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骨の髄まで  作者: 國生さゆり
37/38

シーン37 弾かれるかん子



 柚葉色の裾に龍郷柄のある大島紬のかん子は、白地に薄柿色の唐花模様が浮き立つ帯に七両染めの帯紐を合わせ、その朱色の紐はその意思を表明するがごとく艶やかに際立っていた。フライングスパーの後部座席から降りてみればうなじに視線を感じ、チラリと見上れば、いくつもの影がその窓際で蠢いているのが見えた。悠然と口元を綻ばせてかん子が笑う。窓辺の隅に立ち、その身を影に潜ませてまでも見ていたのかと思えば笑えた。




 龍郷柄はその昔、江戸時代、金色のハブが月の光に照らされながら、ソテツの葉に乗り移ろうとするさまを図案化されたと言われている。

 

 毒を持っていると戒めの着物か

 噛み殺してやるとのハブの図案か

 

 大河原の歴代を思い出させる帯文様か

 血が見たいのかと警告の帯紐か

 いつもの色あいとは一味違う、着物姿であった。



 玄関で待ち受けていた絵島がかん子の前を歩く川崎をうながし、階段から降りてきた内藤が青木と刀根見に話しかけ、かん子は川島と2人、三階まで階段を使い、長い廊下を歩いて一番奥のF会議室に入った。口の字に置かれたテーブルの上席にある椅子を絵島は引いてやりながら「こちらへ、お座りください」と告げ、絵島はかん子からして右斜の席へと腰掛け、窓へと視線を投げている間に制服姿の婦警が、かん子の前にソーサーにのったコーヒーを出せば、川崎が「ありがとうございます」と頭を下げる。




 代わる代わる刑事が2度会議室に立ち入り、絵島の耳元で囁いた後だった。「今日、あなたを逮捕させて頂きます。罪状はいくつかありますが、我々はそのすべてにおいて、あなたが関わったという証言と物的証拠を持っています。本日、正政党の今河総士議員の事務所の家宅捜査にも入りましたし、若竹慎也さんの遺体も発見しました」と物静かな口調で語り、川崎が「任意のはずです。逮捕とは性急すぎませんか!」と怒りを語気の強さで示しつつ抗議するが、絵島は「腐乱してまでも、暴行の形跡があらわな遺体が発見された上に、この若竹さんは是枝氏が水死した時刻に、現場に居たという防犯カメラ映像もある。あなた方の組織は上の許可がなければ身内に手は出せないそうですね、一課と四課はやる気です。無論我々、経済班も、そして二課を取り仕切っている男は優秀です。そんな刑事の追求に、二世議員のボンボンがどこまで耐えたれるでしょうか」と言って、豹の目を覗き込んで「どう思いますか?」と尋ねた。



 かん子は無言を貫き、絵島の目を見て思う。

 “やられた”と。



 染矢の姿はなく

 主任弁護士の田中ではなく、

 今井と目白は警察の手中で

 青木、刀根見の気配すらない。


 悟る。

 いつの間にかに始まっていた抗争に、敗北した、と。



 隣の女に目をやれば、目元を緩ませていた。立ち上がり、女の髪を掴んでいた。「おまん!!どっからのもんや!!」と罵声を飛ばしてもいた。速攻で割って入った絵島が「あんた、なに血迷ってんだ!」とその右手首を取って言い放ち、豹の目で絵島を突き刺し「どこまで、どう、田中とは話が済んどるんや。乗ってやるから言うてみ」と猛るかん子に、絵島は「何の話だ?」と白けた声で応え、「5代目、本庁送致です。いきましょう」といつの間にかにそばに立っていた内藤が、かん子に声を掛けた。うまいタイミングやと、振り返って沼のような黒目の内藤を見て思う。おまんもか、と。




 陽のささない北側の裏口から輸送車に乗り込もうとしていたかん子に、右手のリボルバーを突き出し「死ね!!!」とどっから出できたのか、男が突進してきた。とっさに身を挺してかん子の前に立った絵島と、足を止めたかん子に微妙な距離があく。その隙間を三発の弾丸は醜悪を背負って突き進み、かん子を弾いた。騒然と喧騒の中、発砲した男が反射的に振り返った絵島の腕に、崩れ落ちたかん子を見て笑う。眼窩の奥にあざけりが垣間見える目で「ザマーミロ」とほざく。白地の帯が漆黒の朱に染まる。かん子は地べたに這いつくばり、何人もの男に取り押さえられた男の目を見ながら意識を失った。



 


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