王都の屋根の上
街を歩くのと、屋根の上を歩くのでは、
同じ景色でも少しだけ違って見えるものです。
監獄塔の屋上から見下ろす王都は、昼間とはまったく違う顔をしていた。
街路の灯りが川に沿って並び、屋根の上には薄く月光が降りている。市場の喧騒はすでに落ち着き、遠くから酒場の笑い声が微かに届くだけだった。
風が強い。
塔の上では、それがよく分かる。
フィアは手すりに寄りかかり、街を見下ろしていた。
「王都って、上から見るときれいだね」
今日は淡い色のワンピースのままだ。コートを牢に置いてきてしまったため、夜風が少し冷たい。髪が揺れ、月の光を受けて細く光る。
カイルは少し後ろに立っている。
「灯りが多い」
それだけ言う。
だが視線は同じ方向だった。
しばらく二人は黙って夜景を見ていた。
王都は広い。
川を中心に灯りが伸び、城壁まで続いている。遠くには王城の白い塔が見え、そのさらに向こうには暗い森が広がっていた。
フィアが小さく伸びをする。
「ね」
「なんだ」
「ちょっと歩いてみない?」
塔の屋上から見える屋根の連なりを指さす。
王都の建物は密集している。
屋根と屋根の距離は、それほど遠くない。
カイルは少しだけ考える。
危険ではない。
落ちても問題はない。
そしてフィアが楽しそうにしている。
「いい」
短く答える。
フィアは嬉しそうに笑う。
手すりを越え、隣の屋根へ軽く跳ぶ。
音はほとんどしない。
瓦が少し鳴るだけだ。
カイルも続く。
同じように静かに着地する。
王都の屋根の上は、思ったより歩きやすかった。
瓦は乾いていて滑らない。煙突や窓が規則的に並び、歩く場所も多い。夜の風が通り、地上よりも静かだった。
フィアは屋根の端まで歩く。
下を覗く。
通りを歩く人が小さく見える。
「なんか秘密の道みたい」
楽しそうに言う。
カイルは隣に立つ。
「見つかると怒られる」
「うん、たぶん」
フィアは笑う。
それでも歩くのをやめない。
屋根を二つ、三つと越える。
王都の中心へ近づくにつれて灯りが増える。広場ではまだ遅くまで店を開けている露店があり、人々の声が微かに届いていた。
フィアは立ち止まる。
「ここ、いい」
屋根の一角。
川が見える場所。
橋の灯りが水に映っている。
二人は並んで座る。
足を屋根の縁からぶら下げる。
夜風が強い。
フィアは腕をさする。
「ちょっと寒いかも」
カイルは黙って上着を脱ぐ。
フィアの肩に掛ける。
「ありがと」
少しだけ声が柔らかくなる。
しばらくそのまま、街を見ていた。
王都の灯り。
月。
夜の風。
そのときだった。
遠くの空が、ほんのわずかに揺れる。
カイルが目を細める。
「……裂ける」
フィアも同時に気づく。
街の外れ。
市場区の裏路地あたり。
小さな歪みが生まれる。
まだ誰も気づいていない。
だが確実に、裂け目の前触れだった。
フィアが立ち上がる。
「ちょっと寄り道しよ」
楽しそうに言う。
デートの途中の、ほんの小さな予定変更だった。
カイルも立ち上がる。
屋根の上を、二人は静かに走り出す。
王都の夜の上を。
誰にも見つからないまま。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は 脱獄デートの屋根上散歩回 でした。
次回は、王都で発生した小さな裂け目事件を二人が“ついでに”解決します。
そして翌朝——
王都騎士団が 牢屋が空になっていることに気づく回 になります。




