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EP 10

『乾杯のルール。漢たちの夜は終わらない』

 死蟲王の苛烈な大群を退け、ポポロ村に静寂が戻ってから数時間後。

 村の中心に佇む『ルナミス・キング(通称ルナキン)』のフロアは、今や耳を劈くような歓声と、食器がぶつかる賑やかな音で満たされていた。

「さあ、勝利の宴だ! 好きなだけ食いんさい! おかわりはいくらでもあるけぇな!」

 厨房のカウンターから、大真面目な顔で巨大なトレイを運んでくるのは、黒いエプロンを着こなした坂上真一(五十歳)である。

 彼がテーブルに次々と並べたのは、日本の海自仕込みの『特製カレーうどん』。先日のカレーの残り汁をベースに、ドワーフの技術で作られた高級出汁をブレンドし、米麦草から打ったモチモチの麺に絡めた至高の逸品だ。その上には、乱切りにされた『太陽芋』の天ぷらが豪快に鎮座している。

「あーん、美味しいぃぃっ! カレーの辛さと、お芋の甘みが最高のフォーメーションを組んでるわ!」

 坂上の左側の席をガッチリと陣取ったキャルルが、赤ジャージの袖をたくし上げ、幸せそうにうどんを頬張っている。彼女のウサギの耳は、歓喜のあまりメトロノームのように左右に揺れていた。

「サカガミ、はい、次の一口、あーんして? 私がフーフーしてあげるから!」

「こら、キャルル。俺の左腕を引っ張るな、うどんがこぼれるだろうが」

「ずるいです村長! 坂上様、こちらには私が収穫した『タマンネギ(賢者モード)』のシャキシャキサラダを用意しました! 栄養バランスも完璧です、さあ、お召し上がりください!」

 右側からは、生真面目な騎士マンミアが、顔を真っ赤にしながらサラダの小皿を坂上の口元へと押し付けていた。下半身の馬体はテーブルの横に大人しく折り畳まれているが、上半身はこれでもかと坂上の肩に密着している。

「お前らなぁ……非番の無礼講とはいえ、これじゃあ俺の口が一つじゃ足りんぞ」

 両脇からの凄まじい愛情の波状攻撃(ヤンデレウサギと猛烈アプローチの馬娘)を受けながら、坂上はズズッと緑茶をすすり、やれやれと肩をすくめた。

 だが、その表情には、部下たちを無傷で守り抜いた指揮官としての、深い充実感が滲んでいる。

「……うぅ。誰も俺の偉業を称えてくれないのは、どういう風の吹き回しだよ……」

 そんな幸福な光景から少し離れた席で、フェイト・ラックが死にそうな顔をして『フルーツ牛乳』の瓶を傾けていた。

 今回の戦いで「ステータス百倍ジャックポット」という歴史的奇跡を起こし、死蟲将軍機の絶対装甲をブチ砕いた最高の功労者。――しかし、百倍バフの反動は凄まじく、現在は凄まじい筋肉痛と倦怠感デバフに襲われ、指一本動かすのも億劫な状態になっていた。

「ハハハ、フェイト。あんたが『縁で立つ』なんて奇跡を起こしたんだから、今夜は主役の座を譲ってあげたいところだけど……サカガミの隣は私の絶対領域だからね。諦めなさい」

 キャルルが、ミカンをモグモグと食べながら冷酷に言い放つ。

「村長の言う通りです。ですがフェイト、貴方のあの時の大剣の一撃、見事でした。騎士として、貴方の『胆力』に敬意を表します」

 マンミアが、大真面目な顔でグラスを持ち上げ、フェイトに一礼した。

「……へっ。マンミアにそんな殊勝なこと言われると、調子狂うぜ。……まあ、俺の『ラック』が強すぎただけさ」

 フェイトは痛む身体を引きずりながら、嬉しそうに鼻の下を擦った。

 かつては運任せのクズと罵られ、居場所を失いかけていた青年。だが、今このテーブルにいる仲間たちは、彼の弱さをすべて背負った上で、彼の力を本物として認めてくれている。

 笑い合い、美味い飯を突つく。ただそれだけの日常が、フェイトにとっては世界の何よりも愛おしい宝物だった。

「――よし、宴会はまだまだ続くが、俺は少し風に当たってくる」

 騒がしい子供たちの頭を順番にポンポンと撫でてやり、坂上は静かに席を立った。

     *

 ルナキンのテラス席。

 扉を閉めると、店内の喧騒が遠ざかり、しんしんと雪の降り積もる静寂が坂上を包み込んだ。

 夜風は冷たいが、体内のカレーの熱と、少しだけ煽ったイモッカのせいで心地よい。

 坂上は黒いコートの襟を立てると、胸ポケットから青い箱――『ハイライト』を一本抜き出し、唇に咥えた。

 カチャリ。

 使い込まれた銀のオイルライターが、闇の中に小さなオレンジ色の火花を散らす。

 深く吸い込み、細く紫煙を吐き出す。

 白い息と煙が、雪空の中へとゆっくりと溶けていく。

「――相変わらず、渋いライター使ってんな、総司令」

 カツ、カツ、と足音を響かせ、ガスマスクを外したフェイトがテラスへと出てきた。

 彼はまだ身体が痛むのか、手すりに寄りかかるようにして、懐から『ポポロ・シガレット』を取り出した。

「起きてて大丈夫か、不良冒険者。明日の便所掃除、二倍に増やしておくぞ」

「勘弁してくださいよ、全身の筋肉が悲鳴を上げてんだから! ……ほら、火、貸してください」

 フェイトが苦笑しながら煙草を咥える。

 坂上は何も言わず、銀のライターをもう一度カチャリと鳴らし、フェイトの口元へ差し出した。

「……あざっす」

 二人の漢が、静かに雪景色を見つめながら、煙を燻らせる。

 言葉は多くない。だが、その横顔には、死線を共にした者同士にしか分からない、絶対的な信頼(絆)が通い合っていた。

「……総司令。俺、今回の戦いで、初めて分かった気がします」

 フェイトは、ポポロ・シガレットの灰を落としながら、ぽつりと言った。

「アンタが『準備が九十九パーセントだ』って言った意味。……俺がコインを弾く前、アンタが俺の背中に手を置いた時、不思議と負ける気がしなかったんすよ。もし裏が出ても、この人が絶対に俺を、仲間を護り切ってくれるって確信があったから。……だから、迷わずに最高の一撃を放てた」

 フェイトは、夜空の月を見上げた。

「アンタが作った完璧な盤面フィールドがあるからこそ、俺の『運』は、最高の奇跡を起こせるんだな」

 坂上は、ハイライトの煙を細く吐き出し、フッと優しく笑った。

「気づくのが遅いな、フェイト。……だが、合格点だ」

 坂上は、自身のコートのポケットから、PXでこっそり引き出しておいた二つの『小さなグラス』と、琥珀色の液体が入ったウイスキーのミニボトルを取り出した。

「総司令、それは……?」

「俺の故郷の、特別な『乾杯のルール』だ。本当に命を預け合える戦友なかまとしか、これはやらん」

 坂上は、二つのグラスにウイスキーをトコトコと注ぎ、片方をフェイトに手渡した。

「ええか、フェイト。これからの戦いは、もっと理不尽で、もっと泥臭くなる。お前が『裏』を引いて絶望する日も、必ず来るじゃろう」

 坂上は、自身のルーツである広島の言葉で、静かに、しかし最高に熱い大人の声音で告げた。

「じゃがな。どんな理不尽が襲ってきても、俺たちの『チーム』は絶対に破られん。お前がハズレを引いたら、俺たちが護る。俺たちが壁にぶち当たったら、お前が奇跡を起こせ。……お前という最高の部下を持てて、俺は誇らしいよ」

 その言葉は、フェイトにとって、世界中のどんな勲章よりも重く、誇らしいものだった。

「……っ。オウ、任せといてくださいよ、総司令!」

 フェイトは涙をこらえ、最高の笑みを浮かべてグラスを掲げた。

「ポポロ村愚連隊の、漢の誓いに――」

「我らがポポロ村の、変わらない平和に――」

 チリン、と。

 雪夜の静寂の中に、美しい硝子の音が響き渡り、二人は極上のウイスキーを一気に飲み干した。

 喉を焼く熱い液体が、二人の絆を、より一層深く、永遠のものへと変えていく。

「サァァカァァガァァミィィィ! 漢同士で何密会してんのよ! 私のカレーうどんが冷めちゃうじゃないの!」

「坂上様! おかわりの出汁が完成しました! 早く中へ!」

 ルナキンの扉が勢いよく開き、キャルルとマンミアが怒った顔で顔を覗かせる。

「ハハハ、総司令。怒れるヒロインたちが、お呼びだ絶ぜ」

「やれやれ。戦場よりも、あいつらの相手の方が骨が折れそうだな」

 坂上は、空になったグラスをポケットにしまい、ハイライトの火を消した。

 二人の漢は、笑い合いながら、温かい光と笑い声に満ちた店内へと戻っていく。

 国家という巨悪が迫ろうとも、運命の不条理が牙を剥こうとも。

 五十歳の元海将と、不器用で愛おしい仲間たちが紡ぐ『ポポロ村愚連隊』の夜は、決して、終わらない。

【第二章 完】

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