EP 14
『一点突破。三位一体の極光』
視覚を破壊され、聴覚を特殊音響で完全に焼き切られた機装狂竜は、深い雪原の上でのたうち回っていた。
『GYGIIIII……ッ!! GGAAAAAAAAッ!!』
エラーを吐き出し続ける魔導脳は、制御不能に陥った三百トンの巨体をただ無目的に暴れさせることしかできない。巨尾がデタラメに振り回され、大地が抉れ、吹雪が乱気流となって巻き起こる。
だが、その盲目の暴威すらも、坂上真一の冷徹な計算の内であった。
「今だ、マンミア! 奴の四肢を大地に縫い付けろ!」
「――承知いたしましたッ! 我が誓いと誇りに懸けて!」
坂上の号令に呼応し、猛吹雪の中から一直線に飛び出したのは、誇り高きケンタウロス種の騎士・マンミアであった。
彼女は自身の下半身である強靭な馬の四肢に、これまでにないほどの限界突破の闘気を注ぎ込んでいた。雪を蹴り上げるたびに、爆発的な推進力が生まれ、彼女を時速八十キロを超えるトップスピードへと加速させる。
狙うは、盲目に暴れる機装狂竜の巨大な四肢。
「はぁぁぁぁぁぁッ!!」
マンミアは走りながら、腰に巻いていた魔導鎖『メビウス』を解き放った。
生き物のように宙を舞った漆黒の鎖は、機装狂竜の右前脚と左後脚に幾重にも巻き付く。そしてマンミアは、鎖の先端についた巨大な分銅を、雪原に突き出ている『巨大なコンクリートの支柱』へと巻き付けた。
それは、数週間前に坂上とドワーフたちが共同で築き上げた『ポポロ・ディフェンス・グリッド』の基礎杭の一つ。地下数十メートルの岩盤まで打ち込まれた、絶対に抜けない現代建築の結晶である。
「ギチッ……!」
鎖が限界まで張り詰め、金属の軋む悲鳴が上がる。
マンミアはすぐさま反対側の脚にも別の鎖を絡め、同じようにコンクリートの杭へと固定した。
機装狂竜の巨体が、拘束に気づいて力任せに暴れようとする。三百トンの筋力と魔導バーニアの推力が、鎖を引きちぎらんばかりに跳ね上がった。
「くぅぅぅッ……! させません……ッ! 坂上様が私に下さった、温かい居場所! 絶対に、ここは通しませんッ!!」
マンミアは四つの蹄を深く雪に食い込ませ、己の体重と馬力のすべてを後方への牽引へと叩きつけた。
遠心力、梃子の原理、そして大地に根を張る強固な建築力学。
個の力では到底及ばない巨獣の力を、地形と物理法則を利用して完全に相殺するマンミア最大の捕縛陣。
「――『メビウス・インパクト』!!」
ドゴォォォォォォンッ!!
四肢を完全に固定され、重心を崩された機装狂竜は、ついにその三百トンの巨体を雪原に叩きつけられ、完全に無力化された。
手足を大の字に縛り付けられ、まるで解剖台に乗せられた蛙のように身動きが取れない。
「拘束完了! 村長、今です!!」
「よくやったわマンミア! ご褒美に後で、サカガミの頭なでなで権を三秒だけ譲ってあげる!」
上空から、銀色の軌跡が降ってきた。
ヤンデレ村長こと、キャルル・ムーンハートである。
彼女は機装狂竜が暴れている間に、ポポロ村の防壁を蹴り上がり、さらに落下する雪の結晶すらも足場にする『月影流・三角飛び』の要領で、遥か上空数十メートルの位置へと到達していた。
「あははははッ! サカガミの作ってくれたケーキを消化するには、ちょうどいい運動ね!」
満月は出ていない。だが、今の彼女の身体には、坂上が支給したPXの最高級栄養アンプルと、何より「愛する男への絶対的な信頼」という極上のバフがかかっていた。
タローマン特注の安全靴に仕込まれた『雷竜石』が解放され、紫電の雷光がキャルルの右足に収束していく。
上空からの自由落下に、月兎族の規格外の脚力による推進力が加わる。
空気が引き裂かれ、キャルルの身体は音速の壁を突破した。
目掛けたのは、機装狂竜の巨躯のど真ん中――強固な魔導装甲で覆われた、胸部の中央。
「私の愛の重さ、たっぷり味わいなさい! ――『流星脚』!!」
ズッ・ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!
音速を超えた、質量と闘気の超圧縮体飛び蹴り。
着弾した瞬間、数万ジュールの運動エネルギーが、安全靴のつま先という『一点』に集中して機装狂竜の装甲へと流し込まれた。
ポポロ村全体がトランポリンのように跳ね上がり、巨大なクレーターが雪原に穿たれる。
『GYGYYAAAAAAAAAAAAAAAッ!?!?』
古代大戦の直撃すら耐え抜いたと言われる絶対装甲が、まるで薄いすりガラスのように粉々に砕け散った。
装甲の破片が四方八方へと吹き飛び、機装狂竜の胸の奥底――これまで決して外界に晒されることのなかった、脈打つ紅蓮の心臓『魔導コア』が、ついにその姿を現した。
「やった! 装甲粉砕、成功です!」
「ふんすっ! ざっとこんなもんよ!」
着地し、Vサインを掲げるキャルルと、盾を構えて歓喜するマンミア。
二人の連携は完璧だった。
だが、古代の最終兵器は、ただでは死なない。
『――WARNING。CORE・EXPOSED。LIMIT・BREAK――』
装甲を失い、死を悟った機装狂竜の魔導コアが、不気味な黒い光を放ち始めたのだ。
周囲の雪が一瞬にして蒸発し、大気がプラズマ化してバチバチと放電を始める。
「なっ……魔力が、急激に膨れ上がって……!?」
「マズい! これ、自爆する気よ!!」
機装狂竜は、残された全生命力と魔力をコアに圧縮し、ポポロ村ごと周囲数キロを消し飛ばす『メルトダウン(炉心溶融)』のフェーズへと移行したのだ。
膨大な熱量に当てられ、マンミアとキャルルが後方へと吹き飛ばされる。二人の闘気をもってしても、暴走状態のコアに近づくことは不可能だった。
「くそっ……私の蹴りじゃ、この熱線を突破してコアを壊せない……!」
「そんな……! ここまで、坂上様が完璧なお膳立てをしてくださったのに!」
絶望が二人の顔をよぎった、その時。
「――よくやった。お前たちの働きは一〇〇点満点だ」
圧倒的な熱の嵐の中を、一人の男が歩いてきた。
黒いロングコートを羽織った、坂上真一である。
魔法による防御障壁も、獣人族のような闘気も纏っていない。ただ、五十歳の人間が、ありのままの生身で、数千度を超える超高熱の領域へと足を踏み入れていた。
「サカガミ!? ダメ、近づいたら焼け焦げちゃうわ!」
「心配するな。ただの熱風だ、気合いでどうにでもなる」
坂上は、冗談のようにそう言ってのけた。
実際には、彼の一歩一歩は『五輪の書・水の巻』に基づく、極限の身体操作によるものだった。放電の軌道、熱波の波長、空気の揺らぎ。それらすべてを『観の目』で完全に捉え、致死のエネルギーが通り抜ける「隙間」を縫うように歩を進めているのだ。
「それに、お前たちがここまで『道』を切り開いてくれたんだ。大人の男が、ここで見せ場を作らんでどうする」
坂上は、暴走し膨張を続ける魔導コアの、まさに目の前――絶対零距離へと到達した。
熱波で髪がなびき、コートが焦げ臭い匂いを放つ。
だが、坂上の呼吸は凪いだ海のように静かだった。
左手が、腰に帯びた愛刀『白雪』の鞘をスッと撫でる。
(どんな強大なエネルギーであろうと、力の『流れ』がある。そこを断ち切れば、ただのスクラップだ)
腰を落とし、静かなる前傾姿勢。
右手が、白雪の柄に触れた。
「――北辰一刀流」
空気が、止まった。
暴走するコアの明滅すらも、彼を中心とした空間ではコマ送りのように遅く感じられる。
坂上の全身の筋肉が、最も効率的かつ爆発的な連動を起こす。
「――抜刀術、『白凪』」
ヒュッ。
音を置き去りにした、一閃。
鞘から放たれた『白雪』の刃が、文字通り美しい一条の光となって、機装狂竜の魔導コアの中央を滑るように駆け抜けた。
力任せの斬撃ではない。コアのエネルギーの循環回路、その最も脆い結節点を、神速の精密さをもって『切断』したのだ。
刃を振り抜いた姿勢のまま、坂上が静かに残心を取る。
カチャリ、と。
刃が鞘に納まる涼やかな音が、戦場に響いた。
ピタリ、と。
魔導コアの暴走が、嘘のように停止した。
機装狂竜の巨体がビクンと一度大きく跳ね、直後、その真っ二つに両断されたコアから、プシューッと甲高い音を立てて黒い蒸気が噴き出した。
『――――――――』
断末魔の叫びすら上げることはできなかった。
すべてのエネルギー供給を完全に絶たれた古代の巨竜は、全身からパラパラと錆を落としながら、力なく雪原へと崩れ落ちる。
装甲が砕け、骨組みが崩壊し、数百トンの巨体はただの巨大な鉄くずの山へと成り果てた。
完全なる、沈黙。
ポポロ村を襲った理不尽な厄災は、ここに完全に討ち果たされたのである。
*
「……終わったな」
坂上は、静かにコートの襟を正すと、胸ポケットから青い箱――ハイライトを取り出した。
銀色のオイルライターをカチャリと鳴らし、火をつける。
深く吸い込み、細く紫煙を吐き出す。戦闘の緊張を解きほぐす、大人の至福の瞬間だ。
「サカガミィィィィィィィィィィッ!!」
ドスッ!! という鈍い音と共に、キャルルが猛スピードで坂上の胸に飛び込んできた。
「危ねぇっ!?」
マッハで動ける月兎族のタックルに、たまらず坂上は雪の上に尻餅をついた。
「サカガミ! サカガミサカガミサカガミッ! あんたって男は、なんでいっつもそうやって、最後の一番美味しいところだけスマートに持っていくのよ! かっこよすぎて、もう私、頭がおかしくなっちゃうぅぅぅッ!!」
キャルルは坂上の胸に顔をぐりぐりと押し付け、狂ったように匂いを嗅ぎながら感極まって泣き叫んでいる。
そのすぐ後ろには、アグニを放り出し、大粒の涙をボロボロと流すマンミアの姿があった。
「うぅ……っ! ぐすっ……。坂上様……ご無事で、本当に……良かったです……っ!」
生真面目な騎士は、もはや敬礼をすることも忘れ、ケンタウロスの前脚を折って坂上の前に崩れ落ち、その大きな手で顔を覆って泣きじゃくっていた。
彼女にとって、坂上を失うかもしれない恐怖は、自身が死ぬことよりも恐ろしいものだったのだ。
「おいおい、二人とも。戦に勝ったんだ、そんな泣きっ面をするな」
坂上は苦笑しながら、タバコを持つ手とは逆の手で、キャルルの銀糸の髪を撫で、そしてマンミアの大きな頭をポンポンと優しく叩いた。
「俺一人じゃ、あの鉄くずにはかすり傷一つつけられんかった。お前たち二人が、命懸けで『点』を繋ぎ、最高の舞台を整えてくれたからこそ、俺の刀が届いたんだ」
坂上は、吹雪が止み、雲の隙間から差し込み始めた朝日を見上げた。
「『一人で無双はしない』。俺たち三人の、完璧なチームワークの勝利だ」
その言葉に、キャルルとマンミアは顔を見合わせ、そして互いに泥だらけの顔で笑い合った。
機装狂竜討伐。
村人の被害、ゼロ。
五十歳の元海将と、不器用な二人の少女が成し遂げた、圧倒的で、優しくて、文句なしの「俺たちTUEEE」の極致であった。
読んでいただきありがとうございます。
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