EP 12
『機装狂竜迎撃戦①:防衛線構築』
ズズンッ……! ズズズンッ……!!
ポポロ村の北方に広がる黒き森。樹齢数百年を越えるであろう大木が、まるで枯れ枝のように次々とへし折られ、宙を舞っていた。
地響きと共に現れたのは、悪夢のような姿をした巨大な魔獣だった。
全長三十メートル、推定質量三百トン。
太古の竜の骨格をベースに、赤黒く錆びついた分厚い魔導金属の装甲が全身を覆っている。背中には不気味な青い炎を噴射する巨大な魔導バーニアが備わり、その顎は鋼鉄をも噛み砕く無骨な破砕機へと改造されていた。
古代大戦の負の遺産――『機装狂竜』。
赤く発光する無機質なカメラアイが、吹雪の向こうに広がるポポロ村を冷酷に見下ろした。
『GYYYYAAAAOOOOOOッ!!』
大気が震えるほどの咆哮。その音圧だけで、村を囲うカモフラージュ用の木柵がメキメキと音を立ててひび割れる。
だが、村にパニックは起きていない。
「……こちらマンミア! 全非戦闘員の『ドンガン地下帝国』直通シェルターへの避難、および隔壁の完全閉鎖を確認しました! これより、ポポロ自警団はアルファ防衛線にて迎撃態勢に移行します!」
役場の屋上で指揮を執る坂上真一の耳元――【PX】で召喚した最新鋭の骨伝導タクティカル・ヘッドセットから、マンミアの凛とした報告が飛び込んできた。
「了解した。見事な誘導だ、マンミア殿」
坂上は、手元の戦術情報端末の画面をスワイプしながら、低く落ち着いた声で応じた。
「いいか。敵は機動力、火力ともに規格外のバケモノだ。だが、怯むな。俺たちがドワーフたちと共に泥水をすすって構築した『ポポロ・ディフェンス・グリッド』は、この程度の旧式兵器に抜かれるほどヤワじゃない。……俺の指示通りに動け」
『は、はいッ! ポポロ村自警団、総司令官の命に従います!』
坂上の右隣では、遊撃部隊として待機を命じられているキャルルが、ウサギの耳をピンと立てて鼻息を荒くしていた。
「ねえ、サカガミ! 私が今すぐ突っ込んで、あのデカブツの顎をカチ割ってこようか!? あんなの、私の『流星脚』なら一撃よ!」
「待て。今はまだ『拍子』じゃない」
坂上は、愛刀『白雪』の鯉口を親指で僅かに切りながら、鋭い視線で戦場を俯瞰した。
「『孫子』は説いている。戦わずして勝つのが最善だが、戦うのであれば、まずは敵を己の有利な地形に引きずり込めと。一個人の武力で無双しようとするな。戦は、事前の『準備』で九割が決まるんだ」
坂上の言葉に、キャルルは渋々といった様子でダブルトンファーを下ろした。
その直後。
ポポロ村を蹂躙すべく、機装狂竜が重々しい足取りで村の境界線――第一防衛ラインへと足を踏み入れた。
「――今だ。アウターグリッド、起爆」
坂上がタブレットの実行ボタンをタップした瞬間。
機装狂竜の足元に埋められていた無数の『魔導地雷』と、極大音量で悲鳴を上げるよう品種改良された『対竜用・人参マンドラ(スピーカー内蔵)』が、一斉に連鎖爆発を起こした。
ドゴォォォォォォォォォンッ!!!
猛烈な爆炎と、マンドラの鼓膜を破壊する絶叫周波数が、機装狂竜を包み込む。
数百トンの巨体が爆風で僅かに浮き上がり、バランスを崩して片膝をついた。
『GYURUァァッ!?』
「す、すごい……! あんなに大きな竜の動きが止まった!」
前線で盾を構えるマンミアが、通信越しに感嘆の声を上げる。
だが、坂上の表情に油断はない。爆炎が晴れた後、機装狂竜の脚部の魔導金属装甲は黒焦げになっていたものの、致命傷には至っていなかったからだ。
「装甲を貫くには至らんか。だが、それでいい。奴の『足』を止め、進行ルートを限定させるのが地雷原の目的だ。……おっと、苛立ってきたな」
プライドを傷つけられた機装狂竜が、怒りの咆哮を上げた。
背中の巨大な魔導バーニアが青白い炎を噴き上げ、三百トンの巨体が重力を無視して空へと跳躍する。地雷原を飛び越え、村の中心部へ直接ダイブするつもりだ。
「空を飛べるのかしら! サカガミ、対空戦闘なら私が――!」
「キャルル、待機だ。……対空迎撃など、要塞防衛の基本中の基本だろうが」
坂上はハイライトを咥えたまま、再びタブレットを操作した。
「近接防空システム『マジック・ファランクス』、全基起動。目標、上空の巨大熱源。弾幕展開」
ズガガガガガガガガガガガガガガッ!!!
村の要所に配置されていた五基の自動魔導砲――ドンガン地下帝国の魔導技術と、現代のCIWSの概念を融合させた悪魔の兵器が、狂ったような速度で火を噴いた。
毎分三千発。
魔力を帯びたタングステン合金の徹甲弾が、文字通り『物理的な壁』となって空中の機装狂竜へと襲い掛かった。
『GYAAAAAAAAッ!?』
いかに古代の強固な装甲を持っていようと、空中で推進力を得ている状態では踏ん張りが利かない。
嵐のような弾幕を横腹にモロに受けた機装狂竜は、空中で体勢を崩し、無様な悲鳴を上げながら村の入り口の空き地へと墜落した。
ズズズズズッ! と地面を削りながら数+メートル滑り、自警団が待ち構える防衛線の正面で停止する。
「はっはぁ! すごいわサカガミ! あんたの頭の中にある『兵器』って、底意地が悪いわね!」
キャルルが興奮して身を乗り出す。坂上は「最高の褒め言葉だな」と薄く笑った。
だが、窮地に追い込まれた古代の兵器は、ここからが本番だった。
墜落のダメージで機装狂竜のカメラアイが赤から『紅』へと変色する。顎のクラッシャーが大きく開かれ、その奥で、莫大な魔力エネルギーが圧縮され始めたのだ。
周囲の空気がビリビリと震え、雪が蒸発していく。
広範囲を焦土と化す、竜王クラスの『超極大ブレス』のチャージ。
「……来るぞ。マンミア殿、自警団総員に告ぐ! イージス・フィールド展開!」
『了解! 総員、魔力充填! 第一から第五セクター、連結障壁起動!!』
前線に立つマンミアが、自身の刺突型シールド『アグニ』を大地に突き立て、腹底から部隊を鼓舞する号令を飛ばした。
彼女の指示に合わせ、村の男たち――普段は畑を耕している農家のおっさんたち(自警団)が、ドワーフ製の魔導ジェネレーターに全力で闘気を注ぎ込む。
村の境界線に、幾何学模様を描く巨大な光の盾『イージス・フィールド』が展開された。
直後。
機装狂竜の顎から、太陽のような極太のプラズマ・ブレスが発射された。
ドゴオオオオオオオオオオオオオオッ!!!
光の盾と、破壊の熱線が激突する。
圧倒的な衝撃波がポポロ村を包み込んだ。空気を震わせる轟音の中、自警団の男たちが歯を食いしばり、必死にフィールドを維持している。
「くぅぅぅッ……! 押し負けるな! 私たちの背後には、愛する家族と村があるのです!」
マンミアが、ケンタウロスの四肢で大地をしっかりと踏み締め、先頭に立って絶叫した。
その背中は、かつて「自分は行き遅れだ」とタローソンの前で涙を流していた少女の弱さは微塵もない。誇り高き『高貴なる義務』を体現する、真の騎士団長の姿であった。
「うおおおおッ! マンミア隊長に続けぇぇッ!」
指揮官の勇姿に引っ張られ、おっさんたちの闘気が出力限界を突破する。
十秒、二十秒――永遠とも思える拮抗の末、ついに機装狂竜のブレスのエネルギーが底を突き、熱線が霧散した。
光の盾は、見事にポポロ村を護り抜いたのだ。
「はぁ……はぁ……っ! 坂上様! 敵のブレス攻撃、完全防御に成功しました!」
肩で息をしながらも、誇らしげなマンミアの報告がインカムから響く。
「よくやった、マンミア殿。お前たち自警団の結束の勝利だ」
坂上は通信越しに惜しみない賛辞を送った。
個の力ではなく、組織としての力。点と点が繋がり面となった防衛線は、古代のバケモノの最大火力を無傷で凌ぎ切ったのだ。
だが。
坂上は、ハイライトの灰を携帯灰皿に落とし、鋭い視線を機装狂竜へと向けた。
『PI……PIPIPIPI……リミッター、解除』
ブレスを撃ち終えたはずの機装狂竜の全身から、不気味な警告音と共に、限界を超えた異常な排熱――赤い蒸気が噴き出し始めたのだ。
装甲の隙間からマグマのような光が漏れ出し、駆動音が何倍にも膨れ上がる。
「フェーズ移行……オーバーヒート状態での強行突破か」
坂上は『五輪の書』の極意――敵の「拍子」が、これまでの単調なものから、自壊を前提とした狂乱の「拍子」へと変化したことを読み取っていた。
これ以上は、固定された防衛線だけでは抑えきれない。
「……さて。土台(準備)は完璧に機能した。ここから先は、俺たち『個』の悪知恵と暴力の出番だ」
坂上真一は、ついに愛刀『白雪』の柄に右手をかけ、隣でウズウズしているヤンデレの村長へ向けて、ニヤリと不敵に笑いかけた。
「待たせたな、キャルル。狩りの時間だ」
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