EP 4
『ヤンデレウサギと馬娘のヤキモチ。海将の頭撫でローテーション』
ポポロ村の広場でリーザ・シーラン・リヴァイアサンが「絶対無敵のスパチャアイドル」として華々しいデビュー(?)を飾ってから数日。
村の空気は、以前にも増して活気と熱狂に包まれていた。
リーザは毎日のようにみかん箱のステージに立ち、坂上が用意したPAシステムを駆使してライブを行っている。彼女の『Love & Money』がもたらす超絶バフのおかげで、農家のおっさんたちも自警団の若者たちも、疲労知らずで馬車馬のように働いていた。
だが、その光景を役場の窓から見下ろす『二つの影』は、ドス黒いオーラを放っていた。
「……ねえ、マンミア。私、最近サカガミの『頭なでなで』の回数が、一日三回から二回に減った気がするんだけど」
窓枠をギリギリと爪で削りながら、赤ジャージの村長・キャルルが地を這うような低い声で呟いた。彼女の赤い瞳の奥には、ヤンデレ特有のハイライトの消えた暗い炎が揺らめいている。
「……奇遇ですね、村長。私など、朝のブラッシングの時間が、平均して五分短縮されました。坂上様は、あの芋ジャージの魚女の音響機材の調整ばかりにかまけておられる……。私はもう、坂上様にとってお役御免の、古い軍馬なのでしょうか……」
生真面目なケンタウロスの騎士・マンミアもまた、耳をぺたんと伏せて、乙女特有の重たいコンプレックスをこじらせていた。
二人にとって、坂上真一という五十歳の男は、自分たちの存在を全肯定してくれた絶対的な『救い』であり、独占したい『愛』である。
そこに突如として現れ、坂上の時間と労力を根こそぎ奪っていく図々しい新入り(リーザ)。二人の我慢の限界は、すでに臨界点を突破しようとしていた。
「このままじゃ、サカガミがあの泥棒ネコ魚の専属プロデューサーになっちゃうわ。……今夜あたり、あいつの寝首をマッハで掻いて、ルナミス海溝の底に沈めてこようかしら」
「村長、隠蔽工作ならお任せください。私の鎖で海底の岩盤に縛り付けておきます」
物騒極まりない暗殺計画がポポロ村の役場で企てられていた、まさにその時。
背後の扉がスッと開き、黒いコートを羽織った坂上真一が姿を現した。
「……物騒な密談をしているところ悪いが、キャルル、マンミア。今日の午後の任務は休みにする。少し、俺に付き合え」
「ビクッ!? サ、サカガミ!?」
「さ、坂上様! い、いえ、私たちは決して、新人を亡き者にしようなどと――」
「いいから来い。お前たちに、少しばかり『大人の命令』がある」
坂上は、二人の焦った言い訳を適当にスルーし、有無を言わせぬ覇気で歩き出した。
*
(……組織の空気が澱んできたな。新入りに構いすぎたか)
先を歩きながら、坂上は密かに小さくため息をついていた。
イージス艦という閉鎖空間で、何百人もの乗組員のメンタルを管理してきた彼にとって、部下たちの不満の兆候など、計器の異常を見るよりも容易く察知できる。
『失敗の本質』にもある通り、組織の崩壊は外部からの攻撃ではなく、内部の不和から始まるのだ。指揮官たるもの、古参の優秀な部下のケアを怠ってはならない。
坂上が二人を連れてきたのは、役場の屋上に彼がひっそりと設営していた、日当たりの良いテラス席だった。
「キャルル。お前はこっちに座れ。マンミアは、少し後で別の場所に来てもらう」
「えっ? わ、私だけ?」
キャルルが不思議そうに椅子に座る。マンミアは「では、待機しております」と一礼して屋上から降りていった。
二人きりになった屋上。
坂上は、腕を組んでツンツンと唇を尖らせているキャルルの前に、脳内の【PX】を操作して召喚した『ある物』をコトリと置いた。
「――っ!?」
キャルルの赤い瞳が、限界まで見開かれた。
置かれたのは、地球の高級フルーツパーラーでしかお目にかかれないような、巨大で芸術的な『特製・あまおう苺パフェ』だった。
雪のように白い純生クリームの山に、宝石のような真っ赤な苺がこれでもかと盛り付けられ、底には濃厚な苺ソースとバニラアイスが層を成している。
「こ、これ……! サカガミ、これ私に!?」
「ああ。最近、お前には村長の事務仕事ばかり押し付けていたからな。……それに、少し寂しい思いをさせた」
坂上は、青い箱からハイライトを抜き出し、火をつけながら優しく微笑んだ。
「お前は、俺がこの世界で初めて手に入れた、俺の自慢の娘であり、最高の相棒だ。リーザに構っているのは、あいつがまだ一人で立てない素人だからに過ぎん。……俺の左腕の特等席は、いつでもお前のものだぞ、キャルル」
大人の色気と包容力が詰まった、完璧な殺し文句。
「うぅ……っ。サカガミ、サカガミィィ……っ!」
キャルルの瞳から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。
彼女はパフェのスプーンを握りしめながら、坂上の胸に顔を押し付けた。
「私、我慢してたの! サカガミがリーザちゃんばっかり見るから、私なんて用済みになったのかと思って……っ。でも、違うのね? 私が一番なのね!?」
「当たり前だ。さあ、アイスが溶ける前に食いんさい。ほら、あーんしてやる」
「あぁんっ……♡ 美味ひぃっ! サカガミのパフェ、宇宙一甘いぃぃっ!」
坂上のお手製(PX召喚)のパフェを口に運ばれ、キャルルのヤンデレゲージは「嫉妬」から「絶対的な幸福」へと反転した。ウサギの耳がプロペラのように幸せそうに回転し、彼女の機嫌は完全に修復されたのである。
*
次なるケアの対象は、生真面目なケンタウロスの騎士・マンミアだ。
坂上が彼女を呼び出したのは、極楽おでん庵の裏手にある、静かな縁側だった。
冬の枯山水を模した庭を眺めながら、マンミアは緊張した面持ちで正座(前脚だけを折り畳む器用な姿勢)をしていた。
「坂上様……。あの、私に大人の命令とは、一体……」
不安げに視線を彷徨わせるマンミアの前に、坂上は【PX】で召喚した赤い毛氈を敷き、その上に『老舗の高級和菓子(季節の練り切り)』と、美しい茶碗に入った『宇治抹茶』を差し出した。
「え……これは?」
「俺の故郷の『茶の湯』という文化だ。心を落ち着かせ、自分と向き合うための静かな時間さ。……飲んでみろ」
マンミアは恐る恐る茶碗を両手で包み込み、一口すすった。
「っ……! 苦みの中に、深い旨味と甘みが……。それにこのお菓子、芸術品のように美しくて、口の中で溶けていきます……」
「抹茶の苦味が、和菓子の甘さを引き立てる。……人間の感情も、同じようなもんだ」
坂上は、縁側に腰を下ろし、マンミアの美しい栗毛の馬体をポンと優しく叩いた。
「マンミア。お前は、真面目すぎるんだよ」
「えっ……」
「お前はいつも、己の年齢や馬体を気にして、一歩引こうとする。だがな、俺がお前を頼りにしているのは、その『生真面目さ』と『誇り高さ』があるからだ。……戦場でも、日常でも、俺の右側には、お前のその大きくて美しい背中がなくては困る」
坂上は、マンミアの栗毛の頭を、大きな手でゆっくりと、慈しむように撫でた。
「俺の自慢の右腕は、お前だけだ。……ブラッシングの時間が短くなったと拗ねている暇があったら、もっと堂々と俺の前に背中を出してきんさい」
ボフゥゥゥゥッ!!
マンミアの頭から、物理的な湯気が噴出した。
大人の男の、低く落ち着いた声での絶対的な肯定。
(私の背中が、美しい……。私が、坂上様の右腕……っ!)
「あぁぁぁ……っ、坂上様ぁ……っ」
マンミアは、顔をトマトのように真っ赤に染め、瞳をグルグルと回しながら、坂上の膝の上に崩れ落ちた。
「私……私、なんて恥ずかしい嫉妬を……っ。坂上様、一生ついていきます! 私の背中も、前脚も、すべて貴方様のために……っ!」
「よしよし。これで機嫌も直ったな。お茶が冷めるぞ」
坂上は、完全に腰を抜かして『メスの顔』になっている巨大な騎士を優しく撫でながら、静かに息を吐いた。
*
夕刻。
ポポロ村の役場では、すっかり機嫌を直し、キラキラと輝くオーラを放つキャルルとマンミアの姿があった。
「ふんすっ! サカガミの一番の娘は私なんだから、明日からもバリバリ村長として働くわよ!」
「ええ。坂上様の右腕として、私も村の防衛と兵站に全力を尽くします。……ふふっ、今日はブラッシングを十分延長していただきましたし」
二人は、完全に満たされた顔で書類仕事に戻っていった。
そこに、広場でのライブを終えたリーザと、荷物持ちをさせられていたフェイトが帰ってくる。
「サカガミィ! 今日のスパチャの売り上げも最高でしたの! これで今夜もご飯が美味しいですのっ!」
「おい総司令! この人魚、俺にスピーカー運ばせやがって、俺の筋肉が悲鳴を上げてんだぞ!」
騒がしい四人のやり取りを背に受けながら、坂上真一は一人、役場のベランダへと出た。
冷たい冬の風が頬を撫でる。
彼は青い箱からハイライトを抜き出し、銀のライターで火をつけた。
深く吸い込み、紫煙を夜空へと細く吐き出す。
(……やれやれ。女心と部下の士気管理ってのは、海戦の艦隊指揮よりもよっぽど気を使うな)
五十歳の元海将は、呆れながらも口元に優しい笑みを浮かべていた。
ヤンデレのウサギ娘、乙女こじらせのケンタウロス騎士、ポンコツギャンブラーに、強欲なポイ活人魚姫。
個性が強すぎる『ポポロ村愚連隊』の面々だが、坂上真一という圧倒的な大人の包容力が存在する限り、このパーティーの結束が揺らぐことは決してない。
次なる理不尽な脅威が迫りつつあることも知らず、ポポロ村の平和な夜は、甘いお菓子の余韻と共に静かに更けていくのであった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




