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骨の髄まで  作者: 國生さゆり
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シーン29 軽快な男ども



 服部が携帯番号を告げると染矢はそらんじて確認し、「何かの折にご連絡させて頂きます。そうそう軽々な要件ではご連絡いたしませんので、ご安心を」と口にする。服部が口を開こうとすると、染矢は鼻先に人差し指を立て「廊下で気配がします。確認して参ります。一旦なかにお戻りいただけますか」と慎重なれども命ずるように囁いた。後ろめたいことは無いと思えば動ぜぬ服部に染矢は再び「ヤクザな我々と一緒だったとは、知られたくはないでしょう」と飄然と笑いかけ、口元の笑みを深めた服部は「あなたたちには」と言いかけて、「いや、なんでもない」ときびすを返した。その背を見送った染矢は音もなくスーとドアを開け、薄く開けた隙間に体をすべ入れて廊下へと出た。



 まばゆいフラッシュの洗礼を受けた染矢に、カメラを構えた女性記者が話しかける。「中で大河原組5代目の脱税に関する聴取が行われているそうですが、間違いありませんか?」と。染矢が「何かのお間違えではないでしょうか。なんにつけても弁護士を通して頂きたいですね。いきなりではこちらも誠意の尽くしようがないですから」と答えれば、女にシャッターを切られながら「あなた方に誠意があるのですか?」と切り返された。口元に冷たくも醒めた笑みを浮かべた染矢が次の瞬間に見たものは、あっという間に女の首に絡みつく腕だった。女は暴れることもなく、声さえも上げられず、その腕は女の頸動脈を鮮やかに締め上げていて、落ちた女の陰から現れたのは水沢だった。目を見張る染矢に水沢は「高橋からの情報漏れです。気をつけなきゃ」と笑う。その笑みには空虚の中でカラカラと転がるような嘲りの色があり、水沢の目を見た染矢の感情はなぜが沈み、背後でカチャリと音がして染矢が振り向くと赤松が立っていた。足先でドアを開けっぱなしにした赤松が「油断するな。隙だらけのお前なんざ、かん」と一言吐く間に、れた手つきで女をかかえた水沢が、赤松の隣を通りすぎて部屋へと入ってゆく。その部屋は高橋に写真を撮らせる為にリザーブした部屋だった。クソ、高橋の野郎、赤松に連絡しやがって…。



 ドアを閉めた赤松が「染、女はもらう」と深海を思わせる声で言い、一瞬、懐かしいと思いを馳せた染矢だったが「ダメだ、素性もわかって無いのに乱暴なことはするな」と言えば、「声を落とせ、刑事が聞いているかもしれんやないか」と叱るように言った赤松が、ロイヤルスイートの方をいっそうこのところ細くなった顎でしゃくる。そこへ「2人して、そんなとこで何を立ち話しるんや。他のお客さんに迷惑やろ、こちらへ来て、お入り」とかん子が言い、振り返った染矢が「5代目!」ととがめるニュアンスで言うと、色鮮やかに微笑んだかん子が「お前と赤松が収拾したんやろ」と屈託なく言い、「もう、お入りよ」と続けた。「母上、お久しぶりでございます」と言いながら、かん子に近づいた赤松を見上げたかん子は「母上とは珍しい。ならばわても、息災であったか息子よ」と応じながら、部屋へと招き入れたかん子が振り向いて「お前もおいで」と染矢を見た。腹芸親子と思いながらも染矢は2人に付き従うしかなかった。



 ドカリとかん子の隣に座った赤松が服部を見ながら、かん子の前にある茶器を手に取って口にし「美味いな」と同意を求めるようにかん子を見た。するとかん子も「ああ、また腕を上げたやろ」と頷き、赤松はかん子を見ていた視線を服部に移して「今、他にネズミがおらんか調べさせてます。こちらの不手際で迷惑をおかけして申し訳ない」と言って頭を下げた。無言を通し、赤松の顔を見ている服部の横顔をチラリと見た内藤が、スラリとする目を赤松に向け「なんで、我々がここにいるとわかったんだ?」と問うた。すると赤松は「あんたらも子飼いのSは明かさんやろ」と言い回し、内藤は「5代目の近くに子を飼ってるということか」と1人納得したように呟いた。「フフフ」と笑ったのはかん子で、かん子は「同じ組織やのに、飼うとか明かさんとか面白いなぁ」と童女のような笑みを浮かべ、そんなかん子に服部は「ところで、あの記者と高橋とかいう人はどうなるのですか、私が引き取ってもよろしいでしょうか?」と涼やかな精悍で対応し、その服部に返事を返したのは赤松で、赤松は「ええ、どうぞ。染、部屋の鍵をこちらさんにお渡しせえや」と言うのだった。言われて差し出すバカはいない。染矢が「困りましたね、服部さん。あなたは刑事だ。こちらが不利りになりそうな事を私が許すわけにはいかない」と口にすると、服部は「では、2人の安否確認をさせてください」と譲らず、刑事として当たり前の事を当たり前に口にした服部に、「では」と答えたのは赤松で「私がご案内いたしましょう」と続けた。



 突然、ドアが開き、ドカドカと入室してきた水沢が「お揃いのところ失礼致します」と声を張り上げ、その声に注目が集まる中、水沢の前に進み出て来た女性カメラマンが「いきなり、トツいたしまして申し訳ありませんでした」と言うと、高橋が女の後頭部を掴んで深々と頭を下げさせ、ともに頭を下げながら「私の不得の致す事でございました」と言った。なんという段取りの良さだろう。染矢がそう思っている間にも話は進み、「ゴキブリは他にはいませんでした。ですからもう大丈夫です。内藤さん、服部さん、今日はわざわざご足労頂きましてありがとうございました。安心してこのホテルからお帰りになれます」と水沢が朗々と歌舞伎役者のような口ぶりで読み上げるように口上を述べ、「あいわかった。では行きましょう」と腰をあげながら締めくくったのは赤松だった。


 広い部屋に取り残されたのはかん子と染矢で、かん子は拍子抜けしたように「ははは」と乾いた笑い声を上げ、「お前も、わても、服部も、内藤も、四人して赤松にやられたな。高橋は赤松に取り込まれよった。今後は出入り禁止や」と言い、「あの女は」と続けたかん子は口をつぐみ、分かりきっている染矢も何も言わないままお茶を入れ替えたのだった。



 高橋が隠し撮りしたであろう写真を…、赤松はどう使うつもりなのか。



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