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事件① 無茶振り

『黄金の車』は加納省吾が設楽杏奈を苦しめていた写真や動画を収めた記憶媒体で、それが彼の常務執務室にあるゴールドのミニカーである可能性が強まった後、神代が「ここにはヤツの『大切なデータ』も収められている可能性もあるな…」と呟いたことで、事態は急変した。


「もう一度加納の執務室に行ってくれないか?」


美形探偵からの無茶な提案を、私は全身で受け流す。

いくらイケメンだからって何でも言う事聞くと思うなよ~?

身体を透過していった彼のセリフを追いかけるようにして後ろを見た後で、再び正面に向き直った。


「泉美さん。もう一度加納の執務室に行ってくれないか?」


今度はしっかりと名前を呼ばれて「お前に言ってるんだよ」と念押しされる。

アンタ達さっきまでの私の話聞いてました? 変態男が私を『おもちゃ』にしようとしているんだってば。

手下を使って路上で裸にして写真を撮らせた後で、今度は真っ昼間の公園でオナニーさせてそれを動画に収めさせようとしていた男のテリトリーに、どうしてまた踏み込まなくちゃいけないの!

ここは遠慮せず、不快感も隠さずに二人を睨みつけた。


「由香さんがサクッと部屋に入って取ってくればいいじゃない。副社長なんだから余裕でしょう?!」

「ダメだ。由香さんが動いた場合、タイミングによっては加納省吾がこちらの動きに勘付く。失敗は出来ない局面で危ない橋は渡れない。完璧を期す必要がある」


確かに由香さんが一人で常務執務室に出入りしているところを加納自身が目撃したら、あの男でも警戒心を強めるかもしれない。

由香さんがウンウンと頷いている。彼女は完全に神代側。

私の旗色悪すぎる…。


「じゃあその、完璧な作戦とやらを聞かせてよ?」


私はチェアをガタンと音立たせながら乱暴に立ち上がり、入り口傍のコンソールテーブルにある黒電話使って、追いのチーズケーキセットをオーダーしてから席に戻る。


「まず君が加納の執務室に入る。理由は調査に進展があって急を要したと言えばいい」

「簡単に言ってくれちゃって」


それは腹を空かせた猛獣の折に入ってくれと言ってるに等しい。


「そして加納省吾といい感じになってくれ…そうだな、加納由香が浮気をしている可能性が強まった。悲観するなと伝えていた私の読みが甘かった。申し訳ありません…とかなんとか、歩み寄って欲しい」

「ああ…なんかもうこの時点で無理臭いわ…」


更にはそこでいい感じになれと言う。下手に出てあの男を気持ち良くさせろと言う。

なに? 次は裸で踊れとかいいそうじゃん?

神代はこちらに視線を向けながら、遺憾の意をこれでもかと漂わせている私の事は見ていないような遠い目のまま、淡々と計画を説明していく。


「そこに由香さんが現れる。以前に皆の前で叱責された手前、直前に雫さんといい感じになっていた彼はペースを乱すだろう。由香さんは夫婦で出席する必要のある仕事の話をして…そうだな『後で資料を持ってくるから目を通してくれ』等の、再入室が自然になるような発言を交えてから、雫さんに『またビンタされたいのか?』と凄んで部屋を出てくれ」

「あーよかった。またビンタされなくて」


渾身の嫌味。しかし二人には通じない。


「由香さんが部屋を出た後で、雫さんが『ここでは話辛くなったので、場所を変えようと』と提案する」

「そこで『ここでいい』とかなんとか言い出したらどうするの?」

「そうならない様に、吸引力が高めな服装をしていってくれ…」


吸引力ってアンタ。

結局、黄金の車奪取作戦のリスクを下げるために私が危ない橋を渡るって話じゃないのよ~と、ふくれっ面をしたタイミングでドアがノックされ、注文したチーズケーキセットが届いたので、顔をよそいきに正した。

給仕してくれたスタッフさんに頭を下げ、彼が部屋を出ると同時に早速フォークで生クリームを盛りつけてから、2口サイズにカットして口に運ぶ。


「その後由香さんは加納の部屋に入り、黄金の車の画像を送ってくれ。十中八九問題はないが…この時点で問題が発生した場合、こちらから雫さんに電話を掛けるので、その先で良い雰囲気をキープしたまま別れて欲しい」

「はい。本日二度目の無理ゲー。そこは由香さんが鬼の形相で飛び込んでくるとかしてくれないと綺麗サッパリ別れられるはずもないでしょ」


ちらりと由香さんを見ると、彼女は今天井の模様に描かれた鳥の数を数えるのに一生懸命なようだ。


「わかった。では、こちらの手の者が『雫さんどうもお久しぶり!』などと声をかけに行く事にしよう」


つまり、作戦中私にはちゃんとガードを付けてくれるわけか…。

最低保証って感じだけど、まあ…それならなんとか…いける…かな?


「黄金の車を回収できた場合、複製してから、また部屋に戻すことになる。作戦開始と同時にこちらは副社長室にお邪魔して、コピーのための機材を展開する。黄金の車に触れる際には、由香さんは必ず支給する静電気防止手袋を着用してくれ」

「あー、そこでまた私に無理言って、コピーにかかる時間引き延ばせっていうのね?」


両手で頬杖を付きながら茶々を入れて、革張りのアームチェアがキィキィと小声で文句を言うのも構わず、脚をブラブラと大きく動かしてる私に、神代連は青薔薇が背景に描かれそうな素敵な笑顔を作った。


「話が早くて助かるよ」


その言葉、理解した上で納得した相手に使うものですけどね…。


「…で、時間にして大体どれくらい?」

「プロテクトの種類にもよるが、最長で5時間かかる」

「うぉおおおい!」


そんなの普通にデートじゃん!? 海斗くんとだってしたことないのに!!

通常状態でも凄い勢いですり寄って来る加納をその気にさせた状態で、5時間を共に過ごせと!?

川口市を裸で歩くのと同じくらい危険なんですけど。

立ち上がって無茶ばっかり言ってる男の隣まで行き、顔を近づけ、目をガン開いて睨みつけるが、百戦錬磨のエリート探偵はそれを涼しい横顔で受け流してしまった。


「先ほども話したがガードは付ける。雫さんは密室で二人っきりになる状況を避けてくれるだけでいい」

「で、コピー完了して黄金の車を戻して、神代さん達が撤退した後でやっと『雫さんどうもお久しぶり!』ってやるのね?」


神代は満足げに頷いた。

コイツさっき注意されたから「話が早い」と口には出さなかったな…。


「GPSくらい持たせてくれるんでしょうね?」

「当然。万全は約束できないが、出来ることは全てするつもりだ」


そこで私が黙り、「やります」とは言ってないけど、「やりません」とも言わなかった所為で、この話が纏まってしまう。

上手い事乗せられて強引に押し切られた気がしないでもないが、自分自身まだよく言語化できてないけれど、兎に角私の意思でこの作戦に参加しようとは思っていたので、諦めて彼らの提案を受け入れた。


「では今日はこの辺で切り上げるとしよう」

「有意義な会合でした」


話を纏めて席を立ち、扉に向かって歩き出した由香さんと神代を追いかけ、その肩をガッシリと掴む。


「大事なお話が『2つほど』残ってますけど?」


まずは由香さんを見る。

彼女は黒縁眼鏡のブリッジに右手の中指を当てて、スッと押し上げ、「わかってるわよ」と言いたげなシゴデキ顔になった。


「この件につきまして、私から300万円をお支払いします。名目の為に少し所用をして貰うかもしれませんが、これで如何?」


その金額は、一人の危険な男を最大5時間惹き付けるミッションの料金としては相当に高めに設定された報酬だった。

つまり、本件の口止め料を含んでいると考えられる価格設定だ。

加納省吾をその気にさせつつ、一線を越えさせない様にコントロールする。失敗すればどうなるか。最悪設楽杏奈のように存在を消して逃げなければならなくなるかもしれない。

もうホント、今日帰ったら海斗くんに『初めて』を捧げておいた方がよいのではないかと真剣に考えるレベル。

しかし、割に合うか合わないかは別として、300万円という数字は決して軽いものではなかった。


「わかりました…ではそれで。で、あともう1つは?」


二人の顔を背伸びする勢いで下から見上げて圧をかける。

彼らは顔を見合わせたあと、口調を揃えて「すまない。何のことかわからないが…」と返事した。


「証拠よ。加納省吾を釣り出すための偽の証拠。浮気調査に進展があった事にするんでしょう?」


「そう言えばそんな話でしたね」みたいなテンション感の彼らと一緒に部屋を出て、階段を降りる。私達を見送るスタッフ達は皆静かに頭を下げていて、会計を要求してくる事は無かった。

都会の中にひっそりと建っていた秘密の隠れ家の門を出ると、私達は再び日比谷公園に向けて歩き出す。

道中の適当なロケーションで二人に身を寄せ合ってもらい、その場面を記録して証拠写真としたが、出来上がった『絵』はあまりにも酷いものだった。

どう見ても阿形と吽形が腕を組んで強固に仁王門を守護しているようにしか見えないのだ。


「マネキンを並べただけでも、もっと雰囲気が出ると思うんですけど…?」


「そんなこと言われても」みたいな顔している二人をじっとりと見つめ、私には加納省吾のご機嫌を取れとかデートしろとか無茶を言っておいて、自分達は必死さが足りないのではないかと苛立った。

本当は王様ゲーム感覚で「①番とぉ、③番の人がぁ、キスするぅ❤」くらいの指示を出してやりたいところだけど、それだと演技とは言え本当に一線を越えてしまっているので、後々面倒な事にもなるから口惜しいけど断念する。

「私、昨日から寝てなくて疲れてるからもう帰りたいんですけど」とかボソっと呟いたカノウ・エコロジクスの副社長を叱り、手本を示しますとばかりに神代の脇に立って彼を見上げ──「あ、これ釣り合わなくて私がピエロに見える奴だ」と察知して、咳払いをしてから由香さんの方につつつ…と歩み寄る。


「じゃあ…神代さん。今から私が由香さん相手に雰囲気だしますから、それを写真にとってください」


改めて由香さんの腕に抱き着くと、身長175センチあってシュッとした感じの彼女は、予想以上にかっこよく、素敵で、男性的な魅力があった。

…まあとにかく、私は自然な演技で親密な雰囲気を醸し出し、その姿を心底興味無さそうにしてる神代さんがパシャリと写真に収めた後でスマホを受け取って、撮影した『絵』を由香さんに突き付けた。


「ホラ見て……ってあれぇ?」


私と並んだ由香さんは、何故か自然と色気のようなものを漂わせていて、その視線の使い方と絶妙な身の寄せ方のお陰で、誰がどう見ても「この二人デキてるでしょ!」って一枚になっていて、ちょっと赤面してしまう。


「…私、桜蔭高校(女子高)出身だから」

「なるほど、それで女子同士なら同じフレームに自然と収まれる…ってそんな訳あるかい」


彼女のボケ(?)に律義に突っ込みつつも、男性相手だと緊張したり、身体の芯が警戒して固くなってしまったりする感覚は分からなくもなかった。

彼女の場合は、個人的なプライドも関係しているのかもしれないしね…。


「この写真の私を参考にしてドウゾ」

「無理よ。私は貴女みたいなお胸様もないしお尻だってプリプリとしてないわ」

「…確かに私は胸と尻を使った甘え方してますけど、普段は頭良いのに、こーゆーのだと途端に応用力無くすのやめてくださいません?」


その後も必死に私の真似をしてもらい、最終的には二人の顔が映っていない斜め後方からのTAKE18でなんとか使えそうな感じの写真が撮影された。

その後は2人から微妙に距離を取って歩き、超疲れた足取りで日比谷駅へと降りていく鉄の女を見送った後で、地下鉄入り口前で立ち止まっている男性探偵に追いつく。


「じゃあ明日は、11時くらいに加納の執務室にいくから」

「そうか。では送ろう」


彼が呼び止めたタクシーにエスコートされながら乗ると、運転手さんがルームミラーでドレス姿の女を珍しそうに見て来たので、軽く手を振って笑顔を返すと、彼は照れくさそうに頭を下げてから、背筋を伸ばして前を見た。

「千駄木まで頼む、それから池袋に向かって欲しい」との神代の指示を受けて車が動き出し、私は窓の外に流れるネオンライトを眺めながら物思いに沈む。

しかし…結構大きな事件よね、これは。

なんだか怪しい浮気調査の依頼を受けたと思ったら、一企業の命運をかけた不正摘発に巻き込まれてしまった。

…と言うか、加納省吾みたいな好色男に目を付けられ、その手下に襲われて卑猥な写真を撮られちゃってる時点で、私自身が結構な被害者となっている。

本当に変な関わり合い方をしてしまった…と、ため息が口をついた。

明日、加納はどんな顔をして私を迎え入れるだろうか。

いきなり写真を盾にして脅してくる事だってあるかもしれない。

車の振動に揺られながら、隣に座っている、真正面からやり合ったら部の悪そうな敏腕探偵の顔をチラリと盗み見ると、彼も私を見下ろしていて目が合った。

この男を本当に信用してもいいものか。

二人の間に無言のやり取りが飛び交う中、私の不安を読み取ったのか、彼の方から口を開いて、名刺サイズのカードを渡してきた。


「連絡先だ。教えておくよ」


受け取ると、そこには組織名や神代連の名前などは無く、050で始まるIP電話の番号だけが手書き風のフォントで印刷されていた。

番号を確かめ、記憶し、その場で即コールして、隣の男性のポケットから着信音が流れだすのをしっかりと確かめた上で呼び出しを切る。

彼は苦笑しながら、確認作業を終えてスマホをバッグへと収める私を見ていた。


「…君の所にはまだ巌さんはいるのかい?」

「今もウチのビルの一階でマスターをしています」

「そうか。では今度、巌さんのコーヒーを飲みに行くこととしよう」


彼が祖父と知り合いなら、そのボディガードをしていた九条さんの事も当然知っている事になる。今ここで神代さんが九条さんの名前を出した意図は…「そんなに心配なら、彼に俺の事を聞いてみろ」ってところでしょうか。

左手首の時計を見れば、現在21時10分。


「あの写真撮影がもう少しスムーズに終わっていたら、今日これから九条さんの美味しいコーヒーを飲めたのにね」


なんて話している間に、私達を載せた黒いタクシーは「琥珀」前に停車した。

まだ昼間の熱気を残す街へイブニングドレス姿で降り立ち、振り返ってドアに手をかけ、「それではおやすみなさい」と挨拶すると、神代は車内から腕を伸ばして私に包を手渡す。


「ゆっくり休んでくれ。明日はよろしく頼むよ」


包を確認する間もなく、ドアが自動で閉まり、タクシーは走り去っていく。

その車体を見送ってから包を開けるとジュエリーケースが入っていて、中には結構綺麗で普段使いも出来そうなデザインの防水GPSトラッカーイヤリングが収められていた。


「こんなものを用意していた所を見ると、黄金の車の件があろうとなかろうと、私に何かさせるつもりだったな…?」


まったく食えない男だ。でもそれだけに味方にすれば頼もしい…か。

ともあれ、どんなに心強い味方が居ようとも、現場で身体を張るのは私一人。

明日の事を考えると気が重い。


「また相談に乗ってもらえるかな…?」


私は海斗くんが居る間に帰ってこれた事に安堵しつつ、「準備中」のサインが出ている喫茶店の扉に手をかけたのだった。


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