シーン4 炎
「人間は完全に自由でない限り、夜ごと夢を見続けるらしい」
赤松は。
腕の中にいる女の目を見つめて。
そう言った。
ノエルは。
いまだ艶の冷めやらぬ目で。
赤松を見返す。
「だ、誰が……い、言ったの?」
酷使された舌が。
まだ。
うまく回らない。
赤松は。
ナイーブな勝ち組の顔に。
チャーミングな笑みを加えた。
「ポール・ニザン」
隠微な色香が。
まだ。
声に残っていた。
ノエルが。
瞬きをする。
「いつもの……あなたにも。戻ったね」
赤松は。
少しだけ。
笑った。
*
ゆっくりと。
ノエルの横へ身を沈める。
薄桜色の遅れ髪。
その先を。
右手の人差し指と親指で摘まみ。
戯れる。
「もう」
赤松が言った。
「こんな乱暴な抱き方は。二度とせえへん」
ノエルを見る。
「約束する」
少年のようだった。
「ノエルが気持ちええことだけする」
神妙で。
どこか。
神秘的な声だった。
ノエルが。
コク。
コク。
頷いた。
両腕を上げ。
左右の手首を交差させて。
顔を隠す。
赤松の目が。
柔らかくなる。
愛らしい。
そう思った。
遅れ髪を。
戯れるように。
少しだけ引く。
「何が言いたい」
優しい声だった。
「言え。ノエル」
ノエルは。
顔を隠したまま。
首まで。
朱に染まった。
「く……薬指」
「ん?」
「薬指を……噛みながら」
息を整える。
「その……」
言えない。
赤松は。
待った。
急かさない。
「……やめないで、欲しいです」
やっと。
絞り出した。
何のことを行っているかわかった。
赤松は。
スマートに微笑んだ。
「分かった」
大きな右手で。
ノエルの左手を取った。
薬指へ。
唇を触れさせる。
「こうか」
ノエルの肩が。
僅かに震えた。
赤松は。
その指へ。
もう一度。
唇を重ねる。
そして。
ふいに言った。
「ノエル」
「……なに?」
「ここに」
薬指を。
指先でなぞる。
「俺の印。入れてくれへんか」
ノエルの目が。
赤松を見る。
「し……るし?」
「ああ」
赤松は。
笑っている。
「俺のしるしや」
*
しばらくして。
ノエルは。
赤松の胸へ。
力なく身体を預けていた。
赤松が。
そっと抱き止めた。
もう。
眠っている。
まぶたが。
時折。
小さく震えいる。
赤松は。
その寝顔を見つめ。
可愛がり始めると。
やめられへん。
そう思った。
この女は。
俺を。
連れてゆく。
ただ。
ただ。
あの日々の。
俺に。
連れてゆく。
赤松の指が。
眠るノエルの頬へ触れる。
今度こそ。
手放さへん。
透き通る声も。
無垢な心も。
この愛らしさも。
全部。
俺のもんやから。
赤松は。
ノエルの左手を取った。
眠っている女の。
薬指を見る。
そこには。
まだ。
何もない。
だから。




