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事件① 二人の探偵

海斗くんがどうしてここに…!?

驚きのあまり私は自分でスカートを捲り上げた格好のまま固まって、声も出なくなっていた。

驚いているのは私だけではない。

自分達のリーダーが殴られて地に伏し、殴打されたのと逆の顎を押さえながら唾液を吐いてのたうつ姿を見ている暴漢達もしばしの間茫然となって、しかし直ぐに我に返り、彼らの中で最も若くて体の大きい男が男子高校生に啖呵を切って殴りかかった。


「死ぬかァ? テメー!」


身体に墨を入れている如何にも凶悪そうな男だった。

身長こそ海斗くんよりやや低いが、体重にして10キロ以上は重そうに見える。

そんなゴリラを連想させる体格の男に、海斗くんはまったく怯まずに頭から突っ込むような体当たりを決めた。


「う、おっ!?」


その勢いで、ゴリラ男の身体が浮き、背中から地面に落ちる。

二人はもつれ込むようにして灼熱の石畳の上へと転がる。互いの顔を掴み合う激しい揉み合いの最中、上になっていた海斗くんが腕を振り上げ、相手の顔面めがけて肘を振り下ろした。

ゴン! ともグシャ! とも聞こえる嫌な音が耳に届く。


「……ぶ、が……っ!」


肘鉄を顔面に受けた男は、鼻から血を噴き涙目になって腕を顔の前で交差させるようにして防御姿勢をとる。


「ふざけろよ…!」


普通の喧嘩ならここで終わりに違いない。

しかし海斗くんは目をギラつかせながら、硬い肘の骨を、防御お構いなしに容赦なく、何度も何度も、男の鼻梁や頬へとガンガン落としていく。

先ほどまで私への暴力を愉しんでいた入れ墨男は、恐怖に濁らせた目に涙が浮かべ、折れた歯で血の泡を吹きながら「ごべんなさい」とか「かんべんぢでください」みたいな滑舌の悪い泣き言を繰り返して地面に這いつくばった。

でも…海斗くんは彼の上から立ち上がり、その顔を踏みつけ、そして蹴り飛ばし続けた。


「許さねぇぞ…!」


本当に殺してしまうんじゃないかと思うくらいの、男性同士の本気の殴り合い。

暴漢らの中で恐らくは最も武闘派だと思われる仲間が完膚なきまでに叩き潰されていく様を見て、カメラマン係をしていた最後の1人がガタガタと震えだした。

その手からスマホが落ちて、石畳の上を転がる。

その光景があまりにもショッキングで、私は海斗くんに声をかけた。


「か、海斗くん、も、もういいよ、私は平気だから……っ」


彼は、今にも痙攣を始めそうな程に痛めつけた相手の上からようやく足を降ろし、肩で息をしながら、返り血を浴びた姿で最後の1人を睨みつける。


「海斗くん……っ!」


制止するために彼の逞しい腰に縋りつくと、シャツ越しに伝わってくる体温は沸騰しているかのように熱くて、それはそのまま彼の怒りの深さを示しているのだと分かった。


「雫さんは下がっててください…」


私を振り払い、獲物を追い詰める獣のような足取りで更なる一歩を踏み出す。

男が逃げようと振り向いた途端に追いつき、その襟首を掴んで殴り倒すだろう。

それが分かっているのが、カメラ男は蛇に睨まれた蛙のように固まっている。

海斗くんの拳が握り込まれ、すっと肩と同じ高さまで引き上げられた。

またあの、肉と骨が拉げ砕けるような嫌な音を聞く事になると、私も思わず目を瞑って首を竦める。


「待て。そこまでにしろ」


しかし、聞えて来たのは打突音ではなく、制止の声。

恐る恐る目を開けると、公園の入り口に一分の隙もないグレーのスリーピースに身を包んだ男──あの『神代』が立っていた。


「これ以上やれば、正当防衛の域を超える。警察沙汰がお望みか?」


海斗くんの肩がピクリと揺れ、その鋭い眼光が氷のような声を発している男へと向けられる。

神代は自身に向けられた殺気など初めから存在しないかのように、無造作に歩を進めて暴漢と高校生の間に割って入った。

そうだ。彼の言うとおりだ。これ以上やって、『万が一』が起ったら、海斗くんが捕まるような事にもなりかねない。

そうでなくても彼らの恨みを買い、海斗くん自身が復讐の対象として、酷い目に遭う事にもなりかねない。

これで警察に突き出そう。

私は、肩を大きく上下させながら呼吸をしている彼の背中を、もう一度ぎゅっと強く抑えて、何と声を掛ければいいのか分からないまま口を開く。


「ほら、私はもう全然平気だから…」


神代はそんな私達の様子から視線を切らずに、後ろで息を飲んで様子を窺っている男にむけて、倒れている暴漢達を顎でしゃくってみせた。


「そいつらを連れて、さっさとここから消えろ」

「え、あ……は、はいっ!」


神代の言葉に救われる形になった男は、慌てて石畳に落ちたスマホを拾い上げ、気を失っているリーダー格の中年男と、呻き声を上げるゴリラのような男を抱え起こそうとした。


「…俺は帰っていいとは言ってないぞ!」


海斗くんがカメラ男の顔面目掛けて拳を振るい、バシッ! という鋭く乾いた音と共に神代がそれを掌で受け止め、そのまま男の子の手を握り込むようにして抑え込んだ。


「…よせ」


二人の腕に力が籠っているのが分かる。神代は泡を食って逃げていく男たちの背中を冷ややかに見送った後で、握り込んでいた海斗くんの拳を離した。


「彼女を怯えさせてどうする」


神代は、やれやれと言わんばかりに、海斗くんのパンチを受けて乱れたカフスを正してから、足元に落ちていた「それ」へと歩み寄る。


「ん? これは……」

「あ」


私が声を上げるより早く、彼は長い指先で石畳に無造作にくしゃっと転がっていた私の白いショーツをつまみ上げ、 陽光に透けるようにして、それを目の高さで広げる。


「ちょ!!!」


透かすなぁあああ!!!

場違いな恥ずかしさで頭を真っ白にしながら、海斗くんのパンチにも負けない速さで手を伸ばし、彼が持つ布の端を掴んで力任せに引っ張った。

神代は抵抗することもなく、しかしその手でガッチリと下着を掴んだまま私の顔をじっと覗き込んできた。

手にしたパンツへの興味はもうなくて、その存在を忘れているが故に手を放すことすらも忘れているような、そんな動作だ。

いいから手を放してえええええ!


「……ああ。君は確かスコーンの…」


思い出したように呟く彼に対し、私は布を握りしめたまま、羞恥を込めて睨み返す。


「どうして、アイツらを逃がしたの…? あのまま警察に突き出せばよかったでしょう? 『神代』さん…」


ほぼ確定している名前をあえて口に出すと、彼は驚いたように目を見開いた。


「……そうか君は……」


彼が何か核心に触れるような言葉を紡ごうとしたのを、その胸ポケットで電子音が無機質に響き出して邪魔をして、彼はそこで私との会話を断ち切ってショーツを放し、慎重にスマホを取り出す。


「……すまないが今ちょっと厄介な…いや、面白い状況かもしれなくてね。手短に……ええ、それは構いませんが、こちらも予定を少し変更するかもしれないので、驚かないでくださいよ」


そんな通話を切り上げた後で、彼はスマホを仕舞い、私達二人へと向き直る。

そしてその長い睫毛の下の涼やかな瞳が私へと向けられた。


「なぜ奴らを逃がしたか、だったか。理由が知りたいなら、明日答えよう。どうかな?」


少なくとも、今は言えないが、暴漢たちを逃がした事には理由がある…と言っている。

彼からの突然の申し出にいくつかの疑問があったけど、今は素直に頷くしかなかった。


「わかりました……場所は?」

「追って連絡するよ。悪いが時間だ。……お熱いところを邪魔してすまなかったね、少年」


連絡すると言っても、彼は私との連絡手段は持っていない。

それなのに、彼は当然のようにそう言い放ち、まるでこの公園に立ち寄ったこと自体が気まぐれな散歩であったかのような、流れるような足取りで雑踏の中へと消えていった。


「雫さん……大丈夫ですか」

「海斗くんのお陰でね…なんとか致命傷で済んだ感じ…」


私を救ってくれた男の子から、まだ怒りの余韻でかすれた声が降ってくる。

奪い返したショーツを丸めてマキシスカートのポケットに押し込んでから、私は勇気を振り絞って飛び込んできてくれたであろう男子高校生に頭を下げた。


「……助けてくれて、本当にありがとう。でもどうして?」

「今朝、九条さんから電話があったんだ…今日は雫さんについていってくれないかって。勿論引き受けたんだけど、その…雫さんに直接そう言ったら拒否されそうな気がしたんで、とりあえず急いで池袋に来たんです。結構アチコチ探し回って、まあその、雫さんみたいな人を見かけなかったか聞いて、見つからなくて、もう雫さんにメッセージを送ろうかと思っていたら、ちょうどそこに『女の子が泣きそうな顔でぶつかって来た、誰かに追われているようだった』ってスマホで話をしている人がいたから、尋ねてみたんです。その特徴がどうも雫さんのように思えて走り出して…本当に、間に合ってよかったです」


海斗くんの身体は微かに震えていて、口調も少し早口だった。彼だって人を殴り倒して、気分が良いはずもない。今は過度の緊張状態にあるのだろう。

そしてその拳は赤く腫れ、返り血が点々とシャツを汚している。

私は私の迂闊さを呪わずにはいられなかった。

これで海斗くんが大怪我でもさせられてたら…なんて想像しただけで血が凍る。

それでも、今は「ごめんね」じゃなくて「ありがとう」と言うべきなのだろう。


「ほんっっとにありがとう。ヤバかった…」


ギラギラとした日差しが暑く肌を焼く、セミが煩い程に鳴いている真夏の公園で、汗まみれの身体のまま抱き合った。

汗でくちゅっと音がするくらいにおっぱいを押し当てると、だんだんと何時もの海斗くんに戻っていく感じで、彼は過剰な密着状態にドギマギしている様子を見せ始める。

あーおちつく…。

彼のあの物凄い怒りようは…私が何をされたのかを知っていると考えるのが妥当だった。

それに加えて『雫さんに直接そう言ったら拒否されそうな気がした』っていう部分も引っかかる。超腫れものに触る扱いだ。

今日彼が目にしたのは…私が泣きながらスカートをたくし上げようとしている場面だったから、それであそこまで……怒る…こともある…かな?

もういいや、訊いちゃおう。


「九条さんから…2日前の事は詳しく…?」

「え、いや。九条さんからは3人の男の背格好と、雫さんが大変な目にあって、酷くショックを受けていたって聞いただけです…」


九条さんから『は』、聞いた『だけ』ね。


「そっか…じゃあ『それ以外の人』からは何か聞いたり見たり?」

「ヴ」


男の子の身体がギクシャクと固くなった。

ああああああああ、読みが当たっちゃった!!!

密着状態で顔を見せていないのを不幸中の幸いとして、私は彼を詰問する。

二人の体温がグンっと上昇して、汗が滝のように流れた。


kwskくわしく

「……ま、前にも言ったじゃないですか。あの俺の高校男子校なんで、例えばその、美人と付き合ってるとかいうと大騒ぎになるって話」

「……そ、それで?」


顔が引きつる。

もう答えは聞かないでもわかっていた。


「雫さん…その。まあ、学校全体で周知されてたんですよ。『1年にすげぇエ…び、美人な女と付き合ってる奴がいる』って感じで、上は3年生、下手すると下は中1まで。ホラ、ウチ中高一貫なんで…」


この時点で、事態は私の予想を超えていた。

海斗くんの身体の震えはもう収まっていたけど、代わりに私の身体が震え出す。


「で…その繋がりで、2日前に例の悪友から『お前の彼女が池袋で大変な目に遭ってるぞ!』『これ絶対あの姉ちゃんだろ!』と…」

「ぎゃあああああああああああ!!!」


私は日の光で滅びる魔物の如く力の限りの断末魔を上げ、その場を走って逃げ出して、オブジェクトの鉄柱におでこからゴイーン! とぶつかって無事に死んだ。


「し、雫さん!!!」


私の精神は地球を離れて、遠く遠くお隣のアンドロメダ銀河にまで到達しようとしていた。そのまま彼に負ぶわれて、逞しい背中に顔を伏せたまま、池袋駅に戻り、有人改札で二人してスマホを差し出して通過し、電車に揺られ…20分くらいで事務所へと戻った。


「あの…雫さん…つきましたけど」

「ヤダ。オリナイ」

「一応九条さんに報告したいんですが…」


くっ。そう来たか…。確かにそれは大事。

私はようやく自分の足で立って、洗面所に駆け込み、汗でどっぷりの前髪を上げて日の丸みたいに真っ赤になってるおでこを確認する。


「じゃあ…俺…「琥珀」行きますんで…」

「ワカッタ」


そろりそろりと出口に向かう彼を、洗面所の影の中から髪の毛の伸びる日本人形のようにじっとりと見送り、扉がバタンと締まるのに合わせて、私もバタリと床に伏せた。

どーゆー状況だよ…。

どーゆーネットワークだよ日本屈指の難関中高一貫校さんよぅ…。


「モウヤダ。ワタシシヌ」


ポツンと呟いてみるけど、直後にお腹が減ってきたので起き上がり、冷蔵庫を開けて中に何も入っていない事にガックリと膝をついてから、粛々と浴室に移動してシャワーを浴びた。

そう言えば海斗くんも汗びっちゃびちゃだったけど…あのまま「琥珀」のフロアスタッフに戻ったんだろうか。

って!ああ! あの手! まだ手当してあげてない!!

シャワーを取り合ずに留め、洗顔はせずに拭き取りにとどめて、シートマスクをしながら急いで髪を乾かし、時短メイクを施して復旧を急ぐ。

応急セットを持って廊下に飛び出し、踊り場で裸だったのに気付いて引き返し、今日は手を痛めている彼の代わりにホールスタッフをするべきだと思い立って当然の様に持っていた若干コスプレ感強めなメイド服を着用して、急いで1Fの純喫茶に飛び込んだ。


「いらっしゃいませー」


あまりにも普通に店員業務に勤しんでいる海斗くんの腕を掴んで、奥のスタッフルームに引きずり込む。

「ななななんですか雫さん!」とか言ってる彼の右手は案の定パンパンで…私にはもう冷やすくらいしか処置を思いつかなくて、九条さんを呼んだ。

九条さんはそれこそ、拳で人を制してきた人なので、彼の手を簡単に触診した後、冷やせば大丈夫だろうが、大事をとるべきだと述べた。

時刻はそろそろ15時。私は事務所の鍵と一万円札を海斗くんの左手に握らせる。


「今日は私がホールスタッフするから、海斗くんは事務所でお風呂入ってから、一度病院で診てもらってきて。マイナカード持ってる?」

「そ、それでそんな恰好してたんですね…」


そうよ、おかしい?

そこまで大したことじゃないとか言って渋ってる男の子を、シャワー室にはちゃんとこの前買った男性用入浴セットがあるから使いなさいと強引に送り出して、オーナー兼メイドさんとしてホールに戻る。


「あ、いらっしゃいませー❤」


ご主人たま。とか危うく言いそうになったりしつつ、何故かその日に限って16時から超混雑し始めてしまい、そこからお客さんを捌きに捌いた。

途中電池が切れて動けなくなり、裏でティラミスを食べて再起動しながら大奮戦していた19時になって、右手包帯ぐるぐるの海斗くんが戻る。


「検査してもらいました。特に大きな異常は無くて、やっぱり冷やしなさいって言われて、コレです。でももうぬるくなってるんで、とっちゃいますよ?」


彼はそういいながら氷嚢が巻き付けられていた右手を解放し、ちょっとピリピリすると言いながら、幾分腫れが引いている手をニギニギと動かす。

心配する私をよそに、九条さんに「冷やしがてら洗い物しますよ」なんて申し出て、九条さんもそれを受けて「ああ、ちょうどいいね」なんて笑ってる。「しかし海斗くんもやるもんだねぇ」「いや、その。普段喧嘩なんてしないんですけどね」なとど語らう二人の姿には男同士の連帯感みたいなのがあって、私は若干の疎外感を覚えた。


「メイドさんすいませーん」

「あ。はーい❤」


衣装のせいで、やや『如月るな』状態の私は、通常の五割増しのスマイルで接客に戻る。

その日はやはり近場で何かのイベントがあったらしくて、「琥珀」は21時30分の閉店ギリギリまで複数の客で賑わった。


「つかれた…」


ダウンした私をよそに、男性二名は阿吽の呼吸で閉店作業を終える。

「帰りますよー」なんて声をかけられて何とか立ち上がり、一緒に外に出て施錠した。今日は夜風が少しだけ涼しい気がした。


「二人とも、今日は本当に…色々とありがとうございました」


迷惑をかけた九条さん、そして大変な目に合わせてしまった海斗くんに、深々と頭を下げる。彼らは多くを語らず、「無事でよかった」なんて返してくれた。

いやこれ無事…かなぁ??


「じゃあ、おやすみなさい」


別れの挨拶をして、ここ数日は、こうして皆で閉店作業した後は海斗くんとコンビニに行って二階に上がるのが定番だったから、なんだか物足りなさを覚えつつ二人を見送って、冷蔵庫に何もなかったのを思い出して独りでコンビニへ向かう。

メイド服姿で悪目立ちする中、臆することなくカゴの中にジャンジャンお菓子を投げ込んで、重たくなったそれをレジにドン! と差し出した。今日はいつもの男性ではなく、若めの女性店員さんだった。


「レジ袋…お願いします…」

「2枚になりますが…よろしいですか…」


勿論YES。

彼女から袋を受け取り、それを両手に持って事務所へと戻る。

これはこの3年間ずーっと続けてきた私の日常なんだけど、いざ一人で事務所に帰ってくると、心細いような、寂しいような、物悲しさを覚えた。

そっか、そんな時はいつも23時くらいから『配信』をして、終わったら事務所に走って戻って、どっぷりとオナニーしてたんだ。

喪女過ぎるけど否定はしない。それも私の大事な日常だ。

もしも…環境が変わって、毎日みたいに海斗くんが22時から一緒に過ごしてくれるようになったら…。

私の視線は自然にソファベットへと向けられる。

あそこで、裸で絡み合うような関係になるんだろうか。

今日の海斗くんは凄くて、怖いとも感じた。

でもあの彼の身体の熱の源が、私への想い…だったなら…。


「ふぇぇ❤ 海斗くん…❤」


頬と言わず全身が火照り、急いでメイド服を脱ぐと、『今から海斗くんに捧げちゃう、だらしない身体』を姿見に映した。


2時間後──★。

美肌ホルモンと幸せホルモンの効果で、朝までの安眠が期待できる状態になり、心地よい疲労感に包まれながらお菓子を冷蔵庫に入れてる最中に、ガラステーブルの上でスマホが踊って受信を通知する。

深夜の1時ちょっと前…海斗くんかな? 後で私がLINEしようとしてたのに先を越されちゃったか、なんて思って手にすると、それは事務所メールへの着信だった。

差出人は『神代連かみしろれん


『19時、日比谷公園』


そのあまりにも簡素なメールに込められた『神代連』の意図を読む。

私が彼の名前を告げた…つまり彼を探っていると知らせた時点で、神代は私が同業者である事を察して、私を突き止めて事務所に連絡する腹積もりだったのだろう。

「探られたお返し」って感じもする。負けず嫌いと言うかなんというか…。

そして遡って思い出したティーサロンでの一件から、私が加納由香の行動調査をしていた事を即座に理解したはずだ。

つまり、私の依頼主が加納省吾であるとまでは気付いているはず。

彼が言いかけてやめたのはその事だろう。『……そうか君は……加納省吾に雇われている探偵か』と続くはずだった会話の先で、『明日全てを話そう』と言っている。

きっとセッティングが必要だったのだ。

…となれば、明日私が会うのは、神代連一人だけではないハズ。

私は加納由香のスケジュールを見る。

『8月12日、16:00~ 経済産業省』


「それで日比谷公園ってわけね。やってやろうじゃない」


加納省吾の依頼メールを受け取った日から、明日でちょうど1週間が経とうとしていた。


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