新たな門出
家が襲撃された日から3日が経った。
俺は、名前のない墓の前に座っている。その傍らに寄り添うみたいに、墓が2つ並んでいる。黒フード、コトリ、おねぇちゃんのものだ。
「…起こしに来たわけじゃないんだ。俺とあんたはそんなに親しかったわけでもないから。だから報告するのは礼儀だよな。」
ヘルバーグたちの襲撃を受けてなお、被害は最小だったと言えるだろう。二人の獣族と人間一人。反対にこっちはダイスケとごろーちゃんと呼ばれる人物の確保ができた。
おそらくだが俺達が纏まっていなかったからこの程度で済んでいる。もし勢力を分派していなかったら、指揮が通っていて、普段の生活から警戒態勢になっていたから、襲撃に対して対応ができたのだ。俺はそう考えている。
「それも、全部あんたのおかげだよ。」
最後までよくわからない人だったが、黒フードが通してくれた義理が繋いだ。感謝してもしきれない。
墓石に水をかけてやると、音もなく地面に水が吸い込まれていく。
「ここは静かな場所だ。あんたの労に対する報酬だよ。ここでゆっくり休んでてくれ。俺がたまにきて、あらってやるから…」
明るい気持ちをもって、この場所に立とうと考えていた。なのに胸を締め付けてくるこの感情が、抑制の邪魔をする。涙が押し出されて止まらない。
座っていることができなくて、立ち上がり、頭を下げる。
「すまない。俺のせいだ。自由を求めて、君たち奴隷にも幸せを知ってほしくて、始めたことなのに___お前たちを死なせてしまった。」
責任は俺にあるはずなのに、止まることは許されない。 なぜなら生きてここにいる奴らを幸せな未来につれていかなければならないからだ。
「この場所に置いていくことを…許してくれ。全部終われば…俺も__」
「どうする気ですか。御主人様。」
突然の声に反応して振り返ると、ポコが長い黒髪の少女マリアナを連れて立っていた。さすがの場面に姿勢を正し、涙を拭いて向き直る。
「ポコ・・・なんでここにいるんだ。」
「マリアナちゃんにこの農園を見せてあげたかったんです。そしたら___いやそんなことは今はいいです。」
いつもの優しい顔が怒りのオーラで陰っている。しまった…まさかこんな場面を見せてしまうとは。油断していた。
「全部終われば…どうするんですか。」
「いやぁ…あははは。なにしようかなって__」
なんとか誤魔化そうとしていると、マリアナはなにもない空間から、身の丈を超える大剣を抜き出した。太く、重く、触れるものすべてを切り裂く大剣を、その切っ先を、俺に向けている。
「マリアナちゃん!」
「許さないぞ!!コンクエスタ!!」
「__ああ。」
それはそうだ。彼女にとって残された家族を奪われたのだから。それもこれも俺のせいだ。
「黒フードを斬ったのは、私だ!!」
「…だがそれは。」
「あの仮面の男に操られた私がやったんだ!!!なのにお前は私の罪すら持ち去って、私から懺悔することすら取り上げるのか!!!許さない!!罪も、贖罪も、敵討ちも全部私のものだ!!!!!」
彼女の声が心に響く。救うだけではだめなんだな。
「だから私はあの仮面の男を必ず殺す。だから目を覚まし、協力してくれ__コンクエスタ!」
差し伸ばされる白くて細い手が、救いに見えた。この心の淀みを溜め込んだ胸を、マリアナは救おうとしてくれている。
だから俺はその手を取った。
「それでいいコンクエスタ。」
「これからマリアナには__勝てそうにないな。」
「お二人が仲良くなったところで、この場所を紹介させてもらいますね。」
ポコは俺達の背中を押して、墓前まで連れて来る。
マリアナの様子が気になって、横目で覗くと、不思議そうな顔をしていた。彼女が見ているのは名前のないフードの墓だ。
「・・・彼の名前にルーン文字が含まれている。それをここに書くことも、話すことも許されないんだ。すまない。」
「いいよ。私が覚えていればそれでいい___それに、ここの景色、素晴らしいな。」
ここは丘の頂点だ。墓の後ろはちょうど下り坂になっていて、すこし草原を歩けば、畑たちが広がっている。
トウモロコシ畑、麦、野菜。瞳に収まりきれないほどの畑が広がり、春の風に揺らされていた。ポコはこの光景を見せてあげたかったのだろう。
「ここの畑が我らがコンクエスタ【ひょっとこ商店】が経営する、八木元複合農園です。」
「大きいのね。」
「小さな村なら一年以上は食いつなげるほどの収穫量があります。フードさんが守ってくれたのは、食べ物っていう宝物なんです。」
「…その意志を私が引き受ける。」
マリアナは、実り豊かな農園を見ながら、大剣を空に掲げた。
「父の代わりに、私がこの農園を守ります!必ず!!!!」
大きな声がこの場所に広がっていく。静かに座るフードの墓は、娘の成長を見守っているのみだった。
壁も床も明るい木の色をしていて、医務室にしては少しカジュアルな部屋だ。だがこんな部屋でも、目の端に映るベッドでポコが助かった。優秀な実歴があるこの部屋で脱いだ服を再び着込む。
目の間に座っていた白衣のゴリラは、紙に何かを書き込みながら喋っている。
「内臓も心音も特に変わりない。身長も多少伸びてるし、時間的影響も受けていない。丈夫な体に転生できてよかったな。」
「そうか…まだ18にもなってないし、これくらい普通だろ。」
一番の懸念だったブルジュワでの事件。多少だがあの場所にいた事で起きるウラシマ効果を心配していたが、そういった兆候はないとモノは保証した。
無骨な黒い指が動き終え、カルテを引き出しにしまう。すると、探るようにゆっくりと言葉を落とす。
「…なぁマサヨシ。」
「なんだよ。」
「俺とダイスケは、君らが出ていくタイミングで、元の世界に帰る。」
以前から話していた事は、承知している。なのに後ろめたそうな言い方をするモノは、まるで謝罪みたいに続けた。
「だから聞きたい。一体、いつから神経障害が出てる?」
「バレてたか…。」
彼の言う神経障害のことは黙っていたはずなのに、よく気がつくな。
「この前の野営で、お前だけが食に対して疎かった。調理も全くしないところも合わせ、 前からきがついていたんだよ。味覚が消えてることにな。」
黙っていても気が付かれるもんなんだな、と普通に感心した。だから正直に話すとしよう。
「気づいたのは最初の収穫の時だ。」
「数年も前か。」
「自分を転移する練習を始めてから、徐々に薄くなって、気づいたらもうかんじてはいない。」
モノが眉間を抑えて考えを巡らせ始めた。だから俺は止める。そんな憂いを持ちながら元の世界に戻ってほしくない。
「なぁモノ。大丈夫だ。俺はこれが何なのか知ってる。」
「俺もわかってる。心因的なものだとな。君は…自己責任が強すぎて全部が自分のせいだと思ってしまう。ほんとダイスケみたいだ。」
大きな手が俺の肩を包まれた。温かさがじんわりと感じて、彼が思っていることがわかる。
「背負いすぎるな。ここにいるみんなになら、分け与えても立っていられる。」
「…わかった。」
このまま居てほしいなんて言っては行けない。引き止めてしまう。だからモノも俺達が居ないタイミングでの出立を選んだ。
その気持ちに答えるために、俺はその場所から、何も言わずに立ち去った。




