シーン36 温そーめんとトマトとモッツッレラのカプレーゼ
珍しく。
洋装だった。
デニムのセットアップを。
若々しく着こなし。
長い髪を。
下ろしている。
ソファに片足を上げ。
膝を立てた。
かん子が。
豹の目を。
細めた。
「なんで同行するがおまんやなくて、そちらの川崎由美子さんなんや」
珍しく。
明らかに。
不満の滲む声色だった。
問われた。
大河原の主任弁護士・田中は。
「4代目の聴取ですよ。あちらさんも無理はしないでしょうが、手元になんらかの証拠があるから、正式に聴取をと言って来たのだと思います。新人を使う事で油断させたい意図もあります」
淀みなく。
口にした。
「今井さんが話した事が元になっているのか、医療送致されている目白さんからの情報なのか、はたまた今うちに在籍している身内からのものか。調べておきたいんです。私が調べた方が早いです」
田中は。
続ける。
「今後の大河原に関わる事です。そんな事より、何より4代目のタメなんです。こちらも完璧に備えておかないと」
そして。
川崎由美子へ。
目を向けた。
「それが、わたくしがご同行できない理由と、今日の川崎の投入の理由です」
かん子は。
己が座る。
一人掛けソファの後ろに立った染矢へ。
視線を送った。
染矢が。
ゆっくりと。
身を屈める。
「こちらも、迅速に対応しなければならない事案だと思います」
かん子の。
耳元で。
囁いた。
「私も田中さんにお供して、状況を調べ上げてきます。今日は初日ですから顔合わせ程度でしょう。川崎さんといらっしゃってください」
「そうか」
かん子が。
小さく。
息を吐いた。
「お前がそういうのなら、そうするが」
一拍。
「わては裏口からコソコソと入るような事はせんで」
豹の目が。
際立つ。
「署の正面玄関から堂々と入る。大河原の面子かけてな」
「もちろんです」
染矢は。
即答した。
「警備に青木と刀根見を付けます」
「あちらさんと調整してきます。一旦、私は席を外させて頂きます」
田中が。
立ち上がる。
*
田中の背中を。
瞬きもせず。
見ていた。
豹の目が。
ふと。
川崎へ向いた。
「田中はんとは、どこで知り合うたんや?」
川崎が。
オズオズと。
かん子へと顔を向けた。
「田中さんは、大学の弁論部のOBさんで、大会の前にご指導して頂きました」
おぼつかない。
純朴さで。
答える。
「その大会の結果は?」
「準優勝しました」
川崎が。
下を向く。
「そうか」
かん子が。
呟いた。
そして。
「優勝できんかったのは、何でやと思てる?」
三たび。
聞く。
「真っ直ぐに人の目を見れず、自分を振り切れなかったからだと思います」
川崎は。
視線を起こすことなく。
下を向いたままだった。
頭も良いが。
人も良すぎる。
かん子は。
そう思った。
この世では。
生きにくかろう。
だが。
田中が。
自分の事務所に呼んだということは。
将来的には。
有望株なのだ。
場数を踏ませ。
度胸と経験を。
積ませる気やな。
*
会議室のドアが。
ノックされた。
川崎を見ていた染矢が。
ドアへ顔を向ける。
「どうぞ」
田中が。
青木と刀根見を伴って。
入ってきた。
席へ戻りつつ。
「今日の13時に決まりました。担当は経済班を率いる絵島という男です」
田中が。
かん子を見る。
「この男の評判を内藤さんに聞きましたら、可もなく不可もなく、至って平凡な男だが、数字にめっぽう強いとの事でした」
わずかに。
肩をすくめる。
「経済班のチーフですから、当たり前と言えば当たり前ですが」
そして。
川崎へ。
顔を向け。
「同席の承諾は取った。15時には終わらせてくれるか」
「はい」
かん子は。
そんな二人のやり取りを。
目の端に置きながら。
席から立ち上がった。
「20分前に出ればええな」
それから。
「青木」
「はい」
「みなに温そうめんに、トマトとモッツァレラチーズのカプレーゼを。わてにも同じものを、自室で食べる」
「承知しました」
と返した青木の横顔を見つつ。
染矢は。
かん子のために。
ドアを開けた。
*
ドアが。
閉まる。
青木は。
刀根見へ。
視線を送った。
――ヤクザに。
――トマトサラダに。
――モッツァレラとは。
内心で。
笑う。
女弁護士に。
気を使ったかと思えば。
かん子の。
女上位の考えに。
面白くない気分になる。
青木の視線を受け止め。
ふわりと。
口元を緩めた刀根見が。
苦笑を浮かべて。
首を振った。
*
前を歩くかん子が。
振り向くことなく。
「あの子、あんたはどう思う?」
染矢は。
歩調を早め。
かん子のそばへ寄る。
「田中さんの事務所は優秀です。心配ないかと思いますが……」
かん子が。
豹の目で。
チラリと。
染矢を見る。
「若いとか、そんな事いうてるんやないで」
一拍。
「あの子の本性の話や」
その目に。
染矢は。
ドキリとした。
「私は何も感じませんでした。裏があるとは」
「そうか」
かん子が。
呟く。
だが。
染矢の返答に。
納得がゆかない。
「昼食しながら」
一拍。
「柄を嗅いできてんか」
*
食事の場は。
静かだった。
麺を啜る音。
トマトを。
咀嚼する音。
それだけが。
聞こえている。
みな。
無言だった。
そして。
かん子に。
気を遣われたはずの。
女の姿が。
ない。
手洗いだと思っていた刀根見が。
田中へ聞けば。
トマトが食べられないから。
コンビニに行かせたとの事だった。
この日の大河原は。
何かが。
チグハグとしていた。




