月の見える牢
閉じ込められた場所でも、
見える景色が変われば、それは少しだけ違う時間になります。
王都監獄塔の上層階は、思っていたより静かだった。
石造りの廊下は夜の冷気を含み、窓から入る風が細く吹き抜ける。遠くで鐘の音が鳴り、王都の街灯がひとつずつ灯っていくのが見えた。
二人の牢は最上階に近い場所だった。
危険人物用。
というより、“念のため”の隔離。
騎士たちは無礼な扱いをしていない。
だが、警戒はしている。
鉄格子の向こうに、王都の夜景が広がっていた。
灯りが川沿いに続き、屋根の上に月光が落ちている。遠くには王城の塔、そのさらに向こうに闇の森が広がっていた。
フィアは窓の近くに座っていた。
今日はコートを脱いでいる。淡い色のワンピースが月明かりに浮かび、冷たい風が髪を揺らしている。
「……きれい」
小さく言う。
カイルは壁に背を預けたまま、外を見ている。
「そうだな」
しばらく、言葉はなかった。
王都の音だけが遠くから届く。
人の話し声。
馬車の車輪。
夜の街の静かなざわめき。
フィアがぽつりと言う。
「疑われたの、初めてかも」
声は軽い。
けれど少しだけ寂しい。
カイルはすぐには答えない。
フィアは膝を抱えて続ける。
「私たち、いつも通りお出かけしてただけなのに」
少しだけ笑う。
でも完全には笑えていない。
沈黙が落ちる。
カイルがゆっくり歩く。
フィアの隣に座る。
距離は近い。
いつもより少しだけ。
「気にするな」
短い言葉だった。
だが声は柔らかい。
フィアは横を見る。
「怒ってない?」
「別に」
カイルは外を見る。
「面倒なだけだ」
その言い方が、少しだけおかしい。
フィアはくすっと笑う。
月が雲から出る。
牢の中が明るくなる。
鉄格子の影が床に伸びる。
そのときだった。
小さな音がする。
カチリ。
二人の前の鉄格子が、ゆっくりと開いた。
鍵は触っていない。
看守もいない。
ただ静かに、重い扉が動いた。
フィアが目を瞬く。
「……あれ?」
カイルは立ち上がる。
外を見る。
廊下に誰もいない。
フィアは格子を押す。
普通に開く。
鍵は壊れていない。
ただ“閉まっていない”だけ。
少しだけ沈黙。
フィアが小さく笑う。
「出ていいのかな」
カイルは答えない。
だが、止めもしない。
フィアは廊下に出る。
夜風が強くなる。
塔の上の窓から、王都の灯りがさらに広がって見えた。
「上、行けるかな」
階段を見上げる。
屋上がある。
カイルが歩き出す。
フィアも続く。
足音は静かだ。
誰も止めない。
看守の気配もない。
階段を上がる。
最後の扉を押す。
夜の空が広がる。
塔の屋上だった。
王都が全部見える。
川の灯り。
市場の明かり。
遠くの城壁。
そして真上の月。
フィアが息を吸う。
「……すごい」
本当に嬉しそうだった。
牢から出たことよりも、景色の方に感動している。
風が強い。
髪が揺れる。
月光が街を照らす。
フィアが少しだけカイルの方に寄る。
「脱獄デートだね」
冗談みたいに言う。
カイルは街を見下ろす。
「……そうだな」
否定しない。
王都の夜は静かに続く。
誰もまだ、二人が牢からいなくなったことに気づいていなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ついに 脱獄デート編が始まりました。
次回は
・王都の屋根の上散歩
・夜景デート
・そして小さな裂け目事件
が起きます。




