事件① リベンジポルノの影
八月七日 土曜日
天気: 晴れのち一時雷を伴う雨
最高気温: 32.8℃
最低気温: 24.5℃
それは私が愛を捨てて仕事に生きると誓いを立てた日。
スマホに『ブランド・バトン』からの通知が入り、それで目覚めたのが朝の9時で、届いた『Ys』からのメッセージは今日の12時に銀座駅で、との事だった。
そこからはルーチンをこなして心のスイッチを切り替え、今日の戦闘服のテーマを『ブランド品を買いそうな女』と定めて、チャコールのリブサマーニットをインした白シアーシャツと黒でハイウエストのペンシルミニスカートに身を包み、一足しか持ってない金のビットローファーを履いて事務所を出た。
今日も湿度の高い蒸し暑さ。
千駄木駅から千代田線で日比谷に向かい、日比谷線に乗り換える。
『次は、銀座、銀座です。銀座線、丸ノ内線はお乗り換えです。出口により、階段・エスカレーターが分かれております。足元にご注意ください。The next station is Ginza. Please change here for the Ginza Line and the Marunouchi Line. Please watch your step when leaving the train』
ピークアウトした11時の車内は運が良ければ座れるくらいの乗車率で、私は入り口直ぐの『門番の位置』に立ち、扉窓に映った目つきの悪い女の顔を見ていた。
もしもこの場に古の少女漫画に精通したナンパ師が居たのなら(そんなのいるのか)、彼は私にこう言うだろう。『どうしたんだい? 君は笑った顔の方が可愛いよ』と。
笑えるか。
むしろ嗤うわ。
昨晩、海斗くんと力を合わせて設楽杏奈に辿り着いた直後に訪れた、あの地獄。
思い出せば死にたくなるあの体勢。
海斗くん視点で自分がどう見えていたのかを確かめるために、シャワーを浴びる前に三脚にカメラを持ち出して、一人でアレコレと工夫しながら撮影に臨んでみた。
ハッキリ言って酷かった。
16歳の男子高校生に見せていいものじゃなかった。
車内で人目もはばからずに顔覆う。ああ死ぬ。
銀座駅に降り立ち、到着したことを知らせると、銀座三越 ライオン像付近で待つように指示される。
多分、最低限度の用心としてどこからか私の姿を見たいのだろうと思い、如何にも待ち合わせ風に日陰ギリギリの所に立って、メッセージでも私の服装を相手に伝えた。
これで『こいつはブランドを欲しがるような女に見えん!』とか思われたらなんかもお酒でも飲んで暴れてから帰るしかない。
「……」
何となく周囲からの視線を気にして居心地の悪さを感じつつ連絡を待つと、暫くしてからメッセージが届き、私は駅から少し歩いた所にあるビルの地下二階の喫茶店へ向かうことになった。
銀座四丁目の交差点を過ぎ、そこからハイブランドのビルが立ち並ぶ並木通りを避けて、昭和の空気が残る入り組んだ路地へと足を踏み入れる。
喧騒から切り離された路地裏には、飲食店から吐き出される室外機の熱気と共に、どこか生臭い湿り気が漂っていた。
今、視界の隅にネズミが居た気がする。
リブニットが胸元の動きに合わせて微かに擦れる音だけが、静かな路地に響く。
私が相続した雑居ビルに負けず劣らずの、周囲の再開発から取り残されたかのような蔦と煤に覆われたレンガ造りのビルに入り、その地下2階に向かう急勾配の階段を下って、銅のフレームに曇りガラスを組み合わせたドアを押し開けた。
コーヒーの香りと、煙草の残り香、そして古書の埃っぽさが混ざり合った、独特の重みのある空気が漂う店だった。
壁一面に敷き詰められた焦げ茶色のマホガニー材と、くすんだベルベット張りのソファ。照明は極限まで落とされ、テーブルに置かれた小さなステンドグラスのランプだけが、座る者の顔をぼんやりと浮かび上がらせている。
私は「琥珀」の方が断然好きだ。
そんな店内の一番奥のボックス席に大きなサングラスをかけた女性がいた。
そのテーブルにはH社の最高峰バッグが置かれている。
風貌からも間違いない、『設楽杏奈』だ。
代理人がくる可能性も考えていたので、僅かに胸を撫で下ろす。
ライオン像傍で私の姿を確認した後、先にこの店にきてから返信したのだろうか。
私は彼女の前まで進み、頭を下げ、そしてバッグから名刺を取り出して差し出した。
サングラスの女はそれを受け取り、口元を強張らせる。
「泉美雫…探偵事務所?」
「ごめんなさい。この場で設楽杏奈さん…とお呼びしても大丈夫でしょうか?」
彼女の緊張が手に取るように分かった。
ネットでの完璧な姿の消し方から想定していた事だけど、恐らく『設楽杏奈』は、加納省吾が所属していたグループ内でのみ使っていた名前なのだろう。
この名前を出す事は即ち、私が加納省吾の関係者であることを明かしているのと同じなのだ。
今の目の前に座る設楽杏奈は、数日前までSNSで華やかな生活を謳歌していた「港区のミューズ」とは別人のようだった。大きなサングラスで顔の半分を隠し、首元には季節外れのスカーフを固く巻いている。その指先は、コーヒーカップを握ったまま微かに震えていた。
加納省吾の影に怯えている…。
「購入者を語った事、重ねてお詫び致します。私の話を聞いていただきたくて、こんな真似をしてしまいました」
「どういうこと?」
「そのバーキン、とある問題のある男からの贈り物でしょう? 私はその男から、妻である加納由香さんの行動調査を依頼されたものです」
「あいつが? 浮気調査?」
「はい。彼の知人だった貴女に、こんな事をいうのもなんですが…正直に言って、依頼を受けたメールの文面からしてなんだか気味が悪かったんです。その後に彼と直接会いもしましたが、その印象は変わりませんでした」
私はスマホで加納からのメールを開き、彼女にそっと差し出す。
設楽杏奈はそれを手に取ってくれた。
「座って、何か頼んだら?」
彼女の勧めに従って着席して、直ぐにやってきてくれた店員さんにクラシックチョコレートケーキセットを2つお願いすると、真剣にメールを読んでくれている設楽杏奈に、説明を続けた。
「何より不気味だったのが、中堅企業の常務取締役が、家庭の一大事とも言える大事な依頼を私のような経験の浅い探偵の弱小個人事務所に持って来たことでした。依頼人が何を考えているのか…私は彼のSNSを見て、貴女に聞くのが一番良いと思って、お会いするための手段を探していたんです」
「どうして私?」
彼女から帰って来たスマホを受け取る。
この時には彼女の緊張は幾分緩んでいて、その声には落ち着きの色が見え始めていた。そこに丁度やって来てくれたチョコレートケーキの一方を彼女に差し出す。
まさか私が2つ食べると思いました?
ちなみにコーヒーも2つ付いてきてしまっていた。
「チョコレートにはリラックス効果があるんですよ」
女の子なら誰でも本能で知っている事をあえて口に出して、私は彼女の前でそれを口に運んだ。
そんな私を見たサングラスの女性は、口角を僅かに上げた後でケーキに手を付けだす。
口の中を甘くした彼女は、自前で注文していたコーヒーをブラックで飲み、私は自分のコーヒーカップに角砂糖3個とたっぷりのミルクを入れてかき混ぜてから飲む。
「私が依頼を受ける直前に、貴女は加納と縁を切っていたから、何か知っているのではないかと思ったのです。答えにくいと思います。でも、答えていただけませんか? 貴女が加納省吾の元を離れた理由を」
杏奈はサングラスを少しずらし、ひび割れた声で言った。露わになった彼女の瞳には、底なしの恐怖が澱んでいた。
「……3年前は、あんな男じゃなかったわ。ただの見栄っ張りで、プレゼントで機嫌を取るだけの、わかりやすいバカ。でも、1年くらい前からかな。急に羽振りが良くなって、それと引き換えに、中身がどんどん腐っていった」
彼女はスカーフの隙間から自分自身の喉元をなぞって見せた。そこには、数日経っても消えないであろう、紐で強く締め付けられたような青あざが痛々しく残っていた。
DV? いえ、これはSMプレイ…?
「見てのとおりよ」
あの男の事だから、それはきっと女を徹底的にモノとして扱うような酷い物だったに違いない。
「……それで彼を訴えようとなさったのですか?」
「だから逃げたのよ。それだけ。訴えるなんてとんでもない。もう二度と顔も見たくないわ。このバーキンを今日手放せるかもしれないと考えただけで、いつもよりも気分がよかったくらいだから」
彼女は肩を竦めてから、残りのコーヒーを一気にクッと呷った。
私の推理の根っこだった『彼女が加納から離れて訴えようとしているから、アイツは急いで由香さんの浮気をでっち上げる工作に走った説』が揺らぐ。
「あいつは、奥さんの浮気調査なんて依頼する男じゃない。何を考えているのかはわからないけど、ただ一つ、逃げた私に代わる新しい『おもちゃ』を欲しがっているのだけは間違いないわ。皆に見せびらかして写真を撮って動画を撮って、その裏でも……。そんなおもちゃを見つけたつもりなんじゃないかしら」
そのおもちゃとは…私の事なの?
海斗くんの言葉が思い起こされる。
『あの男の事だから、偶然泉美さんを見て、好みだったから頼んだとかじゃないですか? 』
『泉美さんを2週間拘束して、その間に最大で2日に1回のデートができて、しかもこの依頼が狂言ならそもそも成功報酬は発生しないんだから、料金は100万円ですよね? 多分、それほど無茶な金額ではないような気がします』
設楽杏奈と、海斗くんの意見は、不気味なほどにピタリと符合している気がする。
杏奈は席を立ち、去り際に私の耳元で低く囁いた。
「……泉美さん。あなたが加納の依頼を受けたって聞いた時、言おうと思ったの。『逃げて』って……。私は、もういい。纏まったお金を手に入れたらこの街を離れて、あいつの影が届かない場所へ行くわ。『黄金の車』には精々気を付けて。ここの支払いはお願いね。私今お金が無いのよ」
そう言うと、設楽杏奈は静かに店を出て行った。
私は膝の上で拳を握りしめる。
どうしてか加納が自分の胸に執着していた時の、あの粘つくような視線を思い出して、背筋に冷たいものが走っていた。
設楽杏奈に遅れる事10分。珈琲を2杯頑張って飲んでから地上に戻った。
また一雨来そうな不安定な空模様の下で、不意に何か視線を感じた気がして、背後に広がる路地裏を見渡す。
「……」
改めて見ると、物凄く嫌な感じの路地裏だなと思って、汗ばむのも構わずに小走りで並木通りへと戻り、そこから雑踏に紛れ守られるようにして、銀座駅への流れに乗る。
…やだ。本当に誰かに見られてるかも。
一度化粧室に入り、ゆっくり時間をかけて汗ばんだ肌をケアして両手で髪を落ち着け、前髪を整えてから、駅通路に顔を出し、そのまま日比谷線のホームへと向かった。
少しだけ混雑し始めている土曜お昼過ぎの車内で時刻を確認する。
現在14時18分。
一駅揺られてから千代田線に乗り換えて、千駄木へ。
『次は、大手町、大手町です。丸ノ内線、東西線、半蔵門線と、都営三田線はお乗り換えです。足元にご注意ください。The next station is Otemachi . Please change here for the Marunouchi Line, the Tozai Line, the Hanzomon Line, and the Toei Mita Line』
事務所に戻るのはちょうど15時くらいか。確か今日の由香さんのスケジュールは終日ぎっちり埋まっていたので、今日はこのまま事務所に引き籠ろうかと考えていた。
ここ数日、私にしてはちょっと行動的過ぎたように思う。
大手町での乗り降りの際に、私は人の波に押されながらシート前のつり革につかまった。
できれば触りたくないのよね、鼻とか弄った後に自然な動作でつり革に手を伸ばしてる人なんかが沢山いて、毎回結構ゾッとしてる。
バッグの中には手指消毒用のアルコールスプレー入をれてるけど──。
「!」
お尻に誰かの手が張り付く。
恐怖と緊張と不快感がせめぎ合う中で、被害者なのに息を殺して身を小さくしないといけない理不尽で最低な時間が始まった。あと4駅。約10分。
やめておねがい。なんで私なの。
背後から項に掛かる荒い鼻息に、加納省吾の執務室での出来事が思い出された。
今は通勤ラッシュのような混雑ではない。ブラインドになってくれる人が居なくて、荒々しく揉みしだかれている事に恥ずかしさも感じる。
振り向き相手を睨んで痴漢行為を止めさせたいけど、それで火を付けそうなのが怖い。
出来るだけ無視を決め込む方が無難で、無茶されないかと怯えつつ、ぎゅっと口を結び、握るのが嫌だったつり革を掴む手に力を籠めて耐える。
私の正面に座っている30代くらいのサラリーマン風の男性が、スマホを操作しながらこちらを何度も見ている事に気付いて、目線を送って助けを求めるけど、慌てて顔を逸らされてしまう。
なんでよっ!
そのまま彼は首を横向かせたまま、不自然にスマホをこちらに向けだした。
動画撮影モードだ。
背後で蠢く手はお尻の割れ目をしつこくなぞってからスカートの中に潜り込んだ。
「ん!」
その指先は電車の揺れに合わせて、私の陰部をショーツ越しになぞり続けていて、思わず踵を浮かせてつま先立ちになってしまう。
股の下で芋虫大の寄生虫が暴れながらクロッチ部の下に潜り込もうと蠢いてる…そんな怖気が惹起されて吐き気に歪んだ顔を、股間部を隆起させているサラリーマンのスマホに向けた。
「ひ!」
信じられない事に、『後ろの男』は私のタイトなペンシルミニスカートの裾に手をかけて捲り上げ始める。
ずりずりと持ち上げられたそこからぴっちり押し込めていた尻肉が零れ始めていた。
え? うそ? やめてやめてやめて。後ろ手にスカートを押さえて、股をぎゅっと締める。
リアルタイムで駅員が監視してくれている訳じゃないのを知りつつ、車内天井を見上げて、痴漢防止カメラを探して、後ろの男にもカメラの存在を印象付けようとする。
ねぇ誰かいないの!? 誰も気付いてないの!?
加納の執務室のガラス壁の向こうに居た、あの50人からの従業員らが連想されて、ぎゅっと胸が締め付けられた。
それから海斗くんに『泉美さんにも隙があった』みたいな事を言われたのを思い出し──。
「やめて…」
喉を震わせて声に出して拒絶して、昂って涙が溜まった目で後ろを睨む。
そこには、真面目そうな50代くらいのスーツ姿の男性が立っていて、私の眼に驚いて手を放し、それが丁度湯島駅に到着したタイミングだったので、そそくさと降車していった。
正面に座っていた男性も慌ててホームへと降りていき、その後は周囲のざわざわとした視線に耐えながら、千駄木駅へと戻って来た。
再び化粧室に駆け込んで、鏡の前でスカートを整え、今更ながらに全身を戦慄させながら、湧き上がる怒りにまかせて洗面台を叩きそうになる。
その後今度はだんだんと不安が大きくなり胸がざわざわし始めて、さっきの動画撮影男や見て見ぬふりを続けていた乗客たちがSNSで変な事を言ってないかと『千代田線』とか『痴漢』でサーチする。
特に目撃情報みたいなのは無くて、関西の方で線路に立ち入って電車を停めて皆に迷惑をかけた男が痴漢だったとか、そんな話題だけだった。
少し安心すると、今度はまた怒りの方が優位になる。
今からまた湯島に戻って、あの男を探してやろうか…。
見た目じゃなんとも言えないけど、普通に社会で働いていて、そこそこのポジションに就いていて、奥さんも子供もいる人だろう。
自分の娘が痴漢にあったと聞いたら心を痛めたりするだろうに、なんで私になら痴漢してもいいと思ったのか、皆の前で胸倉を掴んで問い詰めてやりたい。
職場や家族に言ってやる。訴えてやると罵って、あの善良そうな顔面を蒼白にさせてやりたい。
そんな薄暗い感情を抱えながら、とぼとぼと事務所に戻った。
その日はなんかもうやる気なくなってしまって、ぐちゃぐちゃな精神状態のまま、扉を閉めると直ぐに勢いに任せて保留にしていた加納へのメールを送信して、衣服を叩きつけるように脱いでいった。
特にショーツにはあいも変わらず恥ずかしい濡れ染みがあって、くしゃくしゃに丸めたそれを壁に向かって全力でぶん投げる。
完全に八つ当たりだ。パンツは何も悪くない。
全裸になって解放感に浸り、そのまま窓辺の事務所デスクのチェアに浅く凭れるように座り、机に上に投げ出した脚を交差させ、自堕落にスマホを弄って動画を見る。
時々見上げる窓の外の空はやがてオレンジ色に染まり、夜の帳が落ちて、月と星が瞬き出す。
景色が移ろいゆくのにつれて、私は自然と依頼の事を考えだしていた。
設楽杏奈は加納を訴える気なんて無いと言う…。
それは恐らくリベンジポルノ的な手法に違いない。
『訴えられるなら訴えてみろよ』と、そんな冷酷なセリフと共に、顔を歪めて勝ち誇る加納省吾の姿が容易に想像できた。
設楽杏奈に出来るのは、目を閉じて耳を塞ぎ、暗闇の中に蹲って自分の痕跡を完全に消して、加納の興味が他へと向くのを、只ひたすらに待つ事だけなのだ。
「……全部狂言、か」
言われてみればそれが一番納得できる気がしてくる。
スマホのAIに高級デートクラブの料金を尋ねてみると、加納が提示した着手金100万円+報告一回ごとに10万円という価格設定は、私をハイグレードと見た場合に限って相場と言えるものだった。
『逃げた私に代わる新しい『おもちゃ』を欲しがっているのだけは間違いないわ』
思い出された彼女の言葉が、今まさに耳元で吐息と共に囁かれたかのように脳内に響く…。
その後は20時に食欲に負けて、顔を出さないでおこうとしていた「琥珀」へと降り、いつもより抑揚のない海斗くんの「いらっしゃいませ」を聞きながら最奥に陣取った。
九条さんには「お腹空いた」とだけ伝えてメニューをお任せして、ノートPCを開いて、本日の探偵日記を打ち込む。
海斗くんの視線は感じたものの、私も彼を意識するだけで体温が急上昇して顔が火照り出すので頑張って無視した。
昨日はどうして帰っちゃったの!? なんて無邪気に言えたらよかったんでしょうけど、私は愛を捨てても羞恥心は捨ててない女なので、そんな事を言えるはずもない。
九条さんが差し出してくれた、目玉焼きののった具沢山のナポリタンとガーリックトーストを食べて、カフェ・オ・レを飲み、本日2個目のチョコレートケーキを食べて、海斗くんの方から話しかけてきてくれないかと期待しながらも、自ら未練を断ち切って21時には席を立ち、いつものようにカウンターに向けて会釈だけして店を出る。
遠くに光る24時間フィットネスジムの看板を見て、ボクシングとかの格闘技を習い始めようかな? だなんて結構真剣に悩みながら二階に上がると、事務所前で鮫島さんが私を待っていた。
「お嬢、ちょっといいですかい?」
「事務所前でタバコ吸うのは臭くなるからやめてって言ったでしょ?」
どうも私の『本業』の浮気調査は、小金持ちの道楽に付き合わされているだけなのが濃厚になっていた事もあり、私は4Fライブチャットスタジオの支配人を招き入れて、そのお話を聞くことにしたのだった。




