シーン28 巻取る
濃紺のスーツ。
白いワイシャツに。
紺色のネクタイを。
キッチリと締めた服部は。
ゆっくりとした動作で。
深紅の一人掛けソファに。
腰を下ろした。
視線を。
なだらかに。
うつむかせるためだった。
服部は。
テーブルを挟んだ。
三人掛けソファ。
その中央に。
背筋を凛と立て。
冷ややかに。
腰掛ける。
かん子を。
目の端で見た。
澄んだ水のような淡く。
緑がかった青色の着物が。
そう思わせるのか。
その雰囲気は。
どこまでも。
冷たく。
見ようによっては。
白けた笑みを。
皮膚の上に。
浮かべているようにも見えた。
服部は。
そんな女を。
夜草深い中で。
一匹。
なまめく獣のようだと。
思った。
*
そんな。
服部の面持ちなど。
気に留めるはずもない。
内藤は。
服部の隣に並ぶ。
一人掛けソファに。
座ると。
かん子の後ろに。
控え立っている。
染矢を見た。
左手の包帯。
どう見ても。
今しがた。
こしらえたであろう。
頬のアザを。
そよそよと。
そよがせた視線で。
なぞった。
「いい歳して喧嘩でもしたのか――お前、ボロボロじゃないか」
その口調には。
馴れ合いが。
見えた。
しじまの服部が。
切れ長の目を。
ジロリと。
内藤へ走らせる。
内藤は。
その目を。
図太い笑みを。
目尻に浮かべて見返した。
「コイツがガキの頃からの付き合いでして」
媚びるような。
口調だった。
結局のところ。
内藤は。
服部のことなど。
なんとも思っていない。
これから先も。
表面上は。
捜査協力してゆく。
だが。
追うのは。
自分の手柄のみ。
そして。
もう。
寒くても。
暑くても。
動じない腹の底で。
あわよくば。
どこまでも。
漆黒に没する。
墨色の汚濁へ。
服部を。
どうやったら。
沈められるか。
狙っている。
*
染矢は。
そんな内藤の悪質は。
悲しみが。
のたうち回って。
卑屈と軽蔑が。
よじれ。
成れ果てたものだと。
知っている。
先代が。
若頭だった頃から。
大河原へ。
擦り寄っていた内藤を。
染矢は。
調べさせた。
*
内藤は。
将来を嘱望された。
刑事だった。
交番勤務の折。
潜伏していた殺人犯を。
地の利を生かして追い詰め。
逮捕の。
きっかけを作った。
それを機に。
捜査一課へ。
転属され。
刑事となった。
配属されて。
半年ほど。
たった頃だった。
強盗殺人を犯した男が。
逮捕直前に。
逃亡した。
男と関係のあった女は。
その男を恐れ。
実家へ。
身を寄せた。
猫の額よりも。
狭い土地に建つ。
古びた家だった。
内藤は。
向かいのアパートから。
女を監視した。
そのうち。
同情した。
哀れだと。
思った。
そして。
惚れた。
声すら。
聞いたことがない。
眺めているだけの。
存在だった女に惚れた。
知っていたのは。
左目の下に。
泣きぼくろがあることくらいで。
そんな女に。
心を寄せたのだった。
調査記録を読んだ染矢は。
馬鹿げてる。
と。
思った。
のを。
覚えている。
*
内藤は。
怯える女を見て。
実家から。
引き離すよう。
具申した。
しかし。
当時の上司は。
「そんな男に関わったからだ」
と。
一笑に。
付した。
パシリでしかなかった。
若き内藤の。
意見具申など。
鼻くそ程度にしか。
思わなかったのだろう。
その矢先。
女は。
自暴自棄になった男に。
待ち伏せされ。
無理心中を。
強いられ。
刺し殺された。
熱波の砂漠のような日だった。
昼日中の事だった。
内藤が。
先輩刑事の。
「かき氷買ってこい」
その一言で。
女から目を離した。
わずかな隙だった。
この日を境に。
内藤は。
良くも。
悪くも。
刑事であることを。
手段とするようになった。
そして。
優れた嗅覚と。
地頭の良さで。
手柄を。
積み上げ。
四課へ。
異動願いを。
出した。
*
そんな。
内藤に。
「この所、あること無いこと、あちこちから詮索されて往生してるんや」
かん子が。
言った。
「特に染矢は、わてが面倒なことにならんよう気を張ってる。わてもこの子も難儀なこっちゃで。迷惑な話でしかない」
「有ること、無い事で、すむ話ではないと思います」
横から。
低いアルトが。
割って入った。
服部だった。
「裏帳簿の件で、おたくの本部長だった今井は起訴できる見込みです」
静かな雨のような。
言い回しだった。
かん子が。
服部に。
死者を見るような。
黙殺するような。
視線を配した。
石仏のような男に。
一瞥くれたかん子は。
茶器を手に取り。
「4代目が亡くなって、代替わりした大河原には必要のない男です。お好きにどうぞ」
しなやかに。
鞭打った。
「修正申告の手続きも進めています」
染矢が。
釈明する。
初めて。
服部が。
染矢を見た。
「そうですか」
ツレない。
「ええ、お茶やな」
かん子が。
呟いた。
服部も。
茶器を。
口へ運ぶ。
「そうですね。美味いお茶だ」
置く。
「大河原さん。私に御用がおありとか?」
*
かん子は。
なんの前触れもなく。
言った。
「わての勘がいっとりますんや」
豹の目が。
服部を見る。
「あんさんの狙いは、正政党の党首・三田ひろし先生やと」
一拍。
「どうでっしゃろな。三田先生はお渡しするんで、財務班の方々に大河原はほっといてもらえるよう、あんさんから取りなしてはもらえませんか?」
内藤の目が。
ジロリと。
染矢を見る。
染矢は。
物静かな目で。
見返した。
そして。
服部は。
動じず。
「そう簡単に三田を下さるとは」
口元に。
冷笑を浮かべている。
「やはり、この間の指を三本立てた件が、お気に召さなかったということですか?」
かん子は。
ほのかに微笑み。
茶を。
味わう。
「そうでんな」
茶器を。
持ったまま。
「たとえば――選挙直前に不倫現場の写真を撮らせたんは、うちで」
一拍。
「まずは議席を減らさんように、同情を煽る手記を奥様名義で書かせ、党に恩を売ったんも、うちやったらどうしますか?」
かん子が。
服部を見る。
「次は下の管理もできん男や嫁より、引退した議員の二世か、顔の売れたタレントでも担いだ方が、聞こえも見栄えもええ」
微笑は。
消えない。
「と、当方が考えてましたら。どないします?」
三田を。
ボロ雑巾のように。
放り投げた。
*
服部は。
黙り込んだ。
考える。
引っ掛けか。
自分への。
値踏みか。
本心か。
だが。
混迷を深め。
迷走している。
捜査の突破口に。
三田の首は。
使える。
段取りを。
頭の中で。
組んでみる。
――イケる。
それでも。
思考が。
止まった。
財務班の狙いは。
この女。
大河原かん子だ。
今井で。
我慢させられるか。
星が欲しい。
梅沢をけしかければ。
飛びつく。
服部の頭脳は。
そう。
服部を。
納得させる。
しかし。
内藤に。
弱みを握られることになりかねない。
そんな。
不快が。
心に。
しこりを残す。
服部の。
嗅覚も。
そう。
訴えている。
*
かん子が。
染矢へ。
振り向いた。
「4つくれるか」
染矢が。
首を振る。
「ええから」
かん子の。
眼光が。
尖った。
染矢は。
窓際にある。
執務机へ。
歩み寄る。
ジュラルミンケース。
開け。
A4封筒を。
四つ取り出した。
*
テーブルの。
かん子側へ。
四つの封筒を。
置く。
「おい」
服部の。
声が。
変わった。
「まかりなりにも、現職の刑事二人を買収するつもりか!」
腹の底に。
溜まった濁流が。
喉を。
駆け上がったような。
野太い声。
「誰があんたにやると言った!」
かん子が。
不愉快さを。
凝縮したような。
凄みのある声で。
対抗する。
*
ガラス玉のような。
目。
斬るような。
眼差しで。
服部を見ている。
「中身が金やとなぜわかる」
一拍。
「見てもないやろに」
服部の。
眉が。
わずかに動いた。
「あんたはいま、わての提案を飲んでもええと思ってるやろ」
豹の目が。
離れない。
「せやけど、内藤に弱みを掴まれると懸念してる」
内藤が。
服部の横顔を。
見た。
「あんたが内藤の弱みを掴んだら、イーブンやろ」
一拍。
「わては、やり易うしてやっとるだけや」
*
服部が。
内藤を見る。
黒く。
聡明な目で。
内藤が。
見返す。
その目を見た。
服部が。
「仕組んだな!」
爆竹が。
弾けた。
「いや」
内藤が。
笑った。
「俺はあんたほど頭が切れないから、5代目と話す時はいつも5代目の流れに任せてる」
内藤の。
実直が語る。
「あんたには昇進してほしいと思ってる」
一拍。
「あの組織は、あんたみたいな人が担うべきだ」
そして。
背もたれへ。
身体を預けた。
「まだ5代目と話があるんだ。四課で捜査中の別件だから、あんたがいたら邪魔だからさ」
眺め飽きた女を。
突き放すような。
気怠さで。
「出ていってくれないか」
しみじみ。
言った。
*
「ドアまでお送りします」
染矢が。
先立つ。
服部は。
ようやく。
立ち上がった。
――なぜだ。
部下を。
連れてこなかった。
――なぜだ。
自答する。
内藤と二人。
そう。
聞いた時。
こんな話になると。
直感していた。
だが。
捜査協力という。
名目で。
社会的に。
影響力を持つ人間と。
非公式な場所で。
会う。
聴取する。
そんなことは。
ザラにある。
そう。
なだめて。
己の直感を。
遠ざけた。
今更ながらに。
わかる。
俺は。
どこかで。
今の捜査体制に。
うんざりしていた。
こうなる事を。
望んでた。
――クソ。
ヤクザ如きに。
見抜かれた。
*
ドアの前に立った。
服部に。
染矢が。
小雨が。
私語するかのように。
口を開いた。
「ご連絡先を、お教え願えますでしょうか」




