EP 9
点と点が繋がり、面となる
ルナミス帝国の徴税官ゲラードを、一切の物理的暴力を用いずに(覇気と国際法の知識だけで)追い返してから数日後。
ポポロ村の役場にある村長室では、村の防衛方針を決定するための極秘の作戦会議が開かれていた。
「――ゲラードの奴が、このまま大人しく引き下がるとは思えん。正規軍を動かす大義名分は向こうにはないが、ならず者を雇った非正規戦や、魔獣を意図的に誘導してくる可能性は十分に考えられる」
部屋の中心で、坂上真一は壁に貼り付けた村の周辺地図を指し示しながら、低く落ち着いた声で現状分析を語っていた。
その左腕には、なぜか赤ジャージ姿の村長キャルルがコアラのようにしがみついている。ゲラード撃退事件以降、彼女の坂上に対する「執着」はさらに加速し、もはや役場内での彼の半径五十センチ以内は彼女の絶対領域と化していた。
「そうねぇ……。帝国の連中、プライドだけは無駄に高いから。私の可愛いサカガミに恥をかかされたってんで、陰湿な嫌がらせをしてくる確率は九十九パーセントってとこかしら」
キャルルは坂上の腕に頬を擦り付けながら、気怠げに同意した。口には、坂上から支給されたPX産の高級チョコレートが咥えられている。
「私も同意見です。現在の有刺鉄線と塹壕のラインは、野性の魔獣には有効ですが、知恵を持った人間の工作部隊や、空からの攻撃には脆弱と言わざるを得ません」
真面目な顔で頷くのは、自警団リーダーのマンミアだ。彼女は地図の前に立ち、長い指揮棒で村の死角を的確に指摘していく。
「そこでだ」
坂上は、コアラ状態のキャルルをぶら下げたまま、地図の北側――ポポロ村と国境を接する山岳地帯を指差した。
「兵器の質を根本から上げる必要がある。この北の山脈には、『ドンガン地下帝国』というドワーフ族の国があるそうだな。彼らと、技術および物資の『密輸パイプ』を構築したい」
「ドンガンのドワーフたちとですか?」
マンミアが驚いたように目を丸くした。
「彼らの鍛冶技術や魔導工学が世界最高峰なのは間違いありません。ですが、ドワーフ族は極めて閉鎖的で頑固です。他種族との取引には応じず、帝国の商人ですら追い返されると聞きますが……」
「案ずるな。どんな頑固な職人にも、必ず『急所』がある。キャルル、彼らの好物はなんだ?」
「んー? 強いお酒と、見たこともない新しい技術よ。あいつら、酒と鉄の匂いには目がない戦闘狂だから」
「十分だ。極上の『手土産』は、俺が用意する」
坂上はニヤリと笑うと、脳内の【PX】スクリーンを展開し、ある二つのアイテムを購入した。
*
翌日。ポポロ村とドンガン地下帝国の境界にある秘密の洞窟にて。
坂上は、ドンガン側の国境警備隊長であり、腕利きの機工技師でもあるドワーフの長老・ガドンと対峙していた。
筋骨隆々で、立派な白い髭を蓄えたガドンは、訝しげに坂上たちを睨みつけている。
「人間の分際でワシらを呼び出すとは、いい度胸じゃ。ワシらは忙しい。つまらん用件なら、その首をハンマーで叩き潰すぞ」
「まあそう急ぐな、長老殿。まずは我々からの『名刺代わり』だ。毒見は俺がしよう」
坂上は懐から、PXで購入した美しい琥珀色の液体が入ったガラス瓶を取り出した。
地球のスコットランドが誇る、アイラ島産の最高級シングルモルト・ウイスキー。強烈なピート(泥炭)の香りと、海風を感じさせるスモーキーな風味が特徴の、酒飲みを虜にする「男の酒」である。
坂上がグラスに注ぎ、自ら一口飲んで安全を証明してから、ガドンに差し出す。
ガドンは疑わしそうにグラスを受け取り、匂いを嗅いだ瞬間――その目がカッと見開かれた。
「な、なんじゃこの重厚で複雑な香りは……! 土と火と、そして潮の匂いが凝縮されておる……!」
ゴクリ、と一口。
直後、ガドンの髭が逆立ち、全身がブルブルと歓喜に震え始めた。
「んまァァァァァァいッ!! なんじゃこの酒は! 喉が焼けるように熱いのに、その奥から果実のような甘みと、スモーキーな余韻が無限に押し寄せてきおる! ワシらが今まで飲んでいたエールが、ただの泥水に思えるわいッ!」
「気に入ってもらえて何よりだ。そいつの樽を、毎月十樽提供しよう」
「じゅ、十樽ゥ!?」
ガドンが涎を垂らして食いついたところで、坂上はさらに「本命」を提示した。
机の上に広げられたのは、PXで出力した現代軍事施設の設計図面。
鉄筋コンクリートの構造計算書、ヴォーバン式の星形要塞の死角をなくす射線理論。そして、艦載兵器であるCIWS(近接防空火器)の概念を応用した、自動迎撃魔導砲のラフスケッチ。
「な……ななな……っ」
図面を見たガドンは、酒の酔いも吹き飛んだ様子で、図面に顔を擦り付けるようにして絶句した。
「この、鉄と石を組み合わせる『てっきんこんくりーと』という概念……! それにこの、多角的に射線を交差させる要塞の陣形……! 天才じゃ! いや、神の御業じゃ! これを考えた奴は、どこのどいつじゃ!!」
「俺の故郷の先人たちだよ。……どうだ、長老。俺の『知識』と『酒』を渡す。代わりに、あんたたちの『魔導工学』と『資材』をポポロ村の防衛網に注ぎ込んでくれないか」
「やる! やらせてくれ! こんな面白そうなオモチャ(要塞化)、ワシらの技術の全てを注ぎ込んで、完璧な代物に仕上げてみせるわい!」
こうして、地球の現代軍事知識と、異世界のドワーフ技術を結ぶ、前代未聞の密輸・技術協力パイプが完成したのである。
*
それからのポポロ村の変貌は、まさに劇的だった。
夜な夜な村に潜入してくるドワーフの工兵部隊と共に、坂上、マンミア、キャルルの三人は不眠不休で防衛線の構築にあたった。
「マンミア殿! 第四セクターの魔導ケーブルの敷設が遅れている! ドワーフたちに資材を運んでやってくれ!」
「了解です! 直ちに向かいます!」
坂上の的確な指示を受け、マンミアが驚異的な脚力で村中を駆け回る。数百キロある鉄骨やコンクリートの資材も、ケンタウロスの彼女の馬力と機動力があれば、あっという間に運ばれていく。重機が存在しないこの世界において、彼女の存在は最高の「高機動ロジスティクス(兵站)」であった。
「キャルル! 基礎工事が終わった。コンクリートの硬化と、センサーグリッドへの魔力充填を頼む!」
「もう、人使いが荒いんだから。でも、サカガミのお願いなら仕方ないわね。『月光硬化』!」
キャルルが両手を翳すと、打設されたばかりのコンクリートが一瞬で岩盤以上の強度へと変質し、土の中に埋められた感知用ワイヤーに膨大な魔力が注ぎ込まれていく。
坂上が支給したPXの最高級栄養アンプルのおかげで、彼女は血を吐くこともなく、その理不尽な魔力を遺憾なく発揮していた。
マンミアの機動力。
キャルルの魔力。
そして、それらを結びつけ、現代の戦術理論で最適化する坂上の指揮。
これまで、個々で懸命に村を護ろうとしていた「点」が。
坂上という圧倒的な司令塔を得たことで、強固な「面」へと繋がり、一つの巨大なシステムへと昇華していく。
大の大人たちが、文字通り泥と汗にまみれながら、一つの目的に向かって笑い合い、構築していく。その熱気は、村人たちにも伝染し、村全体がかつてない一体感に包まれていた。
*
二週間後。
ポポロ村の防衛網――『ポポロ・ディフェンス・グリッド』は、ついに完成の時を迎えた。
外見上は、以前と変わらないのどかな木柵の村に見えるよう、巧妙な土と植物によるカモフラージュが施されている。
だが、その地中には分厚い鉄筋コンクリートの防壁が埋め込まれ、村の周囲には熱源と魔力を感知する地雷原が張り巡らされている。そして村の要所には、平時には地下に格納され、有事の際のみせり上がってくる『自動魔導近接防空砲』が五基、配置されていた。
役場の屋上。
夜風に吹かれながら、完成した防衛線を見下ろす三人の姿があった。
「……信じられません。これが、私たちの村……。どんな軍隊が来ても、これなら絶対に護り抜けます」
マンミアは、感動で声を震わせながら、村の境界を見つめていた。彼女の肩を覆っていた「一人で村を護らなければならない」という重圧は、もうどこにもない。
「ま、これくらい当然でしょ。私がサカガミのために本気を出したんだから」
キャルルは得意げに鼻を鳴らすと、当たり前のように坂上の背中に回り込み、ギュッと抱きついた。小さな顔を坂上の広い背中に埋め、安心しきったように目を閉じる。
「マンミア殿、キャルル。よく頑張ってくれたな。お前たちの力があったからこそ、この要塞は完成した」
坂上は、ハイライトを燻らせながら、静かに空を見上げた。
五十年間、海の上で孤独に部隊を指揮し続けてきた彼にとって、この異世界で得た不器用な少女たちとの絆は、何よりも得難い温かさを持っていた。
彼女たちの頭を、空いた手で優しく撫でる。
「これで、金曜日のカレーは誰にも邪魔されずに食えるな」
「はいっ! 次は私がお芋をたくさん引き抜いてきます!」
「私は食べる専門だけどねー。……ねえ、サカガミ。ずっと、ずっと一緒にいようね」
星空の下、三人の笑い声が夜風に溶けていく。
ポポロ村は、もはやただの緩衝地帯の農村ではない。異世界の魔導と地球の現代兵器論が融合した、難攻不落の「要塞」へと変貌を遂げていた。
――だが、彼らはまだ知らなかった。
この鉄壁の要塞の真価を試す「理不尽な暴力」が、すぐそこまで迫っているということを。
読んでいただきありがとうございます。
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