シーン30 はぐれ散らかす
服部は。
それにしても。
と、思う。
席を外した。
あの一瞬のあいだに。
テーブルに。
のっていたはずの。
あの封筒が。
消えていた……。
視線だけを。
動かす。
隣で。
電車に揺られている。
内藤を見る。
内藤は。
最初から。
手ぶらだった。
今も。
手ぶらだ。
型落ちの。
グレースーツ。
上下のポケットは。
膨らんでもいない。
内藤は。
金を。
受け取らなかったのだ。
服部は自分のために。
安堵した。
*
今日。
起きたことが。
何かの拍子で。
表沙汰になれば。
同席していた。
自分も。
聴取される。
その報告書の厚さは。
世界で一番売れている。
聖書並みでは。
済まないだろう。
そして。
意味なく繰り返される聴取に。
疲弊し。
免職が。
有り難く思えてくる。
されど。
その願いは。
受理されず。
どこまでも。
通常運転を。
求められ。
干され。
煩わされ。
塩漬けをくらった。
身の上には。
名ばかりの肩書きばかりが。
落ちてくる。
誰かと。
廊下で。
すれ違えば。
あの人は。
などと。
口の端に。
上る羽目となり。
お上も。
お上で。
役職各位は。
経歴の汚濁を嫌う。
触れる愚かは。
犯さない。
前任者が。
決めたから。
それだけで。
飼い殺しを。
黙認して。
代々受け継ぐ。
それができるのは。
原資が。
税金だからだ。
誰の腹も。
痛まないと。
知っている。
だが。
そんな下知は。
いい方で。
組織に対する。
従順を忘れれば。
本気の警察組織に。
追尾され。
逮捕という。
不名誉を。
着せられる。
前科。
もしくは。
執行猶予が。
我が身に。
へばりつく。
こちらも。
それは。
ごめん被りたい。
生活がある。
だから。
黙る。
黙って。
従う。
社会保険。
国民年金。
厚生年金。
社会的に。
信頼ある職業となれば。
聞こえも。
バッチリだ。
捨てるには惜しい。
家宝が。
勢ぞろいしている。
それに。
己を。
客観視してみれば。
もう。
違う場所に。
適応できるほどの。
若さは無い。
重ねて言えば。
世界観も。
すでに狭い。
そして。
誰よりも。
自分が。
知っている。
優秀な刑事で。
刑事は。
天職なのだと。
知っている。
*
そう考えれば。
腹が立つ。
――クソ。
内藤は。
噂通りの。
疫病神だ。
誰とも。
コンビを組まず。
部下も持たず。
胡散臭いが。
検挙率と。
上司の覚えだけは。
抜群だ。
四課は。
隠密行動が。
多いと聞く。
だが。
この男には。
刑事としての。
自覚が無い。
巻き添いを。
喰らわされるわけにはいかない。
正義は。
正しいと。
信じている。
年若の部下もいる。
日陰も。
裏も。
底も。
表も。
太陽も。
月も。
見せて。
教え育てなければ。
法治国家が。
崩れ落ちる。
ここで。
潰れるわけにはいかない。
内藤と。
サシで。
話すのも。
行動するのも。
今日が。
最後だと決めた。
*
しかしながら。
あの女ヤクザに。
傅いていた男は――。
女のように。
可憐で。
ささやかな男だった。
温もりなど。
たぶん。
愛など。
知らないであろう。
男の視線は。
無味無臭でしかなく。
その後味も。
悪くはなかった。
どこか。
庇護欲をそそられる男。
どこか。
危なげで。
投げやりで。
犯罪者にありがちの。
自身を。
他人に預けているような。
雰囲気を。
醸し出していた男。
それでいて。
なんとか。
体裁を保ってはいるが。
崩壊の香りを。
上等だと。
声高に。
歌い上げているような。
何かに陶酔した。
茹だる翳りを。
目の奥に。
忍ばせている男だった。
*
車内に。
案内の。
機械音声が。
響く。
*
アクセスの多様性が。
数限りなく。
広がっている駅に。
到着する。
空いた優先席に。
内藤が。
「よいしょ」
と。
小言でも。
言い出しそうな。
不機嫌さを含む声を。
こぼして。
座った。
顔を上げ。
視線を合わせてきた。
内藤が。
「気が張ったんだ」
優先席に座った言い訳を。
呟いた。
だからなんだ。
と。
言ってやりたくなったが。
頷いていた。
この。
教育が行き届いた。
法治国家の申し子だと。
己を。
嘆きたくなった。
公職に。
身を置く立場でもある。
理性。
道理。
知性。
そして。
他人を。
思いやってこその人権だと。
教えられても来た。
嫌気が差す。
一体。
この国は。
どこへ。
行きつくのだろう……。
と。
ふと。
浮き草のように思う。
連日の。
睡眠不足と。
栄養不足が。
心を。
疲弊させている。
そう思う事にして。
外ポケットから。
文庫本を。
取り出した。
*
駅に着き。
人が。
動きだす。
背後に。
立たれるのが嫌で。
さりげなく。
見回してみると。
出入り口の。
スペースに。
無意味に。
自縛霊のように。
居座っている。
女が。
目についた。
ただただ。
なぜか。
気に入らない。
――お前が。
――奥に移動すれば。
――動線が。
――スムーズになるだろうが。
と。
思う。
しかしながら。
女は。
なぜか。
強固な意志を。
発揮して。
その場に。
居座り続けている。
視線は。
常に。
スマホだ。
が。
その目は。
動いていない。
見ていて。
気づいていない。
と。
主張する。
道具にしている。
だとしても。
なぜ、そこなんだ?
何故、白けた視線を浴び続ける?
何故、そこまでする?
――自分が嫌いなのか?
と。
聞いてやりたくなる。
――邪魔なんだよ。
と。
言ってやりたくなる。
*
横顔に。
内藤の視線を。
感じた。
内藤が。
ふと。
笑う。
だよな。
と。
したり顔で。
俺の横顔を。
見ている。
だが。
俺は。
内藤を見ない。
*
結局のところ。
俺も。
たたずむ女と。
同じなのだ。
*
今日も。
時間だけが。
過ぎてゆく。
だがな。
あんた。
道徳心のある人々は。
これからも。
あんたを。
いつまでも。
この先も。
寛容という。
庇護の元に。
置いてくれるだろう。
でも。
それは。
自己満足の。
道義でしかない。
あんた。
そんな奴らの。
慰め者でいいのか?
悔しくないのか?
あんた。
なんのために生きてる?
人間は。
自分本位だと。
知っているだろう。
あんたもそうだ。
俺もそうだ。
*
内藤が。
ウトウトし始めても。
なお。
俺は。
内藤を。
見ようとはしなかった。
意地に。
なっている。
わかってる。
*
俺も。
あんたと。
同じだ。
*
車輪と。
線路が。
摩耗し合う。
不快でしかない。
悲鳴にも似た。
金属音を。
聞きながら。
考える。
あの。
赤松という男の。
得体の知れなさは。
なんだったのか……。
ドップリとした。
ヤクザ臭を。
漂わせながらも。
その顔つきには。
アスリートのような。
清々しさがあった。
それでいて。
5代目と呼ばれる。
母親に。
どこか。
白々しい態度で。
接していた。
ただ。
染。
と。
呼んでいた。
危なげな男に。
向ける目には……。
血が。
通っていたような。
気がする。
されど。
〝ような気がする〟
としか。
形容できない。
自分の曖昧さに。
腹が立つ。
幾人もの。
犯罪者と。
向き合ってきたはずの。
己の嗅覚の。
不憫に。
腹が立つ。
あの男たち。
あの女は。
なんなんだ。
ヤクザとは。
もっと。
単純明快に。
武力と中枢との繋がりを。
匂わせてくる。
輩であったはずだ……。
*
ある令嬢がいた。
その娘は。
素行が悪く。
あるビデオを。
撮られた。
そのビデオを。
餌に。
父親が。
頭取を務める銀行から。
融資を。
引っ張った。
母親でも。
足を開かせるのが。
ヤクザだ。
その境を。
越えられるから。
極道なんだ。
と。
ある人が。
教えてくれた。
*
「あーーーうっ」
思考を。
途切れさせられた。
だらしない声を。
上げながら。
背伸びした内藤が。
「今日はこのまま飲みに行きませんか」
振り返って。
景色を。
眺めながら。
そう言った。
「一旦戻ります。部下の報告もあるでしょうから」
そう言って。
かわすと。
内藤は。
「ですよねー。俺も戻ろうかなー」
呑気さ。
全開で。
言った。
*
食えない男だ。
*
そんな男に。
気になっていた事を。
口にする。
「赤松が10代の頃から折り合い悪いんですよね、あの親子。原因はなんだったんですか?」
口が。
裂けたかのように。
笑った内藤が。
「共食いですよ。歪な依存関係と言った方がわかりやすいですかね」
と。
言い。
「サメ、蜘蛛、オタマジャクシ、オスの口に産卵する、なんて言ったかなーーあの魚……、孵化の遅い卵を栄養分として喰らう、あれをやってるだけですよ」
続けた。
「親子でですか」
と。
聞けば。
内藤は。
不思議そうに。
俺を見た。
そして。
「親子だから理想を押し付けあって嫌悪するんです。うちの会社でもあることじゃないですか。邪魔だから足を引っ張る。気に入らない奴だから手伝わない。疎外感を煽りたいから情報開示しない。それとなんの変わりがあるんです?」
と。
逆に。
聞かれた。
そして。
「それにあなただってさっき」
と。
言って。
顎を。
しゃくり。
「あの女のこと何一つ知らないのに、嫌悪したでしょう。それと一緒ですよ。所詮、人間なんて言葉を話すほどの低俗な生き物なんですから」
と。
返された。
*
確かに。
そうだ。
*
メデューサに。
睨まれた女は。
今も。
石のように。
立っている。




