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EP 2

『タマンネギの収穫祭と、兵站の極意』

「たまんねーなオイ! ゲヘヘヘヘッ!」

「おい、そこのピンク色のページばっかり開いてる玉ねぎ! さっさと収穫カゴに入りなさいよ!」

 ポポロ村の広大な農地は、朝から鼓膜をつんざくような喧騒と奇声に包まれていた。

 年に一度の大仕事――村の特産品である『タマンネギ』と『ネタキャベツ』の収穫祭である。

 ルナミス新聞のえっちなコラム欄を器用に葉っぱで広げて読み耽るタマンネギたちを、村の農家のおっさんたちが次々と没収していく。

「ああっ、俺の愛読書が……! ――斯くして、色即是空。我が身をスープにし、世界に平和をもたらしたまえ……」

 エロ本を取り上げられたタマンネギたちは、一瞬で悟りを開いた『賢者モード』へと移行し、自ら進んでスポンッと土から抜け出ていく。

 一方のネタキャベツは、「待って! 隣の村の村長が不倫してる証拠を教えるから、収穫しないでぇぇ!」と三面記事級のゴシップを叫びながら命乞いをしている。

 この世の地獄のような農業風景を、坂上真一は腕を組んで静かに見下ろしていた。

「……相変わらず、頭の痛くなる生態系だな。だが、糖度と栄養価は一級品だ。村の貴重な外貨獲得源シノギになる」

「はいっ、坂上様! しかし、今年は例年になく豊作でして……村人総出で作業にあたっていますが、夕方までに半分終わるかどうか……」

 坂上の隣で、麦わら帽子を被ったマンミアが大量の汗を拭いながら報告する。

 農家たちも自警団も、皆一様に腰を叩き、疲労困憊の表情を浮かべていた。重い木製のカゴに玉ねぎを詰め込み、それを人力で倉庫まで運ぶという、極めて非効率で前時代的な重労働を強いられているからだ。

「フッ……情けねぇな、お前ら! 農業ってのは気合いと根性じゃねぇ。最後にモノを言うのは『ラック』だぜ!」

 その時、ポンコツ極まる高笑いと共に、A級冒険者フェイト・ラックが畑に現れた。

 昨日はパチンコ屋から強制連行された彼だが、一晩寝てすっかり元気を取り戻したらしい。愛用の大剣ではなく、なぜかドヤ顔で一枚の銀貨を指先で弾いている。

「見てな総司令! 俺のユニークスキル【コイントス】で『表』を出せば、俺の基礎ステータスは二倍! この広大な畑の収穫も、俺一人で三分で終わらせてやるぜ!」

「おい、やめろフェイト。博打で兵站へいたんを回そうとするな」

 坂上が眉をひそめて制止するのも聞かず、フェイトは「表ェェッ!」と叫びながらコインを天高く弾き飛ばした。

 キィィィン……。

 クルクルと宙を舞ったコインが、フェイトの手の甲に落ちる。

「さあ、奇跡の二倍バフ、カモォォォ……ッ!? ……う、裏、だと……?」

 その瞬間、フェイトの顔からサァッと血の気が引いた。

 A級冒険者としての膨大な闘気と魔力が一瞬で霧散し、代わりにどす黒いデバフのオーラが彼を包み込む。

「おふぅ……っ。い、胃が……それに猛烈な吐き気が……。ごめん総司令、俺、急性の胃腸炎になったみたいだから、保健室で寝てくるわ……バタッ」

 フェイトは白目を剥いて、タマンネギの横に倒れ伏し、ピクピクと痙攣し始めた。

「ほーんと、息を吸うように足手まといになるわね、あの粗大ゴミ!」

 遠くでネタキャベツを蹴り飛ばしていたキャルルが、呆れ果てた声で叫ぶ。

「……やれやれ。たった一人の個人の能力バフに依存するシステムは、そいつがコケた瞬間に瓦解する。『失敗の本質』の典型例だな」

 坂上は倒れたフェイトを一瞥もせず、懐から黒いタクティカル・タブレットを取り出した。

「マンミア。村の連中を全員、畑の中央に集めろ。これより、ポポロ村収穫作戦の指揮権は、俺が掌握する」

「は、はいッ! 総司令!」

     *

 数分後。集められた村人たちの前に、坂上は【PX】の善行ポイントを消費して召喚した『現代の神器』をズラリと並べた。

「な、なんですかこれは? 車輪が一つしかついていない、奇妙な鉄の荷車ですが……」

 マンミアが不思議そうに首を傾げる。

「俺の故郷で『一輪車(ネコ車)』と呼ばれる運搬機材だ。タイヤはノーパンク仕様、テコの原理を応用しているため、百キロの荷物を載せても片手で軽々と押せる。……そしてこっちは、特殊ゴムコーティングが施された『高機能ワークグローブ』だ」

 坂上は、鮮やかなオレンジ色の軍手を村人たちに配って回った。

「農業の疲労の八割は、『腰への負担』と『握力の低下』から来る。このネコ車で腰の負担をゼロにし、特殊グローブの強烈な摩擦力で握力の消耗を最小限に抑えるんだ」

「おおっ……! この手袋、玉ねぎが手に吸い付くように掴めるぞ!」

「こっちのネコ車もすげぇ! 山盛りのタマンネギが、指一本で動かせるだぁ!」

 村の農家のおっさんたちが、地球のホームセンターが誇る現代技術エルゴノミクスの結晶に触れ、歓声を上げた。

「喜ぶのはまだ早い。機材ハードが揃っても、運用ソフトが駄目なら意味がない。全員、これまでの『各自が収穫から運搬まで全てやる』という非効率なやり方は捨てろ。これより、作業を完全に分割・専門化する」

 坂上は、イージス艦のCIC(戦闘指揮所)で指示を出すのと同じ、冷徹にして完璧な顔つきで村人たちを配置し始めた。

「第一班(エロ本没収部隊)! ひたすらタマンネギを賢者モードにして引っこ抜け! それ以外のことはするな!」

「第二班(回収・集積部隊)! キャルル、お前がリーダーだ! お前の圧倒的なスピードで、引っこ抜かれた玉ねぎをネコ車に放り込め!」

「了解よ、サカガミ! 見ててね、私の残像!」

「第三班(輸送部隊)! マンミア! ケンタウロスの馬力を持つお前なら、ネコ車を十台連結しても引っ張れるはずだ! 畑から倉庫へのピストン輸送を頼む!」

「承知いたしました! 我が脚力、兵站ロジスティクスのために全力で振るいます!」

 坂上の指示により、無秩序だった畑の作業が、まるで近代工場のベルトコンベア(アセンブリ・ライン)のように統制された、完璧な『サプライチェーン』へと変貌を遂げた。

 無駄な移動が一切なくなり、各々が自分の持ち場だけを集中してこなす。

 その間、坂上自身は全体を見渡し、作業の滞っている箇所ボトルネックを瞬時に見抜いては人員を再配置していく。

「第二班、ペースが落ちているぞ! 水分補給だ!」

 さらに坂上は【PX】で召喚した冷たい『麦茶』のタンクと『塩飴』を各所に配り歩き、作業員のコンディション管理まで完璧にこなしていた。

 魔法や闘気のような、派手なエフェクトは一切ない。

 だが、ただ『理にかなった道具』と『完璧なシステム』を提供するだけで、ポポロ村の収穫速度は、例年の十倍以上に跳ね上がっていたのだ。

     *

 夕暮れ時。

 ポポロ村の大型倉庫には、天井まで届くほどのタマンネギとネタキャベツの木箱が、整然と積み上げられていた。

「終わった……。例年なら三日徹夜しても終わらない収穫が、たったの半日で……」

「しかも、誰も腰を痛めてねぇ! 坂上の兄ちゃん、あんた一体何者なんだ……! 農業の神様か!」

 農家のおっさんたちが、涙を流しながら坂上の手を握りしめ、拝むように感謝の言葉を口にしている。

「俺はただ、大人の段取り(ロジスティクス)を教えただけだ。立派にやり遂げたのは、お前たちのチームワークの賜物だよ」

 坂上は照れ隠しのように笑うと、ポケットから青い箱を取り出し、ハイライトを一本咥えた。

 カチャリと銀のライターで火をつけ、夕焼け空に細い紫煙を吐き出す。

 その疲れを知らない、分厚くて頼もしい背中を見つめながら、キャルルとマンミアはすっかり目を潤ませていた。

「はぁ……サカガミ、かっこよすぎる……。剣を振ってない時の指揮官の顔も、たまんないわね……ジュルリ」

「ええ……。個人の力に頼らず、すべての民の力を最大限に引き出す統率力。これこそが真の王の器。……やはり、私の背中に乗っていただくのは坂上様しか……っ」

 二人のヒロインが顔を真っ赤にして身悶えしている傍らで。

「うぅぅ……。お、終わったのか……?」

 すっかり日が暮れて冷え込んだ畑の真ん中で、デバフが解けかかったフェイトが、土まみれになって這い上がってきた。

「俺の……俺のラック(運)のおかげで、豊作だっただろ……?」

「あんたは一日中、玉ねぎの横で寝てただけでしょ! 邪魔よ!」

 ドゴォッ!

 キャルルの容赦ない安全靴の蹴りがフェイトの顔面にクリーンヒットし、ポンコツなA級冒険者は再び深い眠りへと落ちていった。

「……ま、運任せの馬鹿が一人くらいいる方が、組織ってのは案外上手く回るもんさ」

 坂上は呆れながらも、静かに煙を燻らせる。

 ポポロ村の秋の収穫祭は、五十歳の元海将の圧倒的な『兵站理論』によって、大成功の内に幕を閉じたのであった。

読んでいただきありがとうございます。

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