たぬきだから。
ギルボア領国境付近では、とてつもない光と轟音が響いていた
コンクエスタの右腕たるラクーンドッグ種の獣人であり、転生者のポコ。
マルセル商会の用心棒であり、引退した身だが、勇者と呼ばれる人類最強部隊ジークフリードで最速と呼ばれた男。両者共に背後には守るものがある状況で放った鏖殺奥義が拮抗、少しでも何かがズレてしまえば、バランスは崩壊する。
(…まじかよ。)
時空を切り裂くほどの速さで抜いた黄金剣の鞘走りは、質量がありながらも光速に達してしまう。
物理学的な観点から、質量がある物体が光速に達してしまうと、連鎖的なイオン反応が無限に近い数字で巻き起こる。それは最終的にブラックホールを生み出してしまうほどであり、一歩間違えれば人類を死滅させてしまう。だが最速は、エネルギーが発生し、噴出する前に別の時空へ移すことでこれを解消した。
そこで最速は別の時空で広がり続ける【エネルギー】の排出口を調整することで斬撃とし、長距離攻撃として転用している。すべてを焼き尽くし、チリすら残らないほどの質量攻撃は、最速の意思でのみ完結する。
(一瞬、タイミングがズレたのも驚きだが、コレを耐え忍ぶのはドラゴン以来だ。)
過去、魔物が居た時代がこの世界にはあった。人類に対して障害となるものが居なくなったのは、ジークフリードが間引きしたが故だ。
(手応えが変わらねぇ。コンクエスタの瞬間転移が使われないところを考えると、これを受け止めてるのはタヌキの嬢ちゃんか。斧だけで。ひぃーーーおっかねぇぜ獣人。)
対岸の様子を知らないジークフリードは悠長にそんな事を考えていた。そんな傍観者気分はすぐに消し飛んでしまう。
「___なんか聞こえるぞ。」
最速のジークフリードの光は、拮抗を崩し始める。無限の進行力を持つ伝説の武器は、ポコの執念で押し返され始めていたのだ。
「!!!」
「マ゙ザガリ゙!!!」
光の柱が時折薄れると、対岸の火事がこちらを覗いている。ポコは額に青筋を立てながら、まっすぐ最速を睨んでいた。
「まじかよ!!!!」
最速は焦った。正面から撃ち合い、拮抗しているのだと思い切っていたからだ。それは人類最強という称賛が故に生み出した幻想。
実際は水流に耐え忍ぶ岩の如く。斬撃として打ち出した光を、ポコは二本の腕で支え、握り込んだ斧によって、そして柄に仕込まれたアーティファクトが放つ緑色の光によって切り裂き続けていただけであったからだ。
「山を穿ち、城が一瞬で消え去る威力だぞ!!それを耐え続けるつもりかよ!!」
最速は、普段の戦いでは消して味わえない危機的状況に昂揚していた。当の本人はそれに気づいてはいない。
「それが一生続けるなら見せてく___」
勢いは最高到達点に達すると、落ちるのみ。太郎が場違いにも優雅に指揮棒を振ることですべての状況が、バランスが、崩れ始める。
「みんな、状況をひっくり返そう。」
号令が起きる頃には、事は始まっている。太郎がいつも心に認めている言葉だ。
「さぁタヌキの嬢ちゃん!!!俺を超えてみせろ!!」
「あんたが最速か。」
黄金に輝く鎧の眼下に、頬に鱗を残す少年がいきなり現れた。
「お前、気配も感じなかった。もしかしてヘビ族の生き残りか??」
「俺はやもりだけど___」
最速の周辺で小さな切れ目がいくつも現れる。そして直射上の光が、ヤクトに向かって四方から迫った。だが当たらない。
「悪いね___素早さだけは__だれにも___負けないんだ。」
ヤクトはピット器官をフル活用し、遅い来る熱源の線を避ける。追いかける光が早くなればなるほどに、俊敏さに磨きをかける。
「そうか。格子光。」
今まで直線的な光が配列を決め、網目を形成し、ヤクトの周りを囲い込んだ。まるで檻のようにヤクトを封じ込める。
人間は確実、子供一人通れないほどに狭い隙間を見て、ヤクト自身は全く意に介していない。
「隙間あるじゃん。」
ヤクトは小さな隙間に飛び込んで、こともなげにすり抜けた。
蛇種ヤモリ族は、生存戦力として逃げること選んできた。自己再生機能は最低限に収め、足を発達させ、スキルを会得するまでに至る。名前は【スリヌケ】。形状問わず、少しの隙間があれば、すり抜けることが可能。
「さっさとやろうぜ。」
「まさか、ここまでやれるとは。」
ヤクトは素早くナイフを懐から抜き出して、勢い殺さず最速に飛びかかろうとしていた。片手間では相手はできないとわかる。最速は時空間を閉じて、剣撃を封じ込めた。
「いさぎいいね。」
目にも止まらない。ヤクトの攻撃は鎧の隙間を見つけてただ射し込むのみなのだが、最速はすべて大剣で受け切る。
意表をついた、決まった、ここは見ていない、ころした。決め手の一撃すべてが重苦しい大剣が素早く弾き返した。
「あんたやっぱ早いよ。」
「負けられないんでね。おじさんも必死なんだよ。」
「そっか、ならここで終わってもらう。」
すると剣戟の速度が強まり、ナイフが鎧を叩きつつける音が増え始めた。自然と打ち漏らしが増え、最速へのダメージが蓄積し始めた。
ヤクトは自己再生という体質を利用し、自信のリミッターを外したのだ。体の限界値ギリギリを狙えば再生能力がカバーに回る技法。それは蛇族ならではの戦い方であり、最速も心得ていた。
「こういうときは全方位へ___」
その時だった。体に重くのしかかる何かが最速の動きを邪魔している。
(こりゃなんだ。動こうとすれば重くなってく。魔法っていうより呪いだぞ。)
まるで石を載せられたような重さ。コレによって、少しだけ最速の戦意が削がれる。太郎の狙い通りだった。
「聞いてくれ最速殿〜〜〜〜〜〜」
太郎は体を大きくふって、最速にも見えるようにアピールした。
「こちらとしては〜〜〜〜戦う意志はありませんぞ〜〜〜〜!!」
「何だあいつは。」
「は・な・しを〜〜〜〜〜〜きいてくださいませ〜〜〜〜〜」
「あいつが頭目か。タヌキの嬢ちゃんとなんのゆかりが知らねぇが。さっさと殺しちまえば___」
揺るがぬ信念が魔法という重荷を払い除け、上がらぬはずの体を起こし始めた。だがその動きもすぐに止まる。
なぜなら切り立った崖に居たはずの2人が消えていたからだ。
「話をきいてくださいませんと〜〜〜〜〜このお二人が安全ではなくなりますぞ〜〜〜〜〜〜。」
すると、太郎の隣に女性と少年が現れた。身体を縄で縛られた状態でだ。
「___くそ。だからくんなって…。」
最速は剣を手放し、地面に膝をついた。降伏。勇者の降伏が戦いを収める、という太郎の目論見は成功したのだ。




