EP 13
『機装狂竜迎撃戦②:拍子を読め』
限界を突破した機械と竜の融合体。機装狂竜から噴き出す赤い排熱蒸気が、ポポロ村の境界に積もった雪を瞬時に沸騰させ、白い霧へと変えていく。
『GUGAAAAAAAAAッ!!』
光学センサーであるカメラアイが完全に紅蓮に染まり、理性を失った狂乱の咆哮が轟いた。
装甲の隙間からオーバーヒートの火花を散らしながら、三百トンの巨体が再びポポロ村の光の盾――『イージス・フィールド』へと突進を開始する。
ドゴォォォォンッ!!
先ほどのブレス攻撃とは違う、純粋な『質量』と『推進力』による物理的な体当たり。
魔導バーニアの青白い炎が最大出力で噴射され、鉄骨のような爪が光の盾に深々と突き立てられた。フィールドの表面に、ガラスが割れるような亀裂が走り始める。
「くぅぅッ……! ジェネレーターの出力、低下! これ以上の物理的負荷は、魔力変換陣が焼き切れます!」
最前線で盾を構えるマンミアが、ケンタウロスの強靭な四肢を震わせながら悲鳴に近い報告を上げた。彼女の背後で陣を支える自警団の農家のおっさんたちも、鼻血を流しながら決死の形相で闘気を振り絞っている。
だが、リミッターを解除して己の寿命すら燃やし尽くそうとしている機装狂竜の圧力は、固定された防衛線のキャパシティを凌駕しつつあった。
「……よく堪えた、マンミア殿。イージス・フィールドを解除しろ」
通信越しに響いた坂上真一の声は、この絶望的な状況にあって、不気味なほどに凪いでいた。
「か、解除!? しかし、それでは村が――」
「俺が前衛に出る。奴のターゲット(ヘイト)を俺一人に集中させる」
「サ、坂上様!? いけません、いくら貴方でも、三百トンの質量を一人で受け止めるなど――」
「『受け止める』とは言っていない。……キャルル」
役場の屋上。坂上は、隣で目をギラギラさせている銀髪の月兎族の少女を見下ろした。
「俺が奴の『目』を潰し、完全に動きを止める。そうしたら、マンミアと連携して奴の息の根を止めろ。お前たちの最大火力が必要だ」
「ふふっ……任せてよ、サカガミ。あのデカブツ、サカガミを困らせた罪で、細切れのミンチにしてあげる」
キャルルがダブルトンファーをクルリと回し、獰猛な笑みを浮かべる。
坂上は「頼んだぞ」とだけ残し、役場の屋上から雪原へと跳躍した。
黒いロングコートが夜風に翻り、五十歳の元海将が戦場へと舞い降りる。
*
イージス・フィールドが解除された瞬間、機装狂竜は堰を切ったように村の中心部へと雪崩れ込もうとした。
だが、その鼻先に、一人の男がスッと立ち塞がった。
「おい、図体ばかりデカいトカゲモドキ。お前の相手はここだ」
坂上真一である。
手には名刀『白雪』が握られているが、あえて刀身を下段に下げ、完全に隙だらけの姿勢を取っている。
機装狂竜の紅いカメラアイが、前方に立つ極小の熱源を捕捉した。
システムが『排除すべき障害物』と判定を下す。
『GYUAAAAAAAAッ!!』
機装狂竜が、巨大な顎のクラッシャーを開き、坂上を丸呑みにせんと襲いかかった。
マンミアが「坂上様ッ!」と絶叫する。
だが。
坂上は一歩も退かず、迫り来る巨大な顎をじっと見据えていた。
(『五輪の書』水の巻――『拍子』を知る事)
北辰一刀流免許皆伝の剣士である坂上は、魔力や闘気に頼る異世界の戦士たちとは次元の違う『観の目』を持っていた。
敵の筋肉の収縮、機械の駆動音、バーニアの噴射タイミング。
いかに理不尽な化物であろうと、この世に物理法則として存在する以上、そこには必ず『リズム(拍子)』が存在する。ましてや、本能で動く竜に、機械のAIという一定のプログラムが混ざり合った機装狂竜の動きは、達人から見れば「単調なパターンの繰り返し」に過ぎなかった。
「――遅いな」
巨大な顎が坂上を噛み砕く、そのコンマ一秒前。
坂上の姿が、フッと掻き消えた。
ガキンッ!! と、空を切ったクラッシャーが虚しく火花を散らす。
坂上は、最小限の歩法(すり足)で機装狂竜の顎の真横へと移動していたのだ。風圧で黒いコートが激しくはためくが、その身体には傷一つついていない。
『GYURUッ!?』
目標を見失った機装狂竜が、苛立ち紛れに鋼鉄の巨尾を薙ぎ払う。
家屋を一撃で粉砕するその一撃が迫る。
「大振りすぎる。当たらなければ、ただのそよ風だ」
坂上は跳躍することすらしない。すっと身を屈め、頭上数センチのところを通過する巨尾を涼しい顔で見送った。
「なっ……」
後方で待機していたマンミアが、信じられないものを見るように目を丸くした。
坂上は魔法による身体強化も、超絶な速度による回避も行っていない。ただ、『敵の攻撃が絶対に通らない位置』へと、あらかじめ歩いているだけなのだ。
それは、究極に研ぎ澄まされた武の極致。
「凄い……サカガミ、やっぱりあの人、ただのおじさんじゃないわ……っ!」
キャルルが赤い瞳を輝かせ、熱っぽい吐息を漏らす。
だが、坂上の狙いは「見世物」をすることではない。
機装狂竜の攻撃を紙一重で躱し続けながら、彼はジリジリと村の中心から離れ、雪原の開けた場所へと怪物を誘導していた。
(機装狂竜の『拍子』は完全に把握した。奴が攻撃を外した後、姿勢制御のバーニアを噴射し、再度カメラアイの絞りを開いてこちらをロックオンするまでのタイムラグ。……およそ一・五秒)
そして、坂上が思い描いた『完璧な座標』に、三百トンの巨体が足を踏み入れた。
「ここだ」
坂上は刀を鞘に納め、空いた左手で虚空を操作した。
脳内の【PX】スクリーンが展開し、蓄積された善行ポイントが消費される。
彼の左手に召喚されたのは、漆黒の円筒形をした現代兵器。
自衛隊や特殊部隊が対テロ制圧作戦で使用する非致死性兵器――『M84 特殊閃光音響弾』である。それも、一点集中型に威力を増幅させた特別仕様だ。
「キャルル! マンミア! 目を閉じ、耳を塞げ!」
通信機越しに鋭く警告を発すると同時。
機装狂竜が坂上を確実に仕留めるべく、カメラアイの感度を最大まで引き上げ、周囲の魔力センサーを全開にして大きく顎を開いた。
その『一・五秒の硬直』のど真ん中へ。
坂上はスタングレネードのピンを抜き、機装狂竜のパカッと開いた顎の奥底――カメラアイと魔力センサーが集中している頭部の中心へと、正確無比な投擲で放り込んだ。
カラン、と小さな金属音が響いた直後。
ピカァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!
真夜中の雪原に、数百万カンデラという人工の太陽が爆誕した。
同時に、一七〇デシベルを超える耳をつんざく爆音と、三半規管を破壊する特殊な衝撃波が発生する。
『GYIIIIIIIIIIGYAAAAAAAAAッ!?!?』
暗闇と吹雪に適応するため、視覚と魔力感知センサーを限界まで拡張していた機装狂竜にとって、それは文字通りの『致命傷』だった。
紅く発光していたカメラアイが「パリンッ!」と砕け散り、黒い煙を噴き出す。過剰な光と音のデータ処理に耐えきれなくなった魔導脳がエラーを起こし、全機能が強制的にフリーズした。
三百トンの巨体が、痙攣しながら雪原にドスンッと膝をつく。
物理的な装甲を一切傷つけることなく、敵の『視覚』と『指揮系統』だけを完全に物理破壊したのだ。
「……作戦完了。大人の悪知恵の勝利だ」
坂上は、特殊防眩サングラス(これもPXで事前召喚済み)を外しながら、完全に無防備となった機装狂竜を見下ろした。
そして、鞘から『白雪』を静かに抜き放ち、夜空に向かって高々と掲げた。
「俺の仕事は終わった! 後は頼んだぞ、俺の自慢のマンミアと、最高のキャルル達!!」
総司令官の、勝利を確信する力強い号令。
その言葉を合図に、待ちわびていた二人の少女が、限界突破の闘気を纏って雪原を蹴り出した。
点と点が繋がり、面となり、今、最強の『立体陣形』が完成する。
「はいッ! 坂上様の切り開いた道、決して無駄にはしません!」
「あははははッ! サカガミの最高のヒロインは私だぁぁぁッ!!」
雪煙を上げ、マンミアとキャルルが、盲目となった機装狂竜へと肉薄していく。
理不尽を打ち砕くための、三位一体の反撃が始まろうとしていた。




