呪いの道行き
一夜あけ、子供たちを連れて大きな営門にたどり着いた。それは外とアキナイを隔てるための最後の防波堤であり、街の玄関口だ。
だが目の前に広がるのは光景とはかけ離れすぎていて、みんな言葉を失っている。
「これは…かなり驚いた。」
いつもなら人の往来するこの場所は、噴水や出店などが、アキナイにくる旅人を出迎える為に賑わっている。
だが今日は違う。4頭の馬が引く大きな馬車が列を成していた。7台の馬車が1列に並び、道の半分を埋めていた。
陽の光を浴びながら、世界に晒す大行列を見て、ポコは俺にテレパシーを飛ばした。
【ご主人様…ここにあるもの全てが想定外です。大きな櫓もそうですが、車輪の軸から飛び出した棘。御者の体格もなかなかです。】
何が言いたいのかと言うと、この馬車列は普通じゃないということだ。
7頭引きの馬車は改造され、攻撃性を増し、御者は恐らく元軍人か傭兵だろう。肩回りの筋肉が鎧のように大きく発達しているのは、剣を振る習慣があったからだろう。
軍人で防備を固め、立ちはだかる者には戦車________チャリオットが踏み砕く。これを軍隊と言わずして何というのか。
「よくお越しになりました、ひょっとこ商会様方。」
背後の声に振り向けば、スーツを着こなす太った英国人が頭を下げていた。顔を上げると明らかな営業スマイルを張り付ける仲介業者のダビデがいた。
あまりに無作法な行為に自然と眉間が寄り、声も低くなっていく。心にわだかまる不満も、放ってはおけない。
「ダビデ…最初の話と、あからさまに変わってるぞ。どういう事か説明があるんだろうな。」
「ええ。ある方の計らいにより、我が行商団は力強くなったのです。」
マサヨシはダビデの瞳を見て、言葉を拾い落とさないように耳を立てる。
「我々が持つ誰も知り得ない安全なルート。そして、そこに武力と防御力が足された訳ですから、無敵というわけですなぁ。」
「何言ってるんだお前は。」
「なんですか?」
「なんですか…か。」
キツイ言葉をかけたと自分でもわかる。なのにダビデの瞳の色が変わらない。
「もういい…付き合いきれない。俺たちは帰らせてもらう。」
「ちょ、ちょっと待ってください!急にそんな事を言われても!!あなた達の力がなければ________」
「こんなことに巻き込まれるなら前金をもらわずにいて正解だった。さ、帰るぞ。」
俺は足を淀みなく動かし、その場を去ろうとした。周りの空気は戸惑いで固まった。
御者達も俺達のやり取りを遠くから眺めるだけだし、ポコ達ですら困惑しながら俺の後を追いかけてくる。だがいい。それでいい。
何を言われても止まらない。ダビデを横切り、宿に戻ろうとする姿を見て、声が弾けた。
「国の方針なんです!!」
そらきた。
「資金提供者は…今回の事業に関心がおありなのです。」
「何故だ。理由が分からない。」
顔を見せず、言葉で会話を切る。取り付く島もないダビデは観念したのか、肩を落とし、悔しそうな顔で会話を続ける。
「鎖国ギルボアには我々とは技術体系も、資金力もアキナイをはるかに凌駕している…というお話を聞いたことがありませんか?」
なかなかに興味があるがやっと出てきたので、俺は踵を返した。
「や、やっぱり戻って____________」
「話次第だ。はぐらかすつもりなら、この足は俺達の塒に向かうぞ。」
「________ギルボアという国は山を開拓した事により、発展しております。その鉱脈は未だ掘り尽くされておりません。ギルボアに根づく鉱脈は、他国にまで続いております。その中の一つに、新たな素材が最近になって出現しました。」
鎖国との接点が持てる唯一チャンスに、世界で初めて出てきた希少価値の高い新素材という話題。恐らくダビデが兵站を交渉材料に、その新素材を手に入れるつもりなんだろう。
私腹を肥やし、新素材の輸出ルートの独占をしたいんだろう。黙ってる理由には十分だ。
「加工しやすく硬い。通常の鉄は加工すれば脆くなりますがこの素材は熱でも摩耗しない。硬度は維持され、叩けば叩くほどに鋭くなる。名前をタマハガネ、と言うそうです。」
「ずいぶんタイミングが良いな…仮にそうだとして、その山から取ればいい。」
「取れたのは微々たる量。加えて既存の精錬では加工すらできない。」
ここだ。ここが話の争点だ。ダビデに接触した人間は、僅かなタマハガネを入手したが加工できなかった。だからダビデを利用したんだ。その理由は粗方な検討はつくが、確かめるべきだろう。
「…採掘現場の者たちからは、ギルボア領に近づくにつれ、採掘量が増えたと言います。だからきっと________」
「それだけか?」
「……」
押し黙るのは言えぬ理由があるからだ。利用された事を自覚し、強きモノに屈する男の姿。そんな相手を見ていると俺は黙っていられなくなる。
「俺は夢物語で商人を目指してるわけじゃない。経験からこの道が1番食いっぱぐれないと思ったからだ。俺の人生のほとんどは嘘をつき続けられた。だからこの商人の道が合ってると思った。」
たじろぐダビデの目に顔を寄せて、まっすぐ瞳を覗いた。瞳の奥にある何かを見つめるように、視線を外さないように覗き込む。
突然の圧にたじろぐダビデの情けなさに、俺は押しどころを見た。
「俺のこの目は嘘を見抜く。さぁ話せ同族。お前は何を隠してる。」
人生を嘘で汚されたから、俺にはこの男の心根の弱さと、立場の脆さが痛いほど分かる。だからツッコミどころも容易につかめた。
俺の気持ちを畳み掛けられ、ダビデは肩を落として、真実をひり出す。
「________ギルボアの鎖国は百年近く続いています。それは国を支える持久力があるという証拠。なにより、純粋に強い。」
「それは聞いたことがある。ギルボア人はとても質のいい武具を使うと。それに身体も強靭で、武道にも精通しているってのは眉唾だと思っていた。」
「かの有名な最速のジークフリードもギルボア人です。」
それは知らなかった。
「つまり武器に昇華させている可能性があり、それほどにタマハガネも潤沢に貯蔵している。」
「……腹黒い事この上ないな。俺がジークフリードを押し返したから頼ってきたんだって言ってるようなもんだ。」
「返す言葉もありません。」
やはりそうだ。泣きそうな面を見せて、同情を誘っているつもりか?むしろ逆で腹が立つ。
ジークフリードには消して勝てないから、盾にするつもりで、対抗できそうな俺達を誘ったんだな。こいつも俺たちを利用するだけして、捨てるつもりで雇ったんだ。
「………ッ。」
不意に香る鉄臭い血の匂いが口一杯に広がった。気づけば舌を噛みちぎる程に歯を食いしばっていた。
手が開いては閉じてを繰り返している。腕の中を通る力を往来させるのをやめられない。
「てめぇ……。」
「ひ、ひぃ!!!」
怒りが胸を駆け上がり、脳みそを操っていた。目の前にいるのは敵だ。消そう。準備は整っているからいつでも消せる。オレの力を使えばそこらの人間なんて。
【ご主人様。】
ポコのテレパシーが、怒りを鎮めて、冷静さを取り戻した。
【確かに裏切る可能性もありますが、私たちの商売にも繋がるチャンスじゃありませんか。】
(こいつに利用されろというのか?)
【私達が利用するんですよ。彼らじゃない。】
確かにそうだ。貿易ルートはコイツラにくれてやったとしても、販路は俺達のものにできる可能性がある。
考えを変えろ。今のオレは生前の俺じゃない。八木元拓也は生まれ変わったんだ。上手く立ち回るんだ。
反吐が喉を焼きながら駆け上るのを飲み込んで、ダビデに、あくまで上から話す。
「……いいだろう。口車に乗ってやる。」
「へ、へぇあ?」
「取り分は4割。劣勢なら即座に撤退、抵抗はしてやるが身内が死ぬような事は絶対にだめだ。」
「あ、ありがとうございます。それは願ってもない____」
「それから、俺達とギルボアに商談会ができるように取り持つのが条件だ。」
立場が逆転した事を察したはずなのに、ダビデは腕組みをして交渉を吟味している。この状況でなかなかに商魂たくましい奴だ。
彼の気概に感嘆していると、重い口を走らせる。
「________交渉の余地はありませんね。」
安易にダビデは手を差し伸べる。オレはムカついたが、その手を握り、ポコに指示を出した。
(偵察班も近くに待機させてたな。2つの班に分けろ。足の速いのは行商団に追従、と耳の良いものは馬車に忍び込んで聞き耳を立てろ。立ち話から屁の音まで聞き漏らすな。)
【わかりました。】
それでもやはり納得が行かない。この違和感はなにに対してなのだろうか。




