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事件① 蹂躙


引きずり込まれたビルの隙間は、周囲の飲食店から漏れ出した腐敗した生ゴミの汁と、長年放置されたエアコン室外機の油汚れ、そして通りすがりの人間が撒き散らしたアンモニア臭が、湿った熱気の中で煮詰められたような空間だった。

大通りの喧騒がカビと煤にまみれたコンクリートの壁に遮断され、湿った地面には正体不明の黒いシミが広がっている。引きずり込まれる際、私のパウダーブルーのワンピースの裾が、その汚泥を吸い上げて重く汚れていくのが分かった。


「ちょ!……嫌あっ!」


叫ぼうとした口を、中年男の脂ぎった掌が力任せに塞ぐ。

タバコと不衛生な男の臭いが鼻腔を突き、胃の底からせり上がる吐き気と恐怖で、視界が激しく歪んだ。

彼らは私を汚れた壁に叩きつけると、蛇のような手付きでンボディラインを確かめるように弄り始めた。


「おい、お前ら。この女、脱がし甲斐がありそうだぜ」


リーダー格の男の毛深くの太い毒蜘蛛の様な指が、私の身体を這い回った後、胸元を走るショルダーバッグの紐を掴み、力任せに奪い取った。


「あ……っ」


清潔感を意識してコーデしていたバッグが、汚濁した地面に無造作に投げ捨てられる。

次に狙われたのは、ウエストを締め付けていた赤橙色の紐ベルトだった。


「いい色じゃねえか。……だが、これじゃあ『中身』が見えねえよなぁ」


乱雑にベルトを解かれて、ニットワンピースのラインが崩れる。

一人の男が、私の両腕を頭上の配管に押し付け、自由を奪った。

もう一人はスマホのレンズをこちらに向ける。

二人の風貌には、共に知性を感じさせない人間の恐ろしさがあった。


「やめて……お願い、やめて……ッ!」


懇願は聞き入れられず、スクエアネックの襟元に無慈悲な指がかけられてブチブチッという絶望的な音が耳に届く。

パウダーブルーのニット生地が胸元からお臍にかけて無残に引き裂かれ、白いシームレスブラに支えられていた乳房が露わになる。

夏の湿った熱風が、剥き出しになった肌にまとわりついた。


「……ほう、これは脱がせやすくて助かるぜ」

「やめて…ください…お願い…」


ブラは簡単に剥ぎ取られ、千切られて汚れた地面に落ちて、彼らに踏みつぶされる。

剥き出しになった乳房がゆっさりとした重力を受けながら彼らの前に放り出された。


「こいつ乳輪でけぇなw」


男は私の5センチ径の乳輪を嘲り、その指で縁を3回ほどなぞってから一度後ろの男に命じて写真を撮らせ、男たちの下卑た笑い声と共に、次はスカートの裾が捲り上げられ、私は万歳の姿勢でワンピースを頭から脱がされる。

片足を蹴られる様にして、残っていたヒールを脱がされ、汚れた地面に素足で立たされた。

両胸を庇って背を丸めると、いきなりばちん!と後頭部を叩かれ、首根っこを掴まれて壁に頬を押し付けられる。

私はおっぱいを壁に圧接させながら両腕を挙げて壁にしがみ付き、彼らに向かってお尻を突き出して高く持ち上げるように強制されて、背中をしならせながらつま先立ちになった。

誰かがショーツ越しに鼻を押し当ててきて、フゴフゴとアソコの匂いを嗅ぐ。


「う!う!」

「コイツは臭ぇぞ。お前ら心の準備はいいかぁ?」


そして一気にショーツを膝裏まで擦り降ろされた。

ぶるんっと尻肉が垂れた感覚があった。

「おお」「すげえ」なんて声と共に、シャッター音とフラッシュを浴びせられて、血が出るくらいに唇をかみしめる。


「なんだよこのデカッ尻。お前生きてて恥ずかしくないのか?」


湿った壁の生ぬるさと地面から這い上がる悪臭の中、私の身体を覆っていたものは、足元に積み重なった無残な布切れの山へと変わっていた。


「オラ、自慢の身体を見てみろよ」


髪を掴まれて無理やり顔を挙げさせられて、彼らのスマホの画面を見せられる。

裸にされた私の肌には、男達の指の跡が赤黒く浮かび上がり、パールのイヤリングだけが、この惨状の中で滑稽なほど白く輝いている。

顔は怯えて泣きはらし、ポカンと開いた口の下で、自ら噛んでいた下唇が腫れて血を流している。

でっぷりとしたお尻を突き出しているそれは、海斗くんに見せた『まんぐり返し』がまだ綺麗に見える程に酷いもので、ボロボロに蹂躙された私はもう、抵抗する気力も失っていた。

全身汗まみれになった私がその場にべちょんと尻もちをつくと、男達はそれを取り囲みながら悠々と煙草を吸いだす。

そしてその一本を吸い終えた後、胸を大きく上下させながら呼吸を乱している私の髪を乱暴に掴み、そのままビル間を抜け出し、数名の通行人がいる路地裏へと引きずり出した。


「ゔぅ、い痛い!痛ぅ!」


私は右手で髪を抑えつつ、左手では必死になって身体を隠す。

皆が目を見開いてこちらを見ていて、私も魅入られたように目を見開いて通行人一人一人と視線を合わせてしまう。

3名の暴漢達はその中を悠々と歩き、暫く裏路地を進むと、急に足を止めて私を無造作に放り投げた。


「ぎゃん!」


視界が眩んだ。

ついさっきまで鼻を突いていた生ゴミとアンモニアの臭いが、一瞬で灼熱のアスファルトが放つ熱気に塗りつぶされて、コンクリートに叩きつけられた衝撃が、指の跡だらけの全身に火を吹くような痛みをもたらした。

顔を上げると、そこには残酷なまでの日常が広がっていた。

ここはサンシャイン60通りの入り口で、 見覚えのある看板、派手な電子掲示板、そして――数え切れないほどの『目』。


「……あ……❤」


耳に飛び込んでくるのは、夏休みの浮かれた空気を切り裂くような、若者たちの下卑た歓声だった。

視線を向けると、数メートル先で足を止めた友達と遊びに来ている最中であろう男子学生達が、競い合うようにしてこちらにスマホを向けていた。

――カシャッ、カシャカシャカシャ。

連続して響くシャッター音。

向けられたレンズの黒い穴がすべてをデジタル信号に変換して、それがこの街の空気に溶けて拡散していく。

身体がその場に縫い付けれたようになって、私にはそこに這いつくばって焼け付くような羞恥と、誰にも届かない嗚咽を飲み込みながら、池袋の眩しすぎる青空を、ただただ呪う事しかできなかった。

ようやく一人の女性が駆け寄ってきてくれて、しゃがみ、皆から守る様にして自分の日傘で覆ってくれた。

それから警察が来るまでには、5分の時間を要した。


「……すみません、今、女性の署員が全員出払っていて」


私は保護された池袋駅東口交番で、ゴワついた生地の毛布に身を包みながら、女性警官不在なために男性警官2名から事情聴取を受けることになった。

彼らは私に気を使いつつも、薬物の使用などについて確認してきたり、遠回しに自分から脱いだのではないかとも尋ねてきて、私の精神を尚も疲弊させた。

通行人の証言から私を襲って逃げた3人の男性の存在の裏が取れた事と、証言通りに引き裂かれた衣類が見つかった事から、池袋駅東口付近には不審者情報が出される事態となった。

被害届を出しますか? と聞かれたが、私は警察官らに不信感を持っていて、そしてあの男達と関りを持ちたくない事もあり、希望せず。

警察官らもほっとした様子で、もし希望されるのでしたらもう少ししっかり身体検査をしなければならないところでした、などと実情を明かした。

その後女性警察官が戻り、彼女に守られその背中に隠れながら集められた衣装を身に着ける。

ブラはちぎれて使えず、パンツもゴムが伸びきっていて…と悲惨な有様で、胸元から臍まで大きく割かれたワンピースはどうやっても誤魔化せず。男性警察官にお願いしてオーバーサイズのTシャツを買って来て貰い、汚された衣装の上から被って、バッグから取り出したサングラスをかけた。

これで…『惨めに転んで顔をぶつけた女』くらいのみすぼらしさにはなっただろうか。

皆さんにお礼を行ってから、交番の出口を見て、そこで私の身体の異変に気付いた。

外を意識するだけで動悸が始まって、脚が震えて、外に出れないのだ…。

それでも何とかなると思って、無理やり一歩外に踏み出したとたん、過呼吸状態になってへたり込んでしまい、慌てた女性警察官が紙袋を持って口元にあてがってくれる。

私の顔は真っ白な貧血状態になっていたらしく、誰か迎えに来てくれる人はいないのか? と尋ねられ、「琥珀」に電話することにした。

コールすると直ぐに、海斗くんの元気な声で「はい、純喫茶『琥珀』です」と対応されてしまい、ぎゅっと心臓を掴まれたような感覚に胸を抑える。


「…あ、海斗くん」

「あれ? 雫さん?……えっ、どうかしたんですか?」

「……九条さんに、代わって。……お願い」

「わかりました、少々お待ち下さい」


彼は私のカッスカスの声を不審がっている…。その後すぐ電話口に出てくれた九条さんに、女性警察官が状況を伝えた。


「今すぐに車で来てくれるそうですよ。それまで休んでいてください」


九条さんの愛車ブリティッシュ・レーシンググリーンのジャガー・XJクラシックが駅前ロータリーに滑り込んできたのは、12分後の事だった。

彼はまず私に駆け寄り、抱きしめ、そのまま警官らに身分を明かして詳しく事情を聴き、被害届は出さないとの話に僅かに表情を曇らせた。

私が首を横に振って見せたことで、黙って頷いてくれて、「さあ雫さん帰りましょう」と私を抱き起こす。

再び身体が外を拒絶しそうになったけど、九条さんのエスコートを受け、目を瞑った状態で交番を出て、英国の伝統的な高級家具を思わせる香りの漂う助手席に座り、シートベルトを付けてもらう。「じゃあドアを閉めますよ」と言われてこっくり頷き、ドアが閉まり、運転席へと九条さんが乗り込んでドアを閉め、シュッとシートベルトを引く音を聞く。恐る恐る目を開けて、フロントガラス一枚隔てた向こうに広がる池袋駅前の光景を見る。

心臓が暴れ出す。

九条さんはクラシックXJの静かなエンジン音を響かせながら巧みにハンドルを操り、速やかにその場を離れた。


そのまま私は無事に雑居ビルへと帰って来る。

地下駐車場では、今度はあちこちに上手く力が入らず、身体が動かなくなってしまい、九条さんにお姫様に抱きかかえられて車を降りた。

祖父の片腕だった67歳の男性は、そのまま階段を上り、私を事務所のソファベットまで運び入れると、「20時に何か適当なものを持って上がってきますから、今日はここで休んでいてください」と言って傍らを離れる。

強がりたいのと、あまり心配かけさせたくないのとで、私は身を起こして彼に伝えた。


「アイスクリームは必ずつけてね」


九条さんは微笑み、静に事務所を出て行った。

独りになった後、私は顔覆い全身を震わせながら、大粒の涙を流して嗚咽したのだった。


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