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事件① 仲直り(?)

加納由香と会合していた男性を取り逃がした後、私は一度ホテルに戻り、ユニットバスの浴槽に浸かった。

湯船に沈むのは久しぶり。本当は毎日だってお風呂に入りたい。

何時もシャワーで済ませているのは、事務所の浴室の昭和感がなんだか苦手で、祖父が毎日みたいに使っていたであろうそこに身を沈める気にならなかったからだった。

汚い…とは違って、なんかちょっと…ね。

その後は折角泊ったんだし~って感じでベッドに両手両足を大の字に広げて寝ころんで、ちょっとだけ休むつもりがそのまま20時近くまで寝てしまった。

自分で考えていたよりも神経をすり減らしていたらしくてビックリする。


「今日は朝が早かったから…かな?」


チェックアウトして事務所に戻ってすぐに美大生コーデを脱いで、少し考えて、私の中ではかなり攻めている胸開きフロントドロストニットに、リボン付きのプリーツスカートへと衣装をチェンジした。

コレは勿論、今一階でバイトしている男の子専用の武装。

私は今日、彼との音信が断絶していた二日間で大きく進展のあった調査について改めてワトソン役をお願いするつもりでいた。

でもその前に話さなければならない事がある…それは、『あの時に聞こえた、シャッター音』についてだ。

厳しい事を言うことになるかもしれない状況を、この服装で少し中和するつもりだった。


「いらっしゃいませ」


「琥珀」へ降りて海斗くんの声を聞きながら最奥へ。そしてそこでPCを開いて今日の探偵日誌に、浮気だと断言できる要素は皆無だけど、由香さんが男性とお昼と共にしていた事実を記録する。

カメラとノートPCを接続して、画像を事件調査フォルダに収めつつ、疑惑の彼の写真を開く。

その鮮烈な印象は、今も男性用香水の香りと共に私の脳裏に焼き付いていた。


「一体誰なの…」


女性を扱うのに長けた男性と言えば、まず思い浮かぶのがホストだ。都内のホストクラブのウェブサイトを見て回ると、そこでキラキラしているのは、K-POPアイドル風の売り出し方をしている綺麗目な男達だ。

確かにカッコイイんだけど、安易に時流に寄せている印象が強く、『彼』とでは申し訳ないけどレベルの違う何か大きな隔たりがあった。

それが何かって言われてもわからないんだけど…。

やっぱり『格』としか言えない。

私の作業がひと段落した所で、九条さんがウェルカムコーヒーを手にやって来てくれた。


「…今日は『特製の』オムライスがいいな。あとミルフィーユもお願いします」


老マスターにオーダーをしてから、30秒経過後にカウンター裏からの素っ頓狂な声を聞く。

私はその間も『ホスホス』なんかのホストクラブ専門検索サービスを利用して、ホストクラブのサイトを渡り歩いたけど、見れば見る程「こーゆー所にあの人は居ないな」なんて確信が強まるのが不思議だった。


「おまたせしましタ。オムライスとミルフィーユでス」


見上げるとそこにはガッチガチに緊張している男子高校生の姿があった。

今まさにPCの画面上でポーズを決めている、どこそこでのNo1とか、人気急上昇中のホスト達なんかより全然いいと思うのは……私だけなんだろうか?

現在の時刻は21時8分。そして店内を見渡せば他の客はあと1名だったので、一度腰を浮かして座りなおし、ゆっさりとバストをアピールしてから、話しかける。


「海斗くん。調査でまた詰まっているの。バイト後にお話しを聞いて欲しいんだけど、ダメ?」

「え…ま、まあ。はい。いいスけど…」


驚き、そして困惑しつつも、何か覚悟を決めて頷く男子高校生。

もっと逃げ腰で渋々嫌々なリアクションも想像していたので、何かあったのかと訝しむ。

これは昨日の「無視」が結構効いているような感じ…?

ここで断ったら完全に切れてしまうとか考えているのかもしれないし、胸に開いてるスリットの魔力のお陰で彼を吸い込めたのかもしれない?

…まあいいか。


「閉店後に、また」


そこから九条さんの調理と比べたら67点って感じのオムライスを食べつつ作業を進め、何の手がかりも得られないまま閉店時間となり、加納省吾に「本日8月8日の奥様の行動調査で進展がありました。明日の昼に加納さんの職場近くの飲食店などでお会いしたい」とメールを送ってから座席を立つ。

オーナーっぽく九条さんと新作メニューの話をしながら閉店作業を手伝い、22時前には皆で外に出て施錠をして解散した。


「コンビニ行く?」


ぶっちゃけ私が行きたいんだけどね。学生時代友達が少なかったから、テーブルにわーっとお菓子を広げてお話する雰囲気が逆に好きなのよ。

ウンともハイともYESとも言わない彼の腕を引いて信号を渡り、向かいのビルのコンビニへと入店する。

レジに立つ店員の1人はいつもの人、あの夜私が海斗くんとエッチすると思って舌打ちしていた人だ。

今日も今日とて「リア充死ね」みたいな視線をお尻に受けているので、彼に向かって可愛くスカートをフリフリして魅せた。

店内を回り、海斗くんに持たせているカゴにお菓子をポイポイと投入し、「私も同じの飲んでみようかな?」なんて言いながら、彼御用達のエナドリを3本くらい放り込む。


「お、海斗。お姉さんちわっす!」


入店チャイムと共に海斗くんの学友達がやってくる。

彼らも塾か何かのルーチンで動いているから、バイト終了後ここに来ると高確率でかち合う訳か。

彼らは『クラスメイトと付き合っているエッチなお姉さん』を見る目で、キリリと凛々しい表情のまま頬をダラしなく緩ませるという矛盾を実現して見せている。

私も海斗くんの大事な友達である彼らからの「ウケ」を意識して、耳に髪をかけつつ会釈して、特別サービスと言わんばかりに、隣に立っている男の子のために着たトップスの胸のスリットを強調してみる。


「海斗がいつもお世話になってます」


なんて冗談を返すと、彼らは盛大に照れながらどこか『悪い顔』になった。


「いえ僕らの方こそお世話になっていますw」

「ちょ、バカ。やめろよ」


ん? 私が彼ら言動に含みを感じて笑顔のまま固まっている間に、焦った様子の海斗くんが彼らを追い散らす。

今の、俺らの方こそ(海斗が)お世話になってますって事よね??


「ほら。甘い物ばっかだと海斗くん食べないじゃん。今日はスナック菓子を3つ選んでよ。もうレジ行っちゃうから」


私の指示を受けた彼が、ポテト系とコーン系と煎餅系の3種類をバランス良く選んだ後で、カゴを取り上げてレジに向かうと、学友たちが戻ってきてフリーになった彼を取り囲み、小声で話し始める。

私の地獄耳が作動する…。


「今日も一段とヤバいなあのお姉さんw」

「俺危うく手を突っ込むところだったわw」

「海斗お前、精液絞りつくされて死ぬんじゃねえの?w」

「今日はデカパイの方を何卒よろしくwコレ冗談じゃなくてガチでww」


悪ガキどもの会話、という感じだけど…。

私はカップアイスを2個取ってからレジに向かうと、またあの店員の前に立つ事になって、この前は舌打ちされちゃった訳だし、こっちからじーぃと顔を見てやった。「アンタこの前舌打ちしたな?」と。

男は大きな体の上に乗っけた丸い顔を汗まみれにして挙動不審に動かしながら(うう、ばっちぃ…)、大急ぎでレジを打つ。


「袋もお願いね」


この前もそうだけど、コイツは話しかけると逃げたり、目を見られるとビビるのに、背を向ければ睨んできたり、舌打ちしたりと、かなり癖のある性格のようだ。

愛想よくしていたつもりなのに、なんかショック。

会計が終わると、学友との会話を終えた海斗くんがスッとやってきて、後ろから袋を受け取ってくれる。


「アイス溶けちゃう溶けちゃう」


二人で急ぎ事務所に帰ってきて、扉を開ける直前に「ピキーン!」と脳内に警告音が走った。


「ちょっとまってて!」


海斗くんにストップをかけ、自分だけ室内へと身体を滑り込ませて電気をつけると……。


「あっぶな!」


入ってすぐ目の前、人工大理石の床に吸盤で張り付く大人のおもちゃの姿があった。

これはあの『Mの悲劇』の夜に、あんな状態で海斗くんに逃げられて、私がただ枕を濡らして不貞寝しただけのはずもなく。天国から地獄への急転直下で脳が破壊されていた私は、彼が開け放っていったドアをそのまま、このディルドを床に吸着させて跨って失神するまで頑張っちゃった、その名残だった。

その後、設楽杏奈からのメッセージ通知で目覚めて、そこから仕事に追われた結果、これを1日半そのままにしていたのがずぼら女の凄い所と言えよう。

凸級呪物を封印した後で、改めて海斗くんを事務所内へ招き入れて扉を閉める。

彼から袋を受け取って、アイスは冷凍庫に、エナドリは冷蔵庫に、そしてお菓子は応接セットのテーブルの上にお菓子を並べる。

TVを付ければ流れ出すのはスポーツニュース。メジャーリーグで日本人選手たちが大暴れした様子を伝えている。

さて…どうお話を切り出すか。

相談に乗って貰った後ににするか、最初に話すか。

よし、最初にしよう!

私は『お客様』をソファに座らせて、彼の前に立って手を差し出した。


「スマホを見せて」


いきなり斬り込んできた私に、海斗くんは座ったままの姿勢で飛び上がる程に驚いた。


「ナナナ何でですか!」

「私の口から…それを言わせる?」


私は前傾姿勢となり、座っている彼と目線の高さを合わせて、その瞳をじぃーっと見つめる。


「ゔ…」


金縛りにあっている彼のポケットからスマホを掴みだし、それを突き付けてロックの解除を迫ると、海斗くんは素直にロックを解除しながら空唾を飲み込み、カラカラに乾いた声を絞り出した。


「雫さんが悪いんじゃないですか…」


あ。コイツ今私の事雫さんって呼んだゾ。


「私の何が悪いのよ」


ロック解除されたスマホをちょいちょいと弄って、アルバムアプリを開き、8月7日の深夜に撮影された画像を確認する。

あの時聞えたシャッター音は、幻聴ではなかった。

そこには、しっかり、はっきり、くっきりと、まんぐり返し状態の私の姿が保存されていた──。


「…ねぇ」


ここから私は必死に超怒っている風を装う事で、羞恥心を無理やり制御する。

海斗くんは海斗くんで、顔面蒼白なんだけどその顔を真っ赤に火照らせ、全身からカッカと熱を出しながら冷や汗をかくという化学的に不安定な状態。

そんな二人は夜中の事務所で、勢い任せの会話を始めてしまった。


「ほらやっぱり! なにこの写真! 海斗くんったらエッチでスケベ!」

「え、エッチも何も雫さんが!」

「えー? 私が何? 私ハイタッチで吹き飛ばされて転んでただけなんですけど?? 頭で打ってちょー痛かったんですからね?」

「それなら俺だってワザとやった訳じゃないですよ! あんなになるなんて思わないじゃないですか! それは悪かったと思ってますよ!」

「君が悪いのはそこじゃないでしょ!」

「写真ですか!? ええ撮りましたよ! だってあんな凄いの…誰だって!」

「な、何が凄いのよ?? ふ、普通でしょ!?」

「アレの何処が普通なんですか! 心臓が止まるかと思いましたよ! なんてものを見せるんですか! まったく!」

「普通は普通よ! じゃあ逆に聴くけど! 海斗くんが見たのは私のお尻とパンツでしょ?! なんかその言い方失礼じゃない!?」

「どっちも普通は見せないし! 両方もの凄かったじゃないですか!」

「…ど、どんな風によ…」

「もう言いますよ俺も! 言わせたのは雫さんですからね! お尻はデッツツカいし! !パンツだって……その、酷かったじゃないですか!!!」

「ふええ。そ、そうかもしれないけど写真撮って逃げる事ないじゃない馬鹿海斗!」

「馬鹿とかじゃないんですよ! 健全な男子高校生がですよ!? あれ見てどう思うと思うんですか!」

「え、ど、どう思うの?」

「落ち着いた所でもっとじっくり見たいと思うんス!!」


お互い肩で息をしながらの嵐のようなやり取りの後、いつの間にか海斗くんはソファから立ち上がって仁王立ちとなっており、私は顔を抑えて床にしゃがみ込んでいた。

顔を隠しながら、ばっちり開いた指の間から彼の顔を見上げる。

赤鬼だ。赤鬼がいる。

いや、私も真っ赤だからもうここには赤鬼しかいない。赤鬼探偵事務所だ。

正直に言っちゃう。彼が私のあの姿を見て、『保存して鑑賞したい』と白状してくれた事が嬉しい。なにしろドン引きされて逃げちゃったと思っていたくらいだから。

二人の呼吸が落ち着いた頃、海斗くんがビシっと背筋を伸ばして、ズバっと頭を下げて、「すいませんでした!!」と謝罪した。

全部ぶちまけて冷静になってくれた…みたいな??

私もそこで咳払いをして、んんっ…と喉を整えてから、明後日の方を見つつ彼を許した。


「……まあ、海斗くんなら…別にいいかな、とか…思ってるけど…」


横髪を指でくるくると巻き玩びながら、お茶を濁す。

彼が「使ってくれる」なら、まあ、全然恥ずかしいけど。許せるというか、望むところというか。流石にここで嬉しいってまで言っちゃうのはダメ女すぎるから、そうは言わないけど。

私が頑張って許しを与えたにも関わらず、純喫茶「琥珀」にこの7月ごろから勤め始めているアルバイト店員の高校生男子を見ると、まだ斜め45度のお辞儀をしたままだ。


「もう、いいから…」

「友達にも見せちゃいました!!」


23時過ぎの事務所内に静寂が広がる。

時計の秒針が動く音、室外機の振動音とエアコンの送風音が急に大きくなったような気がした。


「は?」


私は目を見開きながらゆっくりと立ち上がって、最敬礼の姿勢を取り続けている彼の顔を横から覗き込む。


「はぁ?」


個人的な常識では、彼女の──私はまだ海斗くんの彼女ではないけど──裸の写真とか、エッチな写真とかは、撮影を許可したのだとしても、それは二人だけの内緒であるのが絶対条件だ。信頼関係があってこそ成り立つ秘密の共有だ。

男とか女とか関係なしに人としてそのラインを越えてはならない。

その常識を一応は理解しているのか、赤鬼から青鬼になった海斗くんがダラダラと脂汗を搔いている…。

海斗くんが今日私の相談に乗ってくきてれた理由が今わかった。

そこそこ大人しくスマホを差し出し、あの写真を撮ったとすんなり認めた理由も。

彼は罪悪感に押し潰されそうになっていたのだ。


「か~い~と~?↑」


私は彼をソファに突き倒し、その膝の上に足を広げてのしかかる。

彼の頬を両手でガッチリと掴み、こちらを向かせてその罪の意識で濁っている瞳を真正面からの視線で射貫く。

あ、海斗くんなんか泣きそうな顔してマジビビリしてる。


kwskくわしく

「……あの日、皆に一緒に居るところを見られたじゃないですか。コンビニで。翌朝になったらLINEで俺が年上の超美人と付き合っているって大盛り上がりしてて、あの時あいつらが撮ってた画像付きで拡散されてて、男子校ですから、大変な騒ぎになってですね」


私は隙あらば目を逸らそうとする彼の頬をガッチリと抑え込む。

逃がさんお前だけは…。


「…昨日一日中冷やかされまして。兎に角羨ましいと、雫さんがエロいとけしからんと反響がすごくて。どうやって知り合ったんだとか、付き合ってどれくらいだとか、どこまでいったとか、紹介しろとか、ずるいとか」

「…で?」

「俺もなんだかその…ちょっと雫さんを皆に自慢してやりたくなったりしてですね…付き合ってるとか彼女だとか言ったわけではないんですが……あの人凄いぞ。良い匂いするぞ、おっぱい柔らかいぞ……みたいにその、ありもしない親密な関係を匂わせたりしてしまいました。そしたら今朝になって、あの、コンビニで会う連中が家に押しかけて来て発狂するくらい羨ましがって……その時に、内緒だぞ…と」


私は彼にビンタをかました。


「ば、ばかばかばかばかばか!」

「すいません馬鹿でしたごめんなさいゆるしてください!!!」


大きな体を丸めて謝罪する海斗くんお頭と言わず肩と言わずビンタしまくる。


「見せちゃダメでしょ!!! それじゃあの加納と同じじゃない!!!」

「ああ、それを言われると凄く辛いです!」

「もーぉ!」


私はそのまま冷たくて硬い床の上を、足をバッタバッタバタに動かして、頭ゴチンゴチン言わせながら転がりまわる。そして壁にぶつかって「いたっ」って言って止まった。


再びの静寂。


時計の秒針が動く音。室外機の振動音とエアコンの送風音が無機質に響く。

海斗くんに恥ずかしい姿を見られて、彼がそんな私の姿を思わず写真に保存して隠し持っていて、自慢したくなって仲の良い友達にコッソリ見せちゃってた。

この事実を私の中で昇華しきれない。

怒らなくちゃ叱らなくちゃ、そう思うのに、そこまで本気で怒れない。

写真撮影は兎も角、あの時私は確かに彼に『見せていた』訳だし…。

一旦保留しよう。そうしよう。

私は髪を乱したままムクリと起き上がって冷蔵庫に向かい、エナドリを2本持って応接セットに腰掛ける。

そのうち一本を海斗くんに投げて、私は私でその薬品臭の強くて変に甘い炭酸飲料水をグビグビと飲んだ。正直あんまり美味しくなかった。


「…次から見たくなったらちゃんと言って」

「え? あ、ハイ」

「…友達に自慢したくなった時も前もって言って」

「わ、わかりました…本当にすいませんでした…」


謝られてもどうなる問題じゃないんですけどね~!

暗に、海斗くんが見たいって言えば見せてあげるし、写真が撮りたいなら撮らせてあげるし、自慢したいって言ったら、出来る限り許可してあげると言ったのだけど、意味は通じているのだろうか。

なんの相談もしていないのに時刻は0時に迫っていて、私はため息をつきながら、車のキーを手に取る。


「今日はもう時間切れね。車で送るわ」

「え? いいですよ。大丈夫ですって」

「ダーメ。ここで君を帰して何かがあったら、それ私の責任になるんだから。今はもう車で送ってもらうか、泊るかの二択なんですからね?」


さあどうするの? と胸から彼に詰め寄った結果、健全男子高校生のお返事は「じゃあ…送ってください…」だった。


二人で地下の駐車場へ降りる。深夜の契約者駐車場には13台の車が停まっていた。

私はその中の2台の所有者で、一つはスバルのレガシィアウトバック。1年前くらいに生産が終了してしまった大型のクロスオーバーSUV。もう一つはメルセデス・ベンツ・グループのsmartという2人乗りのマイクロコンパクトカー。こっちは街乗りに最適で、駐車も楽々なんだけど、兎に角フロントのガラス面が大きくて中が丸見えで、おもちゃみたいに小さいことから、乗っているといろんな人から興味本位に中を覗き込まれるのが欠点だった。

海斗くんの家はここから走って10分という事なので、取り回しの良いマイクロコンパクトカーに乗り込む。

二人でシートベルトを締めてから、エンジンをかける前に「あ、そうだ」と話を切り出して、「ハ、ハイ!」と背筋を伸ばして返事をした男の子に、しっかりと釘をさす。


「お友達にはちゃんと言ってよね? あの写真見せたって言ったら物凄く怒られたと…」

「も、勿論です!!!」


『いえ僕らの方こそお世話になっていますw』とか『今日はデカパイの方を何卒よろしくwコレ冗談じゃなくてガチでww』とか、つまりそーゆー事だった訳か…。

そうとも知らず愛想よくしちゃったりして…なんかもう死にたい…。

アクセルを踏み込む。

深夜の不忍通りはほぼ無人で、ものの3分程度で彼が住んでいる学生マンション前に辿り着いた。

それは千駄木の古い街並みに不釣り合いなほどピカピカの、デザイナーズマンションで、タイル貼りの外壁は街灯を反射して上品に光り、エントランスの自動ドアの横には『24時間警備システム作動中』のステッカーが誇らしげに貼られている。

その脇の少しザラつきのある黒御影石の自立壁には、ヘアライン仕上げのステンレス製切り文字で『レジデンス・カレッジ文京』と彫り込まれていた。


「へー。ここなんだ? 私が住んでいた所よりも立派ね。親御さん大変そう。じゃあ、おやすみなさい」

「ありがとうございました! 雫さんもおやすみなさい!」


車を降りた海斗くんが一礼してからエントランスに引っ込むのを確認して、車線を切り返すことなく悠々とUターンを決める。

海斗くんと相談は出来なかったけど、仲直り(?)は出来た。

彼が私の恥ずかしい写真を大事に持っていた事に「まったくもう❤」と独り言を言いながら、地下駐車場に戻った。

事務所に上がって車のキーを机の上に放り投げて、明かりを消してから裸になり、窓辺に寄って窓を開け、温い風を浴びながら黒に沈んで深夜に眠る千駄木の街を一望する。


「……まあ、なるようになるか…」


海斗くんには明日のお昼に加納と面会してから改めて話し相手をしてもらおう。

果たして…由香さんと謎の男の会合を報告されたアイツの反応はどうだろうか?

餌に食いついた! とばかりに喜びながらもそれを隠そうとするのか。

それとも『嘘から出た真』に唖然とするのか。

明日には依頼の全容が掴めるに違いない……そんな予感がしていた。



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