シーン29 軽快な男ども
服部が。
携帯番号を。
告げる。
染矢は。
登録なんてポカはしない。
聞いた番号を。
そらんじて。
脳に刻む。
「何かの折に、ご連絡させて頂きます」
一拍。
「そうそう軽々な要件では、ご連絡いたしませんので。ご安心を」
服部が。
口を開こうとした。
染矢が。
「すみません」
鼻先に。
人差し指をかざす。
「廊下で気配がします」
抑えた声だった。
「確認して参ります。一旦、なかにお戻りいただけますか」
慎重なれども。
命ずるような。
その声には。
水を張ったような静けさがあった。
後ろめたい事は。
何もない。
そう思えば。
服部は動じない。
染矢は。
そんな服部へ。
もう一度。
絹糸で巻き取るように。
ささやき。
「ヤクザな我々と一緒だったことを、無駄に知られたくはないでしょう」
飄然と。
笑う。
服部も。
口元に。
笑みを。
浮かべ。
「あなたたちには――」
と。
言いかけるが。
「いや、やめとこう」
踵を。
返した。
染矢は。
音もなく。
スーと。
ドアを開けた。
薄く開けた隙間へ。
身体を。
滑り込ませて。
廊下へ。
出る。
*
まばゆい。
フラッシュ。
一閃。
また。
一閃。
洗礼のように。
染矢を。
射抜いた。
カメラを構えた。
女がいた。
「中で、大河原組5代目の脱税に関する聴取が行われているそうですが、間違いありませんか?」
記者だった。
「何かのお間違えではないでしょうか」
また。
シャッターを。
切られた。
「弁護士を通していただけませんか。いきなりでは、こちらも誠意の尽くしようがないです」
「あなた方に、誠意があるのですか?」
女の。
指が。
また。
シャッターを。
切ろうと動く。
*
一瞬だった。
*
女の首へ。
腕が。
絡みついた。
女に。
暴れる隙も。
声を上げる隙も。
ない。
腕は。
頸動脈を。
あっという間に。
締め上げる。
女の膝が。
崩れ落ちる。
身体が。
重力に。
吸い込まれた。
女の。
影から現れたのは。
水沢だった。
*
染矢は。
目を。
見張る。
「高橋んとこから漏れてます」
水沢が。
笑った。
「気をつけなきゃ」
笑っている。
なのに。
その笑みには。
何かが。
カラカラと。
転がっているような。
嘲りがあった。
水沢の目を。
見た。
染矢の。
感情が。
なぜか。
沈む。
*
背後で。
カチャリ。
音がした。
染矢が。
振り向く。
赤松が。
立っていた。
片足で。
ドアを。
押さえたまま。
「油断するな」
染矢を。
刺すように。
見ている。
「隙だらけのお前なんざ、好かん」
と。
吐いた。
*
水沢は。
慣れた手つきで。
女を。
抱き抱え。
赤松の。
前を。
通り過ぎて。
部屋の中へ。
入っていった。
染矢が。
高橋に。
写真を。
撮らせる為に。
リザーブした。
部屋だった。
*
――クソ。
*
赤松が。
ドアを。
閉める。
「染」
深海を。
思わせる声。
「高橋と女はもらう」
一瞬。
染矢は。
懐かしい。
そう。
思った。
「ダメだ」
それでも。
すぐさま。
言い返す。
「女の素性もわかってないんだろう。今は荒事を起こすな」
「声落とせ」
赤松が。
叱る。
「刑事が二人もおるんやから」
ロイヤルスイートの方を。
いっそう。
細くなった。
顎で。
しゃくった。
*
「二人して、そんなとこで何を立ち話してるんや」
かん子だった。
「デカい図体したヤクザもんが、二人もそんなとこおったら迷惑やろ。こちらへ来て、お入り」
低く。
カラカラと。
笑っている。
染矢が。
「5代目!」
咎める。
染矢を見た。
かん子が。
色鮮やかに。
微笑んだ。
「お前と赤松が収拾したんやろ。問題なかろうて」
屈託なく。
言う。
「もう、お入りよ」
*
かん子の前へ。
進み出た。
赤松が。
丁寧に。
頭を下げる。
「母上、お久しぶりでございます」
蒼い陰質の花のように美しく。
言った。
かん子は。
時が止まったかのように。
赤松を。
見上げた。
「母上とは珍しい」
一拍。
「ならばわても、息災であったか。息子よ」
そして。
染矢を見た。
「お前もおいで」
*
――腹芸親子。
*
そう思う。
それでも。
染矢は。
二人に。
付き従うしかなかった。
*
三人掛けに座る。
かん子の隣へ。
赤松が。
ドカリと。
腰を下ろした。
服部を見る。
かん子の前にあった。
茶器を。
勝手に。
手に取って。
飲む。
「美味いな」
と。
同意を。
求めるように。
かん子を見た。
「せやろ」
かん子が。
頷く。
「また腕を上げたやろ」
*
赤松は。
かん子から。
服部へ。
視線を。
戻した。
「今、他にネズミがおらんか調べさせてます」
一拍。
「こちらの不手際で、ご迷惑をおかけして申し訳ない」
頭を。
下げた。
*
服部は。
無言で。
赤松を見る。
その横顔を。
内藤が。
チラリと見た。
そして。
細めた目を。
赤松へ。
向ける。
「なんで、我々がここにいるとわかったんだ?」
「あんたらも、子飼いのSは明かさんやろ」
赤松が。
言う。
内藤は。
一人。
納得したように。
「5代目の近くに、子を飼ってるということか」
呟いた。
「フフフ」
笑ったのは。
かん子だった。
「飼ってるとか。明かさんとか。面白いなぁ」
童女のような。
笑みだった。
*
そんなかん子に。
服部は。
「ところで」
と。
切り出し。
「記者と、高橋とかいう人を私が引き取ってもよろしいでしょうか?」
*
返事を。
したのは。
赤松だった。
「ええ、どうぞ」
染矢を見る。
「染。鍵をこちらさんにお渡ししてくれるか」
*
――言われて。
差し出すバカが。
どこにいる。
*
染矢は。
赤松を。
見た。
「困りましたね、服部さん」
服部へ。
向き直る。
「あなたは刑事だ。こちらが不利になりそうな事を、私が許すわけにはいかない」
「では」
服部は。
引かない。
「二人の安否確認をさせてください」
刑事として。
当たり前の事を。
当たり前に。
言った。
赤松が。
立ち上がる。
「私がご案内いたしましょう」
*
その時。
ドアが。
開いた。
二台のカメラを。
手にした水沢が。
ドカドカと。
入ってくる。
「お揃いのところ、失礼致します!」
声を。
張り上げた。
一斉に。
視線が。
集まる。
*
水沢の前へ。
女が。
進み出た。
先ほどの。
女性記者だった。
「いきなり、凸いたしまして申し訳ありませんでした。撮影したフィルムはお渡ししました」
続いて。
高橋が。
現れる。
女の。
後頭部へ。
手を置いた。
そのまま。
深々と。
頭を下げさせる。
自分も。
頭を下げた。
「私の不得の致す事でございました。私の撮影したフィルムもお渡ししてあります」
*
――なんという。
段取りの良さだ。
*
染矢が。
そう。
思っている間にも。
話は。
進む。
「ゴキブリは、他にはいませんとの報告も先ほど受けました!」
水沢が。
言った。
「ですから、もう大丈夫です。内藤さん、服部さん。今日はわざわざご足労頂きまして、ありがとうございました」
歌舞伎役者の。
口上のように。
声を。
張る。
「安心して、このホテルからお帰りになれます!」
*
「あいわかった」
赤松が。
言った。
「では、行きましょう」
*
広い部屋に。
取り残されたのは。
かん子と。
染矢だった。
*
「ははは」
かん子が。
拍子抜けしたような。
面映いような。
乾いた笑い声を。
上げた。
「お前も。わても。服部も。内藤も」
一拍。
「四人して、赤松にやられたな」
染矢は。
黙っている。
「高橋から漏れたんを、赤松はどうやって掴んだやろな」
かん子の。
笑みが。
消える。
「どっちにしても高橋は今後、出入り禁止やな」
一拍。
「あの女は――」
そこまで。
言って。
かん子は。
口を。
つぐんだ。
*
わかりきっている。
染矢も。
何も言わない。
ただ。
冷めた茶を。
捨て。
新しく。
淹れ直した。
*
高橋が。
撮った写真。
そこには。
服部も。
内藤も。
写っている。
*
染矢は。
湯気を。
見た。
*
――赤松。
お前。
あれを。
何にどう使うつもりだ。




