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EP 4

『憩いの場の拡張。大人は黙ってサウナを作る』

 大収穫祭と防衛線構築という大仕事を終え、ポポロ村には平和な疲労感が漂っていた。

 村の中心にある温泉宿『極楽おでん庵』の広間では、自警団の面々や農家のおっさんたちが、美味いおでんを突きながらも、腰をトントンと叩いたり、肩を回したりと、蓄積した疲労を隠せずにいる。

「うぅ……。昨日ハズレを引いた後遺症で、身体の節々が痛ぇ……。俺のラック(運)の女神はどこに行っちまったんだ……」

 広間の隅で、A級冒険者のフェイト・ラックが情けない声を上げながら突っ伏していた。

「自業自得でしょ。寝てただけの分際で疲れた顔しないでよね、給料泥棒」

 赤ジャージ姿のキャルルが、容赦なくフェイトの背中を安全靴で踏みつける。

「痛っ!? やめろ村長、ガチで関節がミシミシ言ってるから!」

「ふふっ……平和ですね。ですが確かに、連日の作業で村の皆の疲労はピークに達しているようです。私自身も、馬脚に少し張りを感じますし」

 マンミアが苦笑しながら、自身のお尻のあたりをポンポンと叩いた。

 その光景を、腕を組んで静かに見つめる男が一人。五十歳の元海将、坂上真一である。

(……飯と酒だけでは、根本的な疲労回復にはならん。優れた組織チームを維持するには、何よりも『完璧な休息』が必要だ。……大人の福利厚生ってやつを、見せてやるか)

 坂上は懐の【戦術情報端末タクティカル・タブレット】を取り出すと、密かに『ドンガン地下帝国』の長老・ガドンへと暗号通信を送った。

『ガドン長老。俺だ。……ああ、アイラウイスキーの追加樽の準備はできている。その代わり、極秘で一つ、村に「施設」を作ってほしい』

 さらに坂上は、【PX】にこれまで蓄積されていた莫大な善行ポイントを一気に解放した。

 召喚対象は、北欧フィンランド産の『サウナストーン(香花石)』、最高級の『ヒノキ材』、そして宇宙飛行士の休息姿勢を再現する『インフィニティ・チェア(無重力椅子)』。

 ポポロ村の裏側で、大人の密かな土木工事が幕を開けた。

     *

 数日後の夕暮れ時。

「お前ら、ちょっと裏庭に来い。全員、この『サウナポンチョ』に着替えてからだ」

 坂上に呼び出されたキャルル、マンミア、フェイトの三人は、支給された厚手のフード付きポンチョ(PX製)をすっぽりと被り、極楽おでん庵の裏手へと案内された。

「……な、何ですかこれは? 昨日までただの空き地だったはずですが……」

 マンミアが目を丸くする。

 そこには、真新しいヒノキの香りを放つ、立派な木造のログハウスが建っていた。傍らには、ドワーフの魔導冷却装置が組み込まれた、透き通るような水の張られた石造りの巨大な水風呂がある。

「俺の故郷の入浴施設、『サウナ』だ。極限まで疲労を抜き去り、心身を再起動させる魔法の小部屋さ。……四の五の言わずに入ってみろ」

 坂上がログハウスの重厚な木の扉を開ける。

 中に入った瞬間、三人は「あっつ!?」と同時に声を上げた。

 薄暗い室内は、ヒノキの香りに満ちており、中央にはサウナストーンが山盛りに積まれた魔導ストーブが鎮座している。室温は、驚異の九十度。

「お、おい総司令! ここ、オーブンの中じゃねえか! 拷問室か何かかよ!?」

 フェイトが情けなく扉にすがりつこうとするが、坂上がガシッと首根っこを掴んで木のベンチに座らせる。

「騒ぐな。これからが本番だ」

 坂上は、手桶に入った水を掬い上げた。その水には、ポポロ村特産の『陽薬草』から抽出した極上のアロマオイルがブレンドされている。

「――『ロウリュ』だ」

 ジュウゥゥゥゥゥッ!!

 熱されたサウナストーンにアロマ水がかけられた瞬間、爆発的な蒸気が立ち上り、芳醇なハーブの香りと共に、強烈な熱波が室内に降り注いだ。

「ひゃああっ!? な、なにこれ、すんごい熱いぃっ!」

 キャルルのウサギの耳が、熱気に当てられてペタンと頭に張り付く。

「くぅぅっ……! 肌を刺すような熱気……! ですが、不思議と息苦しさはありません! むしろ、毛穴という毛穴から、疲労の毒素が汗と一緒に噴き出していくのが分かります……ッ!」

 マンミアが、ポンチョの下で大粒の汗を流しながら、荒い息を吐いた。

 十分後。

 限界まで身体の芯を温められた三人は、フラフラになりながらサウナ室から転がり出た。

「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……」

「よし、次はそこの『水風呂』に入れ。肩までしっかり浸かるんだ」

 腕を組んで待っていた坂上が、容赦なく次の指示を出す。

「ば、馬鹿言ってんじゃねえ! こんな真冬の屋外で、十五度以下の水風呂に飛び込むなんて、それこそ自殺行為だ! 俺はパス――」

「入れ。命令だ」

 坂上の背後に『仁王』のオーラが立ち上るのを見たフェイトは、「ヒィッ!」と悲鳴を上げて水風呂へダイブした。キャルルとマンミアも、半ば自暴自棄になって冷水に肩まで浸かる。

「ひぃぃぃっ! 冷たい! 死ぬ! 心臓止まる!」

「耐えろ。十秒じっとしていれば、水と肌の間に『温度の羽衣はごろも』ができる。……ほら、どうだ?」

 坂上の言う通り、十秒ほど耐え抜いた彼らの身体に、不思議な変化が訪れた。

「あ、あれ……? 冷たくない……。むしろ、皮膚の表面が薄い膜で覆われたみたいで、心地よい冷たさに……」

 キャルルが目をパチパチと瞬かせる。

「血管が収縮し、体内の熱が完全に閉じ込められているのです……! 先ほどのサウナの熱が、身体の中心で燃え続けているのが分かります……っ!」

 マンミアが、驚愕の表情で自らの身体を見つめた。

「よし、上がれ。最後は、そこのインフィニティ・チェアに寝そべって、目を閉じて深呼吸しろ」

 水風呂から上がり、外気浴スペースに並べられた無重力椅子(PX製)に身を預ける三人。

 冬の冷たい夜風が、火照った身体を優しく撫でていく。

 大きく、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。

 その時――三人の脳内に、かつてない『至福の波』が押し寄せた。

 ドクン、ドクン。

 収縮していた血管が再び拡張し、全身を大量の血液が駆け巡る。脳に新鮮な酸素が供給され、視界が異様にクリアになっていく。重力が消失したかのような浮遊感。

 疲労、筋肉の張り、胃腸の痛み、精神的なストレス。

 そのすべてが、夜空の星屑に向かって溶けて消えていくような感覚。

「あぁぁ……」

「ふわぁぁ……」

「すげぇぇ……」

 三人は、完全に魂が抜けたような、とろけた顔で冬の夜空を見上げていた。

「どうだ。……『ととのった』か?」

 坂上が、一人一人の横に、PXで購入したフルーツ牛乳の瓶を置きながら静かに問う。

「……サカガミ。これ、ヤバい。生きててよかったって、本気で思える……」

 キャルルが、恍惚とした表情で坂上の袖をギュッと握りしめる。

「はい……っ。全身の疲労が、文字通り『ゼロ』になりました。まるで、生まれ変わったような気分です……」

 マンミアも、完全に脱力したメスの顔で、ポツリと呟いた。

 そして。

「……総司令」

 インフィニティ・チェアに寝そべったまま、フェイトがポロリと一筋の涙を流した。

「あんた……俺たちが疲れてるのを見て、こんな極上の施設を、裏でこっそり作ってくれてたのか……。自分の見返りなんて、一切求めずに……」

 フェイトは、A級冒険者としてこれまで多くの貴族やギルドマスターを見てきた。だが、部下の休息のために、ここまで徹底的に、かつ無言で極上の環境を整えてくれる上司など、この世界には存在しなかった。

「……俺、あんたについていくぜ。たとえコインが裏でも、あんたが張った防衛線なら、腹痛こらえてでも戦ってやるよ」

 ポンコツギャンブラーの心に、初めて「上司への絶対的な忠誠心」が芽生えた瞬間であった。

「口だけじゃなく、明日からちゃんとシフトに入れよ、不良冒険者」

 坂上はフッと笑うと、極楽おでん庵の縁側に腰掛けた。

 青い箱からハイライトを抜き出し、銀のライターで火をつける。

 星空の下、フルーツ牛乳を飲みながら幸せそうに笑い合う部下たちを見つめ、坂上は深く紫煙を吐き出した。

(……最高の組織ってのは、最高の休息から生まれる。これでまた明日から、馬車馬のように働いてもらえるってもんだ)

 どこまでも冷徹な管理理論ロジックと、限りなく深い情に裏打ちされた大人の行動。

 坂上真一が設立したポポロ村サウナ施設は、翌日から村人や駐留兵たちを巻き込み、ポポロ村の忠誠心を限界突破させる最強の福利厚生施設として名を轟かせることになるのであった。

読んでいただきありがとうございます。

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