思惑の板挟み
当初の予定とは変わらず、俺は最後尾の馬車に乗っていた。
屋根付きの荷馬車で腰を掛けているが、ガタつく車体に体勢を保てなくて、座席に腕を立てる、その様子をダビデに見られてしまい、血が頭に登ってきた。なんか恥ずかしい。
温度を放ち始める顔。きっと赤くなっているのだろう。ダビデは柔和に笑いながら気を使う。
「馬車はあまり乗られないのですね。」
「…そうだな。」
「ま、まぁ初めてなら誰しもそうなります。このコタバ渓谷なら、地質もありますから。」
見上げるほどに高い崖の下を、この行商団は走行していた。この渓谷は、あからさまに裏道といった感じだ。
利点は確かにある。まず警戒方向を絞れるという所。左右はなく、前後上の三方向だけを気にすればいい。つまり敵の攻撃はその3つになるので迎撃もしやすいだろう。
だがこれらが分かっていても、このルートは、容易に覆されるリスクしかない。上から進行路を断たれたり、石が落ちてきても終わり。挟撃に合えばアウト。負けパターンの想像が絶えない。
「う、疑わないでください。必ずこのルートを通って正解だったと言わせますから。」
ダビデは懐から紙を取り出して説明した。
「それは自動手記のアーティファクトを改造し、現在地を表してくれる優れものなんですよ。」
地図に目をやると、渓谷らしき絵の真ん中で、点が蠢き、まっすぐに進んでいた。コレはまるでカーナビみたいだ。
「現在ギルボア領に向かってこの車列は進んでいます。この道は体感ではまだ分かりませんがゆっくりと坂になっております。」
「はぁ?そんな訳無い。」
「なぜです?」
「なぜって…等高線地図じゃここは平らな道だって____________」
自分の過ちに気がついて、ダビデを見ると、いやらしく笑っている。しまった。こちらが下調べしていることがバレてしまった。
「流通しているここらの等高線は、私達が細工してあるものばかりです。」
「……なるほど。」
ギルボア領に向かう行商はまずいない。鎖国している国に行くバカはいないし、ギルボア領近郊は田畑が育たない山岳地。つまり他に国もない。
「この道は整備されていない獣道ってわけだな。」
「ええそうです。ただ我々が通る為だけに設定したルートに過ぎません。無論下調べの上でですが。もっといい話はここからです。」
地図の上で動いている点の向う先には赤いラインが一つだけ、横流しされていた。その線をダビデは指で差し示す。
「この線より向こう側はギルボア領となります。通常この線を跨ぐとギルボア領侵犯になり、攻撃される。だが我々は取引があるため、攻撃されることはありません。」
「つまり境界線を越えれば…」
「襲われる事はない。少なからず襲撃者には、ですが」
安全地帯があるという言葉だけでは、俺の胸に巣食う不安と疑念は取り払われない。なぜだ。俺はなんでこんなにも不安を感じている。
他人の心持ちを知らないダビデは、能天気に笑って見せている。
「…まぁいい。それよりダビデが想定する襲撃者ってのは________」
すると、突然手が疼き始めた。加えてひどい頭痛に襲われて、たまらず座席から崩れ落ちた。
「________なんだこりゃ…」
まるで内側から何か熱いものが這い上がろうとする感覚。身体が張り裂けそうなほどに膨らむ熱、痛み、それから首元に襲いかかる圧倒的な殺意の冷たさ。
「どうされたんですか?!コンクエスタ!額から汗が…」
慌てるダビデを諌めることすらできない。それほどに苦しく、命の危機に急き立てられていた。
そして俺はすぐに察しがつく。これは商会での喧嘩で感じたものだったからだ。
【ご主人様…緊急事態です。】
ポコの慌てる声で、思い描く者の正体が確定した。黄金の鎧で身体を守る、歩く伝説
「わかってる________ジークフリードが来たんだな。」




