奴隷国家ガンニバル
茂みの中から見える光景を、俺は疑った。夜というのに、設置されたガスランタンによって仄かに明るい街並み。レンガ調の道、石工で作られた家々が寂しげに座っている。
一見すれば地中海にでもありそうなヨーロッパ系の建設技術は、洒落た街という印象だった。
「これが奴隷国家だと…。」
聞いていた話とはまるで違う。他国多種からかき集めた奴隷を使役する国民性は他と変わりがない。
なのになぜこんなにも、抜けてくる風が気持ち悪いんだろうか。
「マサヨシさん。」
偵察要員であるヤクトは、気配を消して後ろに回り込んでいた。
「この街はおかしいですね。貧民層が見当たらないというか、ないようです。」
「ない…ねぇ。」
この世界で『奴隷』という存在はビジネスとして成立してしまってる。
幾らほど安く買い、高労働力を得られるか。それによって産まれる製品。この世界で構成されている社会システムをまとめて言い換えるとブラック企業だ。
既に根元までこびりついた奴隷を産むために、貧民街が必要なのだ。
それがない。労働の根幹がない。なのに『奴隷国家ガンニバル』と呼ばれる理由はなんなんだろうか。
「これによってアキラの居所は、闇の中って感じですよ。」
ヤクトが名前を言ってくれたおかげで、忘れかけていた目的を思い出した。
「……りょーかい。とりあえず一旦野営地に戻ろう。作戦を立て直すんだ。」
「わかりました。」
ヤクトの肩を掴んで、座標を思い出す。俺の能力は1度の見た場所なら、地図で座標を読み解けば瞬間移動できるまでになった。
枯れ木で起こした焚き火の周りには、パン屋や缶詰が開けられている。空に向かって開けた口から、独特の生臭さが、焚き火の香りと混ざって鼻を擽る。
「街で食えそうなもの、適当に盗んできました。食ってください。」
「この缶詰くさってそうですが…」
体の大きなカシオペは食べ盛りだ。沢山食べてしまうのが悩みだが、缶詰を指さしてしかめっ面をしている。
この何とも言えない臭いで食欲は減退してそうだ。カシオペの険しい顔を見ながら、ヤクトが摘んだ。
「魚の煮詰めだからね。仕方ないよ。食べたらなかなかイける。」
「うえぇ〜〜私パンでいい。」
そんなにかと思って嗅いでみると、懐かしい光景が脳裏に現れる。自衛隊時代に訓練間で食べたレーション。この臭みは隊員たちの悩みのタネである化学薬品の特有のもの、いわゆる防腐処理に近いものを感じた。
抵抗が無いわけではないが食わねば戦ができぬ。みんながパンを貪る中、俺は魚を摘んで口に入れた。
「あ…。」
ヤクトが変な反応をしている。魚にしてはパサツイているが、タレの濃い味で気にならない。噛み砕いて咀嚼する。喉仏が動くのを見届けてヤクトは言葉をこぼした。
「どうですか___変な感じはしました?」
「いや…なんというか…腹の足しにはなると思う。上手く魚の臭みを消していた。」
「そうですか…。」
俺の言葉を聞き届けると、ヤクトは缶詰を手当たり次第に口へと流し込んだ。
「あ!!何してるんだ!!!」
缶詰を全て平らげると、大きなゲップをして笑顔を作っていた。
「好きなら好きって言えばいいだろうに。」
なにがしたいのかイマイチわからない。だが時間が惜しい状況ではあるので、状況を整理しよう。
「食いながら聞いてくれ。ヤクトが持ち帰った情報資料をまとめた。」
「じょうほうしりょう?」
犬獣人のアヤメは小首を傾げている。かなりあざといな。
「前に説明したでしょアヤメ。噂話みたいなだって。」
「いってたかな〜。」
珍しくマリアナが教えていて、ちょっとうれしくなった。だが相手にしていては話が進まないので強行的に話を進める。
「街には奴隷の姿を見かけない。アキラを奪還するには奴隷市かと思ったんだが、その市場がないとなると探しようもない。そんな状況だ。」
言葉を汲んで、ポコは眉間にシワを寄せた。なにか思うところがあるようだ。
「ポコはどう考える。」
「…奴隷市がない国を私はギルボア以外で始めてみました。アキナイだってあったのに。」
ギルボアの建国歴史は「鎖国」にあるとダビデが言っていた。建国の父が奴隷文化に辟易し、村の者達で作り上げたのが歴史だと。
そう考えると「奴隷国家ガンニバル」という題目があるのに、奴隷を生む貧民街が無いのはどういうことなんだろうか。
「奴隷市がない、ということは商人が必要ない。つまり国家事業なんではないでしょうか?みたところ家々の作りもいい。大きな建築物もある。つまり労働者は潤沢ということです。」
言われてみると納得が行く説だ。奴隷を国管理で一括してしまえば労働量のベンチマークを保てるということだ。話がややこしくなってきた。
「つまり奴隷が国有資産となると、もしアキラが奴隷にされてしまうと、国家侵略とされるかもしれませんなぁご主人殿。」
「やっぱそうだよな〜。」
太郎の策謀が働き出したのか、閉ざしていた口が回りだした。
「そうなるとアキラが攫われた理由が寄りわかりませんな。」
「…というと?」
「自国で賄えないから攫う、というのは明らかに悪手。諸外国に【だから奴隷商を入れたほうがいい】と批難されませんからな。こうなると描いていた未来予想図を書き換え、国家事業の見直しと、奴隷市に新規参入、と政と負債が山盛りになります。」
「聞いてるだけで頭が痛いな。」
「それらを凌駕するほどの価値がロストメモリーにあった、そんなところでしょうか。我は敵の目的がフワついているか、意思なく従っている作戦が嫌いです。ガンニバルにはそれと全く同じ嫌悪感を感じております。」
見えない意図。やはり俺達はまた誰かの掌で踊らされているのだろうか。だがこれは商会の仕事。やり遂げなければならない
「まぁいい。明日はギルボアに潜入しよう。各人は無理せず、明日の夕暮れ時にここへ集まってくれ。」




