがあり。

私、本当はもっとスタイルいいはずだと泣きたくなるくらいお尻がでっかく映っているものがあり。

そしてこのまま死にたくなるのを最低限のギリギリのところで留めてくれるかのような、思わず私が保存したくなるほどの奇跡の一枚があり。

それらに欠かさず大量の卑猥なコメントが付けられる。


「ああダメイク!!!」


仰け反ってアクメして、ビックビクに感じて潮を噴き、また即座に息を弾ませながら陰部を愛撫する。


「来る来る来る!!」


頭の奥がチカチカ光って、絶頂が持続して、それを逃がさない様に涎を垂らすくらいに脳を痺れさせながら股間を弄び、全身を痙攣させた。




3時間後、時刻は19時過ぎ──。

散々イキ狂った後で、私は冷たい人工大理石の床に全身を投げ出すようにして火照った肌を伏せていた。

なんかもう身体のあちこちが痛いけど、最早そんな事はどうでもいい。

羞恥が極大に達した後でキャパを越えてしまって、頭には霞が掛かっている。

虚ろな視線でスマホを手繰り、懲りずに掲示板を閲覧すれば、誰かが私の胸に着いた痣から『これ昨日の巨人戦でカメラに抜かれてた女じゃない?』なんて言い出して、更に勢いが加速していた。


「えっ!?」


パキン! と眼が冴えて飛び起きる。

『ほんとだ! これ勝利の女神(笑)じゃん!』と、それに同意するコメントが嵐のようについていた。


「ちょっと! やめなさいよ!」


思わずスマホに向かって叫んでしまう。

痴漢被害画像で性的消費されるのはまだ許す。最悪だけど。

特定とか、そっち方向はダメ。やめて。

叫んでも皆が止まってくれるはずもなく、ついに『8月9日のサンシャイン60通り事件』に言及する人が現れて、掘り返された画像が検証され、これは同一人物で間違いないぞとの意見の一致で掲示板の熱量がピークに達した。

それは何か掲示板の皆でノーベル賞級の発見をしたかのような形容しがたい一体感を伴った盛り上がりだった。

そんな狂気の中で素人探偵たちは『AV女優によるヤラセ』との結論を出して、『口論動画から全部演技か。おかしいと思った』『見ればわかるじゃん。この女が一般人な訳が無いww』『昨日の巨人戦もTV局と組んでの売名?』『勝利の女神はマスメディアに創られていた!』『例の大手広告代理店が絡んでる案件じゃね?』などと陰謀論っぽく大騒ぎしている。


「そんなの出来る訳ないでしょーが! バカバカバカ! このバカタレ!」


何で人って群れると馬鹿になるんだろう。

中には『この人綺麗だから、変な奴に目を付けられて被害にあってるんじゃないの?』とか『都合よくホームランに被弾できるはずもないだろ』とか『この人が一般人だったらお前らどうすんの?』ともっとも過ぎる指摘をしてくれる声もあって、私はそのコメントに必死に頷く。しかしそれらの声は『うぜーな。空気読め。こっちはそんなの分かったうえで遊んでんだよ』という連中と『この女は新人AV女優に違いない』『こんな偶然があるはずがない。話題作り以外にはあり得ない』との考えに浸る複数の素人探偵と、『こんな売り出し方を許すな。本当に痴漢被害に遭って悩んでいる人に失礼だ。特定して叩け』なんて正義マン達によって黙殺されていた。

さっきまで、この掲示板でほんの少しばかりオナニーしちゃった女は、その顔から血の気を引かせる他なかった。


「なんかもうホントヤダ。死にたい…」


震える喉でそう呟いたけど、それはそれ。私、泉美雫はここで死ぬような女ではない。

まだ海斗くんにプレゼントも渡せてないしぃ。


「見てなさいよ素人探偵共~!」


デスクのPCの前に座り、テキパキと痴漢被害画像への削除要請を出してから、今頃あの五味達の不法投棄現場摘発作戦の準備に忙しいであろう神代に向かって勢いそのままメールを打つ。


『昨日の作戦の所為で加納省吾がまた五味達に命令出した。山手線内で襲われて、SNSで話題になってる。責任とって何とかしてよね!』


これをエンターボタンを叩きつける様に押して送信した。

彼に色々見られてしまう事を想像してまた顔が火照り出すが、どうせあの男の事だ、教えなくても知ってるに決まってる。恥ずかしがってなんてやるもんか。

そしてもしもこの騒動が私の身バレに繋がるとしたら、一つは『如月るな』から。そしてもう一つは、探偵事務所にある私のバストアップ画像からだった。

『如月るな』の活動は有料サービス限定。私のフォロワーにはこんなバカな騒動に加担する人は居ない。そして会員でないものが雑にネットを調べても情報は出てこない…と、一つ一つ理屈を重ねて自分を安心させる。

探偵事務所の私の画像はどうしよう…?

3年前のもので、髪を束ねていて、社会人っぽくスーツを着ている姿だし…大丈夫なんじゃないかな…??

それにホラ、急に消したりなんかしたら逆に怪しまれたりしちゃうし……と、ここは若干ふわふわとした理屈で結論を出した。


「私は私で幸せになってやるからね! 」


不屈の女探偵はPCのデスクトップ画面に向かい啖呵を切って事務所を出て、裸だったから引き返して改めて衣装を整え、「琥珀」へと降りたのだった。


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