EP 3
『絶対無敵のスパチャアイドルと、大人のスポンサー』
ポポロ村の広場。
昼下がりの活気にあふれるその場所で、少女の悲痛な――いや、元気いっぱいの叫びが響き渡っていた。
「五円! 五円! 御縁! 御縁! ハイッ! 皆様、立ち止まって聴いてくださいの! 絶世の人魚姫アイドル、リーザのオンステージですのぉぉっ!」
特売のサツマイモ色ジャージに健康サンダルという、およそアイドルとは程遠い出で立ちのリーザが、八百屋から貰ってきた『みかん箱』の上に立ち、地声で必死に歌い踊っていた。
歌っているのは彼女の持ち歌『絶対無敵スパチャアイドル伝説!!』である。
「銅でもない~♪ 銀でもない~♪ 狙い打つのは真鍮のゴールド~♪ ……って、誰も見てくれませんのぉぉッ!」
リーザの目から、ポロリと悔し涙がこぼれ落ちる。
ポポロ村の住人たちは、農作業や警備の仕事で忙しく広場を行き交っているが、みかん箱の上でジャージ姿の少女が叫んでいても、「村長のとこの居候が今日も元気だな」と微笑ましく通り過ぎるだけだった。
彼女の足元に置かれた手作りのダンボール製お賽銭箱には、銅粒(一円)すら入っていない。
「うぅ……っ。ルナミス帝国にいた時は、もっとみんな立ち止まってくれたのに……。私の歌じゃ、もう誰も笑顔にできないんですの……?」
喉を枯らし、息を切らしたリーザが、みかん箱の上で膝から崩れ落ちそうになった、その時だった。
「――歌は悪くない。だが、戦場に立つ兵士が丸腰では、弾(声)は敵(客)に届かんぞ」
スッ、と。
リーザの目の前に、青いパッケージののど飴(PX支給品)が差し出された。
見上げると、黒いコートを羽織り、腕を組んだ坂上真一が、イージス艦長のような冷静な眼差しで彼女を見下ろしていた。
「サカガミ……っ」
「少し休憩しろ、リーザ。お前の声には、不思議な魅力――魔力が宿っている。だが、その『見せ方』が致命的に三流だ。それでは、誰の心も撃ち抜けん」
坂上は、のど飴をリーザに握らせると、彼女をみかん箱から降ろした。
そして、周囲に人がいないことを確認し、脳内の【PX】スクリーンを展開する。
(……アイドルのライブってのは、要するに『音響』と『照明』、そして『演出』という物理的な制圧作戦だ。大人の財力で、戦場を整えてやる)
坂上の善行ポイントが大量に消費され、空間が歪む。
ドスッ、ドスッ! と重い音を立てて広場の石畳に出現したのは、地球のプロミュージシャンが路上ライブで使用する『高出力ポータブルPAシステム(アンプ内蔵スピーカー)』だった。
さらに、チタン製の頑丈な『マイクスタンド』、プロ仕様の『ダイナミックマイク』。とどめに、バッテリー駆動式の『LEDステージライト』が四基、リーザを囲むように設置される。
「な、なんですかこの黒くて四角い魔導具は!? サカガミ、私をどうする気ですの!?」
「ただの拡声器と照明だ。お前の歌を、この村の隅々まで届けるための『兵器』さ」
坂上は、手際よくケーブルを繋ぎ、マイクの音量テストを行った。
『チェック、ワンツー』
坂上の低い声が、クリアで重厚な音圧となって広場に響き渡り、歩いていた村人たちが「なんだ!?」と驚いて足を止めた。
「よし、回線良好。……立て、リーザ」
坂上は、マイクスタンドをリーザの前に引き寄せ、スイッチを入れたLEDライトで彼女を強烈に照らし出した。
計算し尽くされた光の角度が、芋ジャージのダサさを前衛的な衣装のように錯覚させ、彼女の青い髪と透き通るような肌の美しさを、ステージの女神のように際立たせる。
「いいか。俺はお前への『最初のスポンサー』だ」
坂上は、青い箱からハイライトを一本抜き出し、ニヤリと大人の笑みを浮かべた。
「俺が用意したこの最高のステージで、お前の全力をぶつけてみろ。お前の歌で、この村の連中の疲労を吹き飛ばしてこい」
その言葉に、リーザの瞳の中で消えかけていた炎が、爆発的な勢いで燃え上がった。
「サカガミ……っ。はいっ! 私、歌いますの! 世界中を私の虜にしてみせますの!」
リーザは、震える手でマイクを握りしめた。
大きく息を吸い込み、王族として、そしてアイドルとして覚醒した彼女の『本気の歌』が、最新のPAシステムを通じて放たれる。
「――All:愛! アイ! 愛! アイ! ラ~ブラブ! マネー! マネ! ローン! ダーリン! グ!」
曲目は、彼女の真骨頂である究極のライブアンセム『Love & Money』。
マイクを通した彼女の声は、単なる音波ではなかった。腐っても海中国家の第一王女である彼女の『人魚姫の魔力』が、現代兵器(PAシステム)によって極限まで増幅され、広場を歩くすべての人々の脳と心臓を直接揺さぶったのだ。
「な、なんだこの歌!? すげぇ可愛い声……いや、それだけじゃねぇ!」
「おい、嘘だろ……。腰の痛みがスッと消えたぞ!?」
「身体の底から、力が湧いてきやがる……ッ! オラ、なんだか無性にこの娘を応援してぇッ!」
集まってきた自警団や農家の男たちが、次々と足を止め、リーザの歌声に魅了されていく。
人魚姫の歌に込められた【全ステータス大幅アップ】と【疲労回復】の超強力なバフが、聴く者すべてに降り注いでいるのだ。
「だから私は 銀河の果てまで歌って行けるわ! だから、何処までもついて来てね♡」
リーザがウインクと共にマイクを向けると、広場を埋め尽くした村人たちが、狂ったような熱狂で応えた。
「「「一生ついていくよォォォォォォォッ!!」」」
圧倒的な熱狂。
リーザの前に置かれたダンボールのお賽銭箱には、魅了された村人たちから次々と銅貨や銀貨が投げ込まれていく。
彼女は今、ルナミス帝国での惨めな地下アイドル時代すら超える、本当の意味での『ステージの支配者』となっていた。
*
一時間後。
熱狂のライブが終わり、サイン攻めに遭っていたリーザが、ようやく解放されて舞台裏(テントの裏)へと戻ってきた。
「はぁ……はぁ……っ! やりましたの! 大成功ですの!」
大量の小銭が詰まったダンボール箱を抱え、リーザは息を弾ませながら、壁に寄りかかって煙草を吸っている坂上の前へ駆け寄った。
「サカガミ! 見てくださいの、こんなにお金が! これで今月のキャルルちゃんへのお家賃、払えますの! それに……」
リーザは、お金以上に嬉しそうな、キラキラと輝く純真な瞳で坂上を見上げた。
「みんな、『明日も仕事頑張れる』って、笑顔で言ってくれましたの。私の歌、ちゃんとみんなに届きましたの……!」
「ああ。最高のライブだったぞ、リーザ」
坂上は、ハイライトの火を消すと、自身の懐から一枚の『銀貨』を取り出した。
そして、親指でピンと弾き、リーザのダンボール箱へと放り込んだ。
チャリン。
「俺からの、追加のスパチャ(投げ銭)だ。……アイドルってのは、みんなに夢を見せる立派な仕事だな。お前の本気、確かに受け取ったぜ」
五十歳の大人の男が、彼女の『夢』を、子供の遊びとしてではなく、一人のプロの仕事として真っ向から肯定し、評価してくれた。
「っ……!」
リーザの目から、ドワァァァァッ! と決壊したように涙が溢れ出した。
ルナミス帝国で誰にも見向きもされず、パンの耳を齧りながら「私は成功してる」と強がり続けてきた日々。その張り詰めていた糸が、坂上の温かい言葉によって、完全に解けてしまったのだ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁんっ! サカガミィィィィィィッ!!」
リーザは、ダンボール箱を放り出し、全力で坂上の胸へとダイブした。
「おわっ! こら、鼻水と涙をコートにつけるな!」
「サカガミ! サカガミ、サカガミィィィッ!!」
リーザは、坂上の太い首に腕を回し、顔をぐりぐりと押し付けながら、狂ったように叫んだ。
「私、決めましたの! 私の歌も、心も、人生も! 全部、ぜぇぇーんぶ、サカガミに捧げますのぉぉっ!」
「おいおい、大げさな奴だな。俺はただ、スピーカーを用意しただけだぞ」
「ちがいますの! サカガミは、私に『居場所』をくれたんですの! だから、私は宇宙で一番のアイドルになって、サカガミに世界中の愛と富を貢ぎますのぉぉっ!」
絶世の人魚姫が、ボロ泣きしながら五十歳のおっさんに愛と忠誠を誓う。
それは、ポポロ村に新たな『ヤンデレヒロイン』が完全に爆誕した瞬間であった。
「……やれやれ。プロデューサーってのも、楽な仕事じゃないな」
坂上は、胸で泣きじゃくるリーザの青い髪を、大きな手で優しくポンポンと撫でてやった。
しかし、この心温まる感動の光景を、広場の物陰からギリギリと歯ぎしりしながら見つめる『二つの影』があることに、坂上はまだ気づいていなかった。
「……あの泥棒ネコ魚。やっぱりサカガミの唇を狙ってたのね……絶対に許さないわ!」
「……ええ。坂上様の専属は、この私と村長だけで十分です。粛清(物理)の時間ですね」
赤ジャージのウサギと、生真面目なケンタウロスが、暗黒のオーラを放ちながら武器を構えている。
海将・坂上真一の明日は、魔獣の襲撃よりも恐ろしい『修羅場』の予感と共に、騒がしく更けていくのであった。
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