表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
骨の髄まで  作者: 國生さゆり
3/35

シーン3サイレント



 シーン3 サイレント



 ペラリと頭を下げてかん子の部屋に入ってきた高橋を、かん子は黒檀デスク前にある椅子から悠然と立ち上がり「急な事で、ご足労を頂きまして」とおっとりとする口調でむかえ入れた。



 高橋は当たり前のように3人掛けのソファ中央に座り「鬼子母神が鬼を踏み付けている像の前に座って、平然としている代行がまたまた」と意味ありに笑う。その像にチラリ視線をくばったかん子は1人掛けソファに腰掛けながら「これくらいのもんがないと、うちの男どもはようゆう事を聞きませんのや。お恥ずかしい話です」と切り返し、改めて高橋の顔をまんじりと眺めたかん子は「1月に書いてもろた記事で先生も息を吹き返しました。ありがとうございました」と言って深々と頭を下げる。




 俳優上がりのイケメン顔に万人ウケする笑みを爽やかに浮かべた高橋は「そのお下げになった深さの分だけ、今回も封筒が厚けりゃ、私は代行の信奉者になれますよ」誠実さをかもし出す口調でスルリとスマートに言う。かん子の後ろにひかえ立つ染矢はそんな高橋の三文芝居を観せられて、馬鹿かと笑って蹴り倒してやりたくなる。



 高橋は芸能界のご意見番的な番組にMCとして抜擢され人気をはくしていたが、あるプロダクションの秘蔵っ子が起こした交通事故で、加害者の秘蔵っ子をかばうかのような時代遅れのコメントをし、その意見に眉をひそめた視聴者の風はおのずと秘蔵っ子に向き、火炎かえんの如く大炎上させた。それ以来、この男はくすぶり続けている。もちろんプロダクションの社長に頼まれてのことだったが、きちんとおさめ切れるとんでの事で、しかしながらこの男の番組進行には考えがなく、芸も味もなさすぎで笑えもせずで、ただ言いました的なニュアンスはいなめず、その上、最もけなければならない他人の金で酒を飲み過ぎましたという腐臭が、その表情からにおい立っていた。



 川上から汗をかかない金を頂戴してドル箱をつぶしたのだ。結果がともなわなければ川下に流されるのは、どこの世界も同じだ。



 「信奉者とは大胆な事を言いはりますな。わてはうちの稼業を落ちて割れたら、使い道がのおなる陶器と同じようなもんやと思っとります。いつ落とされるか、落ちるかわかりません。せやから今を必死に生きとるだけです。わてらの道をたまに覗き込みはるから、ええもんみたいに見えとるんと違いますか。高橋はん、あんさんには俗世がよう似合にあっておいでです」かん子がおっとり刀で返す。



 高橋は目をしばたたかせ「どうも私は、言葉遊びがぎたようです。そうとんがらんでください」と取りなした。ニコリと微笑んだかん子が「染矢、2つや」と言い、この男の性質をうとましく思っている染矢はワザと、黒檀机の上にある黒皮のアタッシュケースを高橋に中身が見える位置にずらして開け、満載の長4封筒の内から2つ取り出してかん子の前に置く。



 開いたままのアタッシュケースに、高橋の喉仏がゴクリと音を立てて上下した。



 「確か、週刊真実さんでしたでしょうか」とかん子が本題に入る。「ええ、先週発売の合併号巻頭4ページでした」と即答した高橋の目はアタッシュケースに釘付けのままで、かん子は世間話を始めるかのように紅茶に口を付け「長い事、療養生活を送っとった主人は死ぬとは思っていなかったんでしょうね。遺言書は残しておりませんでした」、「えっ!」と声を上げた高橋が、かん子の顔を見る。豹の目に射抜かれた高橋は慌てずにはおれず、もつれる舌を必死に回して「代行、それはないでしょう!私に飛ばし記事を書けと仰ったじゃないですか!次の定例会で弁護士立ち会いの元、遺言書を開封すると、5代目は亮治さんで決まりだと言ったのは、あなただ。そ、それを、いまさら」こいのように口を無駄にパクつかせ、しどろもどろの目でかん子に訴える。




 クソ!!先週のあの記事のニュースソースは!代行だったか!、だから!妙に確信をついていた訳だ。代行が自分を疎外そがいした理由はなんだ⁈と染矢は考える。



 かん子は幼女のように笑い飛ばし「その記事、わても読みました。よう考えてみてください。赤松んとこはいつ誰が暴発してもおかしくはない組でっせ。そんなとこに大河原の代紋をまかせてどないするんですか。他に喰われて鼻先を引きずり回されるだけですわ。主人の遺書は無かったことですし、5代目は4代目代行のわてがよう考えてから、決めさしてもらいます」げんする外貌がいぼうにほのかな笑みを薫らせて言う。




 「しかし代行、それでは分裂が起きます」と高橋は食い下がったが、かん子は意にかいさない様子で「そうなったら、そうなったで構いません。赤松は器量不足なんやから、遅いか早いかの話ですがな。わてについて来る男だけでうちは成り立ってゆきますし」と締めくくり、かん子の白魚の右手が2つの封筒に伸び「高橋はん、反証記事を書いてくださる記者さんを、ご紹介願えませんでしょうか?これは手付けとしてお受け取りください」と言いながら高橋の目先めさきに封筒2つを押し出した。そしてその手を離し膝の上の左手にそろえると「フリーの方ではなく、他社の編集部に所属している方でお願いします」と言った。



 聞いた高橋が「裏切れと仰るんですか!お恥ずかしくも今や、週刊真実は私の食い扶持ぶちです、ご存知でしょう⁈それを失えと言うんですか、私に!」と泣くように言う。「わてがいますがな」と聖母のかん子が微笑む。



 染矢は思う。自分の命の重さが札束になるだけだと。21gよりははるかに重いが、これから先はドブをさらうようにその命は削られてゆくと。



 封筒をスーツの内ポケットに入れた高橋は、立ち上がると珍しくキチンと頭を下げ「連絡は代行で宜しいでしょうか?」と聞く。染矢はここは押さえておこうと「私でお願いします」とすかさず入り、かん子は染矢を見上げ「そやな。染矢、あんたが窓口になった方がええな。高橋はんに記事書いてもろてた事、黙っとってすまんかった」と言った。



 目ざとく「えっ!染さんも知らなかったんですか⁈」と高橋が声を上げる。「わての独断ですわ」と笑うかん子に、高橋は「代行、どういうおつもりなんですか、遺書があると言った時のあなたの目に偽りはなかった。なのに…、反証記事をという、あっ…」と言ったきり黙り込み、「ああー、そうか」とささやくと、泣いたカラス並みにニヤリと笑い「もしかして、組を畳むおつもりですか?」と売れていた頃のえとひらめきで切り込んだ。



 「わてがそうしたくても、皆が許しまへん」とかん子が笑う。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ