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第二章『ポポロ村愚連隊と、大人のサイコロ遊び』

『A級冒険者の憂鬱と、五十歳の勤怠管理』

ポポロ村の朝は、ひんやりとした清浄な空気に包まれている。

村の役場にある村長室では、五十歳の元海将・坂上真一が、【PX】で召喚した淹れたてのドリップコーヒーの香りを楽しみながら、一日の防衛シフト表に目を通していた。

彼の左腕には、今日も今日とて赤ジャージ姿の村長キャルルがコアラのようにしがみつき、「サカガミの匂い、すんごい落ち着くぅ……」と幸せそうに目を閉じている。

「――坂上様。また、です」

カツッ、と蹄の音を鳴らして入室してきたのは、自警団リーダーのマンミアだった。

生真面目なケンタウロスの騎士である彼女の顔には、隠しきれない苛立ちと、深い溜息が張り付いている。その手には、通信用の魔導通信石が握られていた。

「またか。……今度は誰が死んだんだ?」

坂上がコーヒーカップを置き、冷静に尋ねる。

マンミアは眉間を揉みほぐしながら、通信石のメッセージを読み上げた。

「はい。フェイト・ラック団員からの通信です。『身内に不幸がありまして、急で申し訳ありませんがお休みをいただきます。親友の従兄弟の隣に住んでいるおばさんの友達の飼い犬が死んだので、香典を包みに行ってきます。探さないでください』……とのことです」

「もう身内でもなんでもない、完全な他人じゃねえか」

坂上は、あまりにも舐め腐った欠勤理由に、怒るどころか感心したように息を吐いた。

フェイト・ラック。二十五歳、人間。

大陸でもトップクラスの実力を持つA級冒険者であり、月給三十万円という破格の好待遇でポポロ村の自警団にスカウトされた男だ。

両手剣を振るえば一騎当千。だが、彼は重度の「ギャンブル依存症」であり、朝のコイントスで『ハズレ』を引くと「運勢が悪いから」という理由で謎の体調不良を引き起こし、平気で仕事をサボるという致命的な欠陥を抱えていた。

「あいつぅぅぅッ!!」

坂上の腕にしがみついていたキャルルが、ガバッと跳ね起きた。赤い瞳が、殺意でギラギラと発光している。

「月給三十万も貰っておいて、これで今週三回目よ!? あの粗大ゴミ、私が今すぐマッハで蹴り飛ばして月の裏側まで吹っ飛ばしてやるわ!」

「落ち着け、キャルル。怒りで我を忘れるのは指揮官の恥だぞ」

坂上はキャルルの銀髪をポンポンと撫でて宥めると、自身の懐から【PX】で支給された真っ黒な『戦術情報端末タクティカル・タブレット』を取り出した。

「『失敗の本質』にもある通り、組織の崩壊は規律の緩みから始まる。だが、優秀な指揮官というものは、はぐれ犬の徘徊ルートなど事前にすべて把握しているものだ」

坂上がタブレットの画面を操作すると、ポポロ村のマップ上に、赤い光点がピコン、ピコンと点滅して表示された。

「な、坂上様。これは一体……?」

「GPS探知機だ。昨日、奴が脱ぎ捨てていたミスリルアーマーの裏地に、米粒大の発信機を仕込んでおいた。……見ろ、赤い点は村の北側、『ルナミスパーラー』のど真ん中で完全に停止している」

「パチンコ屋ですか! あいつ、犬の葬式どころか朝からギャンブルを……ッ!」

マンミアが、ギリッと奥歯を噛み鳴らす。

坂上は立ち上がり、黒いタクティカル・コートを羽織った。

「行くぞ、お前たち。大人の『勤怠管理』ってやつを教えてやる」

じゃらじゃらじゃらじゃら……!!

ピロリロリロリィィィン!!

耳をつんざくような魔導スピーカーの電子音と、銀色の鉄球がガラス板にぶつかる騒音。

ポポロ村の娯楽の殿堂『ルナミスパーラー・ポポロ支店』の店内は、朝からむせ返るような熱気に包まれていた。

そのフロアの奥、ひときわ派手な筐体の前に、フェイト・ラックの姿があった。

彼は愛用の『ポポロ・シガレット』を咥え、血走った目で液晶画面を凝視している。

(……今日の朝のコイントスは『裏』だった。胃腸は痛てぇし、関節は軋むし、最悪のバッドステータスだ。こんな状態で魔獣と戦ったら確実に死ぬ……。だが!)

フェイトは、手元のレバーを力強く握りしめた。

(ギャンブルは別だ! 俺の直感が囁いてる……ここで『CR異世界転生トラックでドン!』を打てば、間違いなく大爆発するってな!)

フェイトはA級冒険者の動体視力をパチンコという無駄な方向へ極限まで研ぎ澄まし、画面の演出に一喜一憂していた。

『ああっ! 主人公の前に、暴走するトラックが!』

画面の中で、横断歩道を渡る主人公に向けてトラックが突進してくる。

フェイトの額から滝のような汗が流れた。

(耐えろ……! ここでトラックに轢かれて、ハズレ演出の『女神ルチアナのコタツ部屋』に行ったら終わりだ! 頼む、来てくれ……ッ!)

ドゴォォォォンッ!!

画面の中でトラックが激突し、ブラックアウトする。

静寂。フェイトが息を呑んだ、その瞬間。

『ピキィィィィン!!』

液晶画面に、金色のヒビが入った。

『アナスタシア……! その絶望の淵で、眠れる魂が目を覚ます!』

けたたましいファンファーレと共に、筐体全体が虹色に発光し始める。

「キ、キタァァァァァァァッ!!」

フェイトは座席から半分腰を浮かせ、歓喜の絶叫を上げた。

『聖・獣・合・体!! ガオガオン!!』

画面の中で黄金のメカライオンが咆哮し、激アツの『大当り確定』の文字が踊る。

「よっしゃあああ! 見たか、これが俺のラック(運)だ! 月給三十万なんて目じゃねえ、ここで万枚出してやるぜぇぇぇッ!」

フェイトが、歓喜の震えと共に、赤く点滅する『PUSH』ボタンに手を伸ばそうとした。

その、直前だった。

ガシッ。

フェイトの右肩に、万力のように重く、冷たい『手』が置かれた。

「――その犬の葬式は、随分と賑やかなんだな」

ピタリ、と。

フェイトの全身の血の気が引いた。

パチンコ台の騒音すらも掻き消すような、圧倒的で冷徹な殺気。背後に立つ何者かから、まるで『仁王像』に睨まれているかのような覇気が放たれている。

ギギギ……と、錆びた機械のように首を後ろに向ける。

そこには。

無表情でフェイトを見下ろす、スーツ姿の坂上真一。

指の関節をボキボキと鳴らしながら、満面の笑み(目は一切笑っていない)を浮かべるキャルル。

そして、腕を組み、ゴミを見るような冷ややかな視線を送るマンミアが立っていた。

「ひっ……!? さ、総司令!? そ、村長にマンミアまで……っ! なんでここが……!」

「俺の部下でいる以上、盤面シフトから逃げられると思うな」

坂上は、空いた左手で【PX】から召喚した白い『トラメガ(拡声器)』を口元に構えた。

そして、サイレンのボタンを押しながら、店内中に響き渡る大音量で宣告した。

「ウゥゥゥゥゥゥッ!! ――フェイト・ラック団員! 貴様の有給申請は正式に却下された! これより強制連行を実行する!」

「待って! 待ってくれ総司令! 今、激アツの右打ちラウンドが始まるところなんだ! あと五分、いや三分でいいから打たせてくれぇぇッ!」

「却下だ。マンミア、縛れ」

「はっ! 喜んで!」

ジャラァッ!

マンミアの腰から放たれた魔導鎖『メビウス』が、蛇のようにフェイトの胴体に巻き付き、彼を座席から乱暴に引き剥がした。

「ああっ!? 俺の、俺のガオガオンがあああああッ!!」

『右打ちをしてね!』という陽気な台のアナウンスを残し、フェイトは床をズルズルと引きずられていく。

「いいからサッサと歩きなさいよ! この給料泥棒! 今日の北門の便所掃除、あんた一人でやらせるからね!」

キャルルが、安全靴のつま先でフェイトの尻を容赦なく小突く。

「……やれやれ。手のかかる部下を持ったもんだ」

坂上は、パーラーの自動ドアを抜けながら、青い箱からハイライトを一本抜き出した。

銀のオイルライターでカチャリと火をつけ、冬の空に向けて紫煙を細く吐き出す。

ポンコツなA級冒険者の情けない悲鳴と、容赦のない少女たちの叱責が、平和なポポロ村の朝の空に響き渡っていた。

大人の悪知恵と、圧倒的な管理能力。

坂上真一が率いるポポロ村愚連隊の、騒がしくも温かい日常が、今日もまた幕を開けたのである。

読んでいただきありがとうございます。

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