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骨の髄まで  作者: 國生さゆり


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23/40

シーン23 呼び水


 かん子は。


 カウンターで。


 一人。


 機嫌よく。


 飲んでいた。


「姐さん」


 隣に。


 目白の妻。


 佐知子が立った。


「あっ、すみません」


 声をかけておいて。


 俯く。


 かん子は。


 身体を。


 佐知子へ向けた。


「なんや。どないした?」


 一拍。


「呼び名なんて。今まで通りでかまへんのやで」


「自分の不器用さが。イヤになります」


 佐知子は。


 小さく。


 息を吐いた。


「どうしてこうも……私は。人とのお付き合いが。うまくないのか……」


 そして。


「あっ、すみません。お祝いの席なのに……」


 首を。


 深く。


 垂れた。


 かん子は。


 その姿を。


 眺めた。


 ――幼いんや。


 ――まだ。


 ――あどけなさの残る女なんや。


 誰かのことより。


 まず。


 自分を。


 先にしてしまう。


 そういう。


 お人なのだ。


「ええか。目白は今が正念場や」


 かん子は。


 静かに。


 言った。


「執行部から外されたとはいえ。最年少で直参になった男や」


 佐知子の。


 様子を見る。


 そして。


 続ける。


「もう一回。這い上がって来てもらわな困る」


 降格させた。


 本人が。


 言う。


「目白に。そう伝えてんか。佐知子はん」


 ふと。


 かん子が。


 微笑んだ。


 その顔に。


 佐知子が。


 口を開く。


「目白……五代目のお叱りを受けてから。一日中。飲んでばかりで……」


 俯く。


「眠りません」


 頬が。


 朱に。


 染まった。


「抱きながら、愚痴ばかりこぼしています」


 声が。


 萎んだ。


     *


「今日も。私が支度をしていると」


 佐知子が。


 言った。


「なんなんだ、お前も俺を捨てるのかと……掴みかかられました」


 かん子の。


 目が。


 僅かに。


 細くなる。


「咄嗟に。若い衆が間に入ってくれて……殴られませんでしたが……」


 佐知子は。


 震える声で。


「あの人……もう。ダメです」


 と言った。


 見れば、佐知子の。


 胸元が。


 絹生地が。


 数箇所。


 伸びている。


 かん子は。


 そこへ。


 右手をあてた。


「可哀想に」


 乱れた。


 絹を。


 撫でつけてやる。


「晴れの日の。着物やったのにな……」


 そして。


 密やかに。


「男っちゅうのは。いつも。こんなことをする」


 と。


 囁く。


「なんでやろな」


 なおも。


 指先で。


 絹を。


 整える。


「虚栄心を手懐けられん。半端もんが」


 その声に。


 佐知子の。


 背が震えた。


 かん子は。


 俯いたままの。


 佐知子を。


 覗き込んだ。


 佐知子は。


 目に。


 涙を。


 溜めていた。


 今にも。


 こぼれそうだった。


「今日は」


 かん子は。


 そっと。


 言った。


「わてと。飲み明かそうか」


 佐知子は。


 おずおずと。


 顔を上げる。


「本家に泊まって。二、三日。羽伸ばしたらええ」


「……はい」


     *


 いつの間にか。


 かん子の。


 後ろに。


 十和子が立っていた。


「あなたしかいないって顔してないで」


 言いながら。


 佐知子へと。


 歩み寄る。


「今夜は飲みましょう」


 明るい声だった。


「いつもの罰ゲームも。用意してあるんだから」


 十和子は。


 佐知子を。


 引き寄せる。


 佐知子の右手に。


 ハンカチを。


 握らせた。


 涙を拭う。


 佐知子の肩を。


 優しく。


 抱き寄せた。


 二人が。


 歩き出した。


 かん子は。


 その背を。


 見送った。


 そして。


 振り返って。


 椎田を。


 豹の目で。


 見た。


     *


 かん子は。


 カウンターに。


 置いてあった。


 ブランデーを。


 グラスを煽るようにして。


 飲み干した。


 その隣へ。


 影の如く。


 椎田が立つ。


 椎田は。


 バーテンダーを。


 呼び寄せた。


「ブランデーのボトルをくれ。それが済んだら。あんた、席を外してくれないか」


 一拍。


「あっ。それから。人払いをしてくれ」


「はい」


 バーテンダーは。


 ボトルを。


 かん子の前へ。


 置くや。


 離れていった。


 その間。


 二人は。


 一言も。


 口をきかなかった。


 そして。


 誰も。


 話を聞けない距離まで。


 離れた時。


 かん子の。


 豹の目に。


 闇が。


 落ち出す。


 それを見た。


 椎田の。


 喉仏が。


 僅かに。


 震えた。


 目を。


 逸らす。


「目白を」


 かん子が。


 言った。


「四課の内藤に。逮捕させてくれるか」


 俯いていた。


 椎田の。


 目が。


 その場で。


 見開いた。


 かん子は。


 真正面から。


 椎田を。


 見据える。


「また。食い始めたようや」


 一拍。


「大河原に。半端もんはいらん」


 春の日のような。


 声音だった。


「目白は執行猶予中やから。四キロほど持たしたら。確実に実刑くらうやろ」


 普通に。


 言う。


「他に背負わせるもんがあったら。証拠と一緒に内藤に渡して」


 平穏に。


 言う。


「保釈なしで。出来るだけ刑期を長くしてや」


 安穏と。


 口にする。


「承知しました」


 椎田は。


 答えた。


 だが。


 一つ。


 確かめる。


「染さんに。伝えてもいいでしょうか?」


 かん子は。


 遠くの。


 佐知子を。


 眺めていた。


「ええで」


 眺めながら。


 微笑んだ。


「前々回。前回と。目白を監禁して。シャブ抜いてやったんは。染矢や」


 ゆっくり。


 長閑な。


 春風のような。


 口調で。


 それを言う。


「世間様では。仏の顔も三度までと言うらしいが」


 一拍。


「極道には。ほんまは二度目もない」


 椎田の。


 横顔へ。


 視線を移す。


「染矢も。了承するやろ」


 椎田は。


 身動きできず。


 黙って。


 聞いていた。


「なぁ。椎田」


「はい」


「あんたも知っての通り。前回。佐知子はんは。顔が曲がるほど殴られて」


「一週間。抱き潰されて」


「肋骨を。三本折られた」


 椎田の。


 目が。


 揺れる。


「あんたらの到着が。遅れとったら」


 かん子が。


 言った。


「佐知子はんは。死んどった」


 そして。


「もう。ええやろう」


 きっぱりと。


 言う。


 椎田が。


 頷く。


「逮捕の時期は。どうしますか?」


 頷いた。


 椎田が。


 囁く。


「今晩中やな」


 あっさりと。


 かん子は。


 答えた。


「襲名を眺めてるしかなかった。先方さんへの手向けや」


 言葉を。


 繋ぐ。


 椎田が。


 迷う。


「性急すぎませんか」


 口から。


 出た。


 直後。


「すみません」


 頭を下げる。


 かん子は。


 そんな椎田を。


 見やった。


「男の考え方やな」


「……」


「きっちりせんでええんや」


 そして。


 椎田へ。


 笑いかける。


「緩急つけて。ごった煮にして。ケムに巻く」


 楽しげに。


 言った。


「執行部にいた男の逮捕は。わてらに先手を打ってきた先方さんには。ええ人参や」


 そして。


「いてまいたれ」


 と。


 笑う。


「では」


 椎田は。


 すぐに。


 切り替えた。


「これからの五代目の警備は。目白組・若頭補佐の刀根見に引き継ぎます」


 かん子を。


 うかがう。


「よろしいでしょうか?」


 かん子の。


 目が。


 和らいだ。


「あんた。賢いな」


 新緑が。


 香る。


 声だった。


「染矢が。そばに置くだけのことはあるわ」


 笑みを。


 大きくする。


「目白組若頭補佐の。刀根見か」


 思い出す。


「確か。目白が。染矢と四分六の兄弟盃を交わさせたい言うとったな」


 呟く。


 そして。


「わかった。そうしい」


 かん子は。


 快諾する。


     *


「頼んだで」


 そう。


 言い残して。


 かん子は。


 歩き出した。


 姐たちが。


 席を開けて。


 かん子を。


 迎え入れる。


「なんや」


 かん子が。


 女たちの。


 顔を。


 見回す。


「みんなして。額に紙なんぞ貼って」


 佐知子が。


 笑っている。


「“私は誰?”っていうゲームです」


「姐さん」


 十和子が。


 手を上げた。


「見ててくらさい」


 もう。


 すでに。


 随分と。


 呂律が。


 怪しい。


「簡単なルールれすから」


 額には。


 一枚の紙。


 十和子は。


 真剣な顔で。


 皆に。


「私は。聖母マリア」


 と。


 問いかける。


「違います」


「ブブッ――」


「惜しい」


 女たちが。


 口々に。


 答える。


 十和子は。


 迷いもなく。


 並々と。


 ブランデーの注がれた。


 バカラの。


 ガラスボウルへ。


 手を伸ばし。


 そのまま。


 飲み干してゆく。


 その様を。


 冷めた目で。


 見ていた。


 椎田が。


 歩き出す。


     *


 段取りを。


 つけるため。


 椎田は。


 小部屋へ入った。


 携帯が。


 鳴る。


 画面を見る。


 すぐさま。


 通話ボタンを。


 押した。


「染さんに。何かあったんですか!?」


『ふふふ』


 低い。


 笑い声。


 赤松だった。


『染が。海が見たいと言い出した』


 椎田の。


 眉が。


 動く。


『湘南の海岸公園に。明日の朝六時に来い』


「赤松さん――」


 切れた。


 言うだけ。


 言って。


 電話を。


 切りやがった。


 直後。


 再び。


 携帯が鳴る。


 染矢の。


 運転手。


 小松。


 椎田は。


 出るなり。


「どういう事だ!!」


 怒鳴り散らす。


「染さんは!!」


『すみません!!』


 小松も。


 声を張った。


『染さん。岡田総裁に。ブランデーをがぶ飲みさせられたそうです』


 椎田の。


 顔から。


 色が。


 消えた。


『車内で話す様子は。普段と変わりませんでした……心配です』


「それで!」


『赤坂の“こはく”を出てから。総裁と友里絵さんを。友里絵さんのマンションにお送りしました』


 早口で。


 続ける。


『このまま総裁の警備に着くと言った染さんを。赤松さんが。話があると言って。自分の車に乗せたんです』


 椎田の。


 奥歯が。


 鳴る。


『嫌な感じがしたんで。助手席に乗ろうとしたら。運転席の水沢に蹴り出されました』


「水沢に……」


『今。タクシー捕まえて。染さんの位置情報であとを追ってます』


 早口で。


 なお続ける。


『総裁の警備には西村さんと内田さんがついてます』


「……くそ!!!」


 椎田が。


 舌打ちを。


 かます。


     *


「染さん迎えに行く前に。やることができた」


『はい』


「お前、例の駐車場から」


 声を。


 潜める。


 周りを見る。


 そして。


 打ち明ける。


「ナンバー細工してある。ヴェルファイアを取ってこい」


『わかりました』


「そんでもって。俺を迎えに来てくれ」


『はい!』


 電話が。


 切れた。


 ――くそ。


 ――悪い予感しかない。


 飲んだ。


 染さんは。


 記憶が。


 飛んでいるはずだ。


 椎田は。


 頭の中に。


 刻み込んである。


 番号を。


 押し始めた。


     *


「なんか用か?」


 電話に出た。


 内藤が。


 眠たげに。


 聞いた。


『今。どこにいらっしゃいますか?』


「裏口正面の。車ん中」


 眠気が飛んだ。


「一人で。お留守番してる」


 内藤は。


 シートから。


 身体を。


 起こし。


「なんだ? 酒の差し入れか?」


 周りを見回した。


「寿司も持ってこいよ」


『少々。急ぎです』


 椎田の。


 声は。


 真剣だ。


『今から。お時間頂けないでしょうか』


 ヒリヒリとした。


 焦燥が。


 電話越しでも


 伝わってくる。


 内藤は。


 舌なめずりして。


 ほくそ笑んだ。


「なんか。面白そうだな……乗ってやる」


 わざと。


 焦らした。


「お互い。人に見られたら厄介だ」


 さらに。


 煽る。


「会う場所が決まったら。連絡しろ」


 内藤は。


 ジョーカーの笑みを。


 大きくした。



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― 新着の感想 ―
その目を見た椎田は僅(かす)かに喉仏を震わせて・・・ ★この場合は「幽か」、もしくは「微か」やろね。 煙に巻く(カール・スモーキー)っつうより、 饐えた文章の感じ、70年代の新宿と現在のSHNJUK…
2024/12/13 11:45 退会済み
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