EP 7
『休日のポーカーフェイス』
ポポロ村の冬は厳しいが、ドワーフの技術と坂上の現代知識によって改築された『極楽おでん庵』の特別室は、ぽかぽかと春のような暖かさに包まれていた。
今日は、自警団の『完全非番日』である。
部屋の中央には、坂上が【PX】の善行ポイントを消費して地球から召喚した最強の暖房器具――『掘りごたつ』が鎮座しており、その魔性の温もりに、四人の男女がすっぽりと収まっていた。
「……ふふっ。サカガミの隣、あったかい。サカガミの左腕は、私の特等席なんだからね」
赤ジャージ姿のキャルルが、こたつの下で坂上の左腕にコアラのようにしがみつき、幸せそうに頬を擦り寄せている。
「むっ……! 左が村長なら、私は右腕を護りましょう! 坂上様の利き腕に何かあれば、軍の指揮に関わりますからね!」
対抗心を燃やすマンミアが、顔を真っ赤にしながら坂上の右側にピタリと密着する。彼女の下半身である馬体はこたつには入りきらないため、特注の毛布を被せて後ろに折り畳んでいるが、上半身は坂上の肩にぴったりと触れていた。
「お前らなぁ……。これじゃあ、俺が身動き取れんだろうが」
両脇を二人の美少女(ヤンデレウサギと生真面目ケンタウロス)にガッチリとホールドされた坂上真一は、やれやれとため息をついた。
だが、五十歳の元海将はこんなことでは動じない。左手でキャルルの頭を適当に撫でながら、右手で器用に湯呑み茶碗を持ち上げ、ズズッと緑茶をすすっている。
「へっ! アンタら、休日だっていうのにイチャイチャしやがって! 俺なんて、昨日の便所掃除で腰が痛ぇってのに!」
こたつの向かい側から、一人あぶれたフェイト・ラックが恨めしそうな声を上げた。
先日、坂上との『喫煙所での誓い』を経て、立派な自警団員として覚醒したフェイトだったが、根っからのギャンブル好きと陽気な性格は相変わらずである。
「総司令! 今日は非番の無礼講だ! 俺と勝負しろ!」
フェイトは、ドンッと机の上に『トランプ』と『ポーカーチップ』のセットを叩きつけた。これも以前、坂上が暇潰し用にPXで召喚したものだ。
「ポーカーか。……いいだろう。お前が勝ったら、一ヶ月間『ルナキン』のメシ代を俺が奢ってやる」
「マジか! 言ったな! じゃあ、俺が負けたら?」
「一ヶ月間、自警団の馬小屋と北門の便所掃除、プラス全員の武器のメンテナンスだ」
「……リスク高ぇ! だが、受けて立つぜ!」
フェイトはニヤリと笑うと、懐から一枚の『銀貨』を取り出した。
「俺の強さは、総司令だって一番よく知ってるはずだぜ。……いくぞ! コイントス!」
キィィィンッ!
天井高く弾き飛ばされた銀貨が、クルクルと回ってフェイトの手の甲に落ちる。
「――『表』ッ!!」
パシッ。
フェイトが手を開くと、そこには見事に『表』の紋章が輝いていた。
ズワァァァァァッ!!
その瞬間、フェイトの全身から黄金の闘気と魔力が立ち昇り、彼の基礎ステータスと『運』が通常の二倍に跳ね上がった。
「はーっはっはっは! 見たか! 今日は俺の運勢が爆発してる日だ! いくら総司令の頭脳が凄くても、純粋な『運ゲー』であるポーカーで、バフのかかった俺に勝てるわけがねぇ!」
「さて、どうかな」
坂上は涼しい顔でチップを分け、カードをシャッフルした。
こうして、A級冒険者(運勢二倍)と、五十歳の元海将による、仁義なきポーカー勝負が幕を開けた。
*
「――コール。そして、レイズ(掛け金上乗せ)だ」
第一ゲーム。フェイトは手札を見るなり、自信満々にチップを大量に押し出した。
(へへっ! いきなり『フルハウス』が揃ってやがる! さすがは俺の幸運バフだ。総司令、これには手も足も出まい!)
フェイトが内心でガッツポーズをしていると、坂上は自分の手札をチラリと見て、すぐにカードを伏せた。
「フォールド(勝負を降りる)。お前の勝ちだ」
「なっ!? な、なんでだよ! まだ俺、大した額を掛けてないぞ!」
「『孫子』は説いている。『敵の充実しているところは避けよ』と。……お前、カードを見た瞬間に瞳孔が開き、呼吸が浅くなった。さらに貧乏ゆすりのテンポがわずかに速くなったな。手札が良すぎて興奮を抑えきれていないんだ。そんな要塞(鉄板の手札)に、わざわざ突っ込む馬鹿はいない」
「ぐっ……!」
第二ゲーム。
(くそっ……! さすが総司令、観察眼がエグすぎる! だが、今回はどうだ!)
フェイトの手札は、何の役も揃っていない『ブタ(ノーペア)』だった。
(よし、ここは逆に強気に出て、大物手が揃っているように見せかける『ブラフ(ハッタリ)』だ! 俺の幸運なら、総司令をビビらせることができるはず!)
フェイトは、わざと余裕ぶった笑みを浮かべ、全チップの半分を押し出した。
「レイズだ。どうする、総司令? 降りるなら今のうちだぜ?」
坂上は、ハイライトを咥えながら、フェイトの顔をジッと見つめた。
その瞳は、嵐の海で敵艦のソナー音を分析するイージス艦長のように、冷徹で、感情の欠片もない。
「……ほう。フェイト、お前はブラフをかける時、無意識に左の口角が少しだけ上がる癖があるようだな。それに、チップを押し出す指先に、わずかな迷い(震え)があった」
「なっ……!?」
「『失敗の本質』にもある。不確実な状況下での過信は、組織を致命的な敗北へ導く。……コール(勝負を受ける)だ」
坂上が自分の手札を開く。ただの『ワンペア』だったが、フェイトのブタを撃破するには十分すぎた。
「あぁぁぁぁっ! 俺のチップがぁぁぁっ!」
フェイトが頭を抱えて机に突っ伏した。
カードゲームにおいて、『運』が引き寄せるのはあくまで「良いカードが来る確率」に過ぎない。
だが、ポーカーの本質は『カードゲーム』ではなく、人間同士の『心理戦(情報戦)』である。
フェイトがどれだけ良いカードを引こうとも、坂上は彼が強い時には完璧に撤退し、彼が弱い時には的確にブラフを見破ってチップを巻き上げていく。
圧倒的な洞察力、確率の計算、そして決して感情を表に出さない『大人のポーカーフェイス』。フェイトの手持ちチップは、まるで真綿で首を絞められるように、ジワジワと坂上の陣地へと吸収されていった。
「うぅ……っ。サカガミ、カッコいい……。カードめくる時の指先、すんごいエッチ……」
キャルルはゲームの勝敗など全く気にしておらず、坂上の横顔を見つめながら、自分が剥いたミカンの筋を丁寧に取り除き、「はい、あーんして」と坂上の口に運んでいる。
「あ、あのっ! 坂上様、お茶が冷めてしまいます! 私がフーフーしますから!」
マンミアも負けじと、湯呑みを両手で包み込み、一生懸命に息を吹きかけている。
「二人とも、気が散るから少し大人しくしてろ。……キャルル、ミカンは筋ごと食うのが美味いんだ」
坂上は、両脇の騒がしいヒロインたちを適当にあしらいながら、冷酷にフェイトのチップを削り取っていく。
「くそぉぉぉッ!! 次だ、次が泣いても笑っても最後の勝負だ!」
フェイトの前に残されたチップは、もう底を尽きかけていた。
彼は血走った目でカードを配り、自分の手札を見た。
(……キ、キタァァァァァァァァァッ!!)
フェイトの心臓が、早鐘のように打ち鳴らされた。
配られた五枚のカード。それは、同じマークで数字が連続している、ポーカーにおける最強クラスの役――『ストレートフラッシュ』だった。
(俺の幸運バフが、ついに究極の奇跡を引き寄せた! これなら絶対に勝てる! 総司令に一泡吹かせてやるぜ!)
フェイトは、残されたなけなしのチップをすべて中央に押し出した。
「『オールイン(全額掛け)』だ! さあ、かかってきな総司令!」
フェイトは、今度こそ完璧なポーカーフェイスを保とうと、必死に太ももをつねって表情筋を固定した。
対する坂上。
彼は自分の手札を静かに確認した。
(……なるほど。見事な『ブタ』だな。一枚も揃っていない)
坂上の手札は、絶望的なまでに最弱だった。
だが。
五十歳の男の顔には、微塵の焦りも浮かんでいなかった。
「……フェイト。俺は自衛隊時代、部下たちに『戦場では決して勝負を運に任せるな』と教えてきた」
坂上は、ゆっくりとハイライトの煙を吐き出しながら、自身の前に積まれた莫大な量のチップ(フェイトから巻き上げたもの)を、両手でガサリと掴んだ。
「お前は今、自分の『運』が引き寄せた最高の手札に、完全に心を依存している。……だが、運というものは、圧倒的な『理不尽』の前では、いとも簡単に砕け散る脆い盾だ」
ジャララララララッ!!
坂上は、フェイトのオールイン額を遥かに凌駕する、自身の全チップを盤面の中央に押し出した。
「俺も『オールイン』だ」
「なっ……!?」
フェイトの呼吸が、ピタリと止まった。
坂上の瞳が、細められる。
その瞬間、こたつの中の温かい空気が、一気にシベリアの永久凍土のように冷え込んだ。
坂上の背後に、あの『仁王(金剛力士)』の幻影が、凄まじい眼光を放って立ち昇るのが見えた。
「――コールするか? フェイト。……俺の手札は、お前の想像を超える『化け物』だぞ」
静かで、低く、腹の底に響く声。
それは、イージス艦のCICで、何百人もの命運を左右する最終決断を下す時の、本物の『指揮官の覇気』だった。
ポーカーのゲームなどという次元を超えた、生命に対する根源的な威圧感。
(ヒッ……!? な、なんだよこのプレッシャーは……っ!)
フェイトは、ストレートフラッシュという最強のカードを握りしめながら、ガタガタと震え始めた。
(嘘だろ……? 俺の幸運バフが、総司令には通用してないのか? もし、もし総司令の手札が『ロイヤルストレートフラッシュ』だったら? いや、そんな確率……だが、この人の底知れない自信は、絶対に『確信』がある顔だ……っ!)
フェイトの脳内で、坂上のこれまでの『絶対的な有能さ』の記憶がフラッシュバックする。
この男が、勝算のない勝負に出るはずがない。
この男は、常に完璧な準備をしてから相手を殺すのだ。
「うぅ……っ。あぁぁぁっ……!」
フェイトの心が、パキリと音を立てて折れた。
「……俺の、負けだ。フォールド(降りる)します……」
フェイトは、震える手でストレートフラッシュのカードを裏向きのまま投げ出した。勝負を降りたため、掛けたチップはすべて坂上のものとなる。
「……賢明な判断だ」
坂上は、フッと覇気を引っ込め、いつもの優しいおじさんの顔に戻った。
「あーあ、俺の負けかぁ! ちなみに総司令、一体どんなえげつない手札が揃ってたんだよ! 記念に見せてくれよ!」
フェイトが泣き言を言いながら、坂上の手札をペラリと表に返した。
――ハートの3、スペードの7、ダイヤの9、クラブのJ、ダイヤのK。
一枚もペアが揃っていない、完全無欠の『ブタ』であった。
「……は?」
フェイトの思考が、完全に停止した。
「……ブタ? え、ブ、ブタァァァァァァァッ!?」
「だから言っただろう。ポーカーは心理戦だ」
坂上は、ミカンをモグモグと食べながら、呆気にとられるフェイトを見てニヤリと笑った。
「お前は『運』に頼りすぎているから、己の精神を鍛えることを怠っている。俺のようなハッタリに、勝手に怯えて自滅するんだ。……戦場では、運よりも『胆力』がモノを言う時がある。良い勉強になっただろう?」
「う、うわぁぁぁぁぁぁっ! 俺の馬鹿ァァァァ! 俺の手札、ストレートフラッシュだったのにぃぃぃっ!」
フェイトは畳の上をゴロゴロと転げ回り、自身の不甲斐なさと、坂上の圧倒的な『ポーカーフェイス(大人のハッタリ)』の前に、涙を流して号泣した。
「はははっ、自業自得ね! さぁフェイト、明日から一ヶ月間、馬小屋の掃除頑張ってね!」
「フェイト、北門の掃除には私が特別な洗剤を用意しておきますから、一切の汚れを残さないように!」
キャルルとマンミアが、容赦のない追い打ちをかける。
三人の騒がしいやり取りを眺めながら、坂上は「やれやれ」と肩をすくめ、こたつから抜け出して縁側へと向かった。
障子を開けると、外はしんしんと美しい雪が降り積もっていた。
冷たい風が頬を撫でるが、不思議と寒さは感じない。
坂上は青い箱からハイライトを抜き出し、銀のライターで火をつけた。
細く吐き出した紫煙が、白い雪景色の中へと溶けていく。
(……騒がしい連中だが。休日にこたつを囲んでトランプをするのも、案外悪くないもんだな)
背後から聞こえる「サカガミ、どこー! 私のミカン食べてよー!」というキャルルの声に、坂上は小さく笑みをこぼした。
五十歳の元海将が見つけた、不器用で愛おしい異世界の仲間たち。
ポポロ村愚連隊の、誰も傷つかない温かくくだらない休日は、ゆっくりと更けていくのであった。
読んでいただきありがとうございます。
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